1979064 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

灯台

灯台

アメリカの音


舞台は、アメリカ。

――アメリカ合衆国の奴隷制度

・・公民権運動

 
  赤ちゃん言葉で、何ごとかをしゃべっているニュース・・

    ――ばぶばぶ、ばぶばぶ・・


夏なのに泳ぎにも行かず、

家の中で遊んでばっかだった子供時代、

彼の名前は、ヘブル・・


[ある調査によると、黒人に多い名前で求人に応募すると、

連絡をもらえる確率が五○パーセント低くなる、という。
]


――ブルル、ヘローといいながら電話を取る無国籍の顔。

それでもそこに、民族主義や、

アイデンティティに関する悩みが溢れてる、交差点。

ビル。地下鉄。

白人男性と黒人男性の衝突。黄色人種、

日本人や中国人との出会い。

ヒスパニック系、アフリカ系、アジア系、アラブ系、

ネイティブ・アメリカン、・・

                したたかに陽を湛える水たまり――


バスケットボールに憧れていた十代のヘブル、

近所の悪ガキたちと一緒に、公園でNBA選手の真似をする、

Tシャツに短パン、お気に入りのスニーカー。

バスケットボール・・

ダンクシュート――届かない・・

リングには、ジャンプシュート・・


そこにはコーラがあった、ハンバーガーがあった・・

また、時間がくると犬舎の前にちょこんと座って、

玄関のドアを開けて出てくるのを待ってる犬もいた。

でも、ある日父親に、公園で声をかけられる。


帰り道・・

「なるべく、あの子たちと付き合うな・・」

どうして、と言い返すと――耳が悪かったのか、

それとも、・・売り言葉に買い言葉だったのか、ゆで上がる・・

「黒人だから付き合うな。」

と、衝撃的な一言――・・


父親の高圧的な怖い顔を見ていたら、それ以上、

ヘブルには何も言えない。齟齬に対する苛立ちにも孤独。

魔法が解けるううう!・・

  ―自分の部屋にやってきた父親・・苦い顔・・・

   「ゲームばっかりするな! 外で遊んでこい・・」

  
でも、   自然と肯いていた、――

                  その次の日、友達が少年刑務所に・・

仲間たちと話をする・・

もちろん、彼らだって情報に通じているわけじゃない。

でも、確実にヘブルよりは知っていた。

「なんかさ、麻薬とか売ってたみたい――・・」

「ふうん・・」

「親父さん死んで、お袋さんアル中だろ、

――だから、金稼がなきゃいけないって言ってた・・」

(麻薬が悪いことだとは知っていた――

でも、友達が悪い奴だとは言えなかった・・)


気がつくと、疎遠になり、

父親の思惑通りにはまったようで嫌だったが、

知らず知らず、ヘブルは、

黒人に対して嫌悪感情を募らせていく。


――でも、たびたび夢の中で、

ロボットに追われる夢を見た。


  ――ジュニアハイスクール時代――

政治に詳しい奴が教えてくれた。

「もともと、アメリカは、

大航海時代に大西洋を渡ってきたプロテスタントの手によって、

開発された経緯があるんだ。」

僕の両親も、プロテスタントだった・・

「だから現在もプロテスタントの社会的地位は高い傾向にある。

それゆえカトリックは差別の対象になりやすい。

この風潮はとりわけ政治の世界で色濃くあって、

歴代のアメリカ合衆国大統領でもプロテスタント系がほとんどで、

カトリック信者で大統領に就任したのはジョン・F・ケネディのみ。」

「ケネディだけ?・・」

ヘブルはもちろん、ケネディ暗殺のことを知っていた。

「――そう・・暗殺されたのも――

そういう理由かも知れない。・・」


ヘブルは、その言葉がきっかけで、

考古学に興味を持つことになる。

といいながら、インディージョーンズに憧れてだが。――・・


やがて大学で、考古学を習う・・。

隣の席に、日本人。

・・美人だったが、日本人というのが気に喰わない。

つい、からかいたくなるヘブル。

「イエローモンキーが勉強してる・・」

・・無視。かりかり、かりかり――。

なんでえ、気取りやがって、ヤリマンなんだろ、てめえ。

「・・おい、臭せえな」

と、次の瞬間、左頬に思い切り、ビンタされ、

矢継ぎ早に、ばん、と脳震盪するような右フック。

「謝れ、この金髪吸血鬼!」

「な、なんだ、と――」

と、いきなり、席を立ち上がり演説。

「米国で横行するアジア系いじめ、うつや自殺も突出!

こんな国で真面目に勉強する健気な日本人を、

こんな金髪吸血鬼に邪魔されていてもよいのか!」

自分を勝手に可憐な乙女に仕立てあげご満悦だ。

だが――・・

「出て行け。」と教授。

どっ、と沸いた。笑い声も、聞こえた・・

「わたしもですか?」

「二人とも、教室から出て、頭を冷やして戻ってこい・・

ところで、日本人の小野さん、――私はちなみに白人だが、

勉強する生徒は大好きだ。・・」


そんなこんなで、教室を出て、

ドリンクタイム。・・

潮風にちぎれた旗みたいに、ヘブルは星条旗を日本国旗にする。

「さっきは、悪かったよ。・・日本人は、嫌いじゃないんだ。

ただ、からかいたくなっただけなんだ」

コーヒーを飲む、小野さん。

夕焼け雲に隠れた呪歌――この皮膚一枚、剥ぐほど、

洗う・・子守唄・・・

「――あたしも、白人吸血鬼は言いすぎだね・・

でも、――悪気はないのよ。腹が立つと、変な英語が出てくるのよ。」


喫茶店で働いている彼女――

気がつくと、夕方、コーヒーを飲む習慣が出来た。

「お。きたか。」

そこで、ひとり暮らしをしていることや、

将来は、こっちで博士号をとりたいとか、

いろいろ真面目な話が出た。

時々は、今付き合っている彼女も連れてきた。

、、、、、、
それにしても、

彼女はどんな人種の人とでも仲良くなる。――・・


教授が、彼女を指して、

陽の当たらない所はなく、

沈黙はむしろ探す方が難しい。



  ・・・人を押しのけ踏み台にしてまで利益を追求し札束を数える、

    ――リッチな人びと。


ヘブルはやがて肌の色や、瞳の色を、

少しずつ、理解してゆく。ジクソーパズルを切り貼りするように、

ブリキ缶の中に妖精でも見つけるように・・

そんな折り、両親から、電話で呼び出される。

父親が事故に遭った、と――・・


病室にゆくと、母親と談笑をしている元気そうな父親の姿。

包帯は痛々しかったが、安堵する。アキレス腱に、力を呼ぶ。

「何だよ、心配させやがって・・」

と、急に神妙な顔になる両親。古臭い時代遅れの遺物を、

ふっと思い出す。神殿・・

「事故がいいキッカケとなった。

いつか話そうと思っていたが、実は――

お前は俺の息子じゃない・・」


驚天動地って、こういうことを言うのか、と思う。

ゆらゆらと、まるでゼリーのような弾力のある液体を口に流し込んだみたいだ。

途端、笑いたくもないのに笑い声が出てくる。

笑わなければ、と本能が働きかけているのかも知れない。

「ハハハ・・」

けれど、滑稽だった。咽喉が渇いたらしい父親は、

ぐびぐびと一気に水を飲み干す。

「ごめんね、黙っていて・・・」と母親が、かたわらで、肩に手を置いて続ける。

どすっ、と、ヘブルは石臼みたいに――据わった・・

どうも、冗談ではないらしい、ということ――

自分が、崩れてゆくバベルの塔であり、矛盾の煮詰まった鍋であること――

どんぐりまなこを見開くと、

外は真昼。・・

「子供のころに、この人と再婚したの。

あなたは、わたしの連れ子だったの――」

看護婦が一瞬入ろうとしたが、すぐ去った・・

「じゃあ、本当の父親は?」

本当に話してよかったのか、と唇を噛んでいる父親。

「――父親はもう死んでるわ・・

アイルランドの人だった。」

・・・アイルランド?――


母さんが言うには、自分は、アイルランドからアメリカへとやって来た、

青年に一目ぼれして、自分が生まれた、ということだった・・

でも自分たちはまだ若くて、お互いの価値観も合わなくて、

別れた、ということだった。いずれもっと詳しく聞き出すつもりだったが、

――そこから話は、馴れ初めになり、多分、

居心地悪そうにしていた父親のためでもあったのだろうが、

シングルマザーしながら働いていた時、

いまの彼と会った・・運命を感じて、すぐ結婚した!・・

、、、、、、、、
ヘブルはもちろん、ショックだった。

真冬にバケツの水をぶっかけられたように、心が静かだった。

自分は生粋のアメリカ人、だと本気で信じていたからだ――


あまりのショックに、やりきれなくなって、

酒。結局、逃げた。――

母親と顔を合わせる自信がなかった。

ビールにウィスキーに、コークハイにカクテルに。

最終的に、道路で酔い潰れ、うぃっく!・・

ざまはなかった・・その事実というものは、

ボディブラシのように、皮膚感覚を確実に犯していった――


と、そこへ、前につまらない口げんかをしたジムと擦れ違う、

ジム・・と、俺は思う。

脳裏によぎる、つまらない発言。低次元なやりとり。

こんな時だから、会いたくなかった。

だが、泣きっ面に蜂は正しい諺のようで、あっという間に、

ジムとその友達数人に囲まれてしまう。

「前は上等こいてくれたな。」

「やめろよ。――明日にしてくれよ。今日はちょっと、

別のことで頭がいっぱいなんだ。」

「お。なんだよ。お前、

・・俺のことを、タワシとか言いやがっただろ。

ハリネズミ、とも言っただろ。」


    因 果 応  ――

  ――隣人に頬を差し出せ!――

ぼこぼこにされてしまう。朝、気がつけば病院に入院している。

チカチカする太陽光が、ダイヤモンドやサファイア、ルビー・・

両親が心配そうに、自分を覗きこんでいる。

もちろん、こうなった原因は、昨日の話と完璧にリンクしている。

誤魔化しようがなかったし、言い訳しようがなかった。

車椅子に座った父親に諭されると、余計にくるものがある・・。

「もっとしっかりしないといけない。」

「わかってる。」


ダーツゲームみたいに、

つづいて恋人。恋人と言っても、気軽なガールフレンドが正しい。

笑窪が可愛い、スレンダーなケイト。

だが、束縛しない。軽い付き合いでしかなく、

――いま、彼女と出会った場所に時計が逆回りしたら、

はたして、恋人という間柄だったろうか、と真剣に思う。

「警察に言ったら?」

そんなことできないよ。

だって、自分はもう白人ではないからだ――

でも、それがケイトにはわからない。・・

それを隠すために、彼女に不審がられる。

「あんなに黒人嫌いだったのに・・

折角のチャンスじゃない。地獄の底へと落としたらいいのよ。

傷害事件じゃない。」


そういうことじゃないんだ、

自分は、その前に、ジムを傷つけていたんだ、と説明するのは、

ひどく難しかった・・むしろ、ふざけて、憐れな男を演じ、

臭い演技を連発している方がまだ自分らしかった。

彼女の同情を集め、黒人の悪口を言い、そして最終的に、

彼女をベッドに寝かせ、――・・

でも、思えば、俺と彼女をつなげていたのは、あるいは、心の根っこの方では、

そういう差別意識が働いて、結びついたのかも知れない。

彼女はプライドが高い女性だったし、多分僕もそうだったから――・・

ブランド意識かも知れない。自分は特別だと思っていたが、

それはハリボテにすぎなかった。


そして小野さん。

嫌がらせなのか、盆栽を持ってきた。空を見上げさせてくれる人、

ジャパーニズな贈り物!・・オーマイゴッド、と、とりあえず言っておく。

アメリカ人たるもの、オーマイゴッドを大袈裟に言えなくてはいけない。

「ざまあないわね。」

「本当だ。」

――沈黙。けれど、何故か、彼女には素直になれた。

自分の父親のことも、彼女にならうまく説明できるだろう、と思えた。

小野さんは言った。さすがに、緊張し、トーンが上がるのを押さえつつ、

在りし日のウエスタンハットガンマン。

「でも、悪気があったわけじゃないのよ。

ジムも、・・その友達も少し酔ってたの。大学のこととか、

全然言わず、俺が馬鹿だったって言ってたもん。」

「・・わかってる。」

ジムは、本当は気のいい、明るい奴だった。

――やられたからやり返しただけ。それだけなのだろう、と思う。

「わかってる。今度、会ったら、いままでのことを謝るよ。」


そう言うと、

ふっと子供の場面が甦り、少年院に行った黒人の友達は、

あるいは、仲間たちは、少し身なりが汚なかったことを思い出した。

父親が、こういう子と付き合って欲しくない、

という愛情からだった――と気付くのは、いま・・


  回復する気配――

             冷凍庫から冷やしたグラス――


あれは黒人に対する差別ではなく、

多分、子供の僕を言いくるめるためのポーズだったのだろう、と思う。


その日、

夢を見た。

透明な皮膚の持ち主の手の甲に、ぐんぐんと走る血管。

きれいだろう。何者でもないんだ。

アイデンティティってそういうものなんだ。――


[眼が醒めると、涙がこぼれていた。

夜の闇に太陽の光が差し込み、

そして光が広がり、すべてが浄化されてゆく・・]


退院の日、すぐに大学へ行き、ジムと話しに行った。

顔を見るなり、ぼこられる、とジムはトランペットを持つみたいに身構えたが、

隣には、小野さんがいるので、警戒はすぐ解けた。

あの時は悪かったよ、とジムが小さな声で言ったのも、すぐだった。

「・・なあ、ジム、自分のこれまでの行いを清算したいんだ。

それでさ、バスケットボールをやらないか?」


――ニコッとほほ笑みながら、小野さんが背中から、

バスケットボールを取り出す。・・


      (ちいさな目をとじて――朝を・・待つ・・・

    子供の時の僕というリセット・・――


真夜中の大学。がらあきのコート。

教授の口利きで、

さまざまな人種にあふれながらの試合が始まった。

「おい、それトラベリングだろ」とジム。

「何言ってんだ、そういうお前こそ、

股間のそれが違反だよ。あんまり近づけんなよ。」


口は悪いが、

お互い息を切らせていると、みんな子供だった。

子供時代、本当は少年院に行ったあの子を庇うべきだった。

父親に言われても屈するべきじゃなかった。


――とある日の教室。

教授が喋っている。そのかたわらで、小野さんがぼそぼそと語る。

「考古学の研究で、キリストがユダヤ人ではなかった、という示唆があるんだって」

「へえ・・」

でも、本当はユダヤ人であろうが、なかろうが、

キリストは偉大な人間だった、と思えばよかったのだ。

特権意識などいらない。

そして自分も白人ではなくていいのだと気付く――


やがてヘブルは恋人に別れを告げて、

喫茶店で、小野さんにプロポーズをする。


     ――アメリカの音・・


    とまり木にじっとならんで寄りそいこの世の現象すべてに降り注ぐ視線・・


  (――失われた時代の自由の憧憬みたいに・・

「ねえ、どうして耳がほてるのかしら?」

   ・・・それは世界の人口を――

     増やさなければいけないからだ・・



© Rakuten Group, Inc.