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テーマ:映画館で観た映画(8350)
カテゴリ:~2006年 映画・ドラマ
見てきました。
硫黄島の戦いをアメリカ側から描いたこの映画。 日本側から描いた「硫黄島からの手紙」も見なくてはと思います。 同じ戦いを双方からの視点で描くという事で、やはりどちらも見なくてはと思いますよね。 ☆父親たちの星条旗☆ クリント・イーストウッド監督 ジェームズ・ブラッドリー原作(ドクの息子) ライアン・フィリップ・・・・・・・・・・・・ジョン・“ドク”・ブラッドリー ジェシー・ブラッドフォード・・・・・・・・・レイニー・ギャグノン アダム・ピーチ・・・・・・・・・・・・・・・アイラ・ヘイズ ストーリー 第二次世界大戦末期、後に硫黄島陥落のモニュメントとなった、“摺鉢山にアメリカ国旗を掲げる5人の海兵隊員と1人の海軍兵士の写真”のエピソードを基に、アメリカ側の視点で描く。その写真は、長引く戦争に疲弊したアメリカ国民の士気を上げるために利用され、6人の兵士はたちまち英雄扱いされた。兵士の中には、自分が祖国で名を成すとは知らずに撮影直後に死んでいった者、生還した者でも、祭り上げられることに関心を抱かず、自分を英雄などとは思わなかった。彼らはただ、名誉とは無縁に戦い、戦死した仲間たちとともに前線に留まりたかっただけだった…。 ~~~~~~~~~~ 132分の映画なんですが、全く長さを感じる事はありませんでした。 いろいろ考えさせられる、いい映画でした。 戦争では「正義」のために戦うという事を掲げるのですが、戦争に「正義も悪」もないんだと思うのでした。 祖国の為に戦うのですが、ギリギリの戦いの場では戦友の為、彼らを裏切らない為戦うのだと。 そして、戦場には「英雄」はいないのだという事。 3人の兵士が作られた「英雄」として使われ、それにより彼らが傷ついていったのです。 戦場の様子は色を押さえたグレーっぽい画面。 容赦ない戦場のシーンもあります。 アメリカでのキャンペーンの様子の3人の合間に、この戦場のシーンが挟み込まれてきます。 戦場のシーンは、日本兵がほとんど姿を見せません。 姿無き敵と戦う無気味さを感じる事ができます。 また、日本人である私が日本軍に感情移入することもなく見れたと思うんですよね。 双方の戦い方を見ていると、日本軍は少ない兵士で頭脳戦。 戦略のうまさは、アメリカなどの比ではないですね。 とはいえ、数の上で圧倒的に優勢なアメリカですもん。 そんなアメリカが、実はかなり本土と戦場の間に温度差があったのだというのが分かります。 やはり本土が戦場にならなかったせいでしょうか。 戦争資金が底をつき始めていたなんて、全く知りませんでした。 そのために、この3人の英雄が作られキャンペーンに借り出されたわけです。 この星条旗が立てられる写真は有名ですが、それにまつわる話は全く知りません。 しかし、国旗というのはこういう使い方がされるのかと。 あの旗を立てるというアイデアはそんなに考えられたものではないのですが、あの旗が立っただけでそれを見ていた兵士達の気持ちが高揚してました。 誇らしげでした。 その高揚感を本国で政治的に使おうとする気持ちもわかります。 こんないい材料はなかったでしょうし。 しかし、使われる方は気の毒でした。 彼らも、軍事資金が多くの戦友の為に必要だと分かっているからこそ応じるわけです。 しかし、旗を立てたから英雄か?という、苦悩があるのです。 このキャンペーンで彼らが傷ついていくのが、なんともいえません。 後半ラスト近くになると、ドクの息子と老いたドクのシーンが出てくるようになります。 ドクの息子がこの語り手であることが分かるのですが、ドクの息子のシーンは無くても良かったかもと思いました。 戦後の3人の兵士達のその後も追いかけています。 あれだけ熱狂した国民達が、戦争が終わったとたん何の関心もなくなるのですね。 時々胸が痛くなる場面もあり、じわじわと涙が湧きあがりました。 ~~~~~~~~~~~~ 日本側からの「硫黄島からの手紙」は、日本人的な描き方をしているみたいですね? 死ぬ事を覚悟した戦いは、見るのが辛いですね。 この「父親たちの星条旗」はアメリカの話という事もあるし、確かに戦場のシーンは悲惨でしたが、アメリカ本土に戻った3人の兵士達の話でもあり、そういう点では見易かったような気がします。 上にも書きましたが日本軍が出てくるシーンが、あまり多くないというのもよいのかもしれないですね。 ただ「割腹自決」は壮絶でしたが・・・ アメリカでは日本側から描いた「硫黄島からの手紙」は、どんな見方をされるのでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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