今日は朝から雨。でも温かい。大学入試前期日程は昨日で終わり、期末考査も明日を残すだけ。
さて、また前の続き。
両親と学校側との話は、とても長かった。早く終わってくれればいいなと僕は思っていた。前にも話したが、IM准教授の話が多くて、一体校長先生や副校長が何を考えているのかわからなかった。いじめと言う事実を受け入れない学校側、ともかく早く改善して欲しいと言う両親。その溝はなかなか埋まらないようだった。附属中学では、幼稚園や小学校から続けて10年以上もいじめられている奴もいたし、先生にチクったと言うことでいじめられている奴もいた。その事実を先生方は認めたくないらしかった。
生徒を呼ぶときに、『デブ』だの『バカ』だの言っている先生もいたし、そんなこともわかっていない。『もちろん見える限り注意していますよ!』とその准教授は声を張り上げたが、『誰が見ているのですか』と言われると押し黙ってしまう。
かと思うと、『学校は逃げませんよ!』なんて、平気で言う。『学校が逃げてどうするんだよ 』と言ってやりたかったが、ばかばかしくなった。まあ校長先生は、人柄は悪くなかったから、『この状況を良い方向に持って行きたい』とは言ってくれたが、『一体いつまでに改善するのか?』との問いには、答えられなかった。准教授は、『ちょっとづつちょっとづつでしょうね』なんて言ってる始末。これじゃまともな学校になるのに何年かかるんだろうと思った。
僕に残された時間は、高校入試まで、あと半年しかなかった。
子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎。子曰、其恕乎。己所不欲、勿施於人。先生方は、もっと言えば、この中学の教育者は、この『恕』の意味が解っているのかなあ。僕は、中学2年で習ったけど、本当に意味を理解し、実行している人がいるんだろうか。世の中がストレス社会だからと言って、ストレスのはけ口を『いじめ』に向けられちゃ、いじめられている方はたまらない。いじめをした奴は、ろくな死に方が出来ないだろうな・・・。
ふと思い出したけど、黒澤明監督の『生きる』を観たとき、本当に泣けた。あのブランコのシーンじゃない。通夜で同僚達が話をするシーンだ。あのシーンに、人間の軽薄さが引き起こす悲劇と喜劇が凝縮されている。
人は、死を以って、一体何をなし得るのだろうか?