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マリリン・モンローってどんな人だったの?今でも人気のマリリン・モンロー。 どんな人生を送った人なのかpink monkey が簡単にご紹介します☆ ![]() ![]() 本名はNorma Jean Baker。1926年6月1日にアメリカはカリフォルニア州ロサンジェルスにて産声を上げます。 しかし、すぐに里子に出され、家庭の愛を知らずに幼少期を過ごします。 彼女の母親は精神的に病んでおり、一時一緒にすごす事もあったのだが、入退院を繰り返していたため、一緒に生活を続ける事は困難となり、再び里子に出されたり、孤児院で過ごすこととなりました。 そんな生活の中で彼女は虐待(性的虐待)を受けており、15歳で妊娠・出産を体験。その子供は里子に出されており、行方は不明だそうです。 16歳の時、里親の都合で近所の青年と無理やり結婚させられるも、時代は第二次世界大戦の真っ只中であり、夫は海軍に入隊して不在となり、彼女も兵器工場で働く事に・・・。 その時、取材に来たカメラマンに、たまたま声をかけられてモデルデビューする事になるのでした。 1945年、後にスターのポートレート・カメラマンとして有名になるアンドレ・ディーンズのモデルとなり、恋に落ちます。しかし、結ばれる事はありませんでした。夫とは軍隊から戻ると離婚。そして、彼女はスターを夢見てハリウッドへと旅立つのでした。 ![]() そして翌年20世紀フォックスと契約を結び、女優「マリリン・モンロー」が誕生します。1947年「危険な歳月」と言う映画でデビューするのですが、すぐに解雇されてしまいます。 その理由は、プロデューサーに関係を迫られた事を断った為だと言われています。 職を失って振り出しに戻ってしまった彼女は、またピンナップ・ガールの仕事をし、コール・ガールの仕事もしていたそうです。 この頃、ヌードカレンダーの写真を撮ったとされています。 彼女は、スターになる為だったら何でもしようと思ったのでしょうね。 以前の失敗(?)を元に、今度は20世紀フォックスの創始者や大物エージェントと関係を持つ事になります。その事が功を奏してでしょうか、再度20世紀フォックスと契約を結べる事になったのでした。 彼女は結婚を迫られた事もあったのですが、断り銀幕のスターを目指すのでした。彼女にとって「関係を持つ」という事は、あくまでスターになる為の手段だったのですね。 スターになる為に必死になっているこの時の彼女には子供はまだ不要なものでした。彼女はこの時期に十数回も堕胎をしてたと言われています。そして、この事が以後彼女を苦しめる事になるのでした。 1950年、彼女は「マリリン・モンロー」として快進撃を始めていきます。作品 1950 「イヴのすべて」「アスファルト・ジャングル」「彼女は二挺拳銃」 1952 「ノックは無用」 1953 「億万長者と結婚する方法」「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き 人生模様」 1954 「ショウほど素敵な商売はない」「帰らざる河」 1955 「七年目の浮気」 1956 「バス停留所」 1957 「王子と踊り子」 1959 「お熱いのがお好き」 1960 「恋をしましょう」 1961 「荒馬と女」 ![]() マリリン・モンローは21世紀フォックスを解雇された時に撮ったヌードカレンダーで一躍アメリカのセックス・シンボルとして有名になります。このイメージが取れない事に葛藤しながら、アクターズ・スクールに通って演技の勉強をするなど、実は演技に対しても真剣でした。片方のハイヒールの高さをかえて歩いたから、あのヒップの揺れがセクシーなモンロー・ウォークも誕生したのです。 そして、野球選手のジョー・ディマジオ、劇作家のアーサー・ミラーと、彼女は人生の中で3度の結婚をします。ジョー・ディマジオとは彼の嫉妬深さから結婚生活は破綻しました。アーサー・ミラーとは度重なる流産で彼女自体も衰弱し破綻しました。 そして、当時のアメリカ大統領、JFKとまで関係があったと言われています。 そんな、愛情に恵まれない環境に育った彼女は、野心に満ち、また数々の苦悩をし、華やかで、多くの人々に愛されながらも62年8月4日、ロサンジェルスの自宅で、睡眠薬の多量摂取により謎の死を遂げ「マリリン・モンロー」いや「ノーマ・ジーン」の生涯は閉じられたのでした。 最後まで彼女を心から愛していたのは、2度目の結婚の相手、ジョー・ディマジオだと言われています。彼女の遺体に立ち会ったのも彼、そしてマスコミの目をはばかる様に葬儀を取り仕切ったのも彼でした。 実は、マリリンとディマジオはマリリンが亡くなる数年前からよりを戻しており、再婚する予定でもいたのだそうです。 マリリンの死後、彼は定期的に彼女の墓前に花を届けるようにしたそうです。そして、彼女の死後25年、再婚もしませんでした。 唯一、彼女の事を売るような暴露本や自伝を書かなかった男でもありました。彼女の事を本当に心の底から愛していたのは、ジョー・ディマジオだったのでしょうね。この話には泣けます。 ※いろいろ調べて、簡単に紹介してみましたが、修正したほうのが良いと思われる箇所が見つかりましたら、是非BBSかメールにて管理人のpink monkey にお知らせ下さい。 |