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つばめが巣立つまで

つばめが巣立つまで

Nightmare -contact-

―――2000年1月5日―――愛児市郊外




その日は新年に入って初めて晴れた日だった。

今年は元旦から昨日までずっと雪の降り続けるという荒れた正月だった。

いつもなら初詣や祭りなどと参加して楽しむところだったがあまりの降雪量のために車が出られない状況になっていた。

そのためか俺は部屋にこもっては遊んでいたわけなのだが特別にすることもなく寂しい日々が続いた。

何か楽しいことはないものかな?

コタツの中に入って考えるが思いつかない。

俺は上半身をコタツから出し、台の上に置いてあった蜜柑を手にとり、皮をむき始める。

こうして皮をむいている手がまた冷たい。

部屋の窓から外を覗く。

降り続いた雪によって庭はきれいに化粧されている。

4日間も大降りだったのだから当然といえば当然だった。

どうも外を見ていると見ているこちらまで寒くなる。

寒さが嫌いな俺にとってみれば窓から見える光景は迷惑極まりないものではあったが、俺個人としては雪化粧された庭はそれなりにいいものだとも思う。

そうしていつの間にか剥き終わった蜜柑を一粒ずつ口にはこぶ。

この蜜柑は正月前に街に出かけた際に買ってきた愛媛蜜柑である。

流石に日本でも有数のおいしい蜜柑である。

薄皮でその粒は実に甘い。

そうしてあっという間に一個の蜜柑を食べ終えてしまった。

俺はまたふうとため息をついてテレビの電源を入れる。

「ああ、またこんな番組か・・・」

この時期どこの放送も『正月企画』と称して数々の放送を流している。

それを楽しみにしている人達にすればそれは当たり前の事として捉らえられているのだろうが、俺にしてみればつまらない、理不尽なものであった。

一言で言い表すならば『目障り』とでもいうのだろう。

ためしに俺はチャンネルを変えていく。

あっちもこっちも正月放送ばかり・・

そうして数回チャンネルを変えるうちにニュースのチャンネルを見つけた。

どうせ見たいものもないし最低限の知識を入れようかとそれを見ることにした。


ところで俺の場合ニュースで真っ先に思い出すのが高校の授業の一つ、現代社会だ。

授業内容は『政治問題』とか『環境問題』といった現代社会が抱える問題について知識をつけるものではあるのだが、俺はどうしてもテストのときに問題で出される『時事問題』は苦手なのである。

今までのテストでもほかの問題と比べると正答率が極端に低い分野である。

その現状に授業担任は見かねたらしく、冬休み前日にわざわざ俺を呼び出してニュースをよく見ろとまで言ってきたぐらいだ、


まあ今回ニュースを見ることにしたのは決してそれだけが要因ではないのだが。

天気・交通情報と番組は進んでいき、事件のコーナーにはいる。

それにしても天気予報と事件の報道は毎日のように途切れることがないものだ。

決してそのことに対して特別にどうとかいう感情はないが、ある意味一種の放送の『定番商品』と成っているのも確かなはずだ。

殺人・交通事故・火事と報道されていく。

いつもと一緒。くだらない放送だ。

俺はまたチャンネルを変えようとしたその時緊急放送が舞い込んできた。

俺は望むものが手に入った子供のように夢中になってテレビに注目した。


「―――ただいま入ってきた報道です。

さきほどから愛児市において相次いでペットがいなくなったとの連絡が来ているとの情報が入ってきました。

愛児市の皆様の方で同様の状況が起きている方がいましたら最寄の交番に報告してください。――」


愛児市という言葉に俺の神経のすべてはテレビに釘付けになった。

愛児といえば俺の住所のある・・・つまりこの自分の住んでいる周辺のことを指す。

あまりにも近すぎる、いや、もはや現場での怪奇現象に俺は興味を惹かれた。

俺はすぐに着替えて家を出る準備をした。

財布と携帯電話を持っていることを確認し、部屋を出て階段を下りる。

そうして階段を下りているとちょうどいい具合に弟が近くにいた。

外出準備をし終えた兄(おれ)を見て弟はすぐさま質問してきた。

「兄さん、寒いとはいえ家でそんな服装して・・・まさか今からどこか出かけるのですか」

「ああ、ちっと街に散歩してくる。こうも部屋に引きこもってばかりじゃ体がなまるからな」

「はあ・・・珍しいですね」

小声で返事をする弟、

「それじゃいってくるから親がもし俺の行方について何か聞いてきたらよろしく伝えておいてくれ」

呆れ顔の弟を後に俺は靴をはいて家を出た。





「さて、家を出たがどうしたものか・・・」

ニュースに釣られてつい街に出たのはいいがやっぱり寒い。

ズボンの中に手を突っ込んで寒さをしのぐ。

ざくっざくっと雪を踏む音が俺に厳しい寒さを語ってくる。

連日の雪で道路はかなり積もってしまっていた。

まだ除雪車も通っていないようで、車の通った跡がない。

まったく歩行者に気持ちになってもらいたいものだ、と心の中でささやく。

道路には数人の足跡がある。見た感じ、大人ぐらいの足跡の大きさがある。

やっぱりさっきのニュースに関係するのかなと思いつつ街に向かって進んでいった。





愛児市――そこは2年前新たに合併によって誕生した生後間もない市である。

急速な経済発展に伴い、街は高層ビルが立ち並ぶようになった。

というのもある大企業の工場が愛宕市に建設されたのが事のきっかけである。

もともと愛児市は複数の町が存在していた。

地名である『愛児』には何か由来があるのだが、如何せん、小学校の研究授業のときに調べたことなので覚えていない。

この街の中心部、商業施設は正月にはそれなりに行事をするのだが、いくら正月とはいえ流石にこの雪ではどこの店も何もしていない(むしろできないというのが正しい)ようで人影もまばらであった。

ただ今日はある一箇所を除いて。

町の中心部入ってすぐ近く、ニュースで案内された『交番』はあった。

街中にある小さい交番は街の発展には追いつけず、少しばかり不似合いな小さい建物であった。

普段ならば静かな交番周辺だが。今日は大きく異なって長い行列ができていた。

遠くから見た感じ家族連れで来ているのであろうか、子供と大人の人数が大体半々になっている。

交番には数人の警察官が列の整理をしている。

そのままその視線で行列をたどっていくと、少し奥のほうにテントが建てられているのが見えた。

臨時受付所なのだろうか、多くの人が個々度何か手続きをしたあとに交番の中に入っている。

俺は数人を対象に携帯の機能を利用して交番に入って出るまでの時間を計測した。

どうやら1件あたり5分ちょっと。なにやら書類をもってでていく。

おそらく簡単な『事情聴取』でも受けているのだろうと俺は思った。

俺はそこで立ち往生した。

特別に俺は用事があってきたわけではない。

俺は寒さにも後押しされて帰ることにした。

俺がクルリと向きを変えてそこから離れようとしたとき、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、久間じゃねーか」

同じ年代ぐらいの、透き通った声。

間違いない、こいつは俺の知っているやつだ。

俺は声の主の方向に顔を向ける。

「ん、おう。藤一か」

「やっぱり久間か、あけおめー!」

こいつは夜丸藤一。小学校からの縁で小学1年から現在にいたるまで同じクラスですごしている。

俺は今高校2年生。つまり11年もクラスメートという関係が続いている。

・・・我ながら11年も同じクラスだったのかと思うと人為的なものがあるのではと疑ってしまう。

現在この発展した街中に住んでいる彼は、世間一般でいうなれば『天然性の人間』であり、本人はそれを自覚していないらしい。

その性質のために俺は今までに多大な迷惑を被っているのだがそれはまた別の話。

「久間、お前がこんな寒い日に街に来るとか珍しいな、もしや弟と喧嘩でもしたか?」

「残念だが違うな。ただ暇だから街に来ただけだ」

「そうかー・・・そういや久間のところはペット飼っていたかな?」

「いや、飼っていない。それこそ弟がホコリアレルギーでな、ちょっとホコリがするところに行くとすぐ体調崩すから飼うことができないんだ

 そういうお前は猫飼ってたな。ということは例の怪奇現象でもきたのか?」

「おうおう、知ってるなら話が早い。うちの猫も今朝方から急に見当たらなくてなー。最初はまたどこか隠れたのかとも思ったのだが・・・

 いつものところにはいないし家の鍵はしっかりかかっていたし、そんなときにニュースでこの街のペットがいたるところで消えてるのを耳にしたから気になってきてみたんだ」

「そうだったのか・・すぐに見つかることを真に願っているよ」

「おうありがとな。俺は今からなんかそのときの状況を聞き取られるようだから言ってこなきゃいけねーからな、またな」

彼はそういって交番のほうに走っていった。

途中で『天然』お約束の顔からの転倒もしてくれて。





夜丸と別れ、俺は街中を回りほかに何か変化がないのか様子を探ることにした。

交番とは逆の方向に歩き出す。

そこ歩いて見ることができるのは特別に何も変化がない、ごく普通の雪のやんだ街――

あまりに変化がないと逆に不気味な気もしなくもしないが何も変わってないのが普通なのだからそれはおかしい考えだった。

「って何探偵ぶってるんだ?」

ふと我に返って恥ずかしくなった。

反射行動のように周り見回すが人影はない。

俺はほっとして家に帰ることにした。

「ただいまー」

「兄さんお帰りなさい」

家の奥から弟の声が聞こえた。

靴を脱ぎ、俺は自らの部屋に直行した。

来ていた防寒着を直し、つけっぱなしにしておいたコタツの中に入り暖を取る。

やはりながら外は寒い。

体は一気に冷え込んでしまった。

特別に楽しい出来事はなかったが、それなりに暇な時間をつぶすことはできた。

俺は無意識にコタツの中に潜りこむ。

コタツの中は暖かい。

部屋においてあるコタツは人一人ぐらいなら十分に入る大きさである。

そのコタツの中で俺はニュースの不可解な出来事について考えていた。

普通一日にして市全てからペットが消えるということは起こりうるはずのないことなのである。

それは少し考えれば当たり前のこととして誰もが理解できるものであるし、数百、数千匹といる動物を消すというのは物理的・化学的にも不可能なことなのだ。

しかしそれは現実に『起こってしまって』いる。

つまりこれは『こういうことなんだ』と理解するしか手はないのだ。

俺は誰も納得できるはずのないこの出来事のメカニズムを一人推理しているのだった。





その頃街では異変が起きていた。

さきほどの晴れ晴れとした天気から一転、雪が降り出したのだ。

ただの雪ではない。それは桜吹雪みたいな・・・

紅の雪だった。

何で染めればそれほどまでに鮮やかに染まるのだというほどに紅い、とっても紅い雪。

なぜこんな雪が降るのかは誰にもわからない。

こんな雪が何を意味するのか誰もわからない。

なぜならばそれこそが当たり前なのだから。


普通、雨が降ったとき人々はそれを気候が悪いだとかそういう季節なのだと理解し、それを自分の中の常識として取り込んでいる。

そのために雨が降るという現象自体は決して不思議なものではないのである。

例えば今ここに赤い炎があるとしよう。

普通その炎を見た人はそれを「これは炎なんだ」と自分の中の常識と照らし合わせることで認識することができる。

しかし、もし黒い炎がいきなり現れたらどうだろう。

おそらくほとんどの人はそれを見た瞬間は「これはなんなんだ」と戸惑うだろう。

それは自分の中にある「炎は赤い」という常識が覆されるがため頭は混乱し、「それはきっと自分の知らない物質なんだ」と認識するからだ。

おそらくその直後にほかの人が「それは黒い炎ですよ」といえば大抵の人は納得するかもしれない。

そしてもう一度その黒い炎を見た場合多くの人は「あ、これは炎なんだ」と認識できるであろう、

つまり直接的であろうがなかろうが、一度は自分が体験しなくてはわからないのだ、


もうそろそろ夜になろうとしている。

紅い雪は一向にやむ気配を見せない。

町はますます冷え込んでいくのだった、





『・・・さん、兄さん』

誰かの声がする。

意識がはっきりしない。

が、しかしその声の主はきっと明人(おとうと)だろうと予測できた。

両瞼を開け、その主を確認する。

どうやら俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ

「おう、明人(あきと)・・・なんだ、何か用か・・・」

まだ本調子ではない俺は元気なく返事をする。

「兄さん。外見て外!紅い雪が降ってるよ!」

弟はなにやら気が狂ったらしい。そんなはずはないと部屋の窓から外を見る。

まだ視界はぼんやりしている。どうしても窓の外の状況を把握するにはまだ頭が起きてないようだ。

俺はしぶしぶコタツから身を出すことにした。

部屋にはストーブの電源を入れてあったのでそれなりに暖かいが、コタツのぬくもりにはどうしてもかけるところがある。。

俺は窓に近寄って外の景色を把握しようとただ見ることに集中した。

「うん・・・ん!?」

俺は自ら見たものに対するあまりの衝撃に目を凝らしてもう一度窓越しに外を見る。

「おいおい・・・俺の目はおかしくないよな・・?」

「兄さん、僕も驚いたけどこれは紛れもなく――紅い雪だよ」

外に舞う紅の雪。

庭も紅いじゅうたんに敷き詰められたかのようだ。

俺はこれをしっかりと視認した瞬間、突然ほんの一瞬だけ頭痛に襲われた

俺は一瞬険しい顔つきになったようだがすぐ普段のときのように立ち戻る。

どうやら俺も狂っているのかもしれない。

それとも世界が狂っているのか。

しかしなるほど、これでは弟も事実確認のために俺を起こすはずだ。

なぜならこれはそう簡単に信じられるものではないのだから。

外に舞うその雪は俺の常識から外れたものなのだから。

俺は急いで手元においてあったテレビのリモコンの電源を押す。

そのまま慣れた手つきでニュースのあるチャンネルを探し、報道を見る。


『――さきほどペットが次々と消えているという報道を流している愛児市において、現在紅の雪が降っています。

 この異常現象を解明すべく環境庁は先ほどから解析を開始。詳しい結果が出るのは明日未明になるとのことで――』


この報道を見て少なくとも俺がおかしいのではないということを確認できてほっとする。

どうやら外では高校生の俺には理解しがたい『何か』が起きているらしい。

俺はその常識を脱した事柄に興味を惹かれたようだった。

すぐさま状況を把握するために弟に質問をする。

「なぁ、この雪が降り始めたのはいつだ!」

「あ、えーと・・確か1時間ぐらい前だったと思うよ」

一時間前。俺の視線は時計に一直線に向かった。

部屋の目覚まし時計は6時を指していた。

「1時間前ということは5時からか・・」

「それじゃ兄さん、僕は部屋に戻るからまた何かあったら連絡するね~」

「あ、ありがとな。なかなか珍しいものが見れた」

弟が手を振って部屋を出て行く。

ばたん、とドアが閉まる。

「紅い雪・・・・か」

俺はふとその言葉を漏らす。

俺はまたコタツの中に足を入れてこの『常識外れ』について考え出した。

・・・

俺はどうも考えるのが苦手らしい。

どうしてもこの『常識外れ』についての見解が何ももてなかった。

となれば、俺の考え付く方法は一つしかなかった。

もう一度俺は確認するように時計を見る。

まだ6時。いつも家では食事は7時過ぎに行うのが慣習となっている。

あと1時間。1時間もあれば・・・!

「・・・行くか」

そう決意すると俺は先ほどとは違う、温かいそうなコートを着て外に出ることにした。





かなり分厚そうな長ズボンに黒いコート、そのコートの中から灰色のフードを出し街を歩く孤独な影。

家を出て街に向かってまた歩き出す。

流石にこの時間になると外は相当暗くなっているのだが道路のところどころにある街灯のおかげで地面に降り積もった『それ』を紅いということを認識することができた。

1月の夜風はあまりにも冷たい。

ポケット懐炉か何かでも持って置けばよかったといまさらながらに後悔する。

あまりの寒さに思わずポケットの中に手を突っ込む。

自分の呼気が白く曇る。

古くの人はこの光景を『趣がある』だとか『情緒豊か』と表現しているが、今の俺には到底理解ができない。

・・・最も道路で季節を感じて一人感情豊かになる状況もどうかと思うのだが。



「街中についたのはいいんだが、ほんとにただ暗くなって・・・物静かなだけだな・・」

住宅街でもそうだったが本当に人影がない。

次は人間が消えてしまったのではと疑ってしまうぐらいに。

・・・きっとそうなのかもしれないが。

昼に来たときと大きな変化もない。

交番前から今まで通った道まで違うことといえば『足跡』ぐらいなものである。

「無駄足だったかな」

ぼそっと独り言のようにつぶやいて街を後にすることにした。

いや、『一人』なのだから正しいのだが。

着けてきた腕時計を見ると6時半になっていた。

今から帰ってもまだ十分余裕がある。

これなら体を温めてから食事もありつけそうだ。

家に帰るべくまた交番の前を通る。

ふと視線を交番にやるとすでに人ごみはなく、元の平穏な状況に戻っていた。

視線を前に戻し歩き出した。

家に帰るまでは道路をただ道なりに進むだけである。

俺はまた街灯に照らされた道を引き返すことにした。



5分ほど歩くと前のほうから一人歩いてくるのが見受けられた。

不思議な服装だった。白い服の上にほんの少しだけ紅く染まった医師が手術前にきるようなコートを着ている。

白いニット帽と紅いマフラーもしている。

紅白でまとめられた服装は『紅い雪』を現しているかのようだった。

見た感じ背もあまり高くなくて黒髪で長さは肩よりも下だった。

どうやらまだ中学生ぐらいの女性のようだった。

珍しいものだなと思いながらも家に向かって歩く。

ざくっざくっ。彼女とすれ違う。

すれ違いざま、彼女の口が小さく開き、――おそらく俺に言い放ったのであろう。




『あなた、アイツらに呼ばれてるよ』




「!?・・・は?」

俺は町に向かって歩く彼女に視線を向ける。

彼女は何事もなかったかのようにしずしずと歩き去っていった。

「・・・一体?」

俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

その時胸騒ぎの直後にいきなり視線がぐらついた。

「・・・めまいが・・・・」

体も視線と同時にぐらつき、支えきれず壁に手をつき、肩ひざの状態になる。

吐き気がする。

視野を確保できない。

何とか深呼吸をして呼吸を整えようとは思うのだがそれができない。

ああ、妙に体が熱っぽくなってきた。

確か誰からか聞いたことがある。

人間は自らがコントロールできなくなったときに真っ先に起こる現象は体温維持機能の停止だそうだ。

本来人間は体温を維持すべく自ら熱を発している。

もしコントロール機能が失われた場合、体は次々と大量にある自らのエネルギーを熱に一気に変換する。

そこに本来の調整機能はなく、大量に変換された熱は自らの体温を急上昇させる。

つまり体が熱っぽい状況は、体の『異常サイン』そのものなのである。


まだ体は回復しない。

それどころかすぐに回復はできそうになかった。

そして俺は体の異常には勝てず、壁にもたれるようにして座り込んだ。





――しばらくして俺は少しだが落ち着きを戻した。

俺は大きく肩で息をする。

体はまだ熱っぽいが、目のほうはしっかりとしている。

外は氷点下の寒さ。

凍えるような寒さの中にいるのに自分は汗びっしょりになっていた。

どうやら峠は越えたようだった。

俺はふらつきつつも壁に手をつき、状態を起こす。

そしてあの少女の向かった道路を見る。

しかしながら彼女はすでにいなかった。

それもそのはず。

なぜなら俺は自分の思っている以上の長い時間座り込んでいたのだろうから。

体が重く、あまり自由が利かないようだった。

そうして俺は無意識のうちにまた家に向かって歩き出した。


「・・・ただいま」

疲れきった俺はどうも声にも元気がない。

「お、兄さんお帰り。今から食事だからすぐ準備して」

「お、おう」

元気のない返事に弟は心配そうに俺の顔を見つめる。

「・・・兄さん何かあった?顔色がよくないけど」

「あ、ああ・・・疲れただけだ」

いつもと違うことが自分でもわかるぐらいに変わっているのだ。

やはり弟にも見抜かれてしまった。

そんな返事をしてすぐに部屋に戻る。

「ふう・・・」

防寒着を脱ぎ捨て、ベッドに倒れこむ。

本当に疲れたんだろうか、どうも力が入らない。

どうもまだ視野が時々ぼやける。

体は回復しきっていないようだ。

俺はふとさっき会った少女のことを考える。

今になって考えると不思議だらけの少女だった。

あの時はあまり深く考えなかったが普通、雪が深く積もって歩きにくいこんな日に女性が一人で出かけるだろうか。

それにすれ違った時に言ったあの言葉も変だ。


――『あなた、アイツらに呼ばれてるよ』


まるで俺を知っているような物言いだった。

俺はあんな少女(ヒト)は知らない。

第一自宅周辺に家以外の『学生』がいるなんて聞いていない。

もし仮にいたとしても、だ。この周辺は一本道なのだから一度は逢(あ)っていたり、地区の集会などで顔を合わせているはずだ。

それに『アイツら』ってのは一体―――

ああ、どう考えても理不尽なことばかりだ。


『・・・コンコン』


いきなりドアをノックする音が聞こえてびっくりする。

「光(あきら)。食事できてるぞ」

「あ、今行く」

父さんか・・・

眠りかけていた頭が少しだけ目覚めた。

疲れきった体に鞭打って俺は一階に降り、食事をとることにした。

時間は7時。外はまだ紅の雪が降っていた。





がたがた、がたがた

時折吹く強い風が窓を強く叩く。

まったく今日はツイていない。

いつもどおり寒い朝起きたら飼っていたトイプードルはいなくなっていた。

このトイプードルは去年のクリスマスに買い始めたばかりの犬で、人懐っこい。

しかしまだ飼い始めて浅いせいか家から出るようなことはしなかった。

ただ今回は家中閉め切っていたのだから外に出られるはずはないのだ。

たとえ外から鍵を持って侵入をしない限りは。

だけどいなかった、いやこの街に住むペットすべてが『消えて』いたのだ。

テレビを見て交番へ届出をしたのはいいのだがどうも気になってまた家中を探したが見つからなかった。

夕方の暗くなってきた頃、とうとう私のペットは見つからなかった。

家の中も電灯をつけていないため薄暗い。

そこでいったん夕飯を作ってから探そうと思いたち、キッチンの電灯をつけてみると妙に外が赤いことに気がついた。

窓を開けてみるとそこには紅い雪が舞っていた。

おそらくあまり類がないであろうその光景に俺は見とれた。

この世の中にもこんなに美しい光景があるのだなとはじめて感じた・

数時間外を見ていた私の体から低いうなり声がした。

ああ、おなかがすいたのか。

そう思ってまた俺は食事を作り始めた。

・・・そして今に至るわけだが、食事を取り終えた今でもうちの犬は見つかっていない。

まったく何が起きてるんだか・・

いずれにせよこれだけの事が起きた以上、何かあるはずだ。

それとも今日という日自体がおかしいのか?

多くの感情が渦巻く中、俺は寝ることにしたのだが、いきなり吹き始めた強風によって起こる騒音のせいで眠るに眠れない。

まったく、ツイていない。

おそらく今日はずっとこのままなのだろう。

まったく、まったく・・・・







食事を終え、部屋に戻ってきた俺はまた外に出る準備を始めた。

いつもなら外に出るのはこちらからごめんなのだが、こんなコトは滅多にない。

俺は自らの興味に惹かれていくのだ。

そう決めて防寒の準備を終えた俺の脳裏にはまたさっきの少女のことが頭に入った。

『――アイツらによばれてるよ』

・・・ああ。不安になった。

こんなときに俺はいつもあるものを持ち歩いている。

俺の趣味で集めたモデルガンの中でも取って置きの拳銃。

それは西部劇のようなリボルバー方式の銃で、6発分の弾薬が備わっている。

その容姿だけでも取って置きという人はいるであろうが、俺としてはそれに加え『取って置き』となりうるプラス点がこの銃があるからこそ『取って置き』としている。

それはこのモデルガンを手に入れた頃、どこぞの公園に不法投棄させられていたなにかの工場器具を分解したときに手に入れたバネをこのモデルガンに入れ込むことによって得た『破壊力』だ。

最初この改造銃を作り上げたときはその硬さのあまり戻そうとも考えたのだが、一度撃ってみるとその威力が向上していることに気づいた。

発射されたプラスチックの弾丸は銃口から雷の速さで的に向かっていき、樹齢数十年の木にめり込んでいったのだ。

おそらくそれはプラスチック製の弾丸が耐えうる最大威力だったのであろう、めりめりとめり込んだ弾丸はその内でひび割れを起こしていた。

それから数度の改造を加え、撃鉄と銃口を金属製に変え、大きささえあえば鉄球でさえ撃てるようにした。

それによって俺の愛する『取って置き』が完成したという経緯がある。

俺は机の引き出しからそのモデルガンを手に取り、弾丸となる鉄球を断層に補充する。

一発、一発と丁寧に補充をし終えて銃を上着ポケットの中に入れ、部屋を出た。







外の雪は風を受け激しく舞っていた。

これで今日3度目の外出。

一日に、それもこんな不気味な日に数度と出歩く人はそういないだろう。

自分ももちろん一日に数度と『自分の意思』で出歩いたのは初めてだ。

これからの一生の中でもおそらくもうないだろう。

相変わらず振り続ける紅い雪。

先ほどで歩いたときと比べると少しばかり色が濃くなったようにも感じられる。

今、僕が歩いているコースは食事前に通った時と同じだ。

このまま歩いていけば数分後には先ほど『少女』と出会ったあの場所まで着くだろう。

さきほどから強くなった風は追い風。

背中から吹き抜ける強い風は、まるで人が押すがごとく俺を押し進ませる。

無意識のうちに手を入れているポケットの中には、ひんやりとした改造モデルガンがある。

どうせこんな日にはふらふら出歩いているような不審者だとか通り魔はいないだろうが、これがあると妙に落ち着くから不思議なものだ。

・ ・・正直こんな日に通り魔だとかの行為をすること自体馬鹿らしいとも思った。

なんだってこの寒さ。人がいなかったらただ疲れるだけだ。

そう思うと、こんなものをポケットに入れていること自体が馬鹿らしくなってきた。

思わずあまりの自分の馬鹿さに対して冷笑した。

そうして歩いているうちに先ほど『少女』とであった地点に着いた。

先ほど俺がもたれかかったところの雪がきれいに凹んでいた。

あれからまだ数時間しか経っていないせいか、あまり変化がない。

そのまま視線をずらしていくとそこには見覚えのある青い布切れらしいものがあった。

よく見てみるとそれは確かに自分のハンカチだった。

俺はそれを拾い上げてそれを観察する。

持ってみてわかったことはハンカチが思ったよりか湿ってない上に冷たくなく、上に雪が積もっていなかったこと。

突然俺の思考回路にスイッチが入った。

・・・ん?おかしくないか?

そう、もし、もしこれがさっき壁にもたれかかったときに落としたものならば1時間以上前に落としたものだ。

しかし雪は今なお強く吹雪いている。

それなのに雪がまったく積もらず、その上まったく湿っていないだなんてありえるのだろうか?

なにせこの風と雪だ。もし風が吹いてここまで流されたものだとしても、雪によって少しは湿らないとおかしい。

・・・いや、俺の考えすぎか?それとも・・・

そこで立ち止まって考えている俺の背後から突然ドサっという音が聞こえた。

この風だ、どうせ塀か屋根にでも積もった雪が落ちたのだろうと思ってまったく振り向くことはしなかった。

その音からまもなく、背後から布が風を受けてバサバサっとなるような音が近づいてきた。

この風で何かビニール袋でも飛んできたのかと思い、俺はその音源に視線をやった。

だがその視線の先にいたのは、背丈が高い不審者だった。

ただそれは想像していた不審者とは違った場違いなものだ。

それの背丈は優に2mは超えていて、顔に当たる部分にはニヤリとした白い仮面をつけている。

仮面は薄い金属か何かでできているのか街灯の光によって少し反射している。

目と口は三日月だけで造られている。

その両目は左右対称の形をしていて、ひとつの三日月で山を造っている。

また口にあたる部分は、三日月を皿にしたような形となっている。

もし目を見ただけならば人によっては怒っているようにもにやついているようにも見えることだろう。

ただ口があることによって前者ではないという判断ができる。

口はそのために造られているのかもしれないと思うほどだ。

天候も災いしてその仮面だけでも十分不気味に思える。

しかしそれ以上に不気味なのが人間ならば胴があるはずの部分、つまり人体の中心部。そこは黒いマントをしているような状態だった。

黒い布といってもケープのようなもので外から見る感じではかなり薄い布地のように思えた。

簡単に言えば白い仮面をした黒装束の人。

「(仮面舞踏会にでも出るのであろうか・・・?)」

俺は少し身構えはするものの、一応街の人かもしれないので声をかけようとする。

その時、ふと強風が吹いた。

視線はちょうど相手の胴体部分に向いていた。

黒い布地のマントが風を受けて流される。

マントが大きく流され・・・風と平行になった。

マントが平行になってはじめて気がついた。

こいつ・・・本来足があるべきところに足がない。

つまり体が・・・無い。

確認するようにも瞬きをして見るが、着地している部分が何も無い。

つまり、浮いている。

こいつは人じゃない。こいつは死神か・・・!

俺は夢を見ているかのような感覚に陥った。

しかし現実にこいつが目の前にいて、生々しい映像として俺の思考に入ってくる。。

少しずつその化物が近づいてきていた。

俺は本能的に危機を感じて叫び、その場から逃れるように近くの住宅地に向かって走り出した。

精一杯の力で走る、走る、走る。

積雪のせいで足が重いがそんなことは気にもならなかった。

ただアイツから逃れなくてはならない。そうしないと俺はきっと殺される。

こうして入った住宅地は最近できた『住宅地モデル』のため人こそはいないが迷路のように設計されている。

家とは離れてはしまうが、この住宅地はきっとアイツから逃れるには最適のはずだ。

それにあんなやつは絶対に現実にはいるはずが無い。

体が無くて浮いていられるやつなんて幽霊や死神以外には俺は知らないし、そんなやつもいるはずが無い。

数分は走っただろうが俺はまだ走った。

あいつから完全に逃れるために。

背後が気にかかるがそんなの見ていられない。

ただ俺はアイツから逃れたかった。





『ぶわっ』




突然なにかが自分の前に何かが立ちふさがった。

黒装束みたいなものを身にまとったあの化け物だった。

ニヤリとしたその顔がなお不気味に感じた。

俺は急いで反対方向に逃げ出した。

いや、逃げ出そうとした俺に何かが足に絡み付いてきた。

「え・・?」

走り出す体制になっていた俺は勢いを抑えきれずに倒れこんでしまった。

足に絡まっているのはアイツのマントの中から出ている黒い蔓のようなものだった。

必死になって足に絡まったそいつをほどこうとするが、しっかりと巻き付いていてとてもほどけない。

布が風を受ける音が俺に近づいてきた。

少しずつアイツが俺に近づいていたのだ。

「こ、この化け物め!」

俺はポケットに入れていたモデルガンを取り出し、なりふり構わずトリガーをひいた。

狙いなんてつけていない。

ただ滅茶苦茶に撃ちまくった。

だが6発しかない弾丸は一瞬にしてなくなった。

弾丸は全部その化物のマントに命中していたが風邪のせいなのか貫通はしていなかった。

そしてアイツはまるで何事もなかったかのように近づいてきていた。

「は、早くほどけろ」

しかしその言葉も通じず、足に巻きついた蔓がほどけることは無かった。

ついに俺から1m程度まで間合いを寄せられた。

ソイツはそこで止まりマントの中からまた1本蔓のようなものを出してきた。

その一本が俺に向かって矢から放たれた弓のように俺に向かってきた。

俺はとっさに上体を倒してそいつをかわした。

そいつが風を切る音が聞こえる。

音からしても相当な威力なのだろう。もし体に当たったら貫通するかもしれない。

本当にここで死ぬかもしれないと思った。

アイツからまたゴソっと音が聞こえた。

アイツを見てみればマントから出ている蔓の数が数本増えている。

大体6,7本ぐらい。

あいつは俺を殺す気だ。

俺は少しでもアイツから離れようと蔓ごと引きずろうとするがまったく動かない。

逆にアイツはそれを見て新たに出した数本の蔓を俺に放った。

俺は同じように上体を倒して寝そべったようにしてソレを避けることに成功した。

そしてまた上体を起こして逃れようとする俺に向かって別の一本が俺の胸部を貫いた、

「ぐ、アアアアアア!」

突然きたあまりの激痛のあまり声が出る。

突き刺されたという痛みと物がぶつかってきた衝撃に対する痛み。

そのまま激痛は肩から脊髄へと走る。

俺の体から蔓がゆっくり引き抜かれる。

ずぷりとみずみずしい音が鳴る。

俺は力も入らずそのまま雪の上に倒れこんだ。

視線を胸部に向けると血がドクドクと流れ出ていく。

真っ紅な雪よりもさらに濃い色をした血によって地面をさらに紅く彩っていく。

薄れる意識の中ようやく自分が貫かれたことに気がついた。

俺・・・死ぬんだ。

ただそれだけを思えた。

視野がぼんやりしてきた。本当にやばいかもしれない。

直感的にアイツが倒れた俺の真横にいるなっと思った。

きっとその狙いは俺の心臓部なのだろう。絶対的な『生命としての死』を与えられるところに殺気が向いているように感じる。

もう死から逃れることはできない。

後は死に向かって一直線に走り出すだけ。

ただ走者がスタートするスイッチはアイツが持っている。

ああ、何も考えることができなくなってきた。

薄れる意識の中でアイツの顔が視野に入ってきた、

あの白い仮面は先ほどと変わることなくまだニヤリとしている。

まるで俺が死ぬことがうれしくて笑っているかようだった。











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