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スキルス胃癌 サポート

スキルス胃癌 サポート

ケンさん

2005年8月

ケンさんという30代前半の男性患者さんと出会った。
華奢で綺麗な奥様と、よちよち歩きのお子さんも一緒に会って話した。

奥様がお子さんを連れて席を離れた時、ケンさんは
「俺、どうも駄目なんですよ。
 すぐに、辛いとか、もう嫌だとか妻の前で泣き言を言っちゃうんです。
 そうすると、アイツ悲しそうに泣くんですよ。
 泣かしたくないんだけど、どうしても言っちゃうんです。
 顔を合わせると病気の話ばかりで、おかげで我が家は暗いですよ。」
と、うつむき加減に話し出した。
そして
「ひろりんさん、俺より若い患者さんを知っていますか?」
と、おもむろに聞く。

私はこの時ご自分より若い「気の毒な患者さん」もいると知る事で、ご自分を慰めようとしているのかと思ったので、
「私が直接お付き合いさせて頂いている患者さんの中にはおられませんけど、でも・・」
と、言いかけた時にすぐさま
「良かった」
と、言われた。
「こんな病気になるのは、俺が一番若くて良いですよ。
 俺より若い患者なんて、嫌だ。絶対に嫌だな・・うん」
と、言う。
私は自分の浅はかさに気付かされた。
この方は自分より気の毒な患者さんが存在する事の方が嫌だったのだ。

そして
「この病気って5年生きるのが大変なんでしょう?
 周りの人間は、とにかく頑張れって言うけど、どう頑張れば良いんですか?」
と、言う。
ネットで調べても良い話は出てこない。
滅入るだけで、嫌なのだそうだ。

確かに頑張れと言われても、ご本人はどうして良いのかわからない。
「ただ、辛い治療に耐えるだけなのか?」と思うだろう。

現在、TS-1+シスプラチン(CDDP)という治療法の奏効率は70%とも80%とも言われている。
それなのに、ケンさんはこの高い数字に入らなかったのだ。
「70%に入らなかった俺って、一体何なんですかね・・・」
と、寂しそうに自虐的に笑った。


2006年に入ってすぐ、奥様から感謝の言葉と共にケンさんの他界報告が届いた。

2006年1月15日旅立ち


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