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「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

6 ファントム

「うつ」の見せる夢:『ファントム』

 台風の接近に合わせ、外に繋いでいた愛犬を玄関に入れた。

 そう父の晩年に何時も玄関先に仲良く座っていた犬である。
 脳梗塞を煩い、最後にはアルツハイマーに悩まされていた。
 昼間は独りで過ごす父は、殊更この犬を可愛がった。
 何時も頭を撫でながら数時間一緒に過ごすこともあったらしい。

 この犬が子を産んだ。
 貰い手が多い中、再び独りになるのは可愛そうだと一匹の子犬を残すことになった。
 始めは子犬と競うように、自分の方を可愛がって欲しがる犬は絶えず悪戯をする。
 毎日のように犬小屋に繋ぐ鎖を絡ませて私を悩まさせた。

 ある日、「うつ」で疲れ切った私は、2匹になった愛犬を酷く叱り付ける。
 項垂れる2匹の犬。
 以前の元気がなくなり、眼の輝きが失われた。
 私が近づくだけで怖がって後ずさりする。

 そんな時に、玄関で怪異が生じた。
 『蛆』のようなが、何匹も現れてはウネウネと身を捩る。

 十数匹を数える猫が運んでくるとも思えない。
 天井には隙間はなく、居間とは『ガラスの仕切り戸』で閉ざされた空間。
 『虚構』から生じた『実態』
 不思議な出来事だった。

 田舎の伝承の中で暮らす我が家。
 玄関家の結界が破綻している。

 仏壇に花、神棚に榊を供え、祖母、父、母の遺影に手を合わせる日々が続いた。
 ある時、不意に思い当たる。

 父の晩年、一緒に過ごした愛犬が、家の『守り神』だったのかも知れない。
 早速、鎖を長いロープに変えた。
 直ぐに玄関に蹲る2匹の犬

 それから、私は2匹が何をしようと叱ることはなかった。
 2匹共に、私を見ると嬉しそうに尻尾を振り、飛び掛ってくるようになった時、玄関の怪異が消えた。

 台風の足音が近づいてくる。
 暴風雨に晒されることを哀れんだ私は、迷うことなく2匹を玄関の中に繋いだ。

 今朝の午前2時過ぎ
 眠ってしまったを余所に、パソコンゲームで不安を紛らわしていた『妻』が、冷房を嫌って自分の部屋に戻ろうとする。
 半分眠った状態で、私は手を振って合図するのが精一杯だった。
 『妻』が気を使って、部屋の電気が消された。

 誰かが居る。
 『妻』?
 が開けられない。
 が出せない。
 何か優しそうな存在がそこに居る。

 しばらくしてから、妻の名を呼ぶ。
 起きて部屋を見回す。
 薄暗がりの中、誰もいない。

 再び、眠り始める。

 誰かが居る。
 『妻』ではない。
 先のように女性を感じる処がない。
 が開けられない。
 が出せない。

 しばらくしてから、「誰だ!」
 搾り出すようにを出す。
 起きて部屋を見回す。
 薄暗がりの中、誰もいない。

 再び眠り始める。

 何かが布団の上に飛び乗る。
 小さな、幼い感触。
 が開けられない。
 が出せない。

 「〈かふん〉?」
 瞬間的な金縛りから脱した直後に愛猫の名を呼ぶ。
 布団の上には何もいない。
 跡さえ残っていない。

 初めて恐怖を覚える。
 先の2人と違って禍々しいものを感じたからだ。

 部屋の電灯を点ける。
 白々しく何時もの部屋がそこにある。

 再び眠り始める。

 尿意を感じて眼が覚める。
 時計は午前4時を少し廻っていた。

 少しボーっとしながらタバコに火を点ける。
 部屋を見渡すが、何もいる筈がない。
 エアコンが切られた部屋。
 何時もなら〈かふん〉がベッドのに横たわる。

 『夢』?
 答えは、煌々と部屋を照らす『長い3本の蛍光灯』

 私には、ある確信があった。
 「〈かふん〉。」
 に出しながら、本棚に囲まれた一角を覗き見る。

 白いダンボールの中から、白い愛猫を出す。
 私の姿を確認すると、スッと「引き違い戸」の隙間からへ出ていった。

 この部屋の『守り主』〈かふん〉が守ってくれた。
 何故か、その思いが頭を過ぎる。

 再びタバコに火を点け、パソコンのスイッチを入れる。
 外はが退き、白々とが昇り始めていた。

         完

 創作『ナイトメア』最終場面の『現実バージョン』です。
 記憶が生々しい内に書き付けました。

 信じる、信じない貴方自由です。
 貴方の知らない場所で、こんな怪異が起こっています。

 「其処は何処なの?本当にある場所なの?」

 「杉の花粉」。
 ネットの中を彷徨うものです。

 何時貴方パソコンを通してお邪魔するかも知れません。


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