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大阪通天閣の下にあるホルモン焼きの店「淀君」のカウンター席。 JRの運転士上野一郎さんが先輩運転士の坂崎武夫さんのグラスにビールを注ぎながら、 「タケさんが早期退職するって、ちょっと小耳にはさんだんやけど、ほんまかいな」 「もう聞いたんかいな、ほんまや。わし、退職したらな、女房と特急雷鳥に乗って山代温泉に行くのんが夢やったんや。そやけどなあ、女房のヤツ、ワシの退職まで辛抱せえへんと、あの世に逝ってもうたんや。でな、雷鳥も来月3月12日に廃止になるんや。なんや、わし寂しいなってな、せめて雷鳥が走ってるうちに乗ろう思うたんや。上野クンが運転する雷鳥にな。ワシと女房の写真を加賀温泉駅まで乗せて走ってもらいたいんや。鶴子もごっつ喜ぶで」 「そういうことやったら、わしも、イッチョウ気張って運転しまんがな」 「頼むで、あんまり気張り過ぎんと、安全運転でな」 退職した翌日、坂崎武夫さんは雷鳥の乗客となって、今まで運転士席から眺めてきた景色を目に焼き付けている。 「鶴子見てみい、これが近江(おうみ)の風景やがな、ノンビリして綺麗やで」 写真額を窓の外に向けて語りかける。 「これ、運転士の上野さんからことずかってましてん、ビールとオツマミ」 車内販売のみっちゃんがビニール袋を渡す。 「ああ、すまんな。サンキュウて、言うといてや」 やがて、雷鳥が加賀温泉駅に着き、運転席から顔を出した上野クンが、 「タケさん、どないだ、ワテの運転は」 「ああ、快適やったで。ビール、ありがとうなあ」 特急雷鳥はホームの坂崎武夫さんにピッピーッと気笛で挨拶を告げると、金沢へ向かって走って行った。 改札口で駅長が、 「なんやタケさん、早期退職をしたんやてなあ」 「わし、雷鳥やない電車はよう運転できませんのや」 「気持ちわかるで。わしも日本中のレールの上が新幹線だらけにならんうちに辞めよう思うとる」 タケさんは迎えに来た紅柿荘の女将の車に乗って山代温泉に向かった。 - 続く - お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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