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今日も懲りずにちょこまかと

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岡山ビーバー

岡山ビーバー

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2008年11月03日
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こういう記事を読むと、もう本当に暗くなるワケです。


検問突破、歩行者はね20メートル引きずった疑い 大阪

男性をはねて約20メートル引きずり逃走したとして、大阪府警は2日、大阪府柏原市本郷3丁目、派遣社員松川貴俊容疑者(23)を、自動車運転過失致傷と道交法違反(ひき逃げ)の容疑で逮捕した。男性は頭の骨を折るなどして重傷。

 南署の調べでは、松川容疑者は2日午前5時20分ごろ、大阪市中央区西心斎橋2丁目の市道でワゴン車を運転し、検問で停止を求められたが逃走。約100メートル先の赤信号で停止していた別の車に進路を阻まれて後進し、歩いていた男性(21)をはね、車の下部に巻き込んで約20メートル引きずって放置、そのまま逃げた疑いがある。追いかけた南署員が車のナンバーを覚えており、照会したところ松川容疑者の父親が所有者だとわかり、逮捕につながった。

 松川容疑者は近くの飲食店でビールを飲んだ後、友人を自宅に送るために運転していたといい、「飲酒運転がばれるのが怖くて逃げた」と供述しているという。






飲酒運転がばれるのが怖くて逃げた





私はこういうのを見ると、

人としてちゃんと生きていこうという覚悟がないというか、

人として”品格がない”と感じてしまいます。




勢いで間違ったことをしてしまった。



だからって、それを咎められたら、

やはり潔く認めて、罰を受ける。

・・・というようなことを、まず当たり前に出来ること。




「謝ったら”負け”と感じる」というような台詞が

路頭の風の中で聞こえてくることがあります。

・・・もう意味が分かりません、私には。



大小の差はあれど、人は間違いを犯すものです。

その時には、潔く、謝るのです。






・・・といったようなことをノウノウと垂れ、

いかにも「私は正義の側」といった風情で

偉そうに道を説く人達がいます。



こういう人も、品格が欠如している、と感じます。



ええ、そうですね、私のことですね。。。

気をつけたいと思います。






というような自己問答をリカーシブに延々と繰り返していると、

果たして、他人様のことをあげつらってそれでもって正義を説くことに

一体、どれほどの価値を見出せるのか、少し分からなくなってきます。





所詮、お前も似たようなもんだろ?





この問いに胸を張って反論できる生き方をしているとして、

それを胸を張って口にしてしまった時点で、

もう既に品格を落としていると感じるのです。





だから、大嫌いです、2chなんて。






この前の金曜日(10/31)、徹夜しました。

共通チームというところが提供しているメソッドの中で

どうもウチのチームしか使ってないよなのがあったのですが、

それがバグってた模様です。

その調査のために、徹夜しているワレワレのプログラムを

イジってほしいとかホザいて来られました。

少し、キレそうになりました。



まず謝れ、と。

かつ、テメェのバグ調査にコッチを使うんじゃねえ、と。

100歩譲って、もしコッチを使うなら、

”頭下げてお願いする”のが人としての筋というものだと思います。

迷惑被ったのは、コッチなワケですし。






コッチのチームは、ベンダが2社あります。

高松のA社と、大阪のB社。

この2社は、お互いに、妙に不調和です。



この間、A社担当分でバグらしき現象が出ました。

それを指摘されてまずA社担当者たちが話し始めたのは、

「ウチは悪くない」を前提とした自分勝手な論理ですが、

自分たちではそれに気づいていません。



次にA社の論理はどこへ向かうかというと、

B社のプログラムがA社のプログラムに

悪さをしているんじゃないか、と。

その先入観を前提にしてそれなりに筋が通ってそうな

論理を構築し始めました。



一番の間違いは、

「論理的に考えれば必ず正しい考えにたどり着く」

などと平気で思っていることです。



上記のように、誤った前提からスタートした

自分勝手な事実を寄せ集めた”論理”なんて、

正しいワケがない。



・・んで、どうなったかというと、A社の中でも割と真面目な人が

「これこれこういう事実がある」

と新たなデータを提示し、それを元にプログラムを洗ってみると、

そもそもA社のプログラムの仕様に誤りがあった。



さあ、この時、この人達はどういった行動に出るんだろうと

ドキドキしながら横目で眺めていたら、

「そんな仕様聞いたことない」

と開き直り始めました。

「これは仕様変更である。

 だから客から金をとって、

 それでもって修正工数の金を捻出するべきである。」

・・・と。



それをA社のリーダーに上からモノを言うように

トウトウと語っています。

A社リーダーが何とか機嫌をとって

故障ということで直してもらいました。





・・・品がないっ!





いま心が真っ黒で

それを有り体に露出してみると、

「世の中、バカばっかり。」



あはは、あはははは、

バカばっかり。





・・・というようなことを、こんなトコで、

ワールドワイドに書き垂れるワタシ。



一番、品がない。





品がないっ!




「ひとのことアホ言うもんがアホなんじゃあっ!」の法則に従うと、

どう考えても、私が一番、アホ。

心が弱く、アタマも悪く、ひたすら品の無い人間。



心して、火曜日を迎えよう。

いや、心して、日々を過ごそう。

覚悟して、生きよう。





”正義”などというものが、余計な悪戯をしている様が、

世の中に散見されるように感じられてしまうのも、

きっと傲慢というものでしょうか。



ただ、フト思うのです、

道端に行き倒れの死体がゴロゴロ転がっていた時代にまで

遡ってしまったほうがいっそスッキリするんじゃないかとすら

感じることがあるんです、

この見せ掛けばかりキレイになった街角に立っていると。。。



”正義”というようなものを、己の中に見出そうとしたり、

「自分の中に花を咲かせましょう」などと声高に歌ったり、

そういうようなことが、いちいち、気に障ってしまうんです。

人間なんて、そんなモンじゃねえだろ?・・・なんて調子で。



”正義”というようなものを、神とか仏とかお天道様とか、

そういうような、人間の外に追い出した超越的な存在にしてしまった

ほうが案外スッキリするんじゃないかというような考えが頭を掠めるとき、

アメリカの正義、ビンラディンの正義というようなものが、

忌々しい記憶として蘇ってきます。



前の時代で”正義”だったことが、

次の時代では”正義”ではなくなることも

よくある話で。



というようなことを考えていくと、フト、

”正義”って、本当に”正義”なの?

というようなことに思い至ってしまうのです。



つまり、”常識”とか”正義”が絶対的なものだという勘違いが

人の判断を誤らせることが、大小の違いはあれど、

実に色んなところで散見されるように感じます。



・・・この考え方は、私のこれからの一生の中で、

恐らく変わることはないと思います。





”正義”とか”常識”というようなものは

移り行くものだと思っています。



だから、それを振りかざして向かってくる分には苛立ちます。



しかし、それが失われた現場というものには、

無常を感じるのみだったりします。



ただ、その時にも、品格というものが失われていたら、

何とはなく、哀しいです。

「しっかりしろ!」

「もっとよく考えろ!」

などと、ホザきたくなります。



自分でもよく分かりません、

この、自分の価値観が。。。






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最終更新日  2008年11月03日 03時11分19秒
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