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読売オンライン?3月17日
上記文抜粋 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大阪市立咲くやこの花高校(此花区)は17日、体育の補習授業中に倒れた2年生の女子生徒(17)が、搬送先の病院で同日、死亡したと発表した。 倒れたのは補講期間中の今月5日で、生徒は校内を1人で走っていたため、グラウンドにいた体育教諭はすぐに気付かなかったという。 発表によると、生徒は5日午前9時25分頃、校内1周約500メートルのコースを2周する持久走を開始。約5分後、出入りの弁当販売業者が校舎の玄関付近で倒れている生徒を見つけた。既に心肺停止状態で、養護教諭が自動体外式除細動器(AED)を使用したものの回復せず、搬送先の病院でも意識は戻らなかった。 生徒からは、持病などの届け出はなかったという。前川聖樹校長は記者会見で「重大な事故が発生し、誠に申し訳ない。再発防止に努めたい」と陳謝した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり 体調不良で、補習延期したあとの、悲劇でした。 詳細が不明なので、あまり書きません。 ただ思いますに、17歳ですから、風邪なり咳で心臓が弱っていたことは、わかります。 それに彼女一人だけなので、元来身体的に「虚弱」なものがあったと容易に推測されます。 ただ、この手の「見えない弱さ・病」を現在の教師に見抜けというのは、酷でもあります。 西洋医学では、「数字」を出さないと、病や身体的特徴としての「弱さ」を把握できない。 漢方なら、簡単に把握できますが、その「見えない病」を把握できるのは簡単ではないです。 今の医学や科学は、「見えるもの至上主義」な「近代科学」による文明で、その命の働きを見ることは出来ません。 精神の病が解明されて着てますが、その治癒になかなか西洋医学では手が届かないのは、結局は「結果」「数字」しかみえないからです。 結局、数字・結果しか教育現場でも求められないから、このような悲劇が起きやすい。 老子第1章 より >故常無欲以觀其妙。常有欲以觀其徼。 >だから常に無欲であれば名も無き道の玄妙を観るが、いつも欲を持ち続けると、あからさまな差別と対立の世界しかみえない。 欲望とまでいわないが、本当のことを見るよりも「効率」「結果」を早く求めたので、本当のことが見えないままに突っ走って、多くのものを見落としたり、失ったりします。 これもそれから現れた悲劇で失われたことに思います。 ご冥福を祈ります。 南無阿弥陀仏 ![]() 皆様の心に光明が溢れますように。 皆様に幸いがありますように。 再見! [老子とか、いろいろ]カテゴリの最新記事│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |