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買書とつんどくの日々を送っています。忘れたころに、感想があったりなんかもします。 進行中、あるいは進行予定?へジャン プ ←挫折したり、運よく読み終わったりします 読んだ本へジャンプ 読んだコミックへジャンプ 見た映画へジャンプ ←工事中 ![]() Henry Darger(ヘンリー・ダーガー) Diary [全2879件]
さる程に大将軍十郎蔵人行家、参河国にうち越えて、矢矧河の橋をひき、かいだてかいて待ちかけたり。平家やがて押寄攻めたまへば、こらへずしてそこをも又攻め落されぬ。平家やがてつゞいて攻め給はば、三河・遠江の勢は隨つくべかりしに、大将軍左兵衛督知盛いたはりあッて、参河国より帰りのぼらる。今度もわづかに一陣を破るといへども、残党を攻めねば、しいだしたる事なきが如し。平家は去々年、小松の大臣薨ぜられぬ、今年又入道相国失せ給ひぬ。運命の末になる事あらはなりしかば、年来恩顧の輩の外は、隨つくものなかりけり。東国には草も木もみな源氏にぞなびきける。 (「平家物語(二) 巻第五」P322) ![]()
神護かずみさんの「人魚呪」を買書つんどく。 高橋留美子さんの「人魚シリーズ」みたい。 「「不 老不死」の行き着く果てとは――? 新・人魚伝奇譚! 鄙びた漁村の外れに住む佐吉は村人から「魚人」と厭われる日々を送っていたが、美しい人魚マ ナと出会い、生きる意味を見出す。それが全ての苦悩の始まりとは知らず……。遠野物語100周年文学賞受賞の異形の伝奇譚!」 (角川書店の 紹介) 「時は天正6年。織田信長の権勢著しき時代――。鄙びた漁村の外れに住む左吉は、その容姿から"魚人"と村人に忌み厭われ る日々を送っていたが、美しき人魚マナと出逢い、生きる意味を見出す。秘密の洞で繰り返される甘美な逢瀬。左吉は次第にマナに溺れていくが、ある日、マナ の残酷な秘密を目の当たりにする。逆上した左吉は彼女を手に掛け、その肉を喰らうという禁忌を犯してしまう。八百比丘尼の伝説の通り、不老不死となった左 吉は、活神(いきがみ)と畏怖され、ますます居場所を失っていく。そのような中、村へやってきた僧・黒快に見込まれた左吉は都へと誘われる。村と波の呪縛 から脱し、全ては好転するように思われたが……。」 (遠野物語100周年記念小説コン クールの紹介) ![]() ![]()
「入道死去」「築嶋」とつづけたおわりに「平家」は清盛頌徳の一節を置いている。「また何事よりも、福原の経の島築いて、 今の世にいたるまで、上下往来の船のわづらひなきこそ目出たけれ。」九州大宰府よりもさらに内深く福原まで宋船を船入りさせて、交易の利を謀ったのは、清 盛の野心のうちであった。いまの兵庫港の沖に防波堤の土木工事を起したのは応保元年(一一六一)二月。八月、大風に堤はくずれた。翌々年の再工事には人柱 を立てるべしと公卿僉議あったが、「それは罪業なりとて、石の面に一切経を書いて築かれたりけるゆゑにこそ、経の島とは名づけたれ。」だが、「源平盛衰 記」巻二十六には、はじめの築造を承安二年(一一七二)とし、翌三年に再築のとき、「白馬に白鞍を置き、童を一人乗せて、人柱をぞ入れられける」とあり、 その上で一切経を書いた石を手向けとし、その石で島を築いたという。「平家」のほうは手ごころを加えている。童子を人柱とは、むごいことをする。 (杉本秀太郎さん「平家物語 無常を聴く」P216) この「童子」については、「松王丸」というこんな話があります。 ![]()
凡は最後の所労のありさまこそうたてけれ共、まことにはたゞ人ともおぼえぬ事どもおほかりけり。日吉社へ参りたまひしにも、当家・他家の公卿おほく供奉して、「摂禄の臣の春日御参詣、宇治いりなンどといふとも、是には争かまさるべき」とぞ人申ける。又何事よりも、福原の経の島について、今の世にいたるまで、下往来の船のわづらひなきこそ目出たけれ。彼の島は、去る応保元年二月上旬に築はじめられたりけるが、同年の八月に、にはかに大風吹、大なみたッて、みなゆり失ひてき。又同三年三月下旬に、阿波民部重能を奉行にてつかせられけるが、人柱たてらるべしなンどと公卿御僉議有しか共、「それは罪業なり」とて、石の面に一切経をかいてつかれたりけるゆゑにこそ、経の島とは名づけたれ。 (「平家物語(二) 巻第五」P296) ![]()
オラシオ・キローガ「野性の蜜 キローガ短編集成」を買書つんどく。 一目見て買ってしまった・・・・・。 「ラテンアメリカ随一の短編の名手、魔術的レアリスムの先駆者と評される鬼才キローガの傑作小説集。代表作「羽根まくら」をはじめ、幻想小説、恐怖小説、密林 小説等々、ポオ、チェーホフ、キップリングの衣鉢を継ぐ、生と死、リアリティと幻想が渾然一体と化した、完璧精緻にして多彩な短編30篇を収録。うち8割は本邦初訳。」 (「BOOK」データベースより) ![]()
このように現世的で、楽天的で、生にたいする妄執にとらわれている清盛が、平家物語全体においていかに異質の人物であるかは容易に察しられよう。作者はこの遺言を罪深いものだといっているが、かかる罪深い人物にもっとも興味をもち、それを物語にしたのがほかならぬ平家の作者であることが面白い点である。重盛のような人物によっては歴史は一歩も動いてゆかないし、したがってそれは物語の主人公にもなり得ない。運命などは、自覚もせず、生の妄執にとらわれて、来世のことなどかんがえない人物が、はじめて物語の主人公になり得るのであって、運命に抵抗する清盛が平家物語の中心にすえられたのは、物語自身の要請によるものとみるべきであろう。 (石母田正さん「平家物語」P65) このような政治思想の持主である平家の作者が、清盛を将門・純友の系列にならぶ叛逆者としてとらえているのは当然のことであるが、かかる人物が作者にとってもっとも興味と関心の対象となり、力をこめて語られているところに平家物語の問題がある。その保守的、復古的な政治思想にもかかわらず、もっとも飽く悪行の誉れの高い叛逆者が、「将門記」以降はじめて物語の中心人物にされたというところに、平家の積極的な意義があるといわねばならぬ。ここに文学固有の問題があるといってよかろう。 (石母田正さん「平家物語」P68) ![]()
伊坂幸太郎さんの「夜の国のクーパー」を買書つんどく。 あとがきを見たら、この本は、大江健三郎さんの 「同時代ゲーム」へのオマージュのようなことが書いてありました。 「同時代ゲーム」も読んでないや。 「この国は戦争に負けたのだ そうだ。占領軍の先発隊がやってきて、町の人間はそわそわ、おどおどしている。はるか昔にも鉄国に負けたらしいけれど、戦争に負けるのがどういうことなの か、町の人間は経験がないからわからない。人間より寿命が短いのだから、猫の僕だって当然わからない・・・。これは猫と戦争と、そして何より、世界の理の おはなし。どこか不思議になつかしいような/誰も一度も読んだことのない、破格の小説をお届けします。ジャンル分け不要不可、渾身の傑作。伊坂幸太郎が放 つ、10作目の書き下ろし長編。」 (東京創元社の紹介) ![]()
同閏二月二日、二位殿あつうたへがたけれども、御枕の上によッて、泣泣のたまひけるは、「御ありさま見たてまつるに、日にそへてたのみすくなうこそ見えさせ給へ。此世におぼしめしおく事あらば、すこしもののおぼえさせ給ふ時、仰おけ」とぞのたまひける。入道相国さしも日来はゆゝしげにおはせしかども、まことにくるしげにて、いきの下にのたまひけるは、「われ保元・平治よりこのかた度々の朝敵をたひらげ、勧賞身にあまり、かたじけなくも帝祖・太政大臣にいたり、栄花子孫に及ぶ。今生の望一事ものこる処なし。たゞし思ひおく事とては、伊豆国の流人、前兵衛佐頼朝が頸を見座利つるこそやすからね。われいかにもなりなん後は、堂塔をも立て、孝養をもすばからず。やがて打手をつかはし、頼朝が首をはねて、わがはかのまへに懸くべし。それ孝養にてあらんずる」とのたまひけるこそ罪ふかけれ。 同四日、やまひにせめられ、せめての事に板に水をいて、それに臥しまろびたまへども、たすかる心ちもしたまはず。悶絶躃地して、遂にあつち死にぞしたまひける。 (中略) さてもあるべきならねば、同七日、愛宕にて煙になしたてまつり、骨をば円実法眼頸に懸け、摂津国へくだり、経の島にぞをさめける。さしも日本一州に名をあげ、威をふるッし人なれども、身はひとときの煙となッて、都の空に立のぼり、かばねはしばしやすらひて、浜の砂にたはぶれつゝ、むなしき土とぞなりたまふ。 (「平家物語(二) 巻第五」P290) ついに、清盛、「あつち死」です。 ![]()
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