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miho4554の日記 [全5件]
![]() スピリチュアル、この言葉をこんなに連発しているのはわたしにとってすごく珍しいこと。 私のことをよく知っている友人なら「どうかしたの?」と思うことだろうな。 ちまたで「スピリチュアル」ということばが独り歩きしだしてからどのくらいたつだろう? この「一人歩きしているスピリチュアル」がわたしは好きではない。 スピリチュアル=天使、光、魂、過去世、カルマ、ヒーリング、非現実主義・・・そんなことだという感じにわたしには受け取れる。 はたしてそうなのか? わたしは「違う」と思う。 スピリチュアルというものの本来の意味はたぶん「人の霊性、または精神性」なんだとわたしは思う。 では霊性や精神性とは何でできているか? たぶんわたしたちが生きていくうえでのあらゆるものがそれに含まれるのではないかと思う。 目に見えないものも物質も何かもすべて。 というとすごく抽象的だから、噛み砕いていこうと思うけど・・・(若干自信ない 笑) じゃあスピリチュアルというのはちょっと置いておいて、エコロジーについて考えてみたい。 (エコロジーっていうのもまた一人歩きしている言葉なのだけど・・・) みなさんにとってエコロジーって何ですか? わたしにとってのエコロジーとは「自然(宇宙)との一体感、目に見えないところを感じ取ること」なのであって、リサイクルとか低炭素社会とかではない。 大昔の人にとって、水といえばとても神聖なものであり、貴重なものであり、それを使う事は非常に畏れおおいことであったに違いない。 目に見えない神様が与えてくれるものとして認識していた、ということもあるだろうと思う。 だからこそその水を人や動物たちや植物たちとともに大切に分かち合っていたんだろうと思う。 雨が降ればそれは命の源として歓迎したし、山を登り湧き水を見つけると、それが悠久の時を経て自分たちに注がれているのだということを誰もが感じ取っていたのだと思う。 彼らは常に目に見えない「偉大なるもの」のなかの、自分たちは一部であるのだという事を普通に感じていたんじゃないだろうか? 常に目に見えないものを、ある物が目の前に来るまでの道のりを、常に見つめていたのではないだろうか? そのことに触れてすぐに現代に話を戻すのはとても乱暴なのだけれど、あえて戻してみる。 現代ではだれでも生まれたときから蛇口をひねれば水が出る。 その水がどのように自分の目の前までやってくるのかなんて普通は考えない。 きっとものすごい工程を得て来ている。 その工程の中には目を覆いたくなるようなこともたくさんあるはずだ。 でもそこは見ない。見えない。見ようとしない。 わたしたちは自分のことで忙しすぎる。 発展が悪いのではない。 たくさんの先祖たちがいたから今のわたしたちがある。 でも明らかに現代人は「目に見えない偉大なるもの」を感じそびれてしまっているように思う。 麻痺しているというのかな。 そんな風に思う。 とてもいい洗剤が発売されて洗濯物が真っ白になってうれしい。 柔軟剤で良い香りがついてもっとうれしい。 エコロジーとは、そこで「じゃあこの排水はどうなるの?」 「この洗剤は何で出来ているの?」 「水が汚れるって言うけど、その水、植物や動物たちにも影響があるのでは?」 「わたしたちが満足できたら何したっていいの?」 という目に見えないものを感じ取ること、そういうことなんだと思う。 ここで話をスピリチュアルにもどすことにしよう。 わたしにとってスピリチュアルとは、「今この目にみえる現実の裏にある、目に見えないものはどんなことだろう?」ということだ。 「自分はいったいどうしてこういう事態に陥っているのだろう?」 「今のこの目に見える幸せはなぜここにあるのだろう?」 そうやって目に見えないことを感じていくことではないかと思う。 そういう意味でスピリチュアルとエコロジーは似ている、という題目につながるわけなのだ! ひとは物質的な存在だけでもないし、精神的、霊的な存在だけでもない。 すべてひっくるめた視野を常に持って生きることこそ本当の意味でのスピリチュアルなんじゃないかと思うのだ。 だから「わたしはスピリチュアル系だ」とかいう会話はおかしい。 明らかにおかしい。 ひとはみんな、どんな人であっても本来スピリチュアルな側面も持っているし、その感覚は閉じられていない。 ただちょっと、麻痺しているだけなんだと思う。 スピリチュアルという言葉、そろそろちょっと違う言葉に置き換えられないだろうか??? P.S. こういうことを言うと「責められているような感じがする」と引いてしまう人がたくさんいる。 わたしとしてはそれは不本意であるけれど、ある意味希望が持てる。 だって「責められているような感じがする」ということは「罪悪感がある」ということだから。 「罪悪感」とは使いようによっては「ギフト」に変換できる。 「罪悪感」は「偉大なるものを感じ取る窓口」にもなる。 「罪悪感」とはあるひとつのツールかもしれない。 わたしも「罪悪感」があったからこんなコラムを書いているし、今だって罪悪感はある。 だってすべて完璧に出来ているわけでは決してないから・・・ だけどこの「罪悪感」を持っている限り、「偉大なるもの」に対する畏敬の念はあり続けるだろうし、どうやってあらゆることに取り組んでいこうかと考えられるから。 だからこれを読んで「痛いな」と思ったらその痛みをどうやってギフトに変えていこうかと、いろいろ考えるきっかけになったらいいなと思う。 書いていて一番痛いのはもしかしたら私自身だ(苦笑)。 いや、違う、一番痛い思いをしているのは地球だよ。 痛がるよりも癒やす方向をそれぞれみつけていこうではないか! Last updated 2009.03.08 11:05:52
地球に貢献するとか、地球に尽くすとか、地球のためになんとかとか・・・ わたしはそういうの、なんだかしっくりこないのです。 なんでかというと、それは当たり前のことだから。 でも、当たり前に感じていない人だってたくさんいます。 それは悪いことではなく、「この世の中においては仕方ないよわからなくなっても」という気がします。 みんな自分のことで大忙しですからね。特に都心部で暮らしているとなおさらです。 わたしはクリスタルが好きで、最近はそれを仕事にもしています。 でもクリスタルを買うこと自体、環境汚染を助長することに繋がってしまうのです。 これは悲しいことです。本当に。 そのときに「じゃあクリスタル買ったりするのやめよう」とも思えなくていろいろといつも考えています。 天然石ブームが爆発的に世界中で起きていて(特に日本はすごいようですが)あまりにも採掘自体が環境汚染になっているために閉山している鉱山せざるをえないも多いそうです。 そんななかで、「もっと丁寧に、環境のことを考えて採掘しようよ」という人たちが少ないですがいるそうです。 そういうところから買えたらいいなと思います。 浄化をするときもお香はオーガニックなものやフェアトレードのものをとか。 そしてみんながそういうところまで気にかけて天然石を楽しめたらいいなとも思うのです。 わたしが環境のことをつねに考えて、環境に悪影響がなるべくでないような生活を工夫しているのは、ひとつに人として当たり前と言うのがありますが、ちょっと視点を変えると、「大好きなクリスタルたちが生まれ育っている環境を壊したくないな」という気持ちもあるのです。 もちろん鉱物だけでなく、動物も植物もですよね。 「環境に良い生活に切り替える」そういわれてもピンとこない人たちにどう伝えたらいいかなとずっと考えてきたのですが、最近こう思うようになりました。 わたしはみんな大好きなこと、ワクワクすることを楽しむべきだと思っています。 そうすることで世の中が「地球が喜ぶエネルギー」でいっぱいになります。 そのときに、その好きなことをするやりかたを「環境にできるだけ配慮したやり方にする」という選択をしてみて欲しいと思うのです。 もしもカフェを開きたいというなら、お店で扱う食料はオーガニックなものを使う。 もしもなかなか高くて・・・というなら安く買えるようになるように、有機農業を活性するように働きかける、とか。 釣りが好きならおもりは鉛製を使わず鉄製にする、とか、(糸が切れて鉛が海に残ると海を汚染してしまう)なるべく車を使わないとか。 山登りが好きならゴミを拾いながら登る、そしてゴミ拾い登りの仲間を増やしていく、とか。 好きなことをするときに、それが与える環境への影響を考えることからはじめると、いかに普段の生活から変えていけるかということに気づくはずです。 ダイビングが好きな人は世界の海がきれいな海ばかりだったらいいな、と思うでしょう。 ならば自分は海を汚さない、そう決意することは難しいことではないと思うのです。 洗剤を変えようとか、食べ物を変えようとかそういうところへ必ず行き着きますからね。 「これってわたし大好きなことだけど環境に悪いよな。やめよう。」というよりもずっとポジティブですし、好きなことを続けられます。良い循環という感じです。 エコロジー、この言葉をただの流行語で終わらせないために、まずはあなたが一番ワクワクすることを環境に配慮したやり方でやってみる。 これってすごく良い考えだと思いませんか? みんな大好きなことをしてキラキラしながら地球もキラキラするなんて、素晴らしいことですよね。 地球が病めば当然わたしたちも病んでいき(すでに病んでいますよね)楽しくワクワクすることなど出来なくなりますから・・・ Last updated 2009.01.15 16:15:32
![]() 2009年が始まりましたね。 今年もさらに地球が良くなるように祈るばかりです。 さて、今日はわたしがいつも考えている都会の近い未来の話です。 現在の都会にはビルが立ち並び、緑はあっても大きな公園くらいですが、思い切って都会で 農業をやってはどうかな?と思うのです。 マンションをもう建ててもみんな入らないのですし、オフィスビルも飽和状態なのではないでしょうか? 投資のためにビルを建てるなんていうバーチャルなお金の使い方で随分みんな痛い目に遭っていますからね。 だったら空いた土地を国が買って、そこを有機農業用地にしてしまうのです。 国民から集めた貴重な税金はそういうところに使い、さらに有機農業を斡旋するシステムや補助体制を国が作ります。 自分たちや地球が健康になる食べ物を作ること以上に尊い仕事があるでしょうか?! そういう仕事こそ保護しましょうよ! 老若男女が農業を都会でもやる。 大地を感じながら癒やされていく仕事。 リストラされて農業に!幸せの転職です。 安全な食べ物を都会でも作り、都会のレストランなどと契約してそこに卸す。 運送費用もかからないし、二酸化炭素も出しません。地産地消ですね。 都会は人が多いので農薬なんか使えませんし、その逆に農業をやっているから排気ガスなんかも規制されて都会の空気が蘇ります。 ビルの間に農地がすこしずつ広がっていき、スーツ姿の会社員と作業着姿の老若男女が昼休みに情報交換をしている風景を思うと興奮します(笑) 都会農業の楽しいところは、雨で作業が出来ない時などは作業着を着替えて、映画や舞台を観たりして都会的な娯楽をいつでも楽しめるところです。 農業のイメージがガラリと変りますよね。 もちろん田舎でも有機農業をとにかく広めて、安全で美味しい食べ物をつくり、日本の自給率をアップさせるのです。 これからは農業の時代ですよ。絶対に! 日本中どこに行っても美味しい有機野菜やお米が当たり前に食べられる。 どこのレストランに入ってもすべてそういう食べ物です。 若い人たちがキラキラしながらわたしたちが生きるために一番大切なものを大切に作っている。 素晴らしいと思いませんか? 田舎から変えるのではちょっと時間がかかりそうです。 だから思い切って都会から変えてしまうのです。 今までの価値観をガンガン変えて、速度を上げる。 時間をかけていては立ち行かなくなるのは時間の問題ですからね。 新しい時代に生きるわたしたち、みんなんでワクワクするような価値観をどんどん創っていっっていいのではないでしょうか?! 大都会有機農業作戦でわたしたちの体も地球の環境も健康に! 良いことずくめです。ぜひぜひ実現させたいですよね。 Last updated 2009.01.04 13:04:16
![]() わたしたちの「体」って本当にわたしたちのものなのかな? よくそう感じます。 当たり前に言えば「そりゃわたしたちのものよ、当たり前でしょ」ということになりますが、今日はちょっと違う視点から見てみようと思います。 わたしたちが今悩まされている病気の一つに「生活習慣病」というカテゴリーにおさまる様々な病気があります。 あるいは「現代病」といわれる肉体的、精神的な病もあります。 それらの多くの原因は現代の生活習慣、つまり生活の仕方や食べ物、食べ方、運動不足、寝不足、栄養不足、あるいは栄養過多、喫煙、などからきているようですね。(まだわからないこともたくさんあるようですが。) 生活習慣病や現代病にかかってしまうとまずやることは、そういう「あまり好ましくない生活習慣を改める」ことから始めます。 わたしたちはあまりに忙しいですし、情報もあまりに多い中、一日でたくさんのことをしなければなりませんし、たくさんの情報を処理しなくてはなりませんから、どうしても自分の体のことを考える余裕がないのですよね。 体の声を聞くということができない。そういう時間がない。 自分の体が発している危険信号さえも気づかなかったり、あるいは忙しすぎて後回しや無視ということも多いのです。(市販の薬で胃痛や頭痛をごまかすこともそういうこと。) これはわたしの個人的な考えですが、わたしは「自分の体(肉体)は地球のもの」だと思っています。 魂がこの地球にやってきていろいろなことを経験するために地球に体を借りる。 そうすればこの地球で生きられます。 魂は永遠に続いていくけれど、地球で肉体を借りて経験することには終わりがあります。 それが地球のルールですね。 地球での経験が終わった時にわたしたちは肉体を地球に返します。 それまで体の中に入っていた魂は体から飛び出して帰っていきます。体(肉体)を持って帰ることはできません。 体は地球からの借り物です。借りたものは大事にしたいなと思っています。 そこで大事に使うために体の声を聞くんですね。 いつもと違う違和感があればそれはなぜなのか、自分の行動や生活を振り返ります。 本当はみんなどんなことが体に必要でどんなことが体に不必要なのかを知っているんだと思います。 心を澄まして聞くと大抵わかります。ただ、わかってもそれを改善できない、したくない、そう考えてしまうから改善できないんじゃないかと思うんですよね。 体が地球のもである、その一番説得力のある持論が実はあります。 それは「体にとって良いことは、地球にとっても良いこと」というものです。 体と地球は実は常に繋がっています。(わたしは魂も宇宙の万物とつながっていると信じていますが。)今この瞬間も。 「だから体の声を聞くこと=地球の声を聞くこと」なんですよ。きっと。 それってすごいこと!だと思いませんか? これ世界中で今みんながやり始めていると思います。 まだ気づいていない人も多いのですが、世界が激動しているのはおそらく「いい加減、体(地球)の声を無視するのはやめようよ!」という意識からなんだと思います。 今までのようなやり方が何もかも崩壊していくかもしれません。確実にそうなると思います。 その中で一時的にわたしたちの意識のシフトが遅れるために苦しい思いもしていますが、今後の世の中というのは確実にわたしたち(つまり地球)の幸福へと転換していくのではないでしょうか。 今までの価値観にいつまでも捉われているとなかなか暗闇から出られないかもしれませんが、新しい価値観(あるいはとても原始的な価値観)にスイスイとシフトしてしまう人たちはもっとはやく幸福の中で暮らしていけるんだとわたしは思います。 日頃忙しくしていることから少し、ほんの少しでも離れてみる。 電車の中で目を閉じて自分の体に意識を集中する。 またはお風呂に入りながらでもいいですね。ほんの数分間でも。。。 そうするだけで体がどんな信号をだしているか、地球がどんな信号をだしているか、きっと感じ取れるはずです。 そして疲れたからだの疲れやストレス(それは不必要な食べ物やタバコなども含みます)を取り除くことは直接地球へのいたわりに繋がっている。 そして体に必要なものを取り入れてみる。そうすることで体の声はもっと聞こえてきます。 どうですか?そう考えるだけでもいつもと違った感覚があるのではないでしょうか?! わたしたち、地球の一部ですよ(^^) Last updated 2008.12.22 09:10:58
![]() エコロジー的でヒーリング的なコラムを書いてくださいと言われました(突然~!) どうしようかと悩みましたが難しく考えてもどうにもならないので、とにかくわたしに書けることを毎回楽しんで書いていこうと思います。 みなさまお付き合いくださいませ。 わたし個人は13年前に結婚して家事や育児をするようになってから今の消費社会の異常さにきづいたんです。 買っては捨てて、捨てては買う・・・その繰り返しにより大量のゴミの山は街のあちこちであふれている。 人々は余計なものを食べ過ぎて病気になり薬を大量に消費する。「なんという異常さかしら」と悲しくてしかたありませんでした。 今は世の中の意識が随分変りましたね。それでももっともっとひとりひとりの意識改革が必要ではありますが。 なぜ地球のことを考えるのか?それはわたしたちが地球の一部分であるからに他ならないのです。 わたしたちは地球という大きな生き物の細胞の一部なんだとわたしは思っています。 わたしちの調子が悪ければ(それが肉体的な病であれ精神的な病であれ)地球だって調子が悪くなるのです。 ヒーリングだとかスピリチュアルだとかいろいろなことが出てきたのも、わたしたちが異常な生き方をしてきたために地球の調子が悪くなってしまったためなんじゃないかと思います。 わたしたちも地球も癒やされるべきなのですね、きっと。 今わたしたちは人間としての本来の姿を取り戻し、まともな生き方を再発見していかなければなりません。 これ以上自分の体も精神もいじめてはなりません。心身ともに健康になって、地球の細胞の一部としてみんなで手を取り合って幸せになる。そうしたら地球の調子の悪さもすっかり良くなるんじゃないかと、わたしは本気で思っています。 そういう意味で、EARTH LIVING +cafeは「地球規模のヒーリングをしよう!」というカフェであるのだと思います。 元気になる食べ物、セッション、ワークショップ、商品などを提供し、お客様も巻き込んで「地球=わたしたちみんな」を ヒーリングしていこう!という。 そこでエコな生活というのはやはりわたしたちにとっても地球にとっても素晴らしいことなのですね。やっとエコロジーとヒーリングがつながりました(笑) 病気のない快適で美しい人生、それにはエコロジー的な生活が必要不可欠ですし、エコもヒーリングも地球的規模の幸せのための近道です。そういう意識でみなさんもエコに取り組んでみてはいかがでしょうか? Last updated 2008.12.20 10:36:28 |一覧|Recommend Item
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