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tunjiの日記 [全38件]
今日は月命日なので、住職さんが家に来て、読経していった。 朝から、東京は雪で、こっちも寒かった。どういうわけなんだろう、僕は雪に好かれているのか命日や四十九日は雪ばかり・・・。 音楽の話に戻ろう。この間、と言っても一ヶ月以上前の話だけど、The Allman Brothers Band の『Eat a Peach』と言うアルバム、本当におすすめのアルバムです 。デュアンのブルースリフとスライドのサウンドは本当に輝いているし、デュアンとベリー・オークリーのコラボは絶妙でなんとも言いようがないほど素晴らしい。 特にMountain Jamは、30分以上の長いインストゥルメンタルなのに、スライドとリードの掛け合い、迫力あるツインドラムで飽きさせないどころか凄まじい演奏。感動ものです。 それと聞き逃せないのが、デラックスエディションのDISC2の演奏。フィルモアイーストでこんな演奏もあったのというくらい驚きの演奏。凄いライブをやっていたんだなと感激しました。このアルバムには、僕の目指す音楽の一つの方向性があると思う。 それにしても、デュアンとベリー・オークリーは、結局24歳で亡くなるんだよね。
ところで、前回の続き。 附属中学校からは、脅しともいえる扱いを受けたんだけど、それから一週間後、転校の手続きをした。どうしても行きたくなかったから、僕にとってはこれしか残された道は無かった。父と退学届けを出して、家に帰ってきたときは、本当に心がピョンピョン跳ねるように嬉しかった。一応9月から転校ということで、附属中学の夏休みの宿題と、転校先のKM中学の夏休みの宿題をどっちもやらされたのには閉口したけど、そんなことは取るに足らないことだった。それより、ともかくあいつらと顔を会わせなくてすむだけで嬉しかった。 KM中学は、地元だったし、仲間も沢山いたので楽しかった。みんな優しかったし、先生もとても優しかった。転校したお陰で、修学旅行や運動会も無かったけど、中学3年をKM中学校で過ごせたのは本当に良かったと今でも思っている。 高校受験は、内申書や出席日数が心配で色々考えたけど、TK高校を受験することにした。T県では、TC高校、TY高校、TK高校が御三家と言われる進学校で、先生の勧めもあってTK高校にした。県立高校の受験の前に私立高校の受験があって、これは大失敗だった。だから、高校の合格発表はヒヤヒヤものだった。合格発表は受験番号が張り出されるんだけど、一瞬自分の番号が見当たらず目の前がクラクラした。その瞬間父が『あったぞ』と見つけてくれた。合格祝いと言うことで、発表前にギターを貰っていたので、ほっとした。 後で聞いてみると、確かに、中学3年で転校して、TK高校に合格するなんてことは、奇跡的なことだったらしい。ただ、残念なことは、KYも同じ高校だったこと。 とりあえず、僕の物語はこの辺にしておきます。長い間お付き合いさせてしまいました。また出てくるかもしれないけど、そのときはヨロシク。
今日は、桃の節句か。桃は長寿を表すと聞いたけど・・・。そういえば、家にも、桃の香炉があったな。 桃と言えば、The Allman Brothers Band の『Eat a Peach』と言うアルバムは、まだ聴いていなかった。とてもすごいって話だ。『At Fillmore East』は持っている。これは尊敬する先生のお奨め。 さて、 『ちょっとづつ』が、長くなってしまった。 ともかく、転校をめぐって、話が紛糾した。『3年の6月で転校すると言う話は聞いたことが無い。学期が違うから、点数はつけられない。高校受験にデメリットがありますよ。』と准教授が言う。これって恫喝? まあ、前例が無いことは確かだった様だ。副校長も『転校すると我々の予測を超えたリスクがあるかもしれない』と恫喝を重ねる。ただ、この学校では、正常に学べないから転校すると言っているのに、改善もしないで脅すって言うのはおかしな話だ。教育者なんだから、本人がこうしたいと言うことをサポートしてくれるのが本来の姿だと思うんだけど。 転校を希望する生徒に対しては脅しをかけ、いじめに加担した人間は『伸ばしていかなければならない』と言う。こんな矛盾が、成立する世界なんだろうか。 僕には、この人たちが、誇りを持って教職に携わっているとは、思えなかったね。『誇りを持って 』と言うのは、弱者に対する優しさがなければ成り立たないと思う。 If I wasn't hard,I wouldn't be alive.If I couldn't ever be gentle,I wouldn't deserve to be alive.と言うことだと思うよ。レイモンド・チャンドラーも言っている。
2月14日のことだった。 二月忌の法事も終え、父も疲れていたんだろうな。 ぼんやりと、『龍馬伝』を見ていた。僕が死んでから、初めて『龍馬伝』を観たんじゃないかと思う。第7話『はるかなるヌーヨーカ』 を観ていたときだった。 龍馬の父、八平と龍馬が話をしている場面だった。このときの児玉清の演技は、真に迫っていた。 『武士がオノレを磨き、高めようと言う気持ちを忘れたら、生きておる値打ちが無いぜよ。この世に生まれたからには、オノレの命を使い切らんといかん。使い切って生涯を終えるがじゃ。』 『我が子の成長が、親にとっては一番の幸せながじゃ。』 父の目から、涙が溢れ、終に慟哭した。テーブルに突っ伏し『悔しい。悔しい。』と言って・・・。葬式以来ずっと張り詰めていた緊張が解け、涙が後から後から出てくるようだった。 僕には、何もしてあげられなかった。 ただ見つめるばかりだった。 父の家は、武士の家柄で(今じゃ、こんなこと関係ないんだろうけど)、父はよく言っていた。『大学出だの、医者だのと変なプライドは捨てろ。人間としての誇りを大切にしろ。』って・・・。 僕も、あの時代に生まれたかった。
今日は朝から雨。でも温かい。大学入試前期日程は昨日で終わり、期末考査も明日を残すだけ。 さて、また前の続き。 両親と学校側との話は、とても長かった。早く終わってくれればいいなと僕は思っていた。前にも話したが、IM准教授の話が多くて、一体校長先生や副校長が何を考えているのかわからなかった。いじめと言う事実を受け入れない学校側、ともかく早く改善して欲しいと言う両親。その溝はなかなか埋まらないようだった。附属中学では、幼稚園や小学校から続けて10年以上もいじめられている奴もいたし、先生にチクったと言うことでいじめられている奴もいた。その事実を先生方は認めたくないらしかった。 生徒を呼ぶときに、『デブ』だの『バカ』だの言っている先生もいたし、そんなこともわかっていない。『もちろん見える限り注意していますよ!』とその准教授は声を張り上げたが、『誰が見ているのですか』と言われると押し黙ってしまう。 かと思うと、『学校は逃げませんよ!』なんて、平気で言う。『学校が逃げてどうするんだよ 』と言ってやりたかったが、ばかばかしくなった。まあ校長先生は、人柄は悪くなかったから、『この状況を良い方向に持って行きたい』とは言ってくれたが、『一体いつまでに改善するのか?』との問いには、答えられなかった。准教授は、『ちょっとづつちょっとづつでしょうね』なんて言ってる始末。これじゃまともな学校になるのに何年かかるんだろうと思った。 僕に残された時間は、高校入試まで、あと半年しかなかった。 子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎。子曰、其恕乎。己所不欲、勿施於人。先生方は、もっと言えば、この中学の教育者は、この『恕』の意味が解っているのかなあ。僕は、中学2年で習ったけど、本当に意味を理解し、実行している人がいるんだろうか。世の中がストレス社会だからと言って、ストレスのはけ口を『いじめ』に向けられちゃ、いじめられている方はたまらない。いじめをした奴は、ろくな死に方が出来ないだろうな・・・。 ふと思い出したけど、黒澤明監督の『生きる』を観たとき、本当に泣けた。あのブランコのシーンじゃない。通夜で同僚達が話をするシーンだ。あのシーンに、人間の軽薄さが引き起こす悲劇と喜劇が凝縮されている。 人は、死を以って、一体何をなし得るのだろうか?
昨日、書き忘れたので追加。 トヨタがリコール問題でマスコミから叩かれているけど、日本のマスコミは弱いものいじめが好きなんだろうか?國母選手をいじめたように。 どこかの野球部の監督のように、味方を野次ってどうするんだろう。 確かに、マスコミへの対応の遅れは手際が悪かったのは本当だけど。 トヨタを含む自動車産業は裾野が広くって、中小企業が沢山ぶら下がっているのに、その人たちのことは考えないんだろうか?
今日は、朝から晴れていて天気もよく、T山が綺麗だった。 明日から期末考査だ。準備するのは、大変だよね。 きっちりやったと思っていても、結果は思うようには出てくれない。まあ、勉強のε==3休みにでも、僕の話にを聴いてくれ。 T大学附属中学校の校長先生と副校長が来たときに、一緒についてきたのは、I.M.と言う心理学の准教授だった。 こいつはとんでもない奴だった。いつも襟筋の汚いYシャツを着て、幅広ネクタイをだらしなく下げている、見るからにキモイ奴だ。 スノボの國母選手が、えらく批判されているけど、僕達だってズボンは下げてはかないとかっこ悪いし、センスのない奴だってことになってしまう。だから、オリンピックだからと言って、ズボンを下げてはくのを批判されるいわれはないと思う。あれがスノボの文化なんだから・・・。 だけど、大学の准教授ともあろう人が、あの格好で附属中学校の中をうろつきまわるのは、ホントに『キモイ』の一言だった。(今ではJ教育大学院大学の准教授もやってるらしいけど・・・。) 校長先生は挨拶程度だったが、副校長は持ってきた資料を棒読みし始めた。曰く『いじめ』は許さない、どんな理由をつけても許されるものではないとか、相談体制も充実させているだとか、おかしかったのは、『ピアサポート』の取組もやっているから大丈夫だ なんて平気で言う。保健委員のお遊びに付き合っていられるほど、こっちは暇じゃない。もっとヘンなのは、色々な状況の中で、不快な思いをしている状況が・・・などと、『いじめ』を『不快な思い』とスリ変えて言っていることだった。とんでもない奴だった。 それ以上にとんでもないのは、I.M.准教授だった。立会人というはずだったのに、こいつがペラペラとよく喋るやつだった。頭にきたのは、『いじめ』は一般論としてはあり得る、だから色々な方法で実態を把握している、と言い出したことだ。もっと神経を逆撫でしたのは、『いじめる側も伸ばしていかなければならない』と言い出したことだった。 オイオイ、被害者を前にして、そんな言い方無いだろ、と思ったね。 とりあえず、今日はここまで。勉強で疲れた頭を、ほぐしてください。 to be continued.
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