手塚治虫「ブラックジャック」其の17
なつかしさ 読み手を愛する 人の子よ 手塚作品で何度も何度も再読するものと言えば、間違いなく「火の鳥」でしょう。宮崎アニメの「天空の城ラピュタを何度でも鑑賞するように。 本作品集には、その火の鳥が登場する一編が収められています。二百歳になるヒイヒイヒイおじいさんが出てくる「不死鳥」というタイトルの作品です。ブラックジャックは、「迷信」とか「うそ」とか「ばかばかしい」とか「バカ話」とか突き放そうとしますが、一杯食うことになります。結局、二百歳の老人の長生きは、火の鳥の生き血を飲んだせいではなく、血を飲んで死なないようになりたいという気力のためであることが分かります。もとの「火の鳥」熱中派からすれば少々がっかりですね。 ブラックジャックも、「不死鳥か!そんなもんはこの世にいるはずないんだ」と再度突き放しますが、でも「たとえかりにいたとしたって…おれはいらん」として、火の鳥の存在を完全否定せずに、火の鳥を懐かしむ読者に望みを繋いでいます。 巻末で漫画家の里中満智子さんが手塚作品の「なつかしさ」に触れ、作品全体のリズム、歯切れのよいストーリー展開をあげてらっしゃいます。確かにそれもあります。しかし、それ以上に、どんなに多岐多彩な作品を産んでも、一見相反する作品に見えるものでも、究極は読者ファンを裏切ってはいません。むしろ、サービス旺盛なくらいに大切になさっています。それが、あたかも共に生きてきた旧友のごとき「なつかしさ」に繋がっているのではないでしょうか。 別の作品、タイトルは「金!金!金!」をご覧ください。あのアトムの生みの親である天馬博士が関東地区医師連盟の理事長に立候補する天馬先生を演じています。そして、その娘さんのカスミは、なんとウランちゃん。そして、天馬先生のこんな台詞が飛び出します。「そんなわがままな子はパパの子ではない!! 帰りなさいウラン!! ウランじゃないカスミ!!」 思わず、演じられる役柄名でなく演技している役者名の「ウラン」が口をついて出ました。あわてて「カスミ」と取り繕う天馬先生。いやはや、これもサービス精神ではないでしょうか。さすがにウラン演じるカスミの口から「でも、パパがほしいの ママがいないから。ねえ天馬博士、アトムにいちゃんもいないし」なあんて脱線はありませんが。 手塚氏は、絶えず読者を楽しませようという気持ちが人一倍強い人だったと思います。単に漫画の神様として君臨しながらも、ふんぞり返らず、むしろ、ファンから嫌われることをもっとも恐れた人ではなかったでしょうか。神様は、人一倍、人間臭い人だったし、人一倍、読者がいつまでも手塚ファンであり続けてくれることを意識し続けた、さびしんぼうさんだった、そう思えて仕方ありません。 ちなみに「金!金!金!」、「不死鳥」、「おとずれた思い出」の3話は、少年チャンピオン・コミックスにも、講談社の手塚治虫漫画全集にも収録されていない作品です。