週刊 マンガ便 教室のマンガ 浦沢直樹「20世紀少年(全22巻)」(小学館)
浦沢直樹「20世紀少年(全22巻)」・「21世紀少年(上・下)」(小学館) 15年ほども昔のことですが、高校の教室で配っていた「読書案内」の復刻です。時間がズレています。浦沢直樹の傑作マンガ「20世紀少年」が完結したころのおしゃべりです。※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 二学期の教室で浦沢直樹の「20世紀少年」(小学館全22巻)が廻し読みされていましたが、この秋(2008年)、「21世紀少年」(小学館上・下)が出版されて完結しました。僕は浪人していた一昨年の卒業生さんに譲ってもらって、いっき読みしました。 浦沢直樹といえば「YAWARA」(小学館全29巻)で登場したのが20年以上も前のコトだったと思います。女子柔道の柔ちゃんのニックネームはこの漫画の主人公から取ったものですね。僕自身は「モンスター」(小学館全18巻)で気に入って、「20世紀少年」、「PLUTO」(小学館、只今5巻発売中)と読み続けています。この学校の図書館にも「MASTERキートン」・「モンスター」はそろっています。 この高校の図書館のいいところは漫画もれっきとした文化として閲覧している所ですね。もっとも、新しい作品が「のだめカンタービレ」(二の宮知子)、「リアル」(井上雄彦)くらいしか置いてないことや、渋めの作者は見当たらない所が残念なのですが。 ところで、「20世紀少年完結編」は、よくわかりませんでした。まぁ話が長くなりすぎて、最初の頃、子どもだった登場人物が大人になったどの人なのか、それから子どもの頃にあったどの事件が今の事件と関連しているのか、ごちゃごちゃしてくるんですね。 読んでいない人にちょっと説明すると、「オールウェイズ・三丁目の夕日」という映画が流行した事は知っていると思います。職員室でも観てきた人が話題にしていました。映画を見もしないでいうのも変ですが、西岸良平という1947年生まれの漫画家がビッグコミックというマンガ週刊誌に今も連載している「夕焼けの詩-三丁目の夕日」(小学館)という漫画の映画化です。1950年代から60年代のいわゆる昭和の戦後社会が舞台です。というわけで「団塊の世代」、ああ、これ「だんかい」って読みます、まあ、そのあたりの人びとが映画館に押し寄せたんじゃないかというのが勝手な推測です。 漫画のほうは「ほのぼの」としたタッチが貧乏臭いノスタルジーをくすぐって、地味に人気があります。ほっぺの赤いあどけない少女とか、鼻を垂らした少年がのんびりと昭和30年代を暮らしています。 現在の高校生には、わかりにくいかも知れないけれど、1964年、昭和38年にこの国では誰もが覚えているような歴史的イベントが二つありました。一つは東海道新幹線の開通、もうひとつは東京オリンピックの開催。この二つのエポック・メイキングな出来事を境にして、ある時代が終わったといわれているのですが、ぼくは小学校4年生でした。 「三丁目の夕日」には、この時に下ろされた幕の向こう側の世界が描かれています。この国の戦後社会の世相を「活写」した作品と言われています。 そういう受け取り方で「20世紀少年」を読むと、こっちは世紀末世相史と読めないこともないわけです。題名がT・レックス―グラム・ロックなんて知らないよな?!―という1970年代に爆発的に流行したロック・バンドの「TwentyCenturyBoys」という曲名をそのままつかっているのですが、「三丁目の夕日」のほぼ10年後くらいの世界からはじまっています。 アポロ11号が月面、「静かの海」に着陸したのが1969年。アームストロング船長という名前が、"That's one small step for a man, one giant leap for mankind."という名言と共に記憶され、1970年の大阪万国博覧会にアメリカが「月の石」を出展して大行列の騒ぎになり、科学者や宇宙飛行士が子どもたちの「将来の夢」の上位にランクされた時代に育った小学生達の物語です。ちなみに浦沢直樹は1960年生まれですね。 ぼくは1970年に高校一年生でした。「三丁目の夕日」の子ども達より年下で、「20世紀少年」の子ども達より年上です。どっちを面白がってもいいようなものですが、ぼくには「20世紀少年」が断然面白かったですね。 理由ははっきりしていて、「三丁目の夕日」の世界の時間は止まっているのですが、「20世紀少年」たちは現実の時間の中に生きて登場してしまう感じがあるからだと思います。 漫画の描き方にはいろいろあります。例えば朝日新聞の朝刊の「ののちゃん」(いしいひさいち)や「サザエさん」(長谷川町子)、傑作の誉れ高い「じゃりン子チエ」(ハルキ悦巳)や「天才バカボン」(赤塚不二夫)の主人公達は誰も年を取りません。「三丁目の夕日」の人たちもそんな感じですね。漫画には時間を止めることで描ける「笑い」や「哀しみ」があるのかもしれません。 しかし「20世紀少年」の登場人物たちは21世紀に向けて同時代を生きているように感じるのです。その結果、読者の中で、描かれている出来事がフィクションであるにもかかわらず、現実の事件とシンクロしはじめます。なかでも、宇宙旅行を夢見たり正義の味方を信じていた少年達が、あの「オーム真理教」事件を思い起こさずにいられない「ともだち教」事件に巻き込まれていくストーリーが、妙にリアルで面白かったですね。 マア、そのあたり、浦沢直樹が、この国の世紀末世相史を描こうとしているんじゃないかと勘ぐる所以です。 21世紀の平和が、主人公ケンヂの歌う「スーダラ♪スーダラ♪」で始るのも悪くないですね。これは歴史の書ではなく予言の書かもしれないと、ふと思わせてくれます。はははは。大げさすぎますかね?