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![]() ![]() 徒然なるままに心に映り行く、よしなしごとの日記(笑)を更新しています。 アメリカ西海岸はシリコンバレー スタンフォード大学のあるPaloAltoの街は閑静な住宅街であり、キャンパスと街並み がとても美しく調和しています。広大なキャンパスには、ふんだんに緑が取り入れられ、リスが走り回るおおらかさを 許容しています。 ※ 私サザンビーチは、本HP掲載の写真画像に伴う版権・著作権を一切放棄しておりません。 恐縮ですが利用ご希望の際は一言ご相談願います。無断転載はご遠慮下さい。 これまでのダイアリの全てはこちらをクリックしてご覧下さい。 ▼ きれいでおすすめ!パラダイス『ShorelinePark』 米国西海岸時刻:日本時間+8時間で、前の日と考えてください。ね、計算しやすいでしょ? 米国西海岸Map :ベイエリアMap【拡張版】こちらをクリックして下さい!(Special thanks to GHZさん) Stanford大学Map :Stanford大学キャンパス全景【PDF版】こちらをクリックして下さい!
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サザンビーチの日記 [全512件]
これまで幾度となく海外出張をこなしてきたが、ついに経済の勃興著しいインドへ渡航することとなった。 ここ最近は、ひところのように年間5回も米国やら欧州に出張するようなパタンは減ってきたため、昨年はわずかに米国1回と欧州1回(イギリスとスイス)のみの渡航あったが、最近は回数は少ないものの少々珍しい渡航パタンが増えてきている。 このグローバル化の波にあって、インドは確かに注目すべき存在である。 なんと年間に6万人もの新生児が生まれ、年間2000万人も人口が増えている。 総人口は既に12億人を超え、あの中国13億人に あと1億ちょいのところまで迫っている。おそろしいことに、この両国の僅差が ほぼ今の日本人口に相当する。 この人口爆発だけでもGDPの急進を想像させるが、それに加えて、経済の勃興に不可欠な消費に旺盛な中産階級の占める人口比率がもはや50%に迫ろうという勢いである。 これに加えて、英語を準公用語として持ち、IT中心のサービス産業の躍進やエリート教育制度や様々な経済の自由化政策を掲げる国柄は 今の閉塞感いっぱいの日本には脅威であるが、それでいてインドは大の親日家国家でもある。 最近、米国人と話していると、彼らは(まぁ自明と言えば自明だが)明らかに中国ではなくインドを担ごうとしている。 こうした中、かの地を見ない手はないであろう。 2/5(日)に出発して2/10(金)には帰国する短期の渡航であるが、デリー(DELHI)、ハイデラバード(HYDERABAD)、ムンバイ(MUMBAI)を見てこようと思う。 意外にもデリーへは10時間半ものフライト時間を要する。 つまり、この偏西風の強い時期の米国西海岸へのフライトよりも長くかかり、むしろ欧州諸国へのフライト時間と1時間程度しか変わらないフライト時間となる。 日本との行き来は いつものようにJAL便ゆえ、まだストックに余裕のあるマイルでCクラス(ビジネスクラス)にアップグレードしようかと思わんばかりのフライト時間である・・・。 一方、インド内では 毎晩 都市間を飛行機で移動するハードな旅程となりそうである・・・。 いずれにせよ、お腹の調子には気をつけないと・・・。実はここが最もクリティカルポイントかもしれない・・・
普段なら仕事で深夜帰宅の日々であるが ちょうど、上海に赴任にしているA原が一時帰国するとあって、これをトリガに集まったのである。 中学時代からの同期であるOSMが発起人で、何年ぶりかのK下、H臣、これに高校時代からの友人A原、H田、K子に私の7名、実はこれにお店のオーナであるUちゃんも加わって8名といえようか・・・。 まぁ、仕事盛りの男達がよくもこれだけ急な呼びかけに集まったものである。 この ある種ゲリラ的な召集であっても、なんとか集まってしまうのが、このH陵同期の良いところである。 かく言う私は、当初の集合時刻そのものには間に合わなかったものの、翌日の米国との電話会議の仕込みがあって 皆、それぞれの道で、それぞれ一角のポジションや結果を築いており、同時に一家の主であったりするわけだが、会えば、一瞬で当時に戻ってしまうこの関係がKeepできているのはなによりだと思う。 これも、今後も大事にしていきたい人間関係の一つである・・・。 P.S. そういえば、その昔、今回の発起人のOSMとはお互いの米国への社費留学中(彼はUCLA、私はスタンフォード大だった)、L.A.で会計士をしていた高校男クラ同期のS藤も交えて、3人でL.A.のサンタモニカ・ビーチで やはり思いつきの同窓会をしたこともあったっけ・・・。懐かしい思い出である。
ここ最近の新年会2発の様子を記しておこうと思う。 ▼1/8(日):米国滞在時の仲間との新年会 1/8(日)は 米国Stanford大社費留学時の 主に奥さん側 友人ネットワークの新年会 奥さん側のネットワークとは言うものの、旦那衆は皆、当時、各企業のVisiting School仲間であり、元々どちら側の知り合いであったかなど極めて曖昧になってきている・・・。事実、この日、我が家も 嫁さんと息子は 嫁さん側の実家に帰省していて、私だけが参加させてもらったのだから・・・。 この日の話題は何故か、もっぱら『スマートフォン』の便利だったり、クールだったり、笑えるアプリの話・・・。 旦那衆の職種が分野の差異はあれ、多かれ少なかれIT絡みなので、奥さん同士のユーザスタンスに徹した、過激で ときに噂レベルのアプリ談義を、冷やかしてみたり、苦笑してみたり、論理の飛躍にあっけにとられたり・・・。 そうこうしながらあっという間に時間は過ぎていった。 会社の付合いのみに限定されないこうしたつながり、これからも大事にしていきたいものである。 ▼1/21(土):職場の仲間との『食彩の王国(??)』新年会 かわって、この日は職場の課の新年会に氷雨 この上司の方、独身の方で、悠々自適に生活を満喫されていて、自宅には超超豪華なオーディオが並ぶ。 ちなみに、ここで『お金に目をつけず』は、何故かホストである この大先輩の方がスポンサーとなるので、まさに参加者の気分は糸の切れた凧のごとく最高潮である! 今回も無条件にウン10万円の軍資金 なんでも、今回はあまりの高額肉の出動に、購入元のデパート精肉コーナーのバックヤードがしばし おおわらわになってしまったというから呆れる・・・。 でも、いいのである! 日頃、いつも早朝から深夜まで多忙多忙でクレイジーに1年が過ぎていく我々の部隊、たまにはこういう風にお金も使わないと!(って、スポンサーはホストたるその大先輩によるなんだった・・・(失礼!)) 結局、今年も私は、ナパバレー・ワイナリの雄 BERINGERのホワイトジンファンデルのスパークリングワイン3本を持っていった・・・。 結局この『食彩の王国』(??)の会、今年は期せずして女性陣の参加がアクシデントで見送りとなったため、終始 野郎どもの『旨いっ!』 Tさん、今年も本当にありがとうございました。そしてごちそうさまでした!
この日、12/28(水)は仕事納めということで納会があった。 この納会に先んじて少々驚くできごとがあった。 自身の仕事や関わるプロジェクトが、大小問わず何かしらが年末表彰の対象となることは例年よくあることなので そうそう驚かないが(その表彰金 それは特許の褒賞金ランキングが社内でベスト100に入ったとかいうことで、社長表彰があったことである。 これにはさすがに驚いた。 勿論、仕事柄 特許は折々のタイミングで執筆し、国内外問わず出願するのであるが、それらによる報奨金算定ルールが少々変更になったことで12月の給与明細額に驚かされるのと共に、その算定額がくだんの100位以内になったということらしい・・・。 目下、何万人も従業員がいるため、これにはさすがに驚いた、というわけである。 もともと、インプリ(実装)とは別に アイデアをある種の理想形にできる『特許執筆』という仕事は決して嫌いではない(むしろ好きと言ってよいと思う)ので ちなみに、これまで国際的な批判に晒されてきた米国の『先発明主義』も、いよいよ各国にならって『先願主義』に移行するようである。 益々、企業活動において、特許の重要性が増すことは まず間違いない・・・。
ひょんなことから、今度は 2011年12/19号の『日経ビジネス』誌(No.1621)に 私がふとどきな後ろ姿をさらして掲載されている・・・。 その掲載理由は、この号において『グローバル人材欠乏症』なるタイトルで日本大手各社の取り組みが特集されているためで、以降 このダイアリに記す内容を受講する私が 机に置いた自分のネームプレートの一部と共に写っているのである・・・。(苦笑 見る人が見ると思わずニヤッとしてしまう内容なので、思わずここに書いてしまった。 詳細は2011年12/19号の『日経ビジネス』誌(No.1621)のP.55~P.56を読んで頂き、P.56の写真を見て頂くのがてっとり早いが、自分流に書くと以下のようになる・・・。 ------------------------------------------------------------------------- 10月初旬から来年の3月下旬にかけて、断続的に5回に渡って、とある経営研修に出席することになっているが、その中間の山場講座が、10/30(日)~11/8(火)に渡って都内某所であった。 この手の経営研修にはこれまでも何度となく、出席するよう指示があって出席してきたし、それに基づいて新事業提案などを最終回次に経営陣に向けて実施する重たいプレゼン等もこなしてきたが、今回は少々勝手が違った・・・。 ・・・というのも、今回は所謂、若手経営層向けのMBA(経営修士)受講となっていたのだが、それが米国のペンシルバニア大のMBAコース(これを『Whartonスクール』と呼称する)を抜粋して受講する、という内容なのである。 わざわざ米国からペンシルバニア大はWhartonスクールの教授を分野毎に招聘して、実質8日間 当然 全編英語で講義(というよりセッションに近いか?)が行われた。 参加者も、半分は国内からの推薦受領者で、一方の半分はWorld Wideに展開された会社・事業所からの出席者が占める。 その構成は 米国は元より、中国やドイツ、果てはルーマニア等からも参加者があり、共に約10日間に渡って切磋琢磨した。 もっとも切磋琢磨するとは言っても、英語を母国語とする国からの参加者や第2外国語とは言えども非常に高い頻度で英語を使う国々からの参加者が多いため、日本側も英語の使い手であることを参加条件にはしているものの、どうしても言語面では彼らが優位であることは否めない。 おまけに、中国からの参加者などは、世界的にも評価の高い『北京大学』卒だったりして、極めてポテンシャルが高い参加者が目立った。 ちなみに、上記MBAからの抜粋カテゴリは『戦略論』と『リーダーシップ論』と『技術イノベーション論』についての3分野である。 恥ずかしながら、受講直前まで認識がなかったのが、このペンシルバニア大のWhartonスクールは米国の特に金融・証券業界等を中心に非常に評判が高い、ということだった。 世界のMBAランキングなどと言えば、東のハーバード大や社費留学でお世話になった西のスタンフォード大または東部アイビーリーグのエール大等が定番だと思っていたところ、勿論、それらの雄は上位にひしめいているものの、ペンシルバニア大のWhartonスクールを最上位にランキングする調査結果(例えばWallストリート・ジャーナル誌等、文字通り金融・証券のメッカ)なども非常に多いということを、比較的最近知った次第・・・。(我ながら情けない・・・。 その自信のせいか、ペンシルバニア大学が有するこのWhartonスクールのMBAプログラムは 抜粋化(ダイジェスト化)されたり、世界各国の大手企業の若手経営層育成向けにモディファイして再パッケージング化される等、それ自体が彼らの商材・Bizモデルとして確立されており そんなこんなで、朝から晩までどっぷり英語漬け、かつどっぷり経営論とグローバルBizのケース学習とディスカッションに浸かった知的刺激に満ちた8日間が終わった・・・。 これが終わると、今度は 今後経済が勃興するであろう新興国をあえて狙った海外取材の出張企画が始まる予定・・・。 ------------------------------------------------------------------------- ・・・なぁんて言っていたら、『日経ビジネス』誌のグローバル人材育成の特集に掲載されたというわけなのでした・・・。
さて、我が家のクリスマスも終わった・・・。 12/24(土)は、午後から近くに住む両親が妹を伴って、我が家にクリスマスケーキを届けに来てくれた。 勿論、我が家に4歳になる(少々恵まれすぎた環境で調子に乗りすぎの)息子がいるから行われるイベントなのだが、幾つかのプレゼントとケーキを囲んでアットホームな時間が流れるのは なかなか楽しい。 来客好きの息子がご機嫌なのは言うまでもなかった・・・。 一方、12/25(日)は 少々変わった企画・・・。 息子が所属しているサッカーチームの初の遠征試合(??)が朝から小田原であるため、そこまで車で出かけて行ったものの、この日の朝までに風邪で体調を大きく崩した息子は見学の憂き目に・・・。 その後、屋外から小田原アリーナの屋内に移って『湘南ベルマーレvsエスポラーダ北海道』のフットサルの試合を観戦。 我々が応援するベルマーレが後半戦でやっと4対2で2点のリードを確保し、このまま逃げ切るかと思われるや否や相手チームに3点目が入り、あろうことか最後は終了間際残り3秒というところで、ゴール前でフリーキックを取られ、あっけなく4点目が入ってドローで終了・・・。 応援団はしばしあっけに取られて帰途に着いた。・・・でも、この大盛り上がり、とても20分ハーフの試合とは思えないほど熱くなった。 その後、眠り込んでしまった息子を連れて、釜飯で人気の『釜くら』によって舌鼓を打った・・・。 行き帰りは ステーションワゴン2号でシルキードライブ。特に渋滞がなかったのがよかった。 ちなみに、今年の息子のクリスマスプレゼントは 所謂 戦隊モノの『ゴーカイジャー』のロボットと宝箱。 それをお願いするサンタさんへの手紙の内容が可愛かった・・・。 ちょっと紹介すると以下のようなもの。 (ちなみに、なんでも 我々もお世話になった『ゴレンジャー』を祖とする戦隊モノは今年で35周年だそうで、お父さん世代も巻き込んだマーケティングのために、番組では第1作から第35作まで全シリーズが登場するエポックありで驚く。) ▼『ゴーカイジャー宝箱』がほしいです (1) ようちえんでゴーカイごっこします。 (2) おやさいをちゃんとたべます。 (3) おおきくなってかいしゃにいってもなかない。(←おいおい、これってすっごい先の話だぞ。) ▼『DXゴーカイオー』がほしいです (4) おかたづけをします。 (5) ママとのやくそくをまもります。 (6) おともだちとなかよくあそびます。 いつまでも、こういう風に無邪気で可愛いままだとよいのだけれど・・・。
この夏休み、まだ子供が4歳前ということもあって、GWに続いて またも近場でゆっくり過ごすこととした。 行く先は 山中湖畔のキャンプ場とホテルで計2泊。子供の体験を優先することとした。 初日はキャンプ場内のログハウスで息子の大好きな(ライトな)キャンプをこなし、2日目はゆっくりとホテルで過ごした。 初日、湖畔のキャンプ場にチェックインする前に1つ興味深いアトラクションに挑戦した。それは『KABA BUS(カバ バス)』なる水陸両用バス(!!)で、なんでもつい最近2011年のGW頃から山中湖畔で運行を始めた企画という・・・。 ![]() 【上段左】こちらが山中湖の新名物 水陸両用の『KABA BUS』!! 車の底面は車体とモノコックの鋼板でシールドされ、後部には1つ大きめのスクリューが付く。 【上段右】湖畔の夜明けの様子。湖面を渡る朝もやとたわめく水面が美しい・・・。 【下段左】今回のキャンプ場のしっとりとした朝の様子。 【下段右】我がステーションワゴン。緑の中に佇むの図。気付いてみればもう名何年乗ったことだろう。さすがにそろそろ買い替え時か。それにしても美しい傾斜したピラーは健在。 この『KABA BUS』がすごいのは、しばし湖畔の林間コースを爽やかに走った後、やおら湖に向かい、その後 ためらいもなく湖にダイブし、そのまま20分もの間、湖をボートよろしくスクリューで巡航する潔さである。 大人もちょっとびっくりな この企画を楽しんで、バスを降り、お土産センタをかねた発着所の建物に入ろうとすると、目の前にTVで見慣れた顔が・・・。 「おおっ!」とさすがに驚いていると、気さくに目の前で手を振ってくれたのはタレントの柳原加奈子氏。 あまりに真正面だったので、さすがに驚いたが、どうもロケハンに来ていたようだった。 この後、キャンプ場にチェックインして、ログハウスのデッキスペースでいつものようにBBQを楽しんでから、夜の帳と共に花火をして、クローズ間際の『紅富士の湯』へ車を飛ばして湯浴みに出かけた。 初日はこんな具合。 2日目は かなりスパルタン。 やや湖東に位置する今回使ったキャンプ場『フォレストコテージ』で自転車を借りて、一路、西(河口湖方面)へ向かい、『花の都公園』と、大好きな富士山の伏流水による湧水の里『忍野八海』を続けて訪れた。 盛夏の日差しは凄まじかったが、それでもどこか爽やかさと涼しさを感じるのは この標高のおかげだろう・・・。 子供を乗せて、帰りは河口湖側から山中湖側に向かってアップロードが続く中、トータル20kmは走っただろうか。 自転車を返却した後、疲労した体に 2日目はホテルを予約していてまさに正解だった・・・。 ホテルでは、好感のもてるレベルに凝った品数の多い夕食 部屋に戻っても、息子の大興奮は冷めやらず・・・。 心地よい疲れの中、夜が更けていった。 ![]() 【上段左】早朝、湖畔から夏の富士を臨む・・・。 【上段右】豊かな水量で荘厳にしてどこか女性っぽい『白糸の滝』の華やかさ。 【下段左】富士の伏流水が育む 大好きな『忍野八海』の湧水群。とにかくどこまでも透明度が高く、冷たい冷たい水は 心を洗い流してくれる。 【下段右】『花の都公園』にほど近いエリアにある一大ひまわり畑の様子。圧巻!! 翌日、3日目は よく知った山中湖・河口湖周辺をそのまま帰ったのでは面白くないとばかり、普段は とらない駿河湾側に降りていくルートを通って、楽しみながら、ゆっくりゆっくりと帰ることにした・・・。 まずは、この残酷なまでの日差しから逃れるべく『鳴沢氷穴』 車を停めるにも、氷穴に入るにも待ち時間が発生したものの、氷穴に入ってみると、そこは別世界の摂氏0度の世界 夜間や朝方の湖畔の散策を考えて持っていって行ったフリースが活躍するほどだった。 氷穴を出ると、今度は『道の駅』や牧場を順次辿りながら、『白糸の滝』へと到着した。 しかし、この日、実は職場の社外対応当番にあたってしまっていて、海外を含めて 何件もの電話を数時間に渡ってさばく羽目となった・・・。 それでも この『白糸の滝』に着く頃にはひと段落していて、公用携帯によるディスターブなしに、水量がほぼMaxに至った荘厳にして、華やかでどこか女性的な『白糸の滝』を満喫することができた・・・。 なんでも、この『白糸の滝』の全幅は200[m]にも及ぶのだそうである・・・。 あまりの迫力と美しさに 随分と長い時間そこに留まってシャッターを押し続けた。 その後は 富士宮方面に標高を下げて行き、車のナビの周辺情報検索機能を使って、B級グルメの覇者『富士宮焼きそば』が美味しそうなお店をターゲットに この小旅行の締めくくりを図った。 いくつもの大きな鉄板を並べた清潔な店内で太めの麺をコクのあるソースで心ゆくまで満喫して、この小気味よい夏のひと時の休息を終えた・・・。 こうした まるで小学校の絵日記に描いたような夏休みが、まだまだ幼い息子の記憶に うっすらとでも残ってくれたら、と思う。
さて、前回に続いて 続編の始まり始まり~・・・。 ▼現地7/6(水)~7/7(木) この日より本番。朝からOfficeに詰めて、昨今のフィールドでの案件やこの日から始まる多数の技術セッションの打ち合わせを午前中に集中して実施。 午後から、敷地隣りにある『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』(下の写真 上段左)に移って、欧州全土から集まった参加者 数10名とのセッションが始まった。 勿論、その内容については書けないが、この欧州地区の『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』は確かに評判通りすばらしくて驚いた。 なんでも、かつて建てられた貴族のお屋敷を買い取って、内部のインフラ部分を 大幅改修した経緯があるとのことで、外装と内装(下の写真 上段右)は当時のまま豪奢なのだが イギリスのお城や荘園地区にあるように、その建物の前にはあきれるほど広大な緑地がどこまでも続いていた・・・。 セッションは 本セッションの他、所謂『Side-Barミーティング』(ちなみにアルコール その一方、7/5(火)の深夜に話が持ち上がった別案件でのスイス行きの件が現実となったことを受けて、7/8(木)2日目のセッションが終わると、大急ぎでHeathrow空港に向かい、そこから一路、空路で2時間程度かけてチューリッヒ(Zurich:現地読みでは、あきらかにズーリッヒ)へと向かった。 ▼今回の出張先のブリーフィング・センタ(英国)と英国ロンドンPaddington駅 ![]() ▼スイス7/7(木)~7/8(金) スイス チューリッヒ(Zurich)に着くと、同行のスイスの纏め者(彼は私よりずっと年長者だが、6年以上一緒に戦火を潜り抜けて仕事をしてきた中、もはや大親友と言ってよかった)の運転で、雨の高速をVWの濃紺のステーションワゴン『パサート』でぶっ飛ばして、郊外の目的地へと向かった。 現地に到着する頃には、とっぷり陽がくれていたが、滞在先のホテル(下の写真 下段右)のある小さな街『Lenzburg(レンツブルク)』は まるでおとぎ話の世界のごとく、まるでドールハウスが現実の世界に並んだようななんとも可愛らしい街であることが すぐに分かった。 なんでも翌日からお祭りが始まるとのことで、丘の上にある教会からは大きく印象的な鐘の音が鳴り響き まるで宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のカンパネルラになって、その世界に飛び込んだような印象を受けた・・・。 その後、夜10時という時刻ではあったが、そのスイスの同僚のお宅に、同行者と共に、お邪魔することとなった。 奥様は日本人で、日本語に何の不自由もないそのスイス人の同僚と共に、赤ワインと奥様の作られたオードブルを頂きながら大いに盛り上がった。 帰りしなには、スイスでは各家庭がもつと言われる大変広い地下の『核シェルター!!』を見せてもらい、その個人所有とは思えない立派な設備群に大変驚くと共に、スイスの独特の文化の一端としたたかさを見たように思った。 最終日は、宿泊地のLenzburg(レンツブルク)から目的地であるBern(ベルン)まで、そのスイスの同僚の車で約90km程度移動して、午前中に2時間半ほどかけて、とある超重要案件をこなした。 幸いお相手も大変喜んでくださったこともあり、わざわざ英国から移動して案件対応をした甲斐があったと共に、大きな充実感を得ることができた。 そしてごく短時間、世界遺産(文化遺産)に登録されているBernの旧市街(下の写真の上段および下段左)を流した後、Bern駅に乗りつけ、英国はHeathrowでトランジットして帰国すべく、まずはスイスのチューリッヒ空港を目指すこととなった。 巨大なダブルデッカーの特急列車 この車両がとにかく巨大で、日本の2階建て列車に比べて なんせ大きいこと! ▼スイスでの案件処理後、英国へのフライトまでの間のスナップ集 ![]() チューリッヒに着と、ソフトピギー(ソフトスーツケース)を英国Heathrowではなく、成田で直接ピックアップできるよう依頼して、Airlineへのチェックインを済ませた。 英国Heathrowまでは 約2時間のフライト。 Heathrowでは、約3時間ほどトランジットのWait時間があり、その後、夕方に日本の成田に向かって飛び立った。帰りは 偏西風に乗るものの約12時間をかけたフライトとなった。 結局、現地5日間の滞在において、決して近くない英国とスイスの2カ国を行き来する強行軍となったが、いずれの案件でも参加者に喜んで頂くことができたのが何よりの充実感となった・・・。 また、そうした濃密な時間の中で、駆け足で見た英国とスイスの景色はいずれも大変美しく なにせ歴史があり、印象的な美しい街並みと豊かな自然は特筆もので、米国西海岸はシリコンバレーばかりではなく、やはりたまには欧州(ヨーロッパ)はいいなぁ、と心底思った次第・・・。
日本を7/4(月)に発ち、まずは予定通り英国London近郊のWindsorエリアに入り、そこで5日間を過ごすかと思いきや、急遽 後半にスイスに飛ぶことになった今回のヨーロッパ出張。 さて、さて詳細は、以下の通り・・・。 ▼7/4(月)の出発~英国現地到着7/4(月)の様子 7/4(月)は 英国London(Heathrow空港)への渡航ということで、普段の渡米とは異なり、午前中のJAL便(JAL401)へと乗り込むため、普段の出勤とほとんど変わらない時間帯に自宅を出た。 同行する年長者の方が、日頃ほとんど海外出張経験がなかったので、搭乗まで様々なアテンドをさせて頂いた。 その中で自分自身も少々新鮮だったのが、これまでの欧州への出張時とは異なり、英国出張向けに通貨をポンドとしてもつ必要があったことだった。 英国は EUには加盟しているものの、ユーロを通貨として導入していないため日常生活では使う貨幣獲得のために久々に換金をしたのだった。(米ドルは わざわざ円に換金せずに相当な額を有しているのとは対照的。) 同行者を JALグローバル会員の権利でサクララウンジに招き入れて しばし時間をすごした後、約12時間のフライトを経て英国London Heathrow空港(LHR)へと到着した。 機内は非常に混んでおり、フライトが確定した時期も渡航間際であったこともあって、Cクラス(ビジネスクラス)には24名にも至るWaitingが発生しており、望むべくもなかった。結局Waitingはできないものの、空きのあったプレミアムエコノミー席に滑り込んで搭乗した。 渡航時はいつも事前の準備に明け暮れてやっとの思いで搭乗するため、機内は睡眠にあてるのが常であるが、今回は例外的に 都合3本も映画を見てしまった。 現地に到着すると、自社のブランチが用意してくれた車でホテルにチェックインした。 この点も、到着するなり すぐに自分で車を借りて、フリーウェイを自力運転でぶっ飛ばしていく米国出張とは大分異なる・・・。 現地到着は夕方だったため、路線バスで行ける『Slough(スラウ)駅』まで出かけて簡単に夕食を摂った後 気候は涼しく やや曇りがちだったが湿度も低く、非常に心地よく長時間歩いて帰ってくることができた。 道すがら、幹線道路の両側には、延々と可愛らしく洒落たブリックハウス(レンガ造りの家屋)や、石造りの教会と共に豊かな緑が続き 時間帯は もう21時を回って、22時になろうとしていたが、まだまだ残光があり、日本の同時期の19時くらいの印象を受けた。 ▼宿泊ホテルすぐそばに位置する現役のWindsor城 ![]() ▼現地7/5(火) この日は 当初 事前打ち合わせを予定していたにも関わらず、前日の7/4(月)の夜 (それならばフライトを1日延ばしていたのに・・・。) 普段は こうした海外出張の全般のスケジューリングやAgenda策定含めて、私自ら取り纏めるのに対して、今回の案件では そのタスクが欧州チーム側にあり、我々は技術的な分野での後方支援に集中すればよい立場にあった・・・。 したがって、このような状況になってしまうと案件をコントロールできないため、7/5(火)はやむなく、朝から比較的近辺を散策することとした。 結果的に、10時から15時くらいはホテルから『Slough(スラウ)駅』を経由した近所に位置するWindsor城 このWindsor城(上の写真参照)は 築後900年以上が経過するお城であるが、いまだ現役であり、今でもエリザベス女王 外装および内装は いずれも豪華絢爛としか言いようがなく このWindsor城見学の後『Slough駅』に戻り、15時半から17時半くらいまでは、快速で20分ほど離れたLondonはPaddington(パディントン)エリアに出かけてみた・・・。 この後、ホテルに急いで大返しし、18時からホテル1FのBar 続きは また続編にて・・・
いやぁ、暑い! やっと7月に入ったが、それまでの6月の暑さを見ると、例年の6月とは比較にならないほど暑かったと言って間違いないだろう。 私のOfficeは 大口契約者(当然、法人)であるが、館内の装置を大幅に止める施策を敢行しているために、執務室の冷房 その実、インテリジェンスビルでは一般的な『開かない窓』に対し、一様に遮光フィルムが貼られ、巨大な執務室の天井に埋めこまれた蛍光灯は半分が撤去され、エレベータのサービスも大きく間引かれたり、止められたりしながらの操業であるが、今のところ、皆元気である。 ・・・そんな中、7/4(月)~7/9(土)の日程で、イギリスはロンドン近郊に海外出張に出かけることとなった。 しょっちゅう出かける米国西海岸はシリコンバレー・エリアとは異なり、ヨーロッパへの海外出張は 1999年のドイツ・マンハイム、2005年のスペインはマドリッド、2008年のフランスはモンペリエに続いて、4回目となる。 ヨーロッパのご多分にもれず、飛行時間は長く、行きは偏西風に対して向かい風となるため直通で13時間もかかり、偏西風に乗る帰りだって12時間もかかる。 救いは、そのわずか1週間ではあるものの、今の日本よりも大幅に涼しいことと いずれにせよ、頑張ってこようと思う。 皆さんも暑さに負けず頑張って下さい! |一覧| |
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