カテゴリ:コードギアス
トリステイン王国の太后マリアンヌの誕生を祝う大園遊会が始まった。
ラグドリアンの湖畔にて行われるその会はこれから約二週間ほど続く。 その間世界各国の貴族達が集まって着飾り、食事やワインに舌鼓を打つ。 また流れる音楽に乗ってダンスをするも良し、会場の一角で各国の首脳陣と共に政治の話をするも良し。 今夜は初日と言う事もあり、ダンスパーティーと晩餐会が開かれる事になっている。 約二週間の間、狩りや遊戯など趣向を変えて様々な会が行われる予定である。 こう言った場で出会った男女が結婚に至ったというのも割とある話だ。 ジノは護衛対象のルルーシュに張り付きながらも視線を周囲に向けて会場を見渡した。 親に連れられてゲルマニア皇帝主催の祝賀会には出席した事はあるが、このような大規模且つ国際的な園遊会は初めてだ。 やや緊張した面持ちで佇んでいる。 しかし各皇族は皆大したものだった。 皇帝オデュッセウスはゲルマニアの大貴族達や護衛のカノンとビスマルクを貼り付けて各国の要人達と挨拶を交わしている。 クロヴィスはこう言った場に映える容姿をしている事もあり、多数の女性達に囲まれている。 ユーフェミアはその愛らしい姿ゆえ、これまた多数の貴公子達に囲まれて先ほどからダンスの申し込みが絶えない。 そして肝心のジノの護衛対象であるルルーシュなのだが、周囲を囲むのはどうも年配の男ばかりだ。 それも皆国の政治に深く関わるような者ばかり。 トレードマークとも言うべき黒の正装は濡れた様に艶やかな黒髪とあいまって強烈に人の目を惹きつけている。 薄紫の瞳から放たれる視線が周囲を巡る度に男女構わずため息が漏れるのだが、彼等は遠巻きにルルーシュを見つめるだけであった。 何だかなぁとジノは彼等が可哀想な気になってくる。 生まれ持った気品はその美貌もあって他の貴族達の中でも群を抜いていた。 美男美女の代表格に挙げられるアンリエッタ王女やウェールズ王子と比べても何ら遜色はないだろう。 ルルーシュはとにかく目立っていた。 最年少でゲルマニア帝国の宰相に就任したという前評判もあり、その人柄を見極めようと各国の政治家連中が彼に群がる結果となっていたのだ。 ジノは落ち着かない様子で腰の杖の位置を確認するように何度も手を触れさせる。 流石に祝賀会ともあってビスマルクやジノ達はいつものように帯剣していない。 正装に身を包み、儀礼用のレイピアを模した杖を腰から提げていた。 勿論他のラウンズ達も何十着も正装を持ち込んでおり、ジノもいつもの騎士服と緑のマントではなく一流の職人の手によって作られた紳士服を纏っている。 ゲルマニアの文化を反映されたものである為、他国の物よりは動きやすいものの、気慣れない物を着ているという事もあり、ジノは少々肩が凝っていた。 「ふん、ゲルマニア程度の野蛮人共が良い気になりおって・・・」 「全くですわ」 ひそひそと囁く声が耳に届く。 ジノは密かに視線を走らせるが、何処から聞こえてくる声なのかは分からない。 「子供が政治に関わるとは、ゲルマニアも終わりだな」 何を馬鹿な事を、とジノは心の中で呟いた。 ルルーシュの政治的手腕はあの皇位継承戦争に関わった者であれば誰でも認める所である。 だからこそ、ルルーシュが宰相に任命された時にその能力を疑う者は誰もいなかった。 その任命に反対する理由があるとすれば、ルルーシュにそれだけの裁量権を与える事に関してのみ。 彼こそが実質的なゲルマニアの支配者となるのだから。 「言ってろ言ってろ、その内泣きを見るのはそっちだぜ」 誰にも聞こえないように呟く。 会が始まる前にルルーシュはジノとアーニャに言った。 とにかく無視しろ、何か陰口を叩かれても徹底的に無視をしろと。 直接嫌味を言われたら、それに気づかなかった風を装ってにこやかに笑ってやれと。 トリステインに代表される様な古い伝統に固執して新興国のゲルマニアを侮るような事を言う連中は決して珍しくない。 そう言った手合いの挑発に付き合って得をする事は何も無い。 彼等にたっぷりと後で礼をするのは自分達の『仕事』だからお前達はのんびり会場の雰囲気を楽しめ、そんなルルーシュらしい言葉にジノは思わず笑った。 その時の事を思い出してジノが口元に笑みを浮かべると、各所から自分へ向かって視線が飛ぶのを感じた。 ふと振り返れば、ガリア貴族の令嬢達の集団から熱い視線が投げかけられている。 ゲルマニアでは気に入った異性がいれば男女構わず自分から声をかけていくものだが、他国では男性から声をかけるものだ。 彼女達はジノがダンスに誘うのを待っているのだろう。 しかしジノはルルーシュの護衛だ。 他の護衛としてジェレミアやヴィレッタがいるにしても、ジノが勝手に離れるわけにはいかない。 アーニャのようにユーフェミアに付き合って適当な男性と踊るのであれば問題はないのだが。 挨拶代わりにジノはウィンクを彼女達に投げかけた。 途端に黄色い声が上がる。 上背があり貴公子然とした容貌をしたジノは昔からの経験によりこの手の対応には慣れていた。 ジノは心の中でため息をつきながら、ルルーシュを見つめた。 相も変わらずむさ苦しい老人達に囲まれて愛想よく笑って受け答えをしている。 その笑みは向ける相手が違うって、などと思うが恋愛関係には魔法学院時代から非常に疎いルルーシュの事だからあまり気にかけていないのだろう。 「ルルーシュ先輩もダンス踊ってくれないかなぁ・・・」 折角の機会もルルーシュに張り付いていると台無しである。 明日以降に期待するかなどと考えてジノは再び護衛に集中し始める。 だが転機は意外と早くやってきた。 ざわめきと共にルルーシュを囲んでいた人々が道を開けた。 一人の王がその道を通る。 青い髪と髭、がっしりとした身体つきをした美丈夫。 ジノにはその体がかなり鍛えられたものである事が分かった。 歳の割に異様に若々しさを感じさせる目をしている。 面白がるような瞳がルルーシュを見つめる。 見下すような、どこか誇らしげで、奇妙な感情の色を映す青の瞳。 ハルケギニア最大の勢力を誇るガリア王国の国王ジョゼフ一世である。 ジョゼフがルルーシュの前に立った。 刹那口元が皮肉気に釣り上がるのが見えた。 だがそれは瞬時に引っ込み、快活な口調と笑みでルルーシュに右手を差し出した。 「おお、貴殿が噂の『黒の宰相』ルルーシュ・ランぺルージ殿か!一度会ってみたいと思っていたのだ!」 ルルーシュがその手を握り返す。 「お初お目にかかります、ジョゼフ陛下。ルルーシュ・ランぺルージです」 恭しく礼を取るルルーシュにジョゼフは鷹揚に手を振って制した。 「そのように畏まる必要はないぞ!今宵は祝いの席ゆえな!ふむ、我が国のワインと料理は如何かな。未だ何も口にしていないだろう。どれ、何か持って来させよう!」 側近に合図をしてジョゼフは近くの席から二つのグラスを取る。 片方をルルーシュに手渡してジョゼフは周囲を見渡した。 いつの間にか周りの者は皆グラスを手にしている。 ジノも慌てて通りかかった給仕からグラスを受け取った。 赤いワインがグラスの中で揺れてる。 「まずはトリステイン太后マリアンヌ殿の誕生を祝って」 マリアンヌに向かい一礼をするジョゼフ。 マリアンヌもそれを見て軽く頭を下げた。 会場の隅から隅まで行き渡るジョゼフの声。 さほど大きいものではないのに、従わずにいられない何かがあった。 「そして各国の発展と皆の健康を祈って、乾杯!」 これで何度目になるのか忘れたが、再度乾杯の音頭が取られ、皆グラスや杯を掲げて乾杯を口にする。 一息で飲み干したワインはガリア産のもの。 ジョゼフ一世が誇る通りの味にジノは感嘆した。 周囲の貴族を家臣のように従えてジョゼフ一世は立っていた。 堂々とした王の風格。 無能王と言う評判も嘘のようである。 政治に興味を示さず、王宮で遊びに興じているという評判は嘘なのだろうか。 それとも、こう言った祝宴の場こそが彼の得意とする舞台であるという事か。 流石のルルーシュも多少緊張した面持ちでジョゼフの傍に立っている。 「ところでルルーシュ殿、貴殿はチェスの名手と聞いたが本当かな?」 真実だ。 貴族にとってチェスは嗜みでもある割とポピュラーな遊戯だ。 魔法学院時代にジノもルルーシュと何度か対戦したが全く歯が立たなかった。 本を読みながら、あるいは人と会話しながら平気で対局できるのだから凄まじい。 思考を並列しつつ何十手も先を読む彼のチェスの腕前はもはやゲルマニアでは敵う者はいないだろう。 「謙遜せずとも良いぞ!余もチェスを好むのだが、最近相手になる者がいなくなってきてな!ぜひ機会があれば貴殿と一戦相手をしてもらいたいものだと思っていたのだよ!」 「光栄な事です」 「ふむ、では今からでも一つ打ってみるとしよう」 「い、今からですか?」 戸惑った声を漏らしたルルーシュが、周囲の貴族達が一斉にマリアンヌ太后を振り返った。 会場全体に動揺のざわめきが走る。 普通このような個人的な事は会の合間にでも行われる事だ。 それをこの場で今すぐやると言う。 これが大国ガリアの王でなければ公然と非難されるだけだ。 だが流石はガリアと言うべきなのだろう、マリアンヌ太后が渋面を作りつつも頷き、マザリーニ枢機卿が声を張り上げる。 「机と盤に駒を用意せよ」 瞬く間に数人の者がサロンで置かれているようなチェスの対局用の机と椅子が会場に置かれた。 盤と駒がその上に並べられる。 ジョゼフが椅子に腰を下ろした。 それに続いてルルーシュが席に着く。 「ふむ、先手は貴殿に進呈しよう」 ルルーシュの柳眉が顰められる。 チェスは先手の方が有利な競技だ。 普通は先手後手を交互に行い勝敗を決める。 だがこの場ではおそらく一度だけしか対局は行われないだろう。 それなのに先手を譲られて、ルルーシュのプライドが少々傷付いたらしい。 本気になりそうな雰囲気にジノは苦笑した。 「そんな所だけ子供になる事もないのに・・・」 「まあルルーシュだからね」 いつの間にか傍に寄って来たクロヴィスやユーフェミアが言う。 集まって来たのは彼らだけではない。 ガリアの無能王とゲルマニアの黒の宰相、その対局に目を付けた者が人だかりを作っていた。 ダンスの曲は一時止まってしまっている。 会場の注目は今この一点に集中していた。 主催のトリステインには悔しい事だろうが、大国ガリアの意向に逆らう事は誰にも出来ない。 「それでは」 ルルーシュが白のボーンを手にする。 「始めましょうか」 ルルーシュの纏う雰囲気が変わる。 艶やかな余所行きの愛想笑いから不敵な策略家の顔が覗かせた。 それを感じ取ってジョゼフもにやりと笑った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.03.14 22:18:10
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