カテゴリ:コードギアス
人類史上初めての世界征服を成し遂げた悪逆皇帝ルルーシュの死から五年、世界は概ね平和であった。
しかし人類の歴史を見ても完全なる平和の時代などありはしない。 人は皆それぞれ異なる思想、価値観、信念を持ち合わせている。 それらはいつの世であっても対立の原因を生む。 第九十八代ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアはアーカーシャの剣を持って人を集合無意識へと回帰させ、全ての嘘と対立を消そうとした。 だが世界は歩みを止める事無く明日へと進んでいく。 個々の人々が話し合いという手段を持ってより良い未来を選ぶという明日。 人々はルルーシュ皇帝という敵を得て、歴史上最悪の人物という振り返るべき過去を得て過ちを繰り返さぬように未来を選び取る。 その為にゼロが存在するのだから。 燃える上がる炎と銃声、平和だった街が突如悲鳴で染め上げられる。 合衆国日本の首都でありかつてのトウキョウ租界こと東京。 新バベルタワー、ゼロの攻撃を受けて破壊されたバベルタワーの跡地に新しく建造されたそのビルは今不穏な空気に包まれていた。 地上ではビルの周囲には警察と黒の騎士団による包囲網が何重にも敷かれ、周囲の地区の民間人はほとんどが避難を完了させていた。 上空では何機ものナイトメアフレームやヘリが飛び交っている。 辺りを支配する緊張の空気、それを切り裂くようにビルの中から一発のロケット弾が発射される。 回避するナイトメアフレーム暁、すぐさま手にしたハンドガンを向けて威嚇するが既にビルの窓には敵の姿はなかった。 パイロットは一つ舌打ちをすると地上の作戦本部へと通信を送った。 『テロリストの姿を確認。三十八階からの攻撃です』 報告を受けた作戦司令官は通信機を握りしめたまま忌々しげにビルを見上げた。 武装集団によるテロ、それも黒の騎士団のお膝元とも言うべき日本で起きたのだから忌々しい限りである。 超合集国とブリタニア帝国の戦争が終結して五年、世界から国家間の戦争はおおよそ消えたものの、代わりに世界を脅かす存在となったのはテロリストと呼ばれる連中だった。 彼らはかつてブリタニアに支配されていた地域の旧支配者であったり、過激な思想の元に未だ活動を続けていた。 世界の三分の一がブリタニアの支配下にあった時世ならばともかく、平和を求める世にあっては彼らは犯罪者以外の何者でもない。 しかし彼らテロリストは武力による恫喝によって主張を続ける。 皮肉なことにテロが未だ根絶されない最大の理由は平和の象徴たるゼロの存在があった。 テロによって抵抗活動を行ったゼロ、支配される側からすればそれは正当な抵抗運動だったのかもしれない。 だが如何なる方便をもってしても武力による異議申し立てはテロである。 たとえ正義の味方を名乗り弱者の味方を気取っても武器を手にして攻撃により体制に刃向かう事はテロリズムなのだ。 そしてゼロはブリタニアに刃向かい続け、ついには世界を変えた。 いまやゼロは伝説的な存在。 それは見方を変えればテロリズムを正当化する事に他ならない。 故に世界からテロは消えず、その凶悪性は年々増していく一方であった。 「司令!」 不意に聞こえてきた部下の声に男が振りかえった。 封鎖されていた道路を通ってくる装甲車、その車体には黒の騎士団の刻印が記されていた。 援軍か? そんな事を考えている内にその装甲車がやや離れた所に止まる。 騎士団員が警戒を見せつつ装甲車に近づき、次の瞬間ギョッと目を見開いた。 装甲車の扉が開かれ、黒い人影が飛び降りる。 翻るマント、腰から下げられた装飾剣、細身のボディースーツ、そして何よりも彼の存在を神秘的なものと化す黒の仮面。 装甲車を取り囲む団員達が一斉に背筋を伸ばして敬礼を送る。 「ゼ、ゼロ様!?」 ルルーシュ皇帝を殺して世界を暗黒から解放した伝説の存在、すなわちゼロ。 ゼロは僅かに頷くと棒立ちになった司令官の元へと歩み寄った。 そして彼が何かを口にする前に仮面から声が流れ始めた。 「『世界連合』の最高評議会によって黒の騎士団特殊部隊の派遣が決定された。よって現時点をもって君達には黒の騎士団本部の指揮下に入ってもらう」 「は、はッ、了解いたしました!」 装甲車から次々に姿を現す特殊部隊。 それぞれ最新鋭の装備を身に付け機敏な動作で動いていく。 『ゼロ』 仮面の内部の通信機に連絡が入った。 『先程テロリストから要求が入った。どうやら中東のテログループの様だ。先日逮捕された仲間の釈放と中東に駐在しているブリタニア軍の撤退を要求してきている。データを端末に送る』 「如何なるものであれ、要求を飲む事は到底出来ないな」 ゼロは手にした端末でデータを呼び出した。 画面を飛ばすように目で追っていく。 ふと画面をスクロールする指が止まった。 「ゼロより本部へ。本作戦はプランZで行く」 『プ、プランZって!?ゼロ!?君は自分がどれほど重要な存在であるか分かっているのか!』 「ここは私に任せてもらおう」 『ゼロ!すこ・・・』 プツンと通信を切るとゼロはビルを見上げた。 超高層建造物新バベルタワー、以前のバベルタワーの様に娯楽施設もあり多数の民間人が人質になっている。 脳裏をサクラダイト生産国会議でのホテルジャックの一件が過った。 最終的にはゼロの介入により日本解放戦線は崩壊、事件は解決したが人質にも多くの犠牲が出た苦い記憶だった。 このテロがその域に達する前に早急な解決が必要だった。 ゼロは手にしたアタッシュケースの持ち手を握り締めると一人歩きだした。 最前線の兵士達がそれを見て目を剥く。 「ゼロ!?」 「テロリストは交渉役として私を指名した。よって私一人で犯人グループの元へと向かう」 「な、何を言っているのです!」 「ここは私に任せてほしい」 それだけ言うとゼロは歩く速度を速めた。 ビルのエントランスを塞ぐ警備部隊に避けさせ、彼の後姿はやがてビルの中へと飲み込まれていった。 残された騎士団員達にできたのはただ呆然と立ちすくむだけだった。 こんな時彼はどうしただろうか、それはあの日以来何度も繰り返した言葉だった。 初めてできた親友と呼べる存在であり、時には最悪の敵であり、そして願いを共にした同志でもあった彼。 彼の願いを託され、自分はこうして仮面を被り世界の行く末を見守っている。 戦争で失われた無数の命、引き裂かれた祈り、絶望の中に消えた希望、その中には自分や彼が踏みにじったものもあっただろう。 たとえそれが今の平和に繋がるものだとしても決して許されるものではない。 だからこそゼロとしての今の彼があった。 バベルタワーの三十五階のフロアを歩きながらゼロ、いや、スザクは考える。 幾多もの人々が命を託して叶えた平和。 しかしそれを望まない者もいる。 悲しい意見の対立。 それを解消するための何か、それがまだこの世界には足りていないような気がしてならなかった。 超合集国の後継として創設された『世界連合』、評議会の投票権は人口比率によるものではなく一国一票制になったとは言え、小国の意思は尊重されにくい。 それ故に国民がテロに走る国も多く、影からの支援者の存在もある事からテロを根絶する事は困難となっていた。 平和など夢なのだろうか。 人々は本当に平和を願っているのだろうか。 もしかしたら大国の都合が平和と定義される状態を生みだしているに過ぎないのではないか。 テロや紛争の介入の為に黒の騎士団が派遣される度にスザクは考えてしまう。 ナイトメアフレームの開発も速度が低下したとは言え今なお継続されており、より性能の高い機体が開発されている。 フレイヤ技術も懸念材料の一つだ。 危ういバランスを保って存在する平和、世界をリードする立場にいるからこそ見えてしまう危機。 あれ程望んだ立場にあるのに希望は見えてこない。 今のスザクにあるのは行き先の見えない不安だった。 託された仮面の重みを改めて思い知らされる。 「そろそろか・・・」 スザクはフロアの中心で足を止めた。 仮面越しに伝わってくる気配、息を殺して数名のテロリストが隠れている事がわかる。 スザクはアタッシュケースを床に置くと親友がそうしたように大げさな手振りで彼らに語りかけた。 「私はゼロ。君達との交渉の為にこうして赴いた!君達のリーダーに会わせて欲しい」 僅かな間の後、五人のテロリストが銃を構えて陰から姿を現す。 突き刺さる銃の射線と殺気。 スザクの思考に何度も警戒が発せられる。 それを強固な意志で抑え込むとスザクは再び口を開いた。 「リーダーに会わせてもらおう」 「・・・ついて来い」 一人の男が顎でエレベーターを指し示す。 スザクは背に銃身が突き付けられるのを感じた。 腰から剣が抜き取られる。 アタッシュケースを持つと先導に従ってエレベーターへと乗り込んだ。 五人の内三人のテロリストがスザクの周囲を固めてエレベーターに乗り込む。 扉が閉まるとエレベーターは速度を上げて上へと昇って行った。 ボタンの操作はない。 おそらく制御室から直接制御しているのだろうとスザクは思った。 「余計な事はするなよ」 銃を殊更見せつけて押し殺した声で言う。 三人か、スザクは天井の隅に設置された監視カメラを見上げた。 光っている緑のランプ。 じっとそれを見つめる。 そしてそれはエレベーターが四十五階を超えた時、不意に赤へと変わった。 通信機に一つの声が飛び込んでくる。 『ゼロ、制御室の制圧完了しました』 その声を聞くや否や、スザクは即座に行動に移った。 銃身を弾き驚くテロリストの首に手刀を叩きこむ。 「何ッ!?」 残り二人が銃を構えるがエレベーター内という狭い空間では銃の意味は失われてしまう。 床に落ちた剣を身を落として広い、刹那視界からゼロの姿を見失って止まった彼らの手首を切りつける。 悲鳴と共に銃の引き金から指が外れ、その隙にスザクは当て身を叩き込んだ。 気を失う二人、先程悶絶させた最後の一人を昏倒させてスザクは各部隊へと通信を入れた。 「突入部隊、各ブロックから突入せよ。Aチームは人質の救出を最優先、Bチームは敵テロリストの制圧を、そしてCチームはビルからの脱出ロの確保及び犯人グループの逃走経路を押さえろ」 『『『了解!!』』』 「篠崎、制御室のモニターから人質と犯人グループの情報を各部隊へと送れ」 『了解しました。ゼロ』 先程の女性の声が流れ、エレベーターが六十階で停止する。 『テロリストリーダーは第三会議室におり、人質はそこに集められています。必要ならば隔壁の展開も可能です』 「ありがとう」 他の部隊員とは違い、決してゼロ様とは呼ばない彼女。 彼女もまた未来を託された者の一人だ。 エレベーターの扉が開かれる。 その前に銃を突きつけて待つテロリスト達、エレベーター内で倒れる仲間を認識するよりも早く黒い旋風が彼らの視界を占めた。 一瞬の体術でテロリストを弾き飛ばし、アタッシュケースから取り出した麻酔弾を叩き込む。 「貴様!」 残ったテロリストの銃の先が持ち上がった。 引き絞られる引き金、途端にスザクの思考が一つの指令で埋め尽くされる。 『生きろ!』 赤みを帯びた瞳で敵を睨み、スザクは生きるための術を逃亡ではなく敵の無力化であると意志の力で逃亡に走ろうとする身体を抑えつけた。 細胞の一つ一つが沸騰しそうな熱を帯び意識が加速する。 銃弾が発射される瞬間を見計らって身体を射線からずらし銃弾を回避。 そして相手との距離を一瞬で詰めると麻酔銃を押しつけ撃つ。 崩れ落ちる敵の体を眺めながら、スザクは肩で息をしながら暴走しかける身体をどうにか制御化に留めていた。 だが休む間はない。 この銃声や突入部隊の動きを察してテロリストも最後の抵抗をするだろう。 スザクは即座に駆け出した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.02.14 03:19:10
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