テーマ:たわごと(26725)
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徴兵制につながると、ひたすら、安保法案に反対する学生さん、市民団体さん。
ことさら周辺諸国の脅威を持ち出して、街宣車で、がなり立てるウヨクさん、愛国者さん。 どちらにしろ 彼らは、彼らなりに あたしたち日本の将来を憂(うれ)いて、なのでしょう。 余計なお世話、と思わなくもないけれど。 それは、それ お好きに、すればいい。 ただ、ね。 若年性健忘症か?更年期障害か?生理痛か?まんま、痴呆症か?知りませんが。 あたしは、こと、最近。 あたしたち庶民レベルの思想に理念に、その連帯に どういう意味があるのかな?と、アタマが、ぼおっとしちゃっています。 強者の論理そのままに 富国強兵、花盛り。 弱肉強食を徹底して、すっきり、とってもシンプルな階層社会になりました。 そんな社会は、それぞれの「我欲」が押さえられ なら、無用な諍(いさか)い、社会の軋轢(あつれき)が減るかも知れません。 人口は激減し、無欲が強要されれば 他国に食糧を求めなくて済むかも知れません。資源を求めなくて済むかも知れません。 そんなで はたして、侵略戦争は起こり得るのか?徴兵制は、施行されるのか? 弱者の横暴そのままに 画一で均一な結果平等、花盛り。 弱者救済ばかり徹底して、ごちゃごちゃワケの判らん、いや、とっても煩雑な 平等社会になりました。 そんな社会は、それぞれの「我欲」ばかりに溢れ なら、無用な諍(いさか)い、社会の軋轢(あつれき)が激増するかも知れません。 大人口は、まんま保存され、我欲が横溢(おういつ)すれば 他国に食糧を求めなきゃ仕方ないかも知れません。 資源を求めなきゃ仕方ないかも知れません。 そんなで はたして、侵略戦争を起こらさないでいられるか?徴兵制を施行しないでいられるか? ちょっと イジワルな書き方をしましたけど。 べつに 全体主義をご推奨しているワケじゃありません。 ただ まず、一点目として。 プロセスを、どう弄(もてあそ)んだ…失礼、弄(いじ)ったところで。 戦争も、徴兵制も 起きるなら、何をしたって起きるでしょうし、起きないなら起きようがない。 愛の女神アフロディテさんが微笑むのか?勝利の女神ニケさんに魅入られるか? そんなこと、ダレにも判りやしない。 過去も、未来も、いつだって あたしたちは、運命の女神モイライに、ただただ翻弄される、だけ? そうなら。 私たちが先頭に立って、社会が間違った方向に進まないように! そういう プロセスばかり気にする、まったく同一の、バカさ加減…失礼、思考回路は。 サヨクさん・学生さん・市民団体さんにしても、ウヨクさん・愛国者さんにしても 彼らが思うほど、意味はないんじゃない?と、思ってみたり。 そして 最後に。(…だって、ふたつしか思いつかなかったんだから、仕方ないでしょう?) その、ときどきに あたしたち庶民が、社会体制・制度を決められる。 それ ちょっと、自惚(うぬぼ)れが過ぎるんじゃない?って。 たとえば ギリシャが、ああなりました。 見方(みかた)によっては お仲間の優等生が、こぞって、劣等生をイジメているように見えなくもない。 けれど ああなる直前に ギリシャの大金持ちは、優秀な学生さんは、どうしたの? 大金持ちは、みんな、多大な資金を他国に移して 優秀な学生さんは、みんな、他国に職を求めた。 だから きっと、ギリシャは、ああなった。 たとえば。 香港が、中国に返還されたとき 世界に冠たる華僑さんは、人的にも物的にも、資産を二分した。 一方を、自由主義陣営に移し もう一方は、共産勢力の興隆を念頭に、依然として香港に残したらしい。 今の北京でも 同じことが繰り返されている。 政府・共産党の要人さんは みんな、家族や財産の全部、もしくは、一部を海外に移している。 それを。 大金持ちの横暴とか、最優秀者の驕(おご)りとか あたしたちとは違う、を前提に、非難するのは容易いこと。 けれど、そうなら。 福島原発事故で、遠く県外に逃げ出した方々は、どうします? お頭(つむ)の出来は、いまひとつ、として 彼ら彼女らは、まんま、庶民に違いない。 あたしたちは 危機が訪れると察知したら、想定外の大危機に瀕(ひん)したら 自分で考えて、自分で行動する。 必ず、大いなる危機が巡ってくると判って 自分や家族が死ぬかも知れないと感じて。 それでいて ただただ、ぽかぁんと侍(じ)して待つ、おバカはいない。 民主主義である限り その時々の社会体制・制度は、あたしたち庶民が決める。 そこに、何の間違いもない。 けれど あたしたちが、判断する以前に 案外、既に決っていたりする。 国家当局の暗躍じゃない。益体(やくたい)もない陰謀論じゃない。 こと 大いなる危機を目前にしたら 大金持ちさん、最優秀さんは、みんな、とっくに逃げ出している。 そんなでする あたしたち庶民の判断に、どういう意味がある? 民主主義である限り 真っ新(さら)な個人の自由を得た、あたしたちである限り。 大金持ちさんが、どうしようと、最優秀さんが、どうしようと あたしたちは、絶対的に、止められないんだよ。 たとえば 民間企業さんの人員整理を想像してみましょうよ。 一律に20%、お辞めいただきます。 そんな立札じゃ 今現在の最優秀さんと、そうでない比率すら維持できない。 最優秀さんは、それでなくても、他社から引く手数多(あまた)。 なのに わざわざ、沈みそうな船に拘(こだわ)る必要はない。 もし、正真正銘 一律に20%の人員整理をしたら 最優秀者さんは、ダレひとり残らない。 そんなで 企業の再建なんか出来るワケがないでしょう? 国家運営だって同じこと。 大金持ちさんや最優秀さんが、みんな、逃げ出しちゃったら どんなに腹が立っても、宣戦布告が精一杯。 お金もなく、最優秀な人材もいないなか 戦争の維持・継続なんて、どうするつもり? あたしほど、バカでない限り 右でも、左でも 為政者さんは、大金持ちさんや最優秀さんを手放したりしない。 なら 速攻で、彼らが逃げ出すキッカケになる、徴兵制なんか敷くワケがない。 それこそ 最近、流行(はやり)の徴兵制は、どうなるの? その 当然の帰結と言いますか、必然と言いますか。 あの、さ。 日本には、世襲エリート層がいないんだよ。 そりゃ 大金持ちのアホ・ボンや、クソ・アマ…失礼、ご子息、ご令嬢はいらっしゃる。 けれど その家柄だけで、国政に参加できると限らない。 そもそも、階層社会の英国は 私学ケンブリッジやオックスフォードへと続く、パブリック・スクールなんて 貴族さんや、よほどのお金持ちしか入学しない。 フランス「共和」国は いちおう、フランス国立行政学院が建前でしょうけど いまだ、ハイ・ソサイエティ、社交界が大威張り。 米国だって あの子ザル…失礼、子ブッシュさんすらイェールだ。 彼が、実力でアイビー・リーグに入学できると思う? なんだかんだで 世界中の国々は、世襲エリート層が廻している? 戦前の日本社会も、そうだけど。 世襲エリート層は 間違いなく、国家に寄生している。 だからこそ、寄生主たる国家に殉死できる。 だって 既存の国家体制が亡失しちゃったら、彼らは生きていけないもの。 なら 生命を賭けてでも、国家に尽くさなくちゃ仕方ない? 結果として 彼らだけが私欲を捨て、「国家百年の大計」を描くことができる。 そうして 世界は廻っていると思うのです。 いまの日本社会だって たいがい、東大卒の子は、東大で。慶応卒の子は、慶応で。 一見、世襲みたいに見えなくもない。 けれど 彼らは、その「家柄」で持って、安定を保障されているワケじゃない。 そんなで どうすりゃ私欲を捨て、生命を賭けて、国家のために殉死できる? どれほど、為政者さんが、おバカだって どれほど、国軍、いや、自衛隊さんのトップクラスが、どうしようもなくたって。 そんなの 薩長の田舎侍どもが独占していた戦前も、同じこと。 けれど、今の日本じゃ かつて、大本営参謀本部なんて 超がつく、無私無欲のエリート集団は、作れないんだよ。 それで どうやって、大戦を起こす?どうやって、大戦を戦い抜く? 戦後70年 あたしたち日本にとっての悲劇、いや、喜劇は 九条の念仏宗教団体さんに指定されたことじゃない。 木端微塵に、世襲エリート層をぶっ壊されて 二度と、戦争の出来ない身体にされたこと。 そんなで 徴兵制にして、どうしたい? どこにも、脳髄が無くって ただただ多い、無様な手足ばかりを、ひたひたさせて… あたしたちは、未知の生物じゃないんだよ。 そんなで 戦争できると考える方が、よっぽど、どうかしている? そもそもからして あたしたちは、戦争が出来ない身体にされて。 それでも どうしようもなくなって、戦争を始めようとすれば 莫大な資金も優秀な人材も、いきなり、国外へ逃避しちゃう。 そういう 絶望的…失礼、感謝感激雨あられ、って状況なのに。 徴兵制も、戦争の蜂起・放棄も その、ときどき あたしたち庶民が、社会体制・制度を決められる。 それは ちょっと、自惚(うぬぼ)れが過ぎませんか?と。 こと、最近 若年性健忘症か?更年期障害か?生理痛か?まんま、痴呆症か?知りませんが あたしは、アタマが、ぼおっとしちゃっています。 なので このブログは、それこそ、益体もない妄想です。 そうして 火山列島で、どうすりゃ大地震が起きなくていい?を、いくら考えたって仕方ない。 何を、どうしたところで 大地震は、起きるときには起きる、を前提に。 どうすりゃ、自分だけでも厄災を免れるか? 前もって、個人レベルできっちり考えていた方が、よっぽど建設的だと夢想します。 あなたが 若年性健忘症でも、更年期障害でも、生理痛でも、まんま、痴呆症でも、ないのなら。 どうすれば、徴兵制や戦争を回避できるのか?ばかりでなく。 連帯が、思想や理念が、空洞化するなか。真っ新な個人の自由を得た、わたしたちは そもそも、どうすりゃ戦争を始められるか? その 可能性の高低を慮(おもんばか)ってから、行動して 少しも遅くないような気もします。 防ぎようのない大地震なのか?ちょっとした注意で防げる失火なのか? まあ あたしが、そうであるように。 何を、どう考えて、どう行動しようと それこそ、あなたの自由に違いありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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