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灯台

灯台

素敵な叔父様 おしるこ篇


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 あなたの部屋の電灯を消す時の場面をふと考えてみたんだ。みたのよ。天井にねじをうめこんで。あなたの顔の上におとすの。ゴキブリか。ネズミか。それともいたずらか。夜襲か。なんでもいい。なんでもいい。あたしがそれを想像できているのなら。

 ピカソの絵のうえにおしっこをかけたい

 細いひもでファン・メーレヘンをくくりたい

 ヴェルディの到達した最も悲しいオペラ「ドン・カルロス」みたいに、筍のような感情、登場人物みんな、思い描いた夢や希望をかなえられないの。すんなりと引き寄せられた人になりたい。拒絶されない人になりたい。あたしはびびってしまう。ちびってしまう。

 猫になりたい。なりたいそしたらあなた階段の上の廊下へと出て

 マットの下の落とし戸まできちんと閉めて

 知らない女を抱いていてもあたしは見ていられるでしょう

 駐車場という名のうちゅうで日向ぼっこをしていたら、欲しいものがあるの、いってごらん/神様はそうささやく/猫になりたいのデス/あなたはあたしのふさふさした背中を撫でるでしょう。やわらかくてあたたかいおなかのにおいを、あなたは嗅ぐでしょう。誰が癒せるの? 誰があなたを分かるの? No! ほんとうはだれもが

 猫になりたい。猫になりたい。

 水銀灯、へんにきらびやかな高速、ぼうっと薄桃色の光を発するHOTELの浴槽、

 死んでしまう。死んでしまう。ぽきんと折れた放物線の鋭角ににじ色のオマージュ。しょうねんの手。しょうねんの手にもたれた七色のチョーク。頬っぺたをふくらまして。しんけんな眼差しをして。マン丸いマンホールのふたの上で。スッカリ降参しちゃうわ、いつでもどこでもあなたの長い指が好き、ぴんとしていなくて、折れ曲った

 猫になりたい。猫になりたい。あたしはあなたの最高級のシーツ

 虎になりたい。虎になりたいあの毛皮なら

 あきれた顔をする。あきれた顔のアキレス腱。弁慶の泣き所。テレビの向こうのそのまた向こうで。鳥の声。眼をショボショボさしてめざめるあなたの脳をとろけさせる豆腐になりたい。くずれてしまいたい。くずれてしまいたい。排気音。その類だと思っていいのよ。あたまのうえに矢印のラッシュ。ダッシュ。フラッグを奪取

 猫になりたい。猫になりたい未来のあたしから手紙がきた

 朝がなかなか訪れない/地球が狭いデス/心はもっと狭いデス

 わかりきったようなことを書くあたしだけれど

 考えてみたんだ。みたのよ。ムリがムリーリョになる日。歩こうよ一緒に、歩幅なんかあわせてさ、世界はキレイだねって言おうよ。屋上から裏階段をぬけるような皮肉をむさぼって、めったに劇場にも映画館にもいかないあなたの部屋へ忍び込むの猫になりたい。猫になりたい。

 変な子と友達になってしまったと言われたい

 可愛いからオッケーと言われたい

 そしてそんなある日の午後メロンパン型の飛行機が墜落して(宇宙船?(宇宙船?

 あなたと一緒に逃げたい/そんな夢をみていたの


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だいぶ長い間 忘れていた

あたたかいものがそこにあったのだ

世界で一番好きな名前だ

しゃぼんだまのように割れてしまったのかしら


 * * *


じっと あたしの瞳≪め≫を覗き込んでいた

あたしは恥ずかしくて てのひらを胸のうえで揺らした

聞き覚えのないメロディーばかりだ

しゃぼんだまがいくつもうまれた


 * * *


鞄を提げて踏切をわたった

声のなかに含まれている 名前の成分をエキスのように探した

樹木のあわいに雪が降っている

あわい。あわい。しゃぼんだま


 * * *


半分うめてくれるチケット

闇はしっとりと花の匂いを含んでいた

憑かれたように旅の話をした

ボディーソープ。ボディーソープのしゃぼん。


 * * *


エアコンのなかがびしょびしょになっている

ゆっくりと明るくなってゆく窓を開けたの

懐かしい漫画を読んでいるバスローブのように

あたしはアンテナの上におちたシャボン


 * * *


帰りたい部屋にシロップなんてない

はちみつなんてない

それでもどこにでもあるような瓶があって

あたしは。あたしは。とじこめられる・・・


 * * *


だいぶ長い間 忘れていた

あたたかいものがそこにあったのだ

世界で一番好きな名前だ

しゃぼんだまのように割れてしまったのかしら


 * * *


そっけないような どこかなつかしいような

やさしいつつみかたで

わられてみたい


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きっとこれを書いた人は

世界で一番うつくしい人なんだ

そんなIMAGE

すべりこんでくるような瞬間≪とき≫

うわの空な気持ちになる

そういうの本当のやさしさとはいわない

海に棲む生き物と思えない

聞いているふりをして聞いていない微笑み

ああ この人は信じているんだ

ほんとうに恋していなければ死んでしまう人なんだ

そんなIMAGE 

あたしは好きだったのかな

さみしい気持ちになる

やっぱりうまく思い出せそうにない顔

電話のむこうの声みたいに

あやふやにもつれている生活

なんてぴったりな言葉なんだろうと思う

こまかく瞼をふるわせて泣いて

髪を切って 服まで替えて

記憶のフィルムのなかにその人を映して

鏡に消えてしまうIMAGE

ただの言い訳が

やわらかくて光沢があるなんてふしぎ

ウェストがぎゅっと締まる つま先だちになる

眉間に皺を寄せている

首か 顎か それとも胸 その手がふれた瞬間に

余韻の在り処をさぐる

やけに咽喉が渇く 

へたりこむように床にうずくまる

血管が脈打つように痛むこめかみ

次第に低くなる囁き 顔を洗う水音

髭を剃るシェーバーの音

ネクタイを締めるわずかにくるしそうな声

あたしは別人になるIMAGE

硝子に頬を摺り寄せている

あたしのテリトリーにあかい薔薇がある

心当たりのない花園がディスプレイされる

指輪やペンダントが色褪せている

空虚な部屋にがらんとした寂寥が

思い出の重さを物語る

鎖につながれたIMAGE

まだうつくしい人の仮面がとれない

まだお追従やお愛想の表情筋がとれない

そこへ隙のない仕草で違う誰かが隣にすわる

にこっと微笑んで あたしの首を絞める

あたしの首を絞める女の髪には

あおい薔薇が挿されて

ほの甘く疼く匂いしかしない


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