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tunjiの日記

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2011.01.01 楽天プロフィール Add to Google XML

これから
[ お知らせ ]    

KYを告発することにした。

最終更新日  2011.01.01 22:40:14
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2010.04.17

雪part3
[ 戯言 ]    

今日は月命日なので、住職さんが家に来て、読経していった。

朝から、東京は雪で、こっちも寒かった。どういうわけなんだろう、僕は雪に好かれているのか命日や四十九日は雪ばかり・・・。

音楽の話に戻ろう。この間、と言っても一ヶ月以上前の話だけど、The Allman Brothers Band の『Eat a Peach』と言うアルバム、本当におすすめのアルバムです 。デュアンのブルースリフとスライドのサウンドは本当に輝いているし、デュアンとベリー・オークリーのコラボは絶妙でなんとも言いようがないほど素晴らしい。

特にMountain Jamは、30分以上の長いインストゥルメンタルなのに、スライドとリードの掛け合い、迫力あるツインドラムで飽きさせないどころか凄まじい演奏。感動ものです。

それと聞き逃せないのが、デラックスエディションのDISC2の演奏。フィルモアイーストでこんな演奏もあったのというくらい驚きの演奏。凄いライブをやっていたんだなと感激しました。このアルバムには、僕の目指す音楽の一つの方向性があると思う。

それにしても、デュアンとベリー・オークリーは、結局24歳で亡くなるんだよね。

 

ところで、前回の続き。

附属中学校からは、脅しともいえる扱いを受けたんだけど、それから一週間後、転校の手続きをした。どうしても行きたくなかったから、僕にとってはこれしか残された道は無かった。父と退学届けを出して、家に帰ってきたときは、本当に心がピョンピョン跳ねるように嬉しかった。一応9月から転校ということで、附属中学の夏休みの宿題と、転校先のKM中学の夏休みの宿題をどっちもやらされたのには閉口したけど、そんなことは取るに足らないことだった。それより、ともかくあいつらと顔を会わせなくてすむだけで嬉しかった。

KM中学は、地元だったし、仲間も沢山いたので楽しかった。みんな優しかったし、先生もとても優しかった。転校したお陰で、修学旅行や運動会も無かったけど、中学3年をKM中学校で過ごせたのは本当に良かったと今でも思っている。

高校受験は、内申書や出席日数が心配で色々考えたけど、TK高校を受験することにした。T県では、TC高校、TY高校、TK高校が御三家と言われる進学校で、先生の勧めもあってTK高校にした。県立高校の受験の前に私立高校の受験があって、これは大失敗だった。だから、高校の合格発表はヒヤヒヤものだった。合格発表は受験番号が張り出されるんだけど、一瞬自分の番号が見当たらず目の前がクラクラした。その瞬間父が『あったぞ』と見つけてくれた。合格祝いと言うことで、発表前にギターを貰っていたので、ほっとした。

後で聞いてみると、確かに、中学3年で転校して、TK高校に合格するなんてことは、奇跡的なことだったらしい。ただ、残念なことは、KYも同じ高校だったこと。

とりあえず、僕の物語はこの辺にしておきます。長い間お付き合いさせてしまいました。また出てくるかもしれないけど、そのときはヨロシク。



最終更新日  2010.04.17 23:43:47
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2010.03.03

ひなまつり
[ 日常の徒然 ]    

今日は、桃の節句か。桃は長寿を表すと聞いたけど・・・。そういえば、家にも、桃の香炉があったな。

桃と言えば、The Allman Brothers Band の『Eat a Peach』と言うアルバムは、まだ聴いていなかった。とてもすごいって話だ。『At Fillmore East』は持っている。これは尊敬する先生のお奨め。

さて、 『ちょっとづつ』が、長くなってしまった。

ともかく、転校をめぐって、話が紛糾した。『3年の6月で転校すると言う話は聞いたことが無い。学期が違うから、点数はつけられない。高校受験にデメリットがありますよ。』と准教授が言う。これって恫喝?

まあ、前例が無いことは確かだった様だ。副校長も『転校すると我々の予測を超えたリスクがあるかもしれない』と恫喝を重ねる。ただ、この学校では、正常に学べないから転校すると言っているのに、改善もしないで脅すって言うのはおかしな話だ。教育者なんだから、本人がこうしたいと言うことをサポートしてくれるのが本来の姿だと思うんだけど。

転校を希望する生徒に対しては脅しをかけ、いじめに加担した人間は『伸ばしていかなければならない』と言う。こんな矛盾が、成立する世界なんだろうか。

僕には、この人たちが、誇りを持って教職に携わっているとは、思えなかったね。『誇りを持って 』と言うのは、弱者に対する優しさがなければ成り立たないと思う。

If I wasn't hard,I wouldn't be alive.If I couldn't ever be gentle,I wouldn't deserve to be alive.と言うことだと思うよ。レイモンド・チャンドラーも言っている。

 



最終更新日  2010.03.03 21:54:55
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2010.02.28

龍馬伝
[ 日常の徒然 ]    

2月14日のことだった。

二月忌の法事も終え、父も疲れていたんだろうな。

ぼんやりと、『龍馬伝』を見ていた。僕が死んでから、初めて『龍馬伝』を観たんじゃないかと思う。第7話『はるかなるヌーヨーカ』 を観ていたときだった。

龍馬の父、八平と龍馬が話をしている場面だった。このときの児玉清の演技は、真に迫っていた。

『武士がオノレを磨き、高めようと言う気持ちを忘れたら、生きておる値打ちが無いぜよ。この世に生まれたからには、オノレの命を使い切らんといかん。使い切って生涯を終えるがじゃ。』

『我が子の成長が、親にとっては一番の幸せながじゃ。』

父の目から、涙が溢れ、終に慟哭した。テーブルに突っ伏し『悔しい。悔しい。』と言って・・・。葬式以来ずっと張り詰めていた緊張が解け、涙が後から後から出てくるようだった。

僕には、何もしてあげられなかった。   ただ見つめるばかりだった。

父の家は、武士の家柄で(今じゃ、こんなこと関係ないんだろうけど)、父はよく言っていた。『大学出だの、医者だのと変なプライドは捨てろ。人間としての誇りを大切にしろ。』って・・・。

僕も、あの時代に生まれたかった。



最終更新日  2010.02.28 22:06:06
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2010.02.26

生きる
[ 戯言 ]    

今日は朝から雨。でも温かい。大学入試前期日程は昨日で終わり、期末考査も明日を残すだけ。

さて、また前の続き。

両親と学校側との話は、とても長かった。早く終わってくれればいいなと僕は思っていた。前にも話したが、IM准教授の話が多くて、一体校長先生や副校長が何を考えているのかわからなかった。いじめと言う事実を受け入れない学校側、ともかく早く改善して欲しいと言う両親。その溝はなかなか埋まらないようだった。附属中学では、幼稚園や小学校から続けて10年以上もいじめられている奴もいたし、先生にチクったと言うことでいじめられている奴もいた。その事実を先生方は認めたくないらしかった。

生徒を呼ぶときに、『デブ』だの『バカ』だの言っている先生もいたし、そんなこともわかっていない。『もちろん見える限り注意していますよ!』とその准教授は声を張り上げたが、『誰が見ているのですか』と言われると押し黙ってしまう。

かと思うと、『学校は逃げませんよ!』なんて、平気で言う。『学校が逃げてどうするんだよ 』と言ってやりたかったが、ばかばかしくなった。まあ校長先生は、人柄は悪くなかったから、『この状況を良い方向に持って行きたい』とは言ってくれたが、『一体いつまでに改善するのか?』との問いには、答えられなかった。准教授は、『ちょっとづつちょっとづつでしょうね』なんて言ってる始末。これじゃまともな学校になるのに何年かかるんだろうと思った。

僕に残された時間は、高校入試まで、あと半年しかなかった。

子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎。子曰、其恕乎。己所不欲、勿施於人。先生方は、もっと言えば、この中学の教育者は、この『恕』の意味が解っているのかなあ。僕は、中学2年で習ったけど、本当に意味を理解し、実行している人がいるんだろうか。世の中がストレス社会だからと言って、ストレスのはけ口を『いじめ』に向けられちゃ、いじめられている方はたまらない。いじめをした奴は、ろくな死に方が出来ないだろうな・・・。

ふと思い出したけど、黒澤明監督の『生きる』を観たとき、本当に泣けた。あのブランコのシーンじゃない。通夜で同僚達が話をするシーンだ。あのシーンに、人間の軽薄さが引き起こす悲劇と喜劇が凝縮されている。

人は、死を以って、一体何をなし得るのだろうか?

 

 

 



最終更新日  2010.02.26 22:49:22
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2010.02.22

toyota
[ 日常の徒然 ]    

昨日、書き忘れたので追加。

トヨタがリコール問題でマスコミから叩かれているけど、日本のマスコミは弱いものいじめが好きなんだろうか?國母選手をいじめたように。

どこかの野球部の監督のように、味方を野次ってどうするんだろう。

確かに、マスコミへの対応の遅れは手際が悪かったのは本当だけど。

トヨタを含む自動車産業は裾野が広くって、中小企業が沢山ぶら下がっているのに、その人たちのことは考えないんだろうか?

 



最終更新日  2010.02.22 21:58:01
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2010.02.21

期末考査
[ 日常の徒然 ]    

今日は、朝から晴れていて天気もよく、T山が綺麗だった。

明日から期末考査だ。準備するのは、大変だよね。

きっちりやったと思っていても、結果は思うようには出てくれない。まあ、勉強のε==3休みにでも、僕の話にを聴いてくれ。

T大学附属中学校の校長先生と副校長が来たときに、一緒についてきたのは、I.M.と言う心理学の准教授だった。 こいつはとんでもない奴だった。いつも襟筋の汚いYシャツを着て、幅広ネクタイをだらしなく下げている、見るからにキモイ奴だ。

スノボの國母選手が、えらく批判されているけど、僕達だってズボンは下げてはかないとかっこ悪いし、センスのない奴だってことになってしまう。だから、オリンピックだからと言って、ズボンを下げてはくのを批判されるいわれはないと思う。あれがスノボの文化なんだから・・・。

だけど、大学の准教授ともあろう人が、あの格好で附属中学校の中をうろつきまわるのは、ホントに『キモイ』の一言だった。(今ではJ教育大学院大学の准教授もやってるらしいけど・・・。)

校長先生は挨拶程度だったが、副校長は持ってきた資料を棒読みし始めた。曰く『いじめ』は許さない、どんな理由をつけても許されるものではないとか、相談体制も充実させているだとか、おかしかったのは、『ピアサポート』の取組もやっているから大丈夫だ なんて平気で言う。保健委員のお遊びに付き合っていられるほど、こっちは暇じゃない。もっとヘンなのは、色々な状況の中で、不快な思いをしている状況が・・・などと、『いじめ』を『不快な思い』とスリ変えて言っていることだった。とんでもない奴だった。

それ以上にとんでもないのは、I.M.准教授だった。立会人というはずだったのに、こいつがペラペラとよく喋るやつだった。頭にきたのは、『いじめ』は一般論としてはあり得る、だから色々な方法で実態を把握している、と言い出したことだ。もっと神経を逆撫でしたのは、『いじめる側も伸ばしていかなければならない』と言い出したことだった。

オイオイ、被害者を前にして、そんな言い方無いだろ、と思ったね。

とりあえず、今日はここまで。勉強で疲れた頭を、ほぐしてください。

 to be continued.

 

 



最終更新日  2010.02.21 21:22:32
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2010.02.17

雪 part2

今晩は。

今日は、月命日。

死んだのも雪の日。初月忌も雪。四十九日も雪。二月忌の今日も朝から雪。

夜は、下弦の月がチェシャ猫みたいで、綺麗だったね。

 

 

今、オリオン座は西に傾き、 シリウスも西に傾く。南中高度にあるのは、ぎょしゃ座のカペラか?

もう眠いので、寝ます。

 

 



最終更新日  2010.02.17 23:04:16
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2010.02.14

聖バレンタインデー
[ 日常の徒然 ]    

今日は、聖バレンタインデーで、世間は、いと囂し。さて、問題。 『囂し』の活用形は?

生きてたら、チョコレート貰えたんだろうか?

まあ、チョコレートは僕にはどうでもよい事で、僕にとって見れば今日は月命日の前倒しで、お寺の住職さんが御参りに来てくれた。今僕は、兜率天にいるらしい。早いものでと言うか、やっとと言うか言い表せないんだけれど、死んでから2月17日で2ヶ月になる。生きてたら、期末テストの勉強で大変だったろうな。大体、勉強する前に、ノリの良い音楽をかけて気合を入れないと勉強が手につかなかった。集中すると早いんだけど、集中しなかったら全然だめだったな・・・。

それにしても、昔の友達は、結構お参りに来てくれた。MさんやI.H君、I.A君等々。TK高校の皆が、遊びに来てくれないのは何でだろう?  ま、勉強に忙しいんだよね・・・。ちょっと寂しいけど・・・l(-_-)l。

昨日は、父の中国の友人から国際電話があった。今、中国は、春節という日本で言えばお正月なんだそうだ。遠く働きに行っている家族が集まり、新年を祝うんだそうだ。

In The Court Of The Crimson King とても美しい。

で、前の転校の話に戻るんだけど、宙ぶらりんの状態でいる僕としては、早く転校したかった。本当は、7月始めから転校できるはずだったのに、担任と学年主任が家に来てから話がおかしくなってしまった。父も、もう一度、地元のKM中学校に出向き教頭先生と話し合ったのだが、始めは7月から転校可能だというはずだったのに、7月は運動会の準備などで荒れているので・・・などとはぐらかされてしまった。

附属中学校から、圧力がかかったのかなとも思った。

というのは、とうとう、校長先生と副校長が、僕の家に来ることになったんだよね。何を言い出すのやら 、こっちの状況も『配慮』して欲しいと思った。あの事件以来、ずっと家にいて、学校へは顔も出せないんだから、勉強だって進まない。中学三年の1学期(附属では前期の真ん中ぐらい?)も終ろうとしているんだ。高校受験はどうなるんだろうって、本当に不安だった。

to be continued

 



最終更新日  2010.02.14 18:41:46
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2010.02.09

CREEP
[ 戯言 ]    

今、RADIO HEADのCreepを聴いている。

Whatever makes you happy
Whatever you want
Youre so ●●●●in special I wish I was special...

僕も特別な男になりたかった。でもそうはならなかった。本当にこの曲を聴くと辛い。

さて、僕の家に来たS先生とK先生について言えば、『僕としては早く転校したいんだ』と言ったが、なかなか聞き入れてもらえなかった。大体、中学校内部でどんないじめが進行しているのかわからないで来ているんだから、父もあきれている様だった。その日は、『附属中学校としていじめに対してどう対処しようとしているのか、具体的な計画を持ってきて欲しい。』と言うことで、お引取り願った。

次に、先生達が来たのは一週間たったころかな。父が『具体的な計画を持ってきて欲しい。』と言ったのに、持ってきたのは、『いじめを許さない』だの『教員として出来ることを積み重ねていく』なんて、小学生でも書ける文章の一枚の紙切れ。僕も父と目を合わせて呆然としたね・・・。こっちは早く転校したいのに、まるでサーカスのブランコのように宙ぶらりんだったよ。そういえば、近くにサーカスがやってきたときには、両親と観にいったけど、面白かったな。

でも、その時の僕の頭の中には、転校しか道はないと堅く決意していた。

to be continued

 



最終更新日  2010.02.09 21:04:41
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