ブログを作る※無料・簡単アフィリ    ブログトップ | 楽天市場
007946 ランダム
スズラン(Lily bell)聖書と詩の部… (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
スズラン(Lily bell)聖書と詩の部屋
ホーム 日記 プロフィール オークション 掲示板 ブックマーク お買い物一覧

スズラン(Lily bell)の日記 [全50件]

2008.05.26楽天プロフィール Add to Google XML

お知らせ^^;

この楽天プログは、

ご存知の方もご存知でない方もいらっしゃいますが、

ヤフーの私のプログから、

詩的な?内容を集めてここで更新していました....

しかし、ヤフー、楽天、そして韓国語でと私が欲張りなばかりに

あちこちで更新しているために、

このプログの更新がなかなかままならず、交流や、挨拶がなかなか

出来ない現実を認めて、出来れば、ヤフーの私のプログにきていただけるなら

と思いました。^^;

 http://blogs.yahoo.co.jp/chiyoko3428

ヤフーのほうでは、最低でも一週間に1度は更新を死守しており、

欲張らないで集中したいと思いました....

カルト、統一教会からのリハビリは日を追うごとに回復していると感じています...

ここでの更新は控えて、ヤフーのほうで細々と続けるつもりです....

見てくださってる方、どうもありがとうございました....ϡ

 

 

 




Last updated 2008.05.26 09:13:07
コメント(0) | コメントを書く


2008.03.28

2年が過ぎて
[ 私の詩 ]  

 

 

もう2年が過ぎた....

私がヤフーでプログを始めてから、またここ楽天でもプログしながら....

月日が大切だな、時間が必要だったなと

ほんとにそう思う.....

最初のころは、統一教会を行かなくなったので

その代わりに何かをせずにはおられなかったため、プログをはじめたのだが...

ネットでいろいろ資料を見るうちに、

韓国と日本の歴史のまた別な側面を知って、愕然として号泣したり...^^;

感情の起伏が激しかった....

ちょうど娘の病気のこともあって、祈りながら涙する日も本当に多かった...

プログでも、自分では良かれと思って書くことや、

同じ元信者のためにと陰では神に祈ったりしていたのだが、

思いがけないトラブルや展開に、なぜなのかとびっくりしたり....^^;

でも、自分ができることをこつこつと続けるほかはなく

統一教会をやめたからといって、神を信じる心は大切にしたいと思ったら、

聖書の言葉に救いを見出すほかはなかった.....

一度カルトにしがみついて死に物狂いで生きてきた自分が、

そこに行かなくなったからといって、突然に自分自身が変わるはずもない....

何か一生懸命生きることがよいこととして染み付いていたから、

ついつい自分と同じように他人を見てしまって、

一人一人の他人の問題に対して、ずいぶん干渉してしまったかもしれない....

でも今は、ずいぶん落ち着いてきた.....

やっと普通の?穏やかな?人間らしく?なってきたのではないか??ハハハ^^;

韓国に嫁に来るくらいだから、血の気が多いのは確かだが

年もとったし、家族も多いし、体力もなくなったし、

何せここでは外国人で、いくら母親でも戸籍には外国人の名前はまともに乗らないし、

お金があるわけではないし、

丸くならなければ長生きできないのは当然だろう....

リハビリは時間がかかると言い聞かせた....

2年たった今、でもずいぶんすっきりしてきて息がつけるように思う.....

時間、時間、静かな時間.....

もともと本を読むのは好きなほうだったけど、

今は聖書が一冊あればそれでいい....

やりたいこと、もっとあるし、時間はあっという間に過ぎていくけど、

現実をしっかり見据えて後悔しない生き方をしよう....

 

 

 




Last updated 2008.03.28 09:27:08
コメント(0) | コメントを書く

2008.03.24

黙示録
[ 聖書に関すること ]  

 

 

黙示録は、私も惹かれるので知りたいと思って

まずは検索していろいろ読んでみるけど、

人によってやはり解釈が違うので、まだ、これといった

解釈には出会ってない。

黙示録の解説の本もあって

それを見て見るけど韓国語だからね、少しずつ読んでる。^^;

神がその人の成長に応じて、理解を助けてくれると思う。

なので、一人一人の心の成長を無視して、解説だけが先走りするというか

商品のようにブランド化されてるって言うか、

ひとつの聖書の解釈を自分の教派の専売特許のように、扱うのは

どうなのか。

素晴らしい内容は、無条件に人々に伝えてあげないといけないんではないか?

誰にでも。イエスのように人々を訪ねながら教えていかれたように。

感動という名の興奮させる教え.....

私はもうこりごりだ...

私は冷たくありたい...若いときは熱くなって冷静さを取り戻せなかった...

心が燃えてることがすばらしいことと勘違いしてた.....

夢を見させること、心が躍らせられること、愛があると思うこと、涙が出ること、

素晴らしいと思うこと、感動すること.....

こういった、感情を引き起こしてくれる教えが

正しいと思えた......

 

でも、今は違う.....

私の頭を冷やしてくれること

現実を直視でできる忍耐を教えてくれること

自分が本当に神から遠い存在だったと気づかせてくれて

こんな自分が本当に神の前に顔を上げることができない罪人だと、

深く認識させてくれること...

本当に本当に自分の心を静めてくれて怒りから守ってくれること....

こんな静かな自分を不思議に思えるほど........

神がともにあることを感じる.....




Last updated 2008.03.24 14:24:28
コメント(0) | コメントを書く

難しいこと
[ 聖書に関すること ]  

 

 

私が神とイエスを選んでも、

私が間違った教えを選んで、そうして築いてしまったこの家庭を

壊す権利はない.....

でも、心は神を求め、聖書を求め、イエスを求めるのに

 

 

 

そうすると時には、同じ考えを持ってくれない家族が

ものすごく憎く感じる....

まるで敵のように考える....

攻撃して倒してしまいたく感じる.....

 

 

 

 

これが罠だ.....

一番大切な家族と決別させようとする手口だ.....

もちろん聖書には、イエスの言葉に、家族が家族に敵対するというような内容の

聖句がある、残念なことに.....

この聖句は、カルトもよく使う聖句だ...

なぜなら前もって、自分が信仰の道を行こうとすると家族にサタンが入って

妨害すると教えるからだ......

その聖句に対しては、またこういう聖句もある.....

恩讐を愛せ、隣人を愛せよ....

恩讐とは誰か?隣人とは誰なのか??考えてみたことがあるだろうか???

 

結局、忍耐をもって愛し許す道しか残されていない....

誰かを憎んで良いなどとは聖書は教えていない.....

敵は誰か?

敵はサタンだ.....

 

パウロだったか、人を愛するときに相手と同じようになることによって、

その接した相手が一人でも救われるのであれば....という聖句がある....

相手の立場に立って、相手にわかる言葉を選んで、そうしてまでも救いを伝えたいという

執念を語っている....

私が神を愛するなら、私は恩讐や隣人を愛せないなら本物ではないだろう..

口だけで神をたたえて、主よ主よと叫んでも

私が愛することを行わないならば、神を信じているというのはうそとなる....

 

私は家族に配慮をしながら生きるほかない....

家族を愛しながら生きるほかない....

それが私がしなければならないことだからだ....

どんなに難しく思えても、

忍耐することができなければ私の信仰は本物ではないのだ.....

 




Last updated 2008.03.24 14:18:08
コメント(0) | コメントを書く

2008.03.20

  (2)
[ 聖書に関すること ]  

 

 

 

聖書は鏡ではないかと思った。

人が自分の顔を毎日見ながら生活するように、

外見だけでなく

心の鏡として、映し出してくれるのが聖書ではないか。

特に旧約の部分は、本当に何度でも覗き込まないといけないくらいの

人間としての醜い姿を見せてくれる...

毎日眺めて忘れないようにし、肝に銘じないとだろう...人間がいかに罪の

塊であるのか。

新約は光を発している鏡だ.....

なので普通の人間では見ること、解釈することが難しいだろう....

まともに見れないために、一人一人の思いがさらに反映されて

自分なりの解釈が現れる......

まぶしくて、そこに神の考えを読み取ろうとしてもサタンが光を装って

隠れていたりする.....

だから、イエスの名前で祈って聖霊を受けなければならないのだが

イエスの弟子から..聖霊を持っている人から直接霊を受けなければ

ならないだろう......

そんな人に出会えて、聖霊を受けれるかどうかは

自分で決めたり選択したりするのではなく、神が私を選ぶように

心からの悔い改めをもって、身をかがめるほかはない......

砕かれた魂に神は尋ねてくださる.......

砕かれた魂を持てる人は幸いである........

 

 

 

Mvc-009f.jpg

 

 

 




Last updated 2008.03.20 10:10:25
コメント(2) | コメントを書く

2008.03.02

不完全な人間だから  (3)

不完全な人間だから

何かを信じたり信じなかったりする....

不完全な人間だから

自分の思い込みを他人に押し付けたりもする....

不完全な人間だから

自分の思い考えが、神の啓示であるかのように錯覚する....

不完全な人間だから

間違った教えにも気づかないで熱心に伝道したりもする....

人間は誰でも自分の思い、考えで判断して生きていい....

間違っても失敗しても許すことができる、許される....

しかし、決して許されないことがある....

神は昔から聖書を人間に記された....

人間がそれを通して神の考えを知るようにだ.....

それを知らなければならない....

そうして最低限のおきてを守りながら生きなければならない....

人間が作った法律にも刑罰があるのに

どうして神が教えてくれる内容を知らずに生きることは

罰を受けないだろうか?

聖書を運悪くも、生きているうちに全然触れないで死んでしまう人もたくさんいるだろう....

だから、神は死んだ人達にも責任を持たれる.....

聖書を知る機会を与えられ、それに従うかどうか見られたあとで

最後まで神を受け入れない者には、忘れ去られるという罰を受けるようになっている...

そう、土から人間を造られる神が

神を慕うものはまた再創造、復活させられるのだが

悪なる人は永遠に思い出されずにいなくなる、滅ぼされる......

神が.....

悪の見方は決してされない......

本当に神は、神を信じる者を永遠に記憶され永遠に共にいようとされるのだ....




Last updated 2008.03.02 21:01:13
コメント(3) | コメントを書く

2008.01.31

干からびた手  (8)
[ 私の詩 ]  

私の手は、干からびていた.....

冬になると決まって、がさがさとした象のような皮膚をしていた...

見る人が、どうしたの?

と心配そうに聞いてくれる.....

あぁ、クリームを塗らないから.....

何ともなさそうに答えていた私.....

私は、私自身が干からびていることにいつも気がつかないで過ごしてきた..

いや、目で見えるのだが、その見た情報が心まで届かない......

そんなにかわいそうな手をしていて、平気で過ごしてきた.....

 

でも今は違う......

自分の手をいたわることができる.....

クリームを塗ってなめらかに、

あっ、よくみたら傷だらけだ、しかし、今は薬を塗ることができる....

手の指に魚の目までできている、何年たったのか...

夏の間は気にならなくて冬になると盛り上がってくる、しっかり治療しないとだ....

 

カルトを信じ、偽メシヤを信じ結婚した証としての

祝福リングを、普通のカップルリングに替えた.....

そのリングがうれしくて、そのきれいなリングに似合う自分の手になろうと

気にして手入れをしだしたのだ....

今まで何年も見られなかった、冬の季節のすべすべした私の手を

これからもいつまでも大事に生きていこう.....

 

 




Last updated 2008.01.31 11:12:55
コメント(8) | コメントを書く

一覧

Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2012 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.