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こころのしずく

こころのしずく

小説 1~4




オリジナル小説目次

隆介(りゅうすけ)と付き合って一年の皐月(さつき)。初めてうち明けられた隆介の過去。皐月は本当の意味で彼を受け止めることが出来るのか。純愛話です。


『13歳の夏』(オリジナル小説1)

「隆介ーこっちこっち!」
 夏の夜。浴衣姿の皐月は、中学校の屋上から校庭の隆介に手を振った。
「ったく、大きな声出すなよ。誰かにバレたらどうすんだ……」
 言葉とは裏腹に、隆介はさして気にもせず、校内へ入り屋上へ上った。隆介が屋上のドアを開けたとき、皐月の後ろの夜空に、ちょうど大きな緑の花火が炸裂した。
「隆介、なによその姿。稽古着のままじゃない」
「ああ。ぎりぎりまで稽古してたら、着替える暇がなくてさ」
 隆介の家は剣道道場だ。隆介は全国レベルの腕を持ち、将来道場の跡継ぎとなることが決まっている。
「隆介はいいね。私と同じ中二なのに、もう将来が決まってて。私は、まだ未来なんて想像もつかないよ」
 次々と咲く花火を手すりにもたれて見ながら、皐月はぼんやりと言った。夏休み。花火大会。彼氏の隆介と二人、こうして屋上で甘いひとときを過ごす……。楽しみにしてたはずなのに、なぜだろう。皐月はなぜか切ない気分だった。さみしい屋上。遠くに見える鮮やかな花火。そしてなぜか、となりの手すりで、花火を見るとも無しに見る隆介。
「どうしたの?」
 皐月は普通にたずねたつもりだったが、静けさのせいだろうか、やけに神妙に響いた。
「別に……。ただ、屋上って、思い出すから……」
「何を?」
 皐月は隆介をのぞき込んだが、その時連続花火が咲き乱れた。
「うわぁ」
 皐月は、色とりどりの花火に目を奪われる。そんな皐月を、隆介は見つめた。皐月は、さばさばしてるところもあるけれど、女の子らしいところもあわせもっている。中一の夏、告白してきたのも皐月だ。さらっと、付き合ってって言われた。隆介も、別にいいけど、とぶっきらぼうに返事して、それから二人のつき合いは始まった。あれから一年がたつ。けれど皐月はテニス部に忙しく、隆介は道場での稽古にやはり忙しく、二人きりで会う機会はめったになかった。
「何を思い出すの?」
 皐月を見つめていた隆介は、急に皐月が振り向いたので、ふと我に返った。
「ねぇ、浴衣、かわいい?」
 見つめられていたことに気付いた皐月は、袖を広げて笑った。
「ああ。お前、なんか前より女っぽくなったな」
 さらっと言ってのける隆介に、皐月は少しはにかんだ。けれど同時に、隆介との距離を感じた。そんなに、長い間会ってなかった。今も、二人の立つ位置に距離がある。
「なんか、私、隆介のこと何も知らないな」
 ふと、皐月は言った。おしゃべりの皐月はなんでも隆介に話すけれど、隆介はめったに自分の話をしない。皐月が知っていることといえば、隆介にとって剣道が生き甲斐であるということと、三歳の弟をとても可愛がっていることくらいだ。
「ねぇ、何か話してよ」
「何かって何をだよ」
「んー、子供の頃のこととか」
 二人は花火を見ながら、言葉を交わした。
「子供の頃って、例えば?」
「そーねぇ。家族との思い出とか、友達のこととか」
 隆介は、黙って花火を見続けた。いや、見ているようで、実は花火が隆介の瞳に映っているだけなのかもしれない。皐月は、そんな隆介を少し見つめた後、また花火に目をやった。
「父さんは道場の先生だった。母さんは専業主婦。二人とも事故で、俺が七歳の時死んだよ」
 パアンと、おおいかぶさってくるような大きな花火が上がった。皐月は、花火から目をそらせなかった。
「おれは親戚のおじさんに引き取られたけど、九歳の時おじさんは結婚した。子供も出来た。今の弟はだから、ホントは血がつながってない。親も、実の親じゃないし」
 隆介の話し方は、とても事務的だった。
「ホントの親が死んだとき、クラスのみんなは同情したんだ。おれ、そーいうのすごいやだったから、そんときからホントの友達つくんのやめた」
 皐月は、恐る恐る隆介を見る。隆介は、無表情で花火の方を見ていた。
「でもさ……、小四のとき、ちゃんとした友達が出来たんだ。一人はガリ勉で、やたら友達友達って主張して、つるんでないと気が済まないっていう女みたいなやつでさ。もう一人は泣き虫で、すげー甘えん坊で、幼稚園児みたいにひっついてきてさ」
 皐月は、機械的な隆介の言葉の裏に、なにか爆発しそうなものを感じた。例えば、火を付けられたばかりの花火のように……。
「二人とも、何かとおれにかまってきてさ。けど、いろいろ恩があるんだ。例えば、今の両親に赤ちゃんが出来たとき、おれだけ血がつながってないから、家族で独りぼっちになる気がして家出したんだ。そんとき、二人が励ましてくれて、それでおれ今の両親とちゃんとした家族になれたんだ」
 隆介は、無表情のまま、けれど目に少し感情の光をともした。
「今の両親に、お父さん、お母さんって呼ぶことが出来るようになったのも、あいつらのおかげなんだ」
 隆介は、あわてて次の言葉を言う。
「でもさ、あいつらのほうがおれにずっと頼ってたんだぜ。ガリ勉のやつは落ち込みやすいタイプで、いつもおれが励ましてやってたし、泣き虫のやつは、いじめられてんのを守ってやったりさ」
 そこまで一気に言うと、隆介は花火が小休止している暗い夜空をしばらくじっと見つめ、やがて話を続けた。
「中学へ上がる前、二人はこの街を去ったんだ。最後に、小学校の屋上から三人で街を見下ろした」
 隆介は、手すりをぎゅっとにぎった。皐月は、それを見逃さなかった。
「おれ、思った。こいつら泣くなって。どっちが先に泣くだろって思った。ガリ勉のやつは、三人ずーっと友達でいようねって言ってたし、泣き虫のやつも、ぼくたちはずっと一緒だよってさ。おれはさめてたから、そんな二人にいつも怒ってたんだけどさ。六年にもなってなに言ってんだってさ。けどさ……」
 隆介は、急に手すりに顔を押しつけた。
「初めに泣いたの、おれなんだ。何でだろ。今でも信じらんねーよ」
「……りゅ…すけ……」
 皐月は、かすれた声でようやく彼の名をつぶやく。
「でも、あいつらが初めてだったんだ。親のことなんか関係なく、同情でなく、本気で友達になってくれたのは」
 隆介は少し顔を上げると、あいつらどーしてんだろ、と小さな声でつぶやいた。
 皐月は、隆介の肩に手をかけようとした。
「お前は……?」
 皐月は、隆介の背中を抱きしめた。
「好きだよ。隆介の両親が生きてても、そうでなくても。でも……」
 皐月は、涙をこぼした。
「でも……ひっ、ひっく……。がまんしないで……泣きなよって……ひっく、言おうと……うっく……思ったのに……」
「……お前が代わりに泣いてくれるなら、いいや……」
 隆介は振り向き、皐月を抱きしめた。けれど隆介は肩をふるわせ、こらえきれなくなったように嗚咽を漏らした。その間、フィナーレを迎えた花火は二人に色とりどりの光をあびせ、静かに終わった。
 二人は手をつないで、星空を見上げた。
「友達に、会いたい?」
「そーだな。でも、会えなくても友達だから。それにもうおれ大人だし。お前がいるし」
 皐月は、ぶっきらぼうな隆介の手を、ぎゅっとにぎった。



☆あとがき☆
8000アクセス記念に書いた小説です。泉千里様に捧げます。
「オリジナルもので全てお任せ」というご注文で書きました。何を書いて良いか分からず、嗜好チェックとして泉様のHPを読みあさりましたが(笑)結局よく分からず(泣・あっいえ、泉様が意味不明というわけではなく、私の分析力が足りないためです)、今までのお付き合いから想像して話をつくりました。泉様、的はずれかもしれませんが、よかったら受け取ってくださいませ。

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『13歳の夏』シリーズその2。中二の秋を迎えた隆介と皐月。二人の進路、そして恋の行方は……。銀杏(いちょう)が黄色く色づく秋の物語です。(『13歳の夏』シリーズ その2)


『銀杏の木の下で』(オリジナル小説2)

 校庭の隅には、大きな銀杏の木がある。汚れのない黄色い葉をたくさん身につけたその木はとても高く、綺麗な葉は太陽の光にまぶしく輝いている。
 昼休み、窓の外から、皐月はそれを眺めていた。秋だなあと思う。葉を押し葉にして、しおりにしたいとも思う。そんなところが、皐月がくったくない性格と併せ持つ、女の子らしい一面だった。そして……。
「隆介は、間違っても本なんか読まないだろうなぁ……」
 そう思い、隆介の押し葉を作るのはあきらめつつ、木の下に寄りかかり座る隆介を眺める。かっこいい、と皐月は思う。付き合い始めた中一の夏よりいっそう大人っぽく、背もここへ来てぐんと高くなった。中一の時、初めて隆介が気になるようになった理由は、容姿というより雰囲気だった。小学を卒業したばかりのまだ幼い子たちのなかで、隆介はどこか大人な感じだった。そして、意志の強い中にどこか影がある目。そんなところが皐月を引きつけ、けれど好きと気付いたときには既に「好きになった理由」はなかった。
 最初に感じた雰囲気や目の色の理由が分かったのは、今年の夏花火を見に行ったときだった。隆介の、不幸な生い立ち。平々凡々と普通に育ってきた皐月は、それを知らされたとき、あまりにも衝撃的だった。しかも、付き合って一年もたってから知ったのである。あの時は、ただただ隆介の心が痛くて泣いた。けれど、それ以来は今まで通りに接した。あの花火の日、隆介はそれを望んだからだ。それに皐月にとって、隆介の過去がどうあれ、隆介を好きなことに変わりはなかった。
 それにしても……と、皐月は木によりかかる隆介を眺め続け思う。
「隆介……何を考えてるのかなぁ……」
 隆介は普段、クラスの友達とつるんでいるが、たまに独りでいるときがある。皐月が聞くと、決まって、たまに独りでぼーっとしたくなるときがあるという。皐月には考えられない。何故なら……。
「皐月ってば、まーた木下くん見てるぅ!」
「このこのー! いいなーカッコいい彼氏がいてー」
 ちょっとでも独りになろうものなら、すぐにたくさんの友達が寄ってくるし、自分もいつもはその集団の中にいて何の煩いもなく楽しく過ごしているからだ。
「ねっ、ちょっと皐月貸してもらっていーかなっ?」
 急に皐月の友達たちに声をかけてきたのは、隣のクラスの春子だった。春子は皐月の親友であり、同じテニス部でもある。髪をおだんごにして、上でまとめている。背の高い明るい子だった。
「ハル! どしたの?」
「あのねー。うちのクラスで隆介くんだけがまだ進路希望の紙提出してないのよぉ。提出期限三日も過ぎてんのに、いつも忘れたーって言って聞かないの。皐月なんとか言ってやってよー」
 皐月は不思議に思った。隆介は、家の剣道道場の跡継ぎとなることが決まっているはずだ。剣道は養父に教えてもらえるはずなので、高校は地元のそこそこの高校に決めていたはずだった。それに、提出物を三日も忘れるような性格ではない。
「分かった。聞いてみるよ。そうだ。ハルはやっぱり家を継いで、いけばなの先生になるの?」
「うん。まぁ小さい頃から習ってきたし、それなりに楽しいからね」
 春子は軽く笑って去っていった。

「隆介! 待って!」
 放課後、帰ろうとする隆介を、皐月は呼び止めた。ちょうど、銀杏の木の下だった。隆介は学ラン姿、皐月はテニスウェアー姿である。隆介は、ちらりと皐月の太ももを見る。
「今、見たでしょ」
「いいだろ別に」
 隆介は平然としている。皐月は少しドキドキしながら、けれど本題を持ちかけた。
「隆介、進路希望の紙提出してないんだって? 学級委員のハルを困らせちゃダメだよ」
「あー……」
 隆介は、気のない返事をした。そして、銀杏の葉を一枚拾う。
「えっ? なに隆介。押し葉の趣味があるの!?」
 皐月は驚いて、思わず声をあげた。
「あるわけないだろ。光にやるんだ」
「あ、そっか」
 光は、隆介の血のつながらない弟だ。男の子でも、三歳の子なら、確かに喜ぶだろう。
「お前は?」
「えっ?」
「進路希望。どこの高校書いたんだ?」
 皐月はドキンとして、しゃがみこんだ。銀杏の絨毯を見ながら、ぽつりと答える。
「春高。隆介が行くって言ってたとこと、同じ……」
 隆介の返事は、返ってこなかった。皐月はおそるおそる隆介を見上げると……隆介は優しく笑っていた。けれど皐月は、不安を覚える。いつもの隆介の笑い方は、こんな風ではない。
「皐月は、ハルと同じ高校行ったほうがいいよ」
「……何で?」
 皐月は混乱していた。隆介から突き放されるようなことを言われたのは、初めてだった。
「ハルとは、親友だろ。やっぱさ、親友ってのは近くにいたほうがいいぜ」
「でも、隆介とだって一緒にいたいよ」
 皐月は思わず、隆介の両腕をつかんだ。隆介は、そのまま言った。
「悪ぃ。おれは、すげぇ遠くの学校行くことにしたんだ。剣道の強い男子高校。バイトして独り暮らししながら、通おうと思ってる」
 皐月は、思わず力が抜けて、手をするりとはなした。隆介は、鞄から進路希望の紙をおもむろに出すと、高校名を殴り書きして、皐月に渡した。
「ハルに渡しといてくれねーか? じゃあな」
 隆介が帰っていく背中を見ながら、皐月はペタンと地面に座り込んだ。

 皐月は、飛んできたテニスボールを思い切りラケットで打ち返す。部活動を続けながら、皐月の頭は隆介と自分のことでいっぱいだった。皐月にとって、わざわざ親元を離れて遠くの高校へ通うなんて考えられなかった。それに、隆介は自分と離れても平気なのだろうか。そして、親友と一緒にいたほうがいいという言葉。皐月は頭が混乱して、ただただ胸のもやもやを球を打つ強さへ変えていた。

 帰り道、皐月は春子と別れると、自宅ではなく隆介の家へ向かった。歩きながら、頭の中を整理する。
 まず、何故隆介は突然遠くの高校へ行くなどと言い出したのだろう。いくら剣道が強い高校だといっても、隆介の養父にはレベルが及ばないはずだ。隆介の養父は全国レベルの有名剣士。そして隆介の実力も、幼いときから全国レベル。それもひとえに、養父の稽古にひたすら励んできたからである。そして隆介は養父から、道場の跡継ぎとして認められ、隆介もそれを決めていたはずなのである。
 そして、親友と一緒にいたほうがいいと言った言葉。隆介には、今親友と呼ぶべき友達はいない。皐月はそれを、改めて思った。男の子なんて、適当につるんで、それだけだと思っていた。けれど、そういえば前に言っていた。小学生のとき、二人の親友がいたのだと。
 あと一つ。それを考えると、皐月は涙が出そうになる。隆介は、自分と離れても平気なのだろうか。隆介の選んだ高校は、とてもすぐに行ける距離ではない。もう、会えなくなるかもしれないくらい、遠いところ……。
 気がつくと、隆介の家の前まで来ていた。道に面した一階の手前は道場になっている。今日は道場の稽古日ではなかったので、皐月は木戸から道場へ入ろうとしたが、手を止めた。竹刀を打つ音が聞こえてきたからである。それも、まだ弱々しい音だった。
 皐月は、木戸を少しだけ空けて、そっと中をのぞいた。そこにいたのは、隆介と光だった。道場の古い床に稽古着で立つ二人。それぞれ、竹刀を握っている。どうやら、隆介が光に稽古をつけているようだ。
「おにいちゃん。もーつかれたよぉ」
 幼い光は、半泣きだ。はぁはぁと息を乱している。それでも竹刀を握りしめ、頑張って立っている。三歳でそれだけの精神力があるのは、血がつながらなくとも隆介譲りだろうか。真っ直ぐな目も、隆介とどこか似ている。
「まだダメだ。あと打ち込み十回!」
「じゅっかいって、どのくらい?」
 隆介は、光を真剣に見据え言った。
「たくさんだ。いっぱい稽古しろ。お前はこの道場継ぐんだからな」
 皐月は、はっとした。思わず道場に飛び込む。
「隆介! それってどういうこと!?」
「皐月……」
 隆介は驚いたあと、言った。
「送ってくよ。話があんなら、歩きながらしようぜ」
 隆介はその後、光に十回打ち込みをさせると、懐から銀杏の葉を出した。
「よく頑張ったな。ごほうびだ」
「うわぁ! ありがとう、おにいちゃん」
 光は目を輝かせて銀杏の葉を受け取り、光に透かしたりひらひらさせたりして笑った。

 トレーナーにチノパンの隆介。セーラー服の皐月。二人は日がもう少しで沈みそうな、薄暗い道を並んで歩いていた。
「光はさ。お父さんと血のつながった子だ。やっぱり、光が道場を継ぐべきだと思ったんだ」
 隆介は、皐月が聞きたかったことを自らあっさり言ってのけた。
「でも、おじさんは隆介に継がせるって言ったんでしょう?」
「そうだけど……。お父さんはおれを、ホントの息子だと思ってくれてるし……。けどさ……おれも同じなんだ」
 隆介は、ちょうど通りかかった自分たちの学校の銀杏を眺めた。
「おれも、光が可愛くて仕方ねーんだ。ちゃんと血のつながった兄弟じゃないのにさ」
 隆介は、校庭へ入っていった。そしてまた、銀杏の葉を拾う。
「あいつの、次のごほうび」
 隆介は笑った。ニッってする、いつもの笑い方だった。
「……それだけで、自分のこと犠牲に出来るの?」
 皐月は、胸がいっぱいになりながら言った。隆介は、迷いなくうなずいた。
「親友のことは? ハルと一緒の高校へ行けって、なんでそう言ったの?」
「親友って大事だぞ。なんでも話せるし、助けてくれるし、逆に助けてもやれる。けど、本当の親友って、そう簡単に出来るもんじゃねー。だから大切にしろって言ったんだ」
「それって、隆介が小学校の時出来た二人の親友が、今そばにいないから?」
 隆介は、笑ってうなずいた。
「私とは……」
 皐月は、最後に一番聞きたい質問をしようとしたが……言えなかった。
「隆介……。私ね、銀杏の葉で押し葉作るの。たくさん拾ってから帰るから、もうここでいいよ」
「……そっか」
「送ってくれて、ありがと」
 隆介はうなずくと、去っていった。
 皐月は、銀杏の木を見上げた。黄色い葉の間から、赤く強い夕日が射してきて……。
「秋はさみしいって……生まれて初めて感じたぁ……」
 皐月はうずくまり、手のひらいっぱいに銀杏の葉をすくった。それをパラパラと落としながら、皐月は葉が残る手のひらに顔をうずめた。
「ねぇ隆介……。私なんか、まだ将来の夢も決まってないんだよ。何も考えないで生きてきたんだよ。普通に家族がいて、友達がいて。そんな、どこにでもいる、普通の女の子なんだよ。でも隆介は……」
 皐月は、銀杏の葉に、さらに強く顔をうずめる。
「隆介は……遠くて、重いよ。追いつけそうもないよ……。支えられそうもないよ……」
 皐月は、消えゆく夕日と同じくらい静かに、そして辛そうにつぶやく。
「なのに……隆介は……なんで私を選んでくれたの?」

 その時、カサ……と、落ち葉を踏む音がした。皐月が振り向くと、薄暗い中に立っていたのは、隆介だった。
「隆介……帰ったんじゃ……」
「自分の彼女ほっといて帰れるわけないだろ」
 隆介は、サツキの目を真っ直ぐ見て言った。皐月は何も言えずに、ただ泣きそうに隆介を見つめ返す。
「お前、独り言が多いな。まぁいいや。なんでお前を選んだかって? 好きだからに決まってんだろ。別に理由なんかねぇよ」
 隆介の口調はしっかりしていたが、何かこらえているようだった。
「将来の夢なんか、これから決めればいいだろ。まだまだ先は長いんだ。家族がいて友達がいて、いいことじゃねーか。おれもうれしいよ」
 皐月は、隆介を見つめ続ける。
「それに別に、おれ支えてもらわなくても平気だし、追いつく必要ないだろ?」
「……隆介」
 皐月は、銀杏の葉をにぎりしめ、願うように聞いた。
「私と離れても、平気なの?」
 皐月の悲しげな言葉に、隆介は背を向けた。
「おれはきめたんだ。光のために。そして自分のために。おれは道場を継がなくても、強くなってみせるって。けどさ、それを決めるまでに、すごく悩んだんだ。特に……」
 隆介は、背を向けたまま続けた。
「最後まで悩んだのが、お前と離れることだった……」
 静かに、隆介はつぶやく。
「けど、お前が、おれと一緒の高校に行くって言ってくれて……。うれしかった。だから、決心がついた。だけど、お前の言うとーりだ。秋って、さみしいもんだな……」
 かすれる、隆介の声。
「お前と離れて……平気なわけ……ね…だろ……」
 皐月は思わず隆介の前にかけよると、隆介は目に涙をためていた。
「……ごめん隆介。ごめんね……」
 皐月は隆介を抱きしめた。
「独りで苦しめてごめんね。今度からは、隆介の心が重たいときは、私も一緒に支えるから。隆介が遠くにいるなら、一生懸命追いかけるから。ごめんね隆介……ごめんね……」
 皐月は、隆介の胸で泣きながら、そう誓った。
 隆介は、返事の代わりに、皐月の両肩に手を置いて、そっとキスをした。かすかに触れ合うだけの、初めてのキスだった。皐月は、泣きじゃくりながら……。隆介は、静かに涙をこぼしながら……。

「銀杏の葉っぱ、しおりができたら隆介にもあげるね」
「いらねーって」
「じゃあ光ちゃんにあげよっと」
 帰り道。隆介と皐月は手をつなぎ、楽しいひとときを過ごした。
「やっぱ、くれよ。中学を卒業するとき」
「うん」
 二人の、一生に一度きりの中二の秋。それは幸せで、けれど少しだけさみしさを残して、短く過ぎていった。 



☆あとがき☆
『13歳の夏』シリーズ第二作・秋編です。中二といえば進路!(勝手な思い込み・笑)とのことで、題材に用いました。本日11月30日。ぎりぎり秋に間に合わせることが出来ました。
辛い過去を背負う隆介と、ごく普通に育ってきた皐月。そんな二人の恋はこれからもいろいろあることでしょう。二人を応援したい作者バカな管理人です・笑

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『舞い落ちる雪とベルの音』(『13歳の夏』シリーズ その3)

『13歳の夏』シリーズその3。中二の冬を迎えた隆介と皐月。隆介の苦しみを背負おうとする皐月だが……。静かに雪が舞い降りる冬の物語です。

 教室の窓から外を見ると、雪が降っていた。静かにしんしんと落ちていく雪を見ていると、音のない世界に吸い込まれそうだと、皐月は思う。校庭の銀杏の木、黄色い葉が舞い落ちる下で、隆介とキスをした。あのとき、隆介の苦しみを一緒に背負おうと決めた。その秋は短く、今は既に銀杏の葉はない。
 進路希望の紙を書きながら、皐月は隆介のことを考えていた。もうすぐ冬休み。隆介は、家の道場を継がないことをまだ両親に話していない。隆介は両親になんと言われるのだろうか。やはり反対されて、家の道場を継ぐのだろうか。そうしたら、隆介は前に決めていたとおり、地元の春校に行くのだろうか。
 皐月は、秋と同じように、進路希望にその高校名を書いた。ため息を一つつく。剣道一筋の隆介とは違う。皐月には、特別将来やりたいことがない。思いつかない。ただ、隆介のそばにいたかった。

 大雪警報が出て部活が休みになった皐月は、久しぶりに隆介と一緒に帰ることになった。
「お前、進路希望なんて書いた?」
「春校だけど……」
「なんでだ? お前はハルと同じ高校がいいって、おれ言っただろ?」
 皐月は、浮かない顔でうなずく。
「おれは春校行かないし、お前にも春校行く理由なんか特別ないだろ? だったら親友がいるハルと同じ高校がいいって、おれ言ったのに……」
「だけど……隆介、春校行くかもしれないし……。そしたらやっぱ、一緒に行きたいし……」
 沈んだ顔のまま、皐月は続ける。
「行かないよ。春校には」
 隆介は、きっぱりと言った。
「言っただろ? 道場は光に継がせるって」
「でもおじさんやおばさんは――」
「もう決めたんだ」
 確固たる強い意志を持つ隆介を、皐月は好きだと思う反面、悲しかった。その訳を、長いつきあいの間から、皐月は自分なりに答えを得ている。夢を持つ隆介。何もない自分。置いていかれそうで……。怖くて、さみしいのだ。
 そうして今は、さらに別の悲しみを抱えている。隆介の悲しみを、皐月は背負っているのだ。こんなに剣道が大好きなのに、弟に道場を譲るという隆介。それだけでない。幼いときに両親を亡くした隆介。ひきとられたおじさんが結婚したときの、隆介のさみしさ。二人の親友と離れた悲しみ。いろいろな苦しみを、皐月は隆介とともに背負うのだと決めた。
 隆介は、皐月の表情に気付き、そして別の話題に変えた。けれど隆介は、どこか上の空だった。

 冬休みに入った。この間の大雪で、まだ街には雪が残っている。隆介は道場の冬稽古、皐月は部活と、相変わらず会えない毎日が続く。
 皐月は、隆介が両親に高校の話をしたかどうか気になっていた。けれど、重要な話だけに電話で聞くのもなんだかためらわれ、結局約束をしたクリスマスイブの日にたずねようと決めた。
 
 クリスマスイブ当日、皐月はめいっぱいのおしゃれをした。お気に入りのチェック柄ミニスカートに、ふわふわのセーター。その上に、両親からクリスマスプレゼントにと買ってもらったばかりのコートを着て、皐月は街へ出かけた。普段はさばさばした性格だが、こんなとき皐月は女の子らしさを発揮する。
 待ち合わせ場所のデパート前に、めずらしく隆介は先に来ていた。
「めずらしいね。隆介が先にくるなんて」
「ああ。家にいるといろいろうるさくて……。あ、お前今日おしゃれしてきただろ」
 隆介は、ミニスカートからのぞく皐月の太ももを、ちらりと見た。
「なんでいつもそーいうとこ先に見るのよ!」
「別にいーだろ?」
 隆介はそれから皐月を眺め、うれしそうに笑った。
「似合うな」
「うん! このコートお父さんとお母さんに買ってもらったの」
 皐月は笑顔でくるりと一回転する。隆介は、なんだかホッとしたように笑う。
「あー、隆介ってばまたそんなうすいジャンバーで。風邪でもひいたらどうするの?」
「だからおれは体を鍛えてるんだって。いつもそう言ってるだろ?」
 皐月は、そーだけど……と不満げにつぶやき、そしてハッとした。隆介の家は、父が稼ぐ道場と手習いの月謝、母が稼ぐスーパーのレジの給料、それが主な収入である。もしかして、隆介の家はあまり裕福ではないのであろうか。隆介がそんなことを言ったことはない。けれど、皐月もいつまでも子供ではない。そんな事情を察する年になってきたのである。
「隆介……。高校のこと、おじさんたちに言った?」
 皐月は、それでも収入の話には触れず、前から聞こうと思っていたことをたずねた。
「ああ。けど、認めてもらえなかった。長男が道場を継ぐのが当然だろって。だからおれ言い返したんだ。おれの父さんは、あ、父さんってのは死んだ父さんのことだけど……。父さんは、長男なのに次男のお父さんに道場を譲ったじゃないかって。おれだって光に道場譲ってやりたいって。けどお父さんがあんまりおれにってしつこいから、つい言ったんだ。血のつながらないおれに道場継がせないと、うしろめたいからかって。そしたら思い切りひっぱたかれた」
 隆介は一気に説明すると、ふぅと息を吐いた。皐月はそんな隆介を苦しそうに見つめ、そして言う。
「だったら、道場継げばいいじゃない」
「だけどおれは光に――」
「光ちゃんより、隆介は自分をもっと大事にしなよ。だって今までずっと不幸だったじゃない。お父さんもお母さんも隆介が小さいとき死んじゃって、今のお父さんは結婚して光くんが生まれて……。いくら気持ちは本当の親子とか兄弟って言ったって、結局はいろいろ問題あるわけじゃない。それに家だって本当は貧しいんでしょ。だから隆介、コートも持ってないんでしょ」
 皐月は、いつの間にか感情的になっていた。
「薄着なのは、体を鍛えるためだって言ったろ……?」
 静かに、隆介は言う。いつの間にか、ちらちらと雪が降り始めている。
「それに……。不幸って……なんだよ……」
 隆介は、少しかすれた声で問う。
「隆介……?」
「なんでお前、そんなに辛そうなんだよ……」
 低い声に、辛い気持ちを押し込めているのが、皐月にも分かった。皐月は、思わず隆介に抱き付いた。
「だって……隆介が辛いときは、私も一緒に背負うって決めたから……。だから……」
「なんでお前が背負うんだよ」
 冷酷な隆介の言葉に、皐月はハッとして思わず体を離した。
「背負って、どうするんだよ。おれも辛くて、お前も辛くて、それでおれはよけい辛くなって……。だいたい、お前いつからおれを不幸だなんて思うようになったんだ……」
 うつむいた隆介は、けれどきっと怒っているのだろうと、皐月は思った。今年の夏、二人学校の屋上で花火を見たときのことを思い出す。

『ホントの親が死んだとき、クラスのみんなは同情したんだ』

『おれ、そーいうのすごいやだったから――』


 無表情でそう言った隆介。花火を、見るとも無しにただ目に映しながら。けれどその時隆介が、心の中に必死に押し込めていたものを、皐月は知っている。


『でも、あいつらが初めてだったんだ。親のことなんか関係なく、同情でなく、本気で友達になってくれたのは』

 小学生の時に出来た二人の親友を、そんな風に語った隆介。


『お前は……?』


 隆介に聞かれた言葉。その時のことを、皐月はよく覚えている。覚えているから、皐月の目から涙があふれる。
 あの時皐月は、返事の代わりに隆介を抱きしめた。隆介に同情などしないと、当たり前のように思っていたのに。いつの間にかそうなっていた自分に、なによりもまず驚き、そして自己嫌悪でいっぱいになる。
「皐月……」
 隆介は、肩を震わせて泣く皐月を抱きしめようとして、けれどためらい手を下ろした。
「一緒にいるの、やめるかおれたち……」
 雪にのまれたその言葉は、皐月の気をも遠くする。
「お前を泣かせるくらいなら……」
 隆介の肩に、音もなく雪が積もる。
「それに……。おれ……本当は分かってんだ……」
 後ろを振り向く隆介。
「小さいときから、ずっとそうだった……。父さんも母さんも死んで……。お父さんも、おれを引き取ってから重い病気にかかったことあるし……。親友も、おれと同じクラスだったとき、母親を亡くしてる……。運命とか信じたくないけど、おれといっしょにいると、みんな不幸になる……。だから……」
 皐月が涙目で見た隆介の背中は、冷たい雪が染みこんで、寒そうだ。
「お前が……おれのことで苦しくなるなら……。お前も……おれのせいで……不幸になってるって……ことだから……」
 隆介は、空を見上げる。隆介の顔に舞い落ちた雪が溶けていく。雫が、涙のように頬を伝う。
「皐月には……幸せになってほしいんだ」
 顔に流れる雫を、隆介はこぶしでぬぐった。
 皐月は、そっと隆介の後ろから抱き付いた。
「私は、不幸にはならない」
 皐月は、きっぱりと言った。
「隆介がそばにいてくれるなら、それだけで幸せだから……」
 皐月は隆介を抱く力を強くする。
「隆介が辛いとき、泣くんじゃなくて、笑っていられるように……なるから……」
 最後の言葉は、少し自信なく言う皐月。隆介は振り向くと、皐月の両肩に手を置いた。
「……ごめん」
 かすかにつぶやく隆介。
「小学んときの親友に言われたことがあるんだ。同情したらいけないのって。相手のことを心配したり、一緒に泣いたりしたらだめなのって。そう言われて、けどその時は納得出来なくて、今でもまだ答えが分からないけど……」
 隆介は、懸命に考えながら言葉を紡いでいく。
「お前がおれを不幸なヤツなんだって目で見るのはやっぱり嫌だし、お前が苦しみを背負って泣くのは、辛いんだ……。けど……世の中の男と女は、そんな風にして、お互いを支えているのかなって……思って……。お前に何かあったらおれは辛いし……やっぱり、一緒に背負おうとするだろうし……。お前がおれの苦しい気持ち背負ってくれて、正直……うれしかったというか……楽になったんだ……」
 皐月は、隆介を見上げた。
「ごめん。おれ、言ってること無茶苦茶だ……」
 隆介は、皐月を抱きしめた。
「ごめん。今日のおれ、なんかおかしーんだ。だけど……」
 隆介は、さっきとは逆に皐月をぎゅっと抱きしめる。
「とにかくおれは、お前に幸せになってほしいんだ。無理して笑うんじゃなくて、本当に幸せになってほしいんだ」
 そのまま隆介は皐月を抱きしめ続けた。雪が、二人の髪を濡らした。
 やがて、皐月が静かに言った。
「私、幸せになる。今も幸せだけれど……。だから隆介は、まわりに起こった不幸を自分のせいだなんてもう思わないで。そうしたら私、もっともっと幸せになれるから」
 隆介はうなずき、そのまま皐月にキスをした。凍えきった二人の体は、唇のあたたかさでとかされていく――
 どこかから、ベルの音が聞こえた。今日はクリスマスイブ。祝福の音が、二人の幸せを予言しているようだった。



☆あとがき☆
不器用な隆介、一生懸命なのに隆介を困らせてしまう皐月……。それでもお互いの絆は、しっかり結びついています。
二人の恋の行方、そして未来は……。シリーズあと少しだけ続きます。

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『桜吹雪は幸せのように』(『13歳の夏』シリーズ その4)

『13歳の夏』シリーズその4。中三の春を迎えた隆介と皐月。受験生になった二人の進路は……。そして……。桜吹雪舞い散る春の物語です。

 桜の花がちらほらと咲き始めた、そんなある日。隆介と皐月は二人並んで歩いていた。日曜日。いわゆる普通のデートである。普段、隆介は剣道の稽古、皐月は部活に追われなかなか会う時間がなかった。けれど、桜が咲いたときに一緒に歩きたいという皐月の強い希望で、去年も今年も無理矢理会う時間を作ったのだ。
「きれいだねー」
「ああ」
 手をつなぎ、桜並木を歩く二人。付き合ってもうじき二年にもなる二人だが、こうして並び歩く一時さえ貴重なのだ。皐月は、幸せいっぱいに隆介を見つめる。気付いた隆介が笑い返す。
 その時だった。
「ねぇ、もしかして、隆ちゃん?」
「直之! 直之じゃねぇか!!」
 突然声をかけてきた同じ年頃の少年は、うれしそうに隆介に抱き付いた。
「お前中三にもなってまだその抱き付く癖直ってないんだな」
 言葉とはうらはらに、隆介はこの上もなく嬉しそうである。
「あの……」
「ああ。直之。こいつ、おれの彼女。皐月、こいつが小学ん時の親友だ。ほら、小学卒業したあと、遠くへ引っ越したって言っただろ?」
「うん! この人が隆介の……。初めまして!」
 皐月は、ぺこりとお辞儀した。直之も、うれしそうにあいさつを返す。ほおがふっくらして優しそうなその少年は、隆介とは似ても似つかぬタイプだった。けれど二人は、二年ぶりに会ったというのに、毎日会っているように仲が良い。
「なんで急にこんなとこいんだよ」
「家族で、お母さんのお墓参りに来たんだ。それでね、隆ちゃんの家に行ったら、おじさんが出かけたって言うから……」
 皐月はどきんとした。お母さん、というのは、当然このコのお母さんのことだろう。去年の冬、隆介が言っていた。親友の母が亡くなったのだと。それが、この少年なのかと皐月は思った。
 それにしても……と皐月は思う。隆介の、こんなにくったくのない笑顔を皐月は見たことがない。本当にこの親友を大切に思い、大好きなのが伝わってくる。皐月はもちろんうれしくもあった。けれど……。
「そういえば、おじさんが言ってたよ。隆ちゃんが道場を継ぐって言わないから困ってるって……」
「そうなんだよ。おれは光に継がせるって言ってるのにさ」
「うーん。隆ちゃんにとっては光ちゃんも可愛い弟だしねぇ。ぼくにも可愛い弟がいるから分かるよ。きっとぼくでもそうするし。でもぼくは隆ちゃんも大事だし……。困っちゃうな……」
 そうなのだ。隆介の家の道場跡継ぎ問題は、まだ未解決のままなのだ。けれど皐月は知っている。隆介は、一度決めたことをそう簡単には変えない性格だということを……。

「ハルー、聞いてよー!」
 昼休み、ほとんど人気のない教室の窓辺で、皐月は隣で窓の外を眺める春子の両肩を揺すった。
「隆介ってばねー、私より親友のコといるほうがうれしそうなの! それって彼女としてすっごいショック!」
 皐月にしてはめずらしくテンションが高い。
「桜、満開だねー」
「ハル! あんた話聞いてんの!?」
 憤る皐月に、春子はくすっと振り向く。
「皐月は隆介くんの前でそーいう態度すんのっ?」
「へっ?」
「しないでしょー! もっと女の子らしくするでしょー! 隆介くんに好かれたくて。男の子だって同じだよー。皐月の前では、隆介くんクールでいたいんだよぉ!」
 春子はくったくなく笑った。その明るさとハイテンションに、皐月は妙に納得してしまう。
「隆介くんのこともいーけど、進路希望の紙早く出してよねー」
 今年同じクラスになった春子は、去年と同様に学級委員を務めている。
「分かってるよ。けど……」
「いいじゃん。とりあえずいつものように、春高って書いて出せば。隆介くんまだどうなるか分からないんでしょ」
 皐月の親友として、隆介の家の跡継ぎ問題も知っている春子である。
「そういう、ことじゃなくて……」
 皐月は顔を曇らせ、そしてつぶやく。
「隆介やハルはいいよねぇ。家が剣道道場だのいけばな教室だのやってて、だから自然と夢が持てるんだよね……」
 すると、ハルはふくれっ面をした。
「あのねー、私だって昔はやだったんだよ。ケーキ屋さんになりたいとか、夢がたくさんあったのに、無理矢理お花ならわされて……」
「じゃあなんで家を継ぐって決めたの?」
 皐月は不思議そうに問う。するとハルは、パッと顔を輝かせた。
「いつの間にか、楽しくなってたの! そうして、どんどん好きになって、今では生け花イコール我が人生みたいな?」
 生き生きと語るハルを見ながら、皐月は思い出していた。隆介の言葉を。隆介も、似たようなことを言っていた。剣道があるから、自分が自分でいられるみたいなことを……。
「別に家に何もなくたって、外で何かやってみればいいじゃん! やりたいことがなくても、やってみたらそのうち好きになるかもだよ! 皐月は行動派なんだからさ!」
 春子は、にっこり笑った。

 皐月は、独り家に帰りながら、ハルの言葉を思い出し何かやってみようと考えていた。けれど、何をやっていいのかさっぱり分からない。子供の頃の夢ってなんだっただろうと記憶の糸をたぐり寄せていて、ふと、隆介の弟を思い出す。光なら、なにかヒントをくれるかもしれない。そう思い、方向を変えて皐月は隆介の家にむかった。もう暗いので隆介や光ともほんの少ししか会えないとは思ったが、それでも思い立ったうちに話を聞いてみたかった。

 道場の門からそっと中の様子をうかがうと、どうやら隆介と光が二人きりで稽古中らしかった。皐月は戸を叩いて中へ入る。
「あっ! 皐月おねえちゃんだ!」
 光が、とたとたと皐月に駆け寄る。
「皐月。どうしたんだ?」
「今日は光ちゃんに会いにきたの」
 不思議そうな隆介をよそに、皐月は早速聞いてみる。
「ねぇ、光ちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
「うーんとねぇ、ぼくはねぇ、けんどうのせんせいになりたいの」
「そうなんだぁ」
 皐月は、期待とは違う答えに少々ガッカリする。
「でね、おっきいどうじょうをつくるの!」
 光の言葉に、隆介は驚いて寄ってきた。
「道場を作る? お前はこの道場の先生になるんだろ?」
「そんなの、おにいちゃんがかってにきめたことだもん。ぼくは、かたじろうせんせいみたいに、おっきなどうじょうつくるの!」
 そのときの隆介の驚きようといったらなかった。
「片次郎先生って……。お前……」
「ぼく、しってるもん。かたじろうせんせいは、おぶつだんのなかにいるんだもん」
 皐月はハッとした。光が言う片次郎先生とは、どうやら隆介の実の父親らしい。
「おとうさんに、だれってきいたの。そしたら、おにいちゃんの、もうひとりのおとうさんなんだって」
 光は、大きな目をきらきらさせる。
「かたじろうせんせいはね、けんどうがすっごくつよくって、どうじょうもじぶんでつくったんだって。だからぼくも、ぜったいかたじろうせんせいみたいにつよくなって、どうじょうもじぶんでつくるの」
 光は、笑った。くりくりと丸い幼いその目に、強い意志が込められている。
 隆介は、誰もいない奥の居間へ駆け込むと、戸をバシンと閉めた。そして、隆介の嗚咽は、道場にも響いた。よほど、うれしかったのだろう。

「昨日は格好悪いところ見られちまったな」
 隆介は照れたように笑う。昼休み、屋上で皐月と隆介は、フェンス越しに桜を眺めていた。
「そんなことないよ。光ちゃんが隆介の実のお父さんを尊敬してるなんて、すっごくうれしいよね」
「そうなんだ」
 隆介は、泣きそうに笑った。
「あいつはまだ四つだけど、自分の意志はちゃんと持ってる。おれ、本当にうれしかったんだ」
 そして隆介は、皐月に告げた。
「おれ、家の道場継ぐよ」

 その日授業が終わると、皐月は春子に事のいきさつを話し、早速進路希望の紙を提出した。
「隆介と同じ高校に行けるんだー」
 うれしがる皐月の進路希望の紙には、もちろん春高と書いてある。
「それはいいことだけどー。あんた夢はどうなったのよー」
 呆れる春子に、皐月はえへへーと笑った。
「保母さん!」
「嘘っ! 決めるの早っ!」
「だって昨日光ちゃん見て思ったんだもん。この子は、なんていい子なんだろうって。それもひとえに、隆介やおじさん、おばさんの愛情と教育のおかげなんだって。だからね、私も光ちゃんみたいないい子がたくさん出来るように、保母さんになるの!」
 幸せそうな皐月を見て、春子も笑った。
「けど、それならそーいう専門がある大学の付属高校に入った方が……」
「いいのいいの! 自力で大学入ればいいんだもん。それより隆介との高校生活のほうが百万倍大事だよ!」
「あんたって、ホント隆介くん好きだねぇ」
 皐月は、満面の笑みを浮かべた。


 桜舞い散る並木道。学校帰り、隆介と皐月の二人は歩く。隆介に委員会があったので、ちょうど二人の帰る時間が重なったのだ。
 あたたかい夕焼けの中、二人に舞い落ちる桜。去年のクリスマスイブの日、雪の降る中で皐月は隆介に約束した。幸せになると。
「ねぇ隆介。今私、最高に幸せだよ」
「皐月……」
「だから隆介も、一緒に幸せになろうね」
 隆介は、顔を赤くして笑った。
「ああ……」
 その時見せた隆介の笑顔。それは、先日親友と会ったときよりも、ずっとずっと幸せそうだった。
 二人はそっと手をつなぎ、キスをして、抱きしめあった。そして、また手をつなぎ、歩き始めた。



 皐月が救急車の中で意識不明になっていたのは、それからたった十五分後だった。



☆あとがき☆
桜がはかなく散るように、幸せは風とともにさらわれていったのです。
次回、最終話です。





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