テーマ:たわごと(26725)
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はい。階級社会で、格差社会です。
けど その、どこが悪い? と ある意味、開き直っているような、英国。 あたしが中学のとき 伝統あるパブリック・スクールでなく 奇跡的に、公立小学校出身の作家さんが現れた、と、話題になった? というか 彼のインタヴュー記事が、副教材のプリントとして配られた。 べつに彼は 小学校しか卒業していないワケじゃない。 三島作品のパクリ…失礼、隣国の作家さんじゃないけれど あたしの記憶も定かではない。 ただ 公立の大学を卒業していた、ような。 何が、重要かと言いますと 英国では小学校に入学する時点で、その後の人生が決まる?ってこと。 ケンブリッジやオックスフォードなんて一流どころは クソ…失礼、う○こ高い授業料を払って パブリック・スクールに入(い)れないと入学できない。 いやいや そんな明文規定はないでしょうけど。 パブリック・スクールに入(はい)れない、って判ったとき 自分の人生と、ケンブリッジやオックスフォードや英国上流社会とは 縁も所縁(ゆかり)もないと、一点の交わりもないと、きっぱり諦めちゃう? つまりは 国民の意識のなかで 知識人階層と、労働者階層と 果たして自分がどちらに属するのか?みんな、小学校の入学時に、きっぱりと思い知る。 なのに 公立小学校卒業組から、いわゆる知識人階層に属する作家さんがでた。 だから 相応の、話題になったのでしょう。 その後。 造園職人さんの息子で、高卒のメージャーさんが、保守党さんから首相になったり オックスフォード卒業のブレアさんが、労働党さんから首相になったり。 なんだか よく判んない階級社会が続きましたが。 EUから独立するか?どうか 国民投票の資格は、英国独自の問題だから、って 英国在住でも、英国籍のないEU諸国民には認めない意向? そう。 きっちりかっちり、言い切れるトコが 階級社会を自認する英国の、面目躍如(めんもくやくじょ)って気がします。 そんな 階級差別、上等!の英国民さんは さぞかし、貴種流離譚やら、帝王英雄伝説がお気に入り、かと思いきや 意外と、ロビン・フットさんとか庶民出自の義賊さんやら人気が高い? で 平和が大事で、公正が大事で、悪平等…失礼、画一的な平等が大好物の、あたしたち日本人は 黄門さまやら、暴れん坊将軍やら 氏素性ばかりに拘った、勧善懲悪にワクワクして、貴種流離譚に涙する。 たぶん。 社会の現状と、その時々に、あたしたち庶民が求める価値観は、正反対。 軍国主義の時代には 口には出せないけど、みんな、自由の大切さを噛みしめて 軍政が失われた途端、おバカも、おサルも、みんな、平和主義へと一色に染まった。 無責任な平和主義に、いい加減、ウンザリし始めると 自称・知識人さんは、口には出せないけど、きっと、民族主義の大切さを噛みしめている? だから、今後の日本は…。 なんて あたしには、どうだっていい、お話しです、が。 階級差を骨身に沁みて判っている英国民さんの、庶民好き。 取って付けたような民主主義に脳内汚染された、あたしたち日本人の、家柄・出自好き。 それを、ここまで書いてきたように あたしたち庶民は、いつだって、社会が醸(かも)し出す正反対を志向する、と言えば それらしく、聞こえちゃう? でも、ね。 あたしやあなたに、美人さんやイケメンさんの気持ちが判る? あたしやあなたに、東大出のエリートさんの気持ちが判る? あたしやあなたに、ええトコ出の阿保ボンやお嬢の気持ちが判る? 判るワケない、じゃん。 なのに どうして、そういうヒトばかり選んで、あたしたちの今を、未来を任せようとする? あたしたちって、さ。 実は、何も自分じゃ選んでいないのかも知れないね。 あたしたちが好きな、お店は 自分の足や舌でなく、ダレかが、美味しいと言うから、選ぶ。 あたしたちが好きな、政治家さんは 自分の感性や経験値でなく、ダレかが、素晴らしいと言うから、選挙する。 庶民性が大事とか、家柄・氏素性が大事とか そんなこと、関係ないんだよ。 平和も、平等も、「正義」も あたしたち自身の判断でなく、ダレかが素晴らしいと言うから、選んでいるに過ぎない? だらだらTVばっか見て育ったヒトと 書籍に囲まれて育ったヒトって、ちょっと違うような気がします。 あなたは、とりわけ、何が好き?とか 他人(ひと)の意見なんて あんま、本キ○ガイ…失礼、書籍ヲタクさんは問わない、ような。 最初は 読書感想文とか強制、いや、先生に勧められて。 何となく面白いと感じると、次は、何が面白いですか?なんて、聞くヒトはいない。 児童文学全集なら、そのシリーズを続けて読んだり 作家さんが気に入ったなら、その作品を、片っ端から読んで 文庫本の帯や解説に推薦文を書いている、同業他者さんに浮気したり。 あげく 2時間でも、3時間でも、本屋さんに陣取って アラスジを見たり、ぱらぱら捲ったりして、自分の感性に似合った、ご本を買う。 真っ当な読書家さんは、知らんけど。 だから、あたしは 世間さまで、いくら話題になったって、読まないでいる作家さんも少なくない。 いや、ちらっと見て これは、ちょっと合わないな、と、感じたら。 世界の三島さんだって、万年ノーベル文学賞候補さんだって あたしにとって、面白くないものは面白くないと、きっぱり拒絶する。 反対に言えば どういう作品が、わたしに面白いと思うか、教えてください!って あたしは、あんたの本性なんか知らんし、知りたくもない。 なのに あんたが何を面白いと思うか?なんて、あたしに判るワケない、じゃん。 そういうの 味覚だって、視覚だって、気性だって、感性だって みんな、同じことじゃないの? なのに ダレかが美味しいと言ったら、どうして、そのお店が美味しいと思う? ダレかが素敵と言ったら、どうして、そのヒトを選ぼうと思う? どうして ダレかが素晴らしいと言ったら その平和主義を、その平等主義を、その社会「正義」を 自分自身の、根っからの考え方だと、勘違いできる? べつに、読書家さんが、エラくって そうでないヒトは、おバカって言いたいんじゃない。 ただ、書籍を読み始めるか?どうかは ほんの些細な、ある意味、切っ掛けがあるか?どうかの違いに過ぎない。 たった、それだけの違いが ダレかの言葉を、まんま自分の思考と勘違いしちゃうか?どうかの、分かれ道なら ご本くらい、いくら読んだって、お釣りがくる、ような。 読書は、ただ単に教養が身に付くんじゃない。 物語に没入したり、ノン・フィクションに涙したり、そりゃ、感性は磨かれる? ただ、肝心なのは 必ず一旦は、現実社会に戻らなければ、あたしたちは暮らしていけないと思い知ること。 映像を見せ付けられるでなく、あたしたちの想像が命の読書は ご本のセカイと、あたしの実社会には、明確な区別が有ると判る。 だから はっと我に返ったとき、いくら引きずられていようと 作家さんの考え方と、あたしの考えは似て非なるモノと思い知る。 そういう 自他の間に、きちんと線を引けるか?どうか それこそ、読書の、重要な副作用かも知れません。 と言うことで。 あたしの文章力とか、博学さとか スゴくないですか? いくら、ご本を読んだからって 必ずしも、文章力や教養が身に付くワケじゃない、って、お手本です。 ただただ あたしはあたし、あなたはあなた、ってコトを実感できる、だけ。 と言いますか 捻じ曲がった性根にもなれますよ、ってのは すでに、そんな、あなたには、どうでもいいこと? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年06月24日 21時02分48秒
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