テーマ:たわごと(26716)
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NHKさんで『ゲスの極み乙女』さんを特集していた。
何ごとも あたしは、流行(はやり)に疎いので 彼らの曲は 『猟奇的なキスを私にして』くらいしか思い浮かばない。 と言いますか 1年ほど前に彼らを知ったのも、これまたNHKさんでして。 当時の番組は ゲスの極みの猟奇的なキス、って そのまま、色物扱いしていたような。 それに。 ヴォーカルさんが、リード・ギターを担当して 楽曲も全て彼が作っている。 あげく 別のバンドと掛け持ちして 時間が無いからって、練習途中に平気で、楽曲を作り変えちゃう? そういう 彼のワンマン・バンドみたいな紹介だったので。 ちょっと なんだかなぁ、と感じたりした。 ところが、今日の放送は もう少しメンバーの紹介をしていた。 キーボードさんは、音大在学中までクラシック。 ドラムスさんは、そもそもブラック・コンテンポラリー。 彼女らふたりで活動していて そこに 達人のベースさんを誘って、ヴォーカルの彼が加わったとか。 べつに 彼らの経歴がスゴいと言いたいんじゃない。 何と言いますか。 ヴォーカルさんが いくら唐突に、楽曲を作り変えても 彼らはみんな、いきなり演奏できる実力があった。 きっと ヴォーカルさんには、スゴい才能があるのでしょう。 けれど 才能が開花したのは、その他3人さんに実力が在ってこそ。 あたしたちは 目立つ才能ばかりに、つい目移りしちゃう。 でも いきなりの才能だって それを活かせる環境が無いと、どうしようもない。 いやいや ベースさんも、キーボードさんも、ドラムスさんも、自由自在に演奏できて そこに ヴォーカルさんの才能が加わって初めて、彼ら独自の楽曲がある。演奏がある。 そこが とっても重要だと思うのです。 戦後70年を経て あたしたちは、いい加減、平和に平等に慣れ親しんで、身体に沁み込んでいる。 いつしか あたしたちの遺伝子には、そう刻まれちゃっているかも知れません。 そういう、あたしたちなら ダレだって、平和を、平等を、自由自在に演奏できると思いませんか? そこに飛び切りの 才能が加わってもいい。行動力が加わってもいい。勇気が加わってもいい。 ただ たとえ何も加わらなくたって、あたしたちは、ソロで自由自在に演奏できる。 あたしたちは すでに、そう創られている。 吉本隆明さんは 大衆を愛し、尊敬し 何ごとで在っても、社会が一色に染まるのを憎んだ。 あたしは、アタマが悪いので 彼を、そうとしか理解できませんし それでいいと思っています。 あたしたちの日々の営(いとな)みって それだけで、とっても美しいと思うのです。 それが、幾重にも幾重にも折り重なって 顔の見えない大衆となる。 だから大衆は 無知蒙昧なる、啓蒙される「べき」存在でも、薫陶される「べき」存在でも、何でもない。 たとえ 拝金主義に陥ろうと、無責任な平和主義が横行しようと、民族主義が台頭しようと その実態・「うねり」こそ、すでに個々の決断した結果だと思うのです。 だったら 無知蒙昧に、いたずらに大衆を馬鹿にしたって意味がない。 あたしたち個々の決断の集大成だ。 もっと、大衆を尊敬したっていい。愛したっていい。 類い稀なる才能に 思わず瞠目したっていい。 声の大きなヒトに、騒がしい一団に 思わず流されちゃってもいい。 ただ 演奏するのは、いつだって、顔の無いあたしたち大衆なんだよ。 その実力次第で あたしたちの今や未来が変わる。 それを 忘れちゃいけないと思うのです。 あたしたちって どうして こんなに権威に弱いのでしょう? 東大教授さんとか、南京大虐殺を世界記憶遺産に登録したユネスコさんとか べつに あたしたちは、彼らを選挙で信任したワケじゃない。 なのに 飛び切りの権威って、誰も彼も平伏しなきゃいけないみたいに考えちゃう。 どんなに 優秀な才能としても、一見、世界的な権威があるように思えても あたしたちが信任しなければ そんなもの、どうってことはない。 何を、どうしようと、あたしたちの生活には微塵も関係ない。放って置けばいい。 今に、未来に責任を持つ演奏者は ダレかが決めた権威じゃない。 顔の見えない、あたしたち大衆なんだよ。 その主人公たる、あたしたちが無思慮に 有象無象の権威を頭上に頂いて、一体全体、どうしたい? あたしたち大衆の実力は 自らが権威になるコトじゃないと思うのです。 雨後の筍(たけのこ)よろしく、手前勝手に乱立する権威を 個々人ごと自らの基準で、取捨選択する判断力だと思うのです。 それを勘違いして 為政者さんや既得権力・既成権威を忌み嫌いながら その実、すっごく権威に憧れちゃう。 だから 国会前に屯して、罵詈雑言を吐く。 いつまでも、くっだらない騒動を起こして、話題の中心に居続けようとする。 ネットの「正義」なんて、クソみたいな匿名弱者の横暴で 他人を誹謗中傷しては、それを、新たなる権威と信じ込む。 あたしは、アタマが悪いので。 大衆を、大衆ってだけで愛したい。尊敬したい。 何ごとで在っても、社会が一色に染まるのを憎みたい。 そして ダレかが言った、型に嵌(はま)った言葉じゃなく バカはバカなりに、あたしの言葉で喋りたい。 ただ それだけでいいと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年10月11日 02時51分57秒
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