
久しぶりに食い物話など。
日本では魚を生で食う、というと嫌な顔をするイタリア人は少なくありません。特に北イタリアはほとんど全部が内陸なので、魚を食べるという食文化自体がそもそも根付いていないというのがあります。最近は日本食がちょっとしたブームで、ミラノではセードルフがオシャレな日本食レストランを経営していたりもするので(詳しくはスターサッカー最新号80ページをどうぞ)、ああ
サシミっていうんだろ、とか言う人も多くはなりましたけど、食ったことあるという人はまだまだ少数派。
つい数日前も、取材先のパルマで一緒に昼飯を食った旧知のジャーナリスト(生粋のミラノっ子)が、「俺、魚全然食えないんだよ。生まれてこの方、食事はプリモがパスタ、セコンドがビステッカ(ステーキ)って決まってるんだ。ガキの頃は
マンマが毎日パスタ打ってくれてたしさ、他のものには興味ないんだよね」と自慢気に語っていました。
50年近く
パスタとビフテキだけで生きてきた、というのはすごい話のようにも思えるんですが、世界中のほとんどの国々では、文化にかかわらず、毎日ほとんど同じようなものを食べているというのも、もう一方の真実だったりします。昼は天丼、夜はイタメシ、次の日の昼はカレーを食べて、夜は中華、明日のディナーはフレンチだから昼はサンドイッチくらいにしとこう、とか、そんなにあれこれ
節操のないバラエティに富んだ食生活を送っているのは、世界中を見回しても日本人以外には、NY、ロンドン、パリといったコスモポリタンな大都市の住民くらいしかいないんじゃないでしょうか。
魚を生で食う習慣のないイタリアでも、肉を生で食うのは「あり」です。有名なのは
カルパッチョ、つまり牛肉または仔牛肉を極薄切りにした刺身ですね。まあこれも、イタリアの伝統的な料理じゃなく、元々はヴェネツィアのハリーズバーの創作料理だそうですが。このカルパッチョ、塩とオリーブオイルだけでシンプルに食べてもいいし、パルミッジャーノ・チーズの削ったの、ルッコラ、マッシュルームや黒トリュフの薄切りなどなど、各種トッピングを乗せて食べてもいいわけですが、まあ肉が美味しければ、味付けはシンプルな方が素材の味が生きるというものです。マヨネーズみたいなソースを網の目状にかけるやり方もありますが、あれは肉の味がわかんなくなっちゃって勿体ないので、ぼくはパスです。
カルパッチョ以外で生肉を食べる食べ方としては、
タルタルステーキというのもあります。ユッケですね。というわけで、やっと写真まで話がたどりつきました。タルタルという名前はタタール人=韃靼人(モンゴル系遊牧民の総称)から来ているそうで、このタルタルステーキというのも、韃靼人が鞍の下に袋に入った生肉を入れて馬に乗り、こなれたところを食べていたのが起源、とか言われているわけです。
一般的なタルタルステーキのレシピは、コショウ、みじん切りのタマネギ、ケッパーなどの薬味で生肉の臭みを消して、卵の黄身と混ぜて食べるというもの。香辛料を除くとユッケとほとんど同じっすね。でも、信頼できる肉屋から買ってきた新鮮な肉だったら、臭みも何もないので、わざわざ香辛料で味を複雑にする必要もありません。というわけで、うちでは単に、馴染みの肉屋に行って脂身のほとんど入っていない赤身の肉をその場でミンチしてもらって(生で食べるからと言うと、それに適した肉を奥から出してきてくれる)、あとは塩とオリーブオイルでちょっとこねこねするだけ。昨日はたまたま八百屋に新鮮そうなマッシュルームがあったので、それをちょっと添えてみました。レモンをかけるかどうかは好みですね(ぼくはかけない)。
手前にある小さな瓶は、ピエモンテ名産白トリュフで香り付けしたオリーブオイル(スターサッカー最新号の「オリーブオイル戦記」で鹿野編集長が書いているあれです)。これをちょっと垂らすだけで、白トリュフのえもいわれぬ香りが加わって、生肉の風味を引き立ててくれます。
日本では、牛肉はサシが入っている霜降りがいいということになっていますが、ヨーロッパの肉屋ではああいうのを見ることはまずありません。時々、「日本にはコーベっていうすごく美味い牛肉があるらしいな。ビール飲ませてマッサージしてるらしいじゃないか」とか言われることはありますけど。で、こっちに住んでいると必然的に、脂の少ない赤身の牛肉を日常的に食べるようになるわけですが、慣れてくるとこれがなかなか味わいがあって美味いんです。日本の高級な牛肉ほど柔らかくないけど、固いってわけじゃないし、噛むほどに肉の旨味が出てくる。それはこうやって生で食っても変わりません。
脂の少ない牛肉に慣れちゃうと、逆に日本の高いステーキなんかは脂のべとっとした味ばかりで肉の味がしなくて、ひと口目はいいけど三口目くらいから五月蝿く感じるようになってきます。ビールを飲んでマッサージしてもらっている高級な牛さんは、出荷される頃には栄養過多の太り過ぎで目が見えなくなっているとかいう話もあるしな。ま、高級な牛肉よりも安い牛肉の方が美味く感じるというのは、安上がりな人生ではあります。■
Last updated
2006.10.01 20:03:30