ジェームズ・エルスキン「BILLIE ビリー」元町映画館no89
ジェームズ・エルスキン「BILLIE ビリー」元町映画館 ビリー・ホリデイーという名前を聞いて、「おっ!」 と思う人が、まあ、ジャズのファンとかは別にして、30代、40代の方でそんなにいらっしゃるのでしょうか。 1915年生まれで、1940年代、第二次世界大戦の終わりごろから、戦後のアメリカで、10数年間、ジャズボーカリストとして名を馳せた女性ですが、1959年、薬と酒と暴力にさらされて、44歳、あまりにも痛ましい生涯を終えた人だと、なんとなく思い浮かべるのが、たぶん、ぼくと同世代、60代の後半の人じゃないでしょうか。 まあ、ぼくにしたところで、学生時代、1970年代だったと思いますが、「奇妙な果実」という題で、あの大橋巨泉が訳した、たぶん自伝と銘打たれていた本が晶文社から出版されて、友だちの書棚に並んでいたその本を読んだのが出会いで、「奇妙な果実」という曲に興味を持ちました。 当時は、今のように聞きたい曲をその場で聞くことができるなんて時代ではなくて、その「奇妙な果実」を聞くために、ジャズ・マニアの下宿を訪ねてLPをかけてもらったりしたことが記憶の片隅にありますが、それっきりでした。 そのビリー・ホリデイを撮ったドキュメンタリーのチラシを見ていて、心が動きました。 映画は『BILLIE ビリー』です。「She song the truth,she paid the price.」 と副題がついていました。「彼女は本当のことを歌い、その代償を払った。」くらいの意味でしょうが、「she paid the price(代償を払った)」の所に引っ掛かりました。 チラシによれば、映画化の経緯はこうでした。 女性ジャーナリスト、リンダ・リプナック・キュールが1960年代から10年間かけて関係者にインタビューを重ね、時には何者かに妨害されながらもビリーの伝記を書き上げようと尽力した。しかしリンダも志半ばにして不可解な死を遂げてしまう。この度リンダが遺した200時間以上に及ぶ録音テープが発見され、ビリーの貴重な映像とともに構成されたのが、このドキュメンタリー映画『BILLIE ビリー』である。 で、火曜日の元町映画館にやって来たわけです。 堪能しました。「奇妙な果実」を歌うビリー・ホリデイを初めてじっくり聞くことができました。Strange FruitSouthern trees bear strange fruit,Blood on the leaves and blood at the root,Black bodies swinging in the southern breeze,Strange fruit hanging from the poplar trees.Pastoral scene of the gallant south,The bulging eyes and the twisted mouth,Scent of magnolias, sweet and fresh,Then the sudden smell of burning flesh.Here is fruit for the crows to pluck,For the rain to gather, for the wind to suck,For the sun to rot, for the trees to drop,Here is a strange and bitter crop. 字幕で翻訳がついていますから、意味は一緒に理解できます。歌っているビリーの姿の映像も、もちろん、くっきりとしていますが声の素晴らしいです。「 the poplar trees」の所で、声が跳ねるように聞こえたのが印象駅でした。 ビリーの歌唱シーンはこの1曲だけではありません。ちょっと、お宝映像の公開のように何曲も出てきます。それぞれが、何の違和感もない美しい音響と映像です。会話のシーンもですが、ビリーの声と表情のすばらしさが堪能できる作品でした。こういうところが、現代の「技術」なのだと感心しました。 そこに、リンダ・リプナック・キュールの録音したインタビューが重ねられていきます。この録音の音響も明快です。 アメリカ社会の「本当のこと」を歌ったビリー・ホリデーがどんな「代償」を支払わされたのか。ビリーの死の20年後、謎の死を遂げたリンダ・リプナック・キュールが、ビリーが生きた社会のどんな「本当のこと」に迫っていたのか。彼女をビリー・ホリデーに向かわせたのは何だったのか。この映画がイギリスの監督によって取られたのは何故なのか。 映画全体がミステリーとしてのドキュメンタリーとして構成されていることにも堪能しました。 「Don’t Explain」という名曲で映画を終わらせている ジェームズ・エルスキン監督は、なかなかやるなという印象で見終えました。 それにしても、リンダ・リプナック・キュールのインタビューに登場するのがトニー・ベネット、カウント・ベイシー、アーティ・ショウ、チャールズ・ミンガス、カーメン・マクレエといった錚々たるアーティスト、ビリーのいとこや友人、ポン引き、彼女を逮捕した麻薬捜査官、刑務所の職員まで多岐にわたっていることに唸りますが、おそらく、この映画の制作過程で掘り起こされたに違いないリンダ・リプナック・キュールのホーム・ムービーや、生存している妹の証言まで、実に丹念に作っている印象です。 懐かしのビリー・ホリデーの実像みならず、アメリカ社会のサスペンスを描いて納得の作品でした。 まあ、しかし、やっぱり歌うビリー・ホリデーに拍手!ですね。監督 ジェームズ・エルスキン脚本 ジェームズ・エルスキン撮影 ティム・クラッグ編集 アベデッシュ・モーラキャストビリー・ホリデイリンダ・リップナック・キュールシルビア・シムズトニー・ベネットアーティ・ショウチャールズ・ミンガスカーメン・マクレエ2019年・98分・G・イギリス原題「Billie」2021・10・12‐no93 元町映画館no89