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宮の独り言

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2009.09.22
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カテゴリ:コードギアス
見れば見るほどに不思議な人だと、そう思った。
姉にも等しい存在であるマチルダと、世話をしている子供達と懇意にしている姉の知り合いである商人。
ハルケギニアの人間にとってエルフの血を引くティファニアの存在は恐怖の対象以外の何者でもない。
それ故にほんの僅かな限られた相手としか接する事無く、ひっそりと隠れて生きる他なかったのだ。
ルルーシュと名乗る青年は彼女の目の前で子供達の服をたたみ、破けたり糸の解れた場所を手早く縫っていく。
昼食後、遊び疲れた子供達は昼寝をしていた。
新しい土地に来た興奮や体に残っている疲れもあるのだろう、皆ぱったりと眠ってしまった。
井戸から水を汲み上げて泥だらけになった子供達の服を洗いながら、ティファニアはそっとルルーシュに視線を向けた。
不思議と彼からは男性特有の嫌なものを感じなかった。
性別を超越した美貌故なのだろうか。

「何か?」
「う、ううん、何でもないわ」

ああ、なるほど。
視線だ、とティファニアは納得する。
彼の目はしっかりと自分の目を覗き込んでいるのだ。
時折ウエストウッドの村にやって来る傭兵崩れの盗賊達のような欲望に満ちた下劣な色がそこにはなかった。
彼等は皆ティファニアの胸に視線を這わせる。
挙句の果てには同性のマチルダまでもが時には僅かに嫉妬を混じらせたものを寄こしてくる。
生まれた時から好奇の、あるいは忌避の視線を受けてきた彼女はそうした人の視線には敏感だった。
だからこそ最愛の姉にまでそんな目をさせてしまう自分の容姿が嫌いで仕方なかった。
しかしルルーシュは違った。
共に来たジェレミアやセシルでさえも刹那視線を揺らし好奇の視線を寄せる中で彼だけが目を見て話す。
とは言えまるでこちらを見定める様な冷徹な感情が籠った視線ではあったが、今までにない自分に対する反応に気が向かうティファニアがそれに気づく事はなかった。
そんなルルーシュの態度はティファニアから警戒の意志をすっかり消し去ってしまった。
実の所ルルーシュは別に意図してそのような振る舞いをしたわけではなく、相手の目を見て話すという常識的な礼儀作法に則って振る舞っただけである。
また、ティファニアの容姿にしてみても日頃から鏡で絶世の美貌を見慣れ、元来の色恋沙汰に対して関心の希薄な性質もありルルーシュは女性の価値を容姿の美醜で判断しない。
図らずともルルーシュはティファニアの警戒を解き、その人物を知るという目的の半分を無意識の内に成し遂げていた。
縫い終わった最後の服をたたみ、ルルーシュが息を吐く。

「これで終わりか?」
「ええ、そうよ。手伝ってくれてありがとう」
「別にそれほど大変だったわけではないさ。力仕事は専門外だから御免被るけれどね」

少々おどけた様なルルーシュの口ぶりにティファニアはくすりと笑う。

「そろそろマチルダさんやC.C.も帰ってくるだろう。その前に教会の中をある程度片付けておかないと」

運び入れた荷物のまだほとんどは片付いていない。
子供達を寝かせたジェレミアやセシルが今はその片づけを行っているが、彼らだけではまだ時間もかかるだろう。
その時ふとティファニアは顔を曇らせた。
マチルダは彼等の様な余所者を快く思わないだろう。
寧ろ危険だと判断するかもしれない。
まさかいきなり杖を突きつけるような真似はしないだろうが、それでも優しい姉が険しい表情で人を断ずるのは見ていて気持ちの良いものではなかった。
悲しい。
最愛の彼女がそんな顔をするのは紛れもなく自分の存在故なのだから。

「どうかしたのか?」

急に黙り込んだティファニアにルルーシュが声をかける。

「いえ・・・」
「何か不安そうだな」
「えッ?」
「俺でよければ話し相手になるけど?」

井戸のそばの日当たりの良さそうな場所に置かれた椅子とテーブル。
その椅子の一つに腰かけてルルーシュはティファニアを見上げた。
ティファニアもおずおずと腰を下ろす。
しばし沈黙が横たわり、ようやく重たげに口が開かれる。

「マチルダ姉さんは私のせいで危ない目に遭っているの」
「危ない目?」
「そう。教えてはくれないけれど・・・」

C.C.にマチルダについて行くように様に頼んだのは他ならぬティファニアだ。
もしもマチルダが危機に陥った時に助けとなる者が必要だと思ったから。
マチルダが定期的に届けてくれるたくさんのお金、危険な事はしていないというけれど、それがまともな手段で稼がれたものではないぐらい世間知らずのティファニアでも理解できた。
知り合いの商人と話す時に稀に見せる表情、普段の穏やかな頼りがいある姉のものから大きくかけ離れた別人のようなそれに変わる。
そんな顔をさせる自分の存在が、流れる血が疎ましく思えてしまうのだ。

「それはマチルダさんがやりたくてやっている事だろう?」

ティファニアの話を聞いたルルーシュが口を開く。

「彼女が正しいと、そう信じてやっている事だろう?それに君が罪悪感を感じる必要はないはずだ」
「でも・・・」
「そこに不満を感じるのならきちんと話をするべきだ。彼女が何をしているのか感付いていながら知らぬふりをするのなら、それは認めた事と同じなんだ」

知らず知らずの内にルルーシュの態度に棘が混じる。
言葉の端に乗せられた僅かな嫌悪と怒りを感じ取ってティファニアは言うべき反論を口に出来ずにいた。
今まで気品の様なものに隠されて希薄だった感情が表に出て来る。
それを自分でも気づいたのか、ルルーシュは気まずそうに口元を押さえ眉を顰めた。

「悪い、酷い事を言った」
「そんな事無いです!」
「いや、見っとも無い事をしたよ」

まるで八つ当たりの様だと思う。
マチルダとC.C.がトリステインで何をしていたのか、ティファニアに送る資金を稼ぐ為に何をしていたのかルルーシュは知っている。
他ならぬC.C.が語ってくれたのだ。
大切な妹の為に悪事に手を染めるマチルダ、それはあまりにも似過ぎていてルルーシュを苛立たせる。
何に似ているのか、もはやそれは言うまでもない。

「俺が・・・、いや、他者が言える事はあまりにも少ないだろうが、君達は話し合うべきだと俺は思う。幸いにも今のゲルマニアには職なら幾らでもある。危険な事からは離れる事は出来るだろうさ」
「話し合う・・・」
「言わなきゃ伝わらない事だってあるだろう」

過去の幻影が目の前をチラつく。
ティファニアは、彼女はどう思うだろうか。
自分が二人の素性を知っていて平然とこんな事を言っていると知ったら。
ルルーシュは人知れず影で手を握りしめる。
王家から逃げ続けた彼女達、出来れば匿ってはやりたいと思うのだが。
その時、不意にルルーシュの耳に耳障りな羽音が届いた。
虫の羽ばたき、それもかなり大きい。
ルルーシュとティファニアが顔を上げる。
二人の周囲を何度も巡り宙を飛んでいる黄色い物体。

「きゃッ!?」

ティファニアの帽子にぶつかる様にそれは何度も近づいては離れを繰り返す。
悲鳴を上げてティファニアは思わずしゃがんだ。

「蜂か!」

しかもとびっきり毒の強い種。
街の近くにはあまり棲んでいないはずなのだが、また後で騎士団に命じて巣を取り除かないといけないか。
そんな事を頭の片隅で考えながらルルーシュは急いでたたんだ服を広げ、それをひらめかせて蜂を追い払う。
しかし蜂はかなり興奮した様子で何度も周囲を飛ぶ。
遂には勢いを付けて針を閃かせて二人に飛びかかって来た。
それだ、ルルーシュが手首を返して力一杯蜂を服で叩く。
何かを引っかけた様な感触と悲鳴、地面に蜂が落ちてもがいている。
それをルルーシュは踏みつけた。
ようやく安堵の息を吐いて振り返り、思わず息を呑む。

「・・・ティファニア?」

被っていた帽子が地面に落ちている。
眩い金髪が肩を流れ、ルルーシュの声に反応して顔を上げた彼女は神々しいほどに美しい。
しかしルルーシュが息を呑んだのはそのせいではなかった。
髪の間から覗かせる長く尖った耳、それは人ならざる者の血を引く証。
ハルケギニアの民の敵とされる存在エルフの特徴。

「聞いていないぞ、C.C.・・・」

誰に言うでもなく小声で呟く。

「・・・あッ!!」

慌ててティファニアが帽子を拾い上げ深く被り直す。
ルルーシュを見る目に走る怯えの色。
細い肩が震えていた。
異端視される事に慣れ、それでも敵意の視線に怯えている。
ルルーシュはハッと自分の顔をに手を当てた。
今自分はどんな顔をしていただろうか。
違うのだと、そう彼女に言おうとしてその言葉は口に出す前にかき消される。
地面が大きく揺れた。
振り返ったルルーシュに巨大な影が被さる。
地面が盛り上がり土のゴーレムが立ち上がる。
飛び込んでくる馬に乗った女性、マチルダが杖を突き付け叫んだ。

「ティファニアから離れろ!」

ぎろりとルルーシュを睨む彼女の視線は紛れもなく敵意に満ちたものだった。
ゴーレムの腕がルルーシュを排するべくゆっくりと伸ばされる。

「冗談じゃない!そんなものに掴まれてたまるかッ!」

ルルーシュが身を翻して逃げようとする。
しかしマチルダの頭に彼を逃すという選択肢はなかった。
何せ彼はティファニアの秘密を知っているのだから。
ルルーシュが逃げる先に土の壁が立ち上がる。
行く手を遮られたルルーシュが壁にぶつかる様に止まった。
憎々しげにマチルダを睨む。

「ティファニアの目の前で俺をどうするつもりだ!」
「マチルダ姉さん!?」
「煩い、黙れ!テファの耳を見た以上逃がすわけには・・・」

無論、どれほど興奮していようとマチルダにルルーシュを殺すという意図はなかった。
ただ捕まえてティファニアの魔法で記憶を奪おうとしただけ。
だがあまりにも興奮してた事が最悪の状況を作り出していた。

「ッ!?」

炎が舞った。
燃えるはずの無いゴーレムの腕が瞬時に炎によって砕け、土くれに戻る。
突き刺さるような殺気を感じてマチルダが視線を走らせる。

「我が君に手を出すのは止めてもらおう」

そこいたのは一人の騎士。
真面目な給仕で子供の相手をしていた男の穏やかな表情はとうに消え、己の主の危機に駆けつけた彼はマチルダを憤怒の表情で睨みつけた。
何処に隠し持っていたのか、抜き放ったレイピアが剣呑な輝きを放つ。

「くそ、ジェレミア!やめ・・・」
「邪魔をするなッ!」
「開き直ったか!!」

ゴーレムがジェレミアに向かって動き出す。
砕かれた腕は既に修復され、その巨大な質量を持って押しつぶさんと迫っていく。
だが次の瞬間、マチルダの視界を紅蓮の閃光が埋め尽くした。
鼓膜を叩く爆音がゴーレムを粉々に打ち砕く。
土煙りと無数の石礫の去った後に途方もない熱量を持った炎が地面を焼いていた。
その奥にジェレミアが立っている。
彼が一歩踏み出すと炎が割れて道が生じた。
マチルダは馬から降りて杖を握り直す。
嫌な汗が背中を流れていた。
土くれのフーケとして幾度となくトリステインの腕利きのメイジ達を手玉に取った自分がどうしようもなく怯えている事に気付かされる。

「我が君の前で血を流す真似はしたくない。抵抗せずに大人しく囚われるのであれば無礼も不問に処すが?」
「ふざけた事を!」

彼が口にする言葉の意味を僅かさえも理解せずにマチルダはジェレミアの動きに集中していた。
だが勝負は一瞬だった。
陽炎の中に消えた彼の姿を追った瞬間、全身を衝撃が駆け抜けた。
ティファニアの悲鳴が耳朶を打つ。
地面に叩きつけられ、掌から杖が零れた。

「ジェレミア!止めろ!!」

最後にマチルダの目に飛び込んできたのはティファニアの金色と濡れた様に輝く漆黒だった。

「セシル、応急手当!ジェレミアはアリエスに連絡して治療師を待機させろ」
「Yes, my lord!」

まさかお前が、マチルダは目の前の人物をかすむ目を凝らしてどうにか見ようとする。
だが彼女の意識は闇の中に閉ざされていった。





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最終更新日  2009.09.22 23:49:40
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