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宮の独り言

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2009.03.26
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カテゴリ:コードギアス
ガリアとトリステインの国境にある大きな湖、ラグドリアン湖。
両国の国境であると同時にハルケギニア有数の名勝として知られるこの湖の近くに古い屋敷が建っていた。
意匠を凝らされた立派な門にはかつてはガリア王家の紋章が掲げられていた。
だが今はもうその紋章が再びこの屋敷の門に刻まれる事はない。
痛ましい事件を思い起こさせるこの場所をガリア王家は手放したのだ。
そして今、その屋敷は一人の未亡人の手に渡っている。
オルレアン公夫人、かつてこの屋敷を所有していたオルレアン公シャルルの妻であった女性だ。
古めかしく伝統ある屋敷の現在の所有者である。
その夫人の姿が一つの部屋にあった。
彼女は日当たりの良い窓際に椅子を寄せ、手にした本のページをめくっている。
滅多な事がない限りこの屋敷の敷地内から出る事の無い彼女は趣味の読書をするか、庭園を巡り湖の見せる美しい風景を楽しむなどで過ぎゆく日々を送っていた。
何も変わらない退屈な日々、以前は頻繁にこの屋敷を訪れた貴族達も今では滅多に来る事はない。
彼女の夫が起こした罪が彼等をここから遠ざけていたのだ。
だが彼女はそれを寂しい事だとは思わなかった。
寧ろ何度も反意を促そうとする彼等の声を聞く事がなくなってホッとしている。
彼等がここに来なければ、唯一残された彼女の宝もその身を脅かされる事はない。
今はただ平穏を願っていた。
ふと、彼女は耳に微かな馬の嘶きを耳にして顔を上げた。
窓から見える門の外の道に一台の馬車が現れた。
彼女は本を机の上に置いて、立ち上がる。
と同時に部屋の戸がノックと共に開かれて長年屋敷に仕えている老執事が顔を出した。

「奥方様、シャルロット様がお帰りになられました」
「ええ、馬車が見えたわ」

オルレアン公夫人は柔らかに微笑むと部屋から出て、階段を下り玄関の前で返ってきた愛娘を出迎える為に使用人達と共に並んだ。
集まってくる屋敷の使用人達の数はそれほど多くない。
それでも長年仕えてくれる者や、その家族が今もまだこうしてこの家を守ってくれようとしている。
それが夫人には嬉しい事であった。
やがて扉の向こうで衛士の声が聞こえ、扉が開かれる。
陽光を背負って、一つの小さな影が家の中へと足を踏み入れる。
それを眩しそうに眼に入れて、夫人は口を開いた。

「お帰りなさい、シャルロット」

小柄な少女が足早に彼女の元に歩み寄る。
そして小さく笑みを浮かべて言った。

「ただいま、母様」

そのまま夫人の腕の中に抱かれて、彼女も母親の体を抱きしめる。
久しぶりの帰宅だった。
使用人達はそれを暖かく見守る。
夫人はシャルロットの短めの髪を撫でるとにっこりと笑ってその顔を見た。

「大園遊会は楽しかったかしら?」
「はい」
「そう、では私にもそのお話を聞かせてちょうだい」





屋敷の裏にある小さな庭園、そこに幾つかの机と椅子を出してオルレアン公夫人はシャルロットから園遊会の話を聞いた。
軽やかに奏でられる音楽、連日のように行われるダンスパーティー、湖畔の周りの豊かな土地を用いての狩り、勇壮なメイジ達による騎士試合。
それら全てを楽しそうに話す娘の様子を夫人はニコニコと見つめていた。
だが不意にシャルロットが母様も出られたらよかったのにと言い、刹那夫人の表情が曇った。
それを察した一人の女性騎士がシャルロットの足元に一匹の犬をけしかける。
この屋敷に飼われている犬で、シャルロットとも姉妹のように仲の良いその犬は女性の期待に応えてシャルロットの足元に纏わりついた。

「シャルロット様、この子もシャルロット様と遊ぶのを随分と楽しみにしていたようです。遊んでやって下さいませんか?」
「母様?」
「いいのよ、シャルロット、その子と遊んであげなさい」
「はい」

シャルロットは犬を連れて庭園を駆け回り始める。
その楽しげな様子を眺めながら、夫人はそっと息を吐いた。
女性騎士が気遣う様に声をかける。

「奥様・・・」
「ごめんなさい、リュシー。駄目ね、あの子の前でこんな顔をするだなんて」
「いえ」

彼女は儚げな表情を浮かべた。
ジョゼフ一世の慈悲で処刑をまぬがれたものの、今の彼女は許可なく屋敷から出る事は許されていない。
ゆえにシャルロットだけが園遊会に連れられ夫人は屋敷に残る事となったのだ。
シャルロットの身にはまだ使い道があった。
すなわち外交の道具としての使い道である。
シャルロットは形ばかりとはいえ王位継承権を持つ王家の姫だ
政略結婚の駒としては最適だ。
とは言え国内の貴族と結婚させるわけにはいかない。
今もなお燻る内乱の火種を大きくしてしまう可能性を秘めているのだ。
ならば国外のどこかの国の王族、あるいは皇族の元へ嫁がせれば良い。
根強く残るオルレアン公派の貴族の目論見を打ち砕き、国内の情勢を安定化させる事が出来る。
シャルロットもこの決定に逆らう事はないだろう。
母親と言う人質がいるのだから。

「あの子は幸せになれるのかしら・・・」

ぽつりと呟いたオルレアン公夫人の言葉にリュシーはしばし悩み、そして口を開いた。

「奥様、先ほどシャルロット様は口にされませんでしたが、実はジョゼフ王の命令でシャルロット様はダンスを踊らされているのです」
「・・・お相手はどなたなの?」
「ゲルマニア帝国宰相、ルルーシュ・ランぺルージ大公です」
「そう・・・」

彼女も最近ゲルマニアで起きた騒動の顛末を知っていた。
ゲルマニアが積極的に事の詳細を各国に宣伝しているというものその理由の一つであるが、最たる理由はオデュッセウス派の勝利の立役者とも言うべきランぺルージ大公に纏わる様々な噂である。
僅か十七歳で北部の貴族同盟を束ねて叔父の率いる南部貴族との戦いに勝利、領土を侵犯したトリステイン軍をも退け、帝国を支える若き宰相。
その青年の妖艶たる美貌と輝かし活躍が多くの人々の想像をかきたてるのだろう。
彼の噂は実に様々である。
『兄を皇帝に立てたが実は自身が皇帝になろうと画策している』
『その活躍は全て作り話で実は周囲に美女を侍らせて享楽に耽っている』
『卑劣な罠により何百人もの兵士を皆殺しにさせた残虐な人物である』
『いや、本当は正義を重んじる清廉で誇り高い人物である』
などと人々は口々に無責任に噂しているのだ。
無論、その全てを信じるつもりはない。
だが彼女はその噂話の中に懐かしい関係を見つけた。
ゲルマニア皇帝とその弟、皇帝は自分よりもはるかに優れた弟に嫉妬を抱く事はないのだろうか。
かつてのガリア王と彼女の夫の関係によく似たその兄弟関係。
彼女は一度話を聞いてみたいものだと思っている。

「陛下とチェスで互角の腕前なの」
「ええ、相当な切れ者である事は間違いないでしょうね。しかしジョゼフ王はまるでシャルロット様を景品のように・・・」

シャルロットが踊るまでの経緯を聞いた彼女は嘆息した。
ガリア王はゲルマニアの兄弟にも火種を投じるつもりなのだろうか。
皇帝よりもはるかに優れた弟、その彼にガリアの姫君が嫁げば帝国の勢力図は大きく変わるだろう。
何しろゲルマニアが他国よりも軽んじられている理由がその血統だ。
ゲルマニア皇家にガリア王家の血が入ればその立場は格段に強化される。
ならばランぺルージ大公がより皇帝に相応しいと思われないだろうか。
そんな事を考えながら、オルレアン公夫人は未だ癒えていないジョゼフ一世の心の傷を思った。

「その、ですね、実はその後のシャルロット様の様子が少々おかしくて・・・」
「おかしい?」
「ええ、落ち着きが無くてどこかぼんやりとされる事もしばしばありまして」

そんなシャルロットの身辺警護に当たっているリュシーの言葉に夫人はしばし瞼をパチパチと瞬かせ、そして子供の様な悪戯な笑みを浮かべる。

「シャルロット」

母親の声にシャルロットが振り返り、犬を纏わりつかせたまま駆け寄ってきた。

「何?母様」
「ランぺルージ大公は素敵な方だったのかしら?」

途端に赤く染まるシャルロットの顔を見て、夫人はクスリと笑った。
そして娘をそっと抱き寄せる。

「か、母様!?」
「あなたが人を好きになれる子でいてくれて、本当によかったわ・・・」

本当は彼女はジョゼフ一世とその娘であるイザベラ王女がシャルロットに何を課しているのか知っていた。
ガリアの内憂となる恐れのある少女を生かし続けるにはそれ相応の存在価値を示さねばならない。
彼等に呼び出されるたびに心や体に見えない傷を負っていく娘からいつしか太陽の様な笑いは消え去り、控えめな無表情な娘へと変わっていくその過程が夫人には耐えがたい苦痛であった。
だがその苦痛から逃げるわけにはいかなかった。
シャルロットの心を支えているのが、自分だと知っていたからだ。
狩りに呼ばれ、不安を抱きながら見送ったオルレアン公の姿を思い出す。
彼がジョゼフ一世を殺害しかけ、牢に入れられたと聞いて王都へ向かい、宮殿の地下で見た彼は既に狂っていた。
ジョゼフ一世を殺すのだと、本当に王に相応しいのは今まで懸命に努力を続けてきた自分なのだと叫ぶ彼。
彼女は彼が今までそのような醜い感情を胸の奥に抱いてきた事を知っている。
懸命に努力を続けてきた事も知っている。
だからこそ、それが彼の真実の心の声なのだと思い知らされた。
そして次第に明らかになっていくオルレアン公派の貴族達とオルレアン公の間で結ばれた密約。
先代の王の遺言は正式な物である。
それに従わずオルレアン公を王位に付けようとする行為はガリアに対する反逆に他ならない。
オルレアン公の罪は白日の下にさらされ、そして処刑された。
辛うじて生かされたその妻と娘。
まだ幼かったシャルロットの心を大きく歪めてしまうには悲惨過ぎる事件だった。
だが、それでもシャルロットは人として成長を続けている。
優しく、聡明に、そして強く。
それがオルレアン公夫人にとっての最後の希望なのだ。





ガリアの至高の玉座、そこに座ったまま瞼を閉じていた男がスッと目を開く。
目の前に己の使い魔の姿を見とめた。

「お休みになるのでしたら、ベッドで横になられてはどうです?」
「よい、眠ってはおらん。ただ思い出していただけだ」
「私と契約した事で後悔を?」
「後悔だと!王の力がなければおれはシャルルの本心を知る事はなかった!それのどこを後悔すると言うのだ」

少し瞼を閉じるだけでその時の光景がいつでも浮かぶ。

『黙れ!もうお前の嘘にはうんざりだ!何故おれに真っ向から勝負を挑まない!何故裏でこそこそとおれを追い落とそうとする!!』
『そ、それは・・・』
『おれが憎いんだろう!ならばそれを言え!おれはこんな王位などいらなかった!お前の本心だけが知りたいのだ!!』
『ぼ、ぼくは、ぼくは兄上の事は憎んでなど・・・』
『何故言わぬ!ならば力づくで知るだけよ!!』
『兄上!?何を!!』
『王の力には誰も逆らえぬ!シャルルよ、王の名の下において命じる。その心に秘めし欲望を解き放て!』
『や、やめろぉおおおお!ぼくはッ!』

ジョゼフは己の右目に触れる。
この力があったからこそ、シャルルの心に秘められた深い憎悪と嫉妬に触れる事ができたのだ。
それによりずっとジョゼフの心を悩ませてきた苦痛の一つが消え去った。
だがその代償として最愛の弟を亡くした。
真実を知る為に無くした心の欠片、それはもう埋める事は出来ない。
どれほど慟哭しようと戻らないのだ。
ただ一つの目的の為にジョゼフを戦わせる。

「ルルーシュ・ランぺルージ、我が舞台に上がるに相応しい者」

ジョゼフの目はどこか宙を睨みつける。

「お前のその才能、この世界の破壊の為に利用させてもらうぞ」

ルルーシュ・ランぺルージがこのガリア王国を政務で訪れ、ジョゼフ一世を再び顔を合わせるのは数か月後の事になる。





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最終更新日  2009.03.26 18:36:19
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