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鹿の国から'24・・・・・・・・FP汀

鹿の国から'24・・・・・・・・FP汀

事業承継対策

中小企業オーナーに対する相続・事業承継プランニング

                                  汀 光一

事例 生命保険を活用した遺産分割対策と納税

下町で甲造園会社を経営しているTさんは、今年65歳を迎えたのを機に後継者である長男への事業の引き継ぎと相続準備を始めることにした。Tさんには、甲社で働く妻(62歳、総務担当)と長男(40歳、営業担当)のほか、結婚して独立した娘が2人いる。
Tさんには甲社株式、自宅(土地・建物)、社屋敷地(社屋は甲社所有)、別荘(土地・建物)その他の個人資産があり、顧問税理士に相談して、どのくらいの相続税がかかるか概算してもらったところ、以下のとおりであった。

《Tさんの資産内容、相続税概算額》
・現金預金    約4,000万円
・自社株     約3億円(評価引下げ後5万円(額面500円)×1万5千株)
・上場株式    約3,000万円
・建物(自宅・別荘) 約1,200万円(固定資産税評価額)
・土地(自宅・社屋・別荘) 約4億4,300万円(小規模宅地等の評価減の特例適用後、取得費は不明)
・生命保険(定期特約付終身保険、個人契約) 保険金額4,500万円(非課税枠2,000万円)
・評価額合計   約8億5,000万円
・相続税概算額  1億2,200万円(実効税率14.35%、配偶者の税額軽減適用後)

相続対策を検討する際の視点
現状において解決すべきTさんの問題点には、以下のようなことが考えられる。
(1) Tさんは5年以内に社長を勇退して平取締役となり、長男に会社経営を任せる予定で、これに合わせてTさん所有の自社株を長男に引き継がせるつもりであるが、その際の株式移転は売買と贈与のどちらがよいか。
(2) 事業資産を後継者である長男に引き継がせた場合、長男と長女・次女との間で遺産分割に関する争いが懸念される。
(3) 相続税の納税資金が不足している。
(4) Tさんの妻は20%の自社株と不動産を所有しており、二次相続についても何らかの対策を講じる必要がある。
(5) どのように長男を後継者として家族および会社内外に認めさせるか。
相続対策を検討する際は、まず相続発生時の相続人間のトラブルをいかに避けるかという、いわゆる遺産分割対策の視点が重要になる。個々の事情に合わせて円滑な分割案を考えていくことが大切であり、今回のケースのように、長男1人で財産の多くを相続せざるを得ない場合は、その他の相続人への代償分割を考える必要がある。
また、相続税がかかる場合は、納税資金対策や相続財産の移転や評価の引下げ等による相続税額の軽減(節税)対策も欠かせない検討項目となる。
そこで、各問題点に対し、税理士やTさんとの打ち合わせを通じて対策を検討し、以下の項目を提案書としてまとめた。
(1)自社株を長男に引き継ぐ方法(自社株評価の引下げを含む)およびTさんの勇退退職金の準備
(2)長女・次女への遺産分割対策(生命保険の活用)と遺言書の活用
(3)一次相続発生時の納税資金の確保(土地の有効活用や生命保険の活用)
(4)二次相続発生時の納税資金の準備
(5)長男の後継者としての意識向上とスキルアップ対策(コンサルティング会社の後継者講座等の活用)および親戚が所有する自社株の買取りと関係先への後継者の周知徹底
なお、提案時には、複数の対策を組み合わせた場合の相互の関連性や影響に目を配る必要がある。例えば、遺産分割の方法によっては相続税の納税額が変わり、納税資金が手当てできなくなるケースもあるため、注意する必要がある。

自社株の移転策
後継者への自社株の引き継ぎについては、税理士の協力による詳細な自社株評価のもと、引下げ対策を検討、実行した。具体的には、(1)経常配当をなくし、事業拡大特別配当・30周年記念配当の実施(1株当たりの配当金額の引下げ)、(2)利益処分にあたって長男の役員報酬の増額(1株当たりの利益金額の引下げ)である。
相続・事業承継対策を検討する場合、税金絡みの問題は避けられず、税理士資格を有さないFPは税理士と協働して解決策を導くことになるが、その際、税理士とは、綿密な協議を重ねたうえで、FPの立場と役割を理解していただく必要があるだろう。
自社株の移転は、売買と贈与の2つの方法が考えられる。売買の場合は、長男から受ける金銭が相続財産としてTさんに残ること、譲渡所得課税20%(所得税15%、住民税5%)がかかることに留意する必要がある。一方、今回のケースで選択したのは贈与であり、毎年、約600万円分の自社株を長男へ贈与していくことにより、贈与税の実効税率が13.6%(82万円)となり、相続や売買の場合に比べて税負担を抑えることができた。
なお、生前贈与する場合には相続時精算課税制度の活用も検討の余地がある。2007年度税制改正により同制度の特例が創設される予定である。同特例は、オーナー経営者が後継者となる子に2007年または2008年中に自社株を贈与する場合、贈与者の年齢要件が原則65歳以上から60歳以上に引き下がり、さらに贈与税の非課税枠が原則2,500万円から3,000万円に引き上がる。
ただし、発行済株式の相続税評価額が20億円未満であることや、同特例の適用から4年経過時点で、受贈者である後継者が代表者として経営に従事し、かつ、株式数および議決権の50%超を有していることが要件となる。
なお、自社株の移転を実行する前に、Tさんが社長から平取締役となり、報酬を50%以下にして役員退職金を支給し、ただし、運転資金を確保するために一旦それを未払金として計上して、減額された報酬に上乗せして分割で支払っていくこととする。これは、自社株の1株当たりの利益金額を低くすることで評価を引き下げてから、長男に贈与するためである。

上記の自社株の移転は、他の株主からの取締役の解任請求を抑えられる発行済株式の3分の2以上の株式を長男に移転するまで継続するのが望ましい。その間、Tさんは長男への経営者としての指導と銀行・取引先などへの引き継ぎを行っていく。また、親戚の持ち株も長男が増額した報酬を貯めて順次買い取っていくこととした。
しかし、Tさんが自社株を所有している間に相続が発生した場合は、分配可能額(=(資産-負債)-(資本金+資本準備金+利益準備金+資産評価益)-利益準備金要積立額)の範囲内で長女・次女が相続する株式を甲社が買い取ることも視野に入れる。
ちなみに、個人が自社株をその発行会社に譲渡した場合は、譲渡価額のうち法人の資本金等の額を超える部分の金額はみなし配当所得となり、総合課税の対象とされて最高43.6%(配当控除適用後)の税負担となる。ただし、自社株を相続または遺贈により取得した個人で、その相続税の申告書の提出期限の翌日から3年を経過する日までの間にその発行会社に譲渡した場合は、みなし配当課税は行われず、譲渡価額として課税される。(措置法9条7)

遺産分割対策
遺産分割については、まずは自社株や事業用資産を長男に相続させる旨を記載した遺言書を作成する。また、長女・次女には遺留分を放棄してもらう一方で、Tさんの金融資産から10年間にわたり1人当たり総額3100万円(手取り2,900万円に贈与税200万円分を合わせた額)を生前贈与し、契約者および保険金受取人を2人の娘、被保険者をTさんとする変額終身保険への加入を提案した。
これにより、娘たちは相続時に最低でも約3,700万円(運用によってはさらにプラスになる)の現金を受け取れることになる〔図表〕。このように遺産分割対策に生命保険を活用するメリットは、相続発生後にすぐ現金が用意できる点である。
今回の分割方法については、Tさんが早めに長女・次女との話し合いの場をもち、長男への事業承継と従業員の生活を守るために必要な分割方法であるということを明確に伝えていたことで、大きな抵抗を受けずにスムーズに進むこととなった。

遺留分放棄の留意点
遺留分を有する相続人は、相続開始後であれば自由に遺留分を放棄することができる(家庭裁判所の許可は不要)。今回のケースの場合、相続開始前なので、長女・次女は、家庭裁判所の許可を得ることで、遺留分を放棄することができる。遺留分放棄の許可を家庭裁判所に申立てできるのは、このケースでは遺留分の権利をもつ、Tさんの配偶者と子である。(民法1028条に準じて)
ただし、相続開始前に遺留分を放棄する場合は、実質的に相続の一部放棄にあたるため、家庭裁判所の許可を得るには、次のような要件を満たす必要がある。
(1)本人の自由意思によること
(2)放棄理由に合理性と必要性があること
(3)代償(放棄と引き換えの現金など)があること
これは遺留分の放棄を無限定に認めると親の権威で相続人の自由意思を無理におさえるおそれがあるためであり、家庭裁判所は遺留分の放棄が相当かどうかを上記の点に基づき判断することになる。
実務上では、農業や事業を営んでいる人が、農地や経営権など特定の財産を後継者に集中して相続させるために、例えば「長男に遺産をすべて相続させる」という遺言を残し、他の相続人に金銭などを贈与することで遺留分を放棄させることがある。共同相続人のうちの1人が遺留分を放棄しても、他の相続人の遺留分が増加することはなく、被相続人が自由に処分できる部分が増える。
注)遺留分の放棄 民法1043条 
(1項)
相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
※相続開始後の遺留分の放棄には、家庭裁判所の許可や、家庭裁判所への申述等の方式は不要である。
(2項)
共同相続人の1人がした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を与えない。
ただし、遺留分の放棄は、相続自体の放棄とは異なり、遺留分を放棄しても相続人であることに変わりはない。したがって、被相続人が遺言を作成せずに死亡した場合は、遺留分を放棄した人も法定相続分による遺産を相続することになるため、遺留分の放棄と同時に、民法で定められた形式に則って長女・次女の相続分をゼロとした遺言書を作成しておく必要がある。
なお、今回は、Tさんの希望で、別荘も長男が相続するが、名義にかかわらず家族みんなで自由に使ってほしいということを遺言書に付記することにした。

退職金準備~二次相続対策
納税資金対策としては、土地の一部を立体駐車場として有効活用し、その収益による延納プランを作成した。Tさん死亡後の長男の生活収支に、延納税額が影響を及ぼさないようにすることが目的である。
また、死亡退職金の支払財源を確保できるように、契約者および保険金受取人を甲社、被保険者をTさんとする変額終身保険の加入を提案した。この保険は、保険金を相続発生後に自社株を買い取るための資金として使ったり、Tさんが役員を勇退したときには、Tさんに勇退退職金の一部として解約返戻金相当額で当該保険を譲渡することで、将来、遺族の生活資金や相続税の納税資金に充てたりすることもでき、重複した効果が期待できる。
二次相続対策としては、契約者および保険金受取人をTさん、被保険者を妻とする終身保険の加入を提案した。この保険では、低解約金の定額終身保険を活用して、保険料払込期間の解約返戻金の返戻率を低くした。保険料払込期間にTさんの相続が起こった場合は、生命保険に関する権利の評価(=解約返戻金相当額)が低くなり、金融資産の圧縮になる。相続後は、契約者を妻に変更し、妻の二次相続の際の納税資金に活用する予定である。
このように定額終身保険や変額終身保険は、遺産分割や納税資金として相続対策に活用することができる。
地主や会社のオーナーなどに相続が発生した場合、後継者への農地、設備、自社株などの財産の引き継ぎと同時に、経営権の引き継ぎをどうするか、他の相続人への代償分割資金や相続税の納税資金をどのように準備するかが問題になる。ケースごとにさまざまな個別要因があるため、当事者を交えて、早めに対策を講じていくことが問題解決の選択肢を増やすためにも必要だろう。

(KINZAI Financial Plan 2007年3月号)



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