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Ama-la(アマラ)ってどんな意味があるの〜?とよく訊かれます。
それはチベット語で『お母さん』という意味です。そして私が尊敬するチベット仏教の先生(リンポチェ)の奥さまの呼び名でもありました。 なので、ハンドルネームをAma-la(アマラ)にしました。 インドでの亡命チベット人のお寺で過ごした月日はその後の私の人生を支えてくれる大きな学びを与えてくれました。 生きるといことは喜びには違いないのですが、時に悩み、苦しみが繰り返し起こります。もちろん良いこともたくさんありますが。 私たちはこうした苦しみや不愉快ななことを避けようとします。 最近私たちがこのような苦しみが実は人類全体をつなげてくれる、と考えることがあります。 個人的な様々な苦痛や苦しみを感じているのは自分だけではないこと、がほかの人たちとつながろうという気持ちにさせます。ほかの人の抱えている苦痛に共感ができるようになります。 このことによって勇気が生まれ、この勇気が自分や地球上のすべての『仲間たち』を癒してくれます。 一見、負に思える出来事が実はプラスに変わる要因を含んでいるということに気づきました。 問題解決のための答えは自分の中にあります。 その答えを探すための旅をカウンセリング及びセミナーを通じてサポートし、ともに歩みたいと思います。 アマラ Dr E・Bach財団公認プラクティショナー 米国NLP協会認定トレーナー、マスタープラクティショナー NLPの基本的な考え方やバッチフラワーレメディの創始者エドワード・バッチ博士の理念は共通したものがあります。 カウンセリング、セミナーの内容に興味のある方は下記のホームページをご覧ください。 オフィス・エコーカウンセリングルームホームページAma-laの日記 [全103件]
今日も快晴 けれど、気温は上がらず、寒い日が続いています おととい、いつものコースでウォーキングしたけれど、お山のてっぺんにはまだ残り雪。しかも思いもよらぬ強風で、木々はうなり、弱った枝が落ちてきて、いつもとは違った自然の感覚。強風に吹かれて、最初は空気の激しく動くさまを楽しんでいましたが、身体の冷えが頂点に達し早々と下山。いつもぬくぬく室内生活の多い私は縮みあがりました。したがって昨日はワンチャんの散歩のみ。 こんな日々はこたつでミカンが一番ですね〜 はやく、春が来ないかな〜 こんななか、一冊の本を読んでます。 タイトルは『プラネットウォーカー』。タイトルに惹かれて買い求めました。 書いた人は、ジョン・フランシスというアフリカ系アメリカ人。1946年生まれで、まだ20代の時、住んでいた近くで起きた2隻のオイルタンカーの衝突事故の惨劇を目の当たりにしました。その事故で、多量のオイル流出で油にまみれた鳥類の救出、を通して環境について深く考えるきっかけになりました。 さらに、何不自由なく暮らしていた親友の事故死。人生のはかなさを感じるようになりました。 そうした出来事から、この人は車の運転をやめることを決意。歩くこと・・になりました。どこに行くのも時速5キロのウォーキング。当然、仕事もままなりません。それまではいい車に乗り、アメリカンドリームの実現のため、お金を稼ぐ、ことに腐心していた若者の人生が急激に変わり始めました。 車社会のアメリカで、運転しない、ということは、実に大変なことと想像するのは簡単です。賛同する人は少なく、逆に議論になることの方が多かったようです。 そしてこの人は、27才の誕生日から話すことをやめました。以来17年間沈黙を守り通したのです。沈黙を守りながら、故郷のカリフォルニアを出、北上、アメリカ大陸を横断しました。その間に大学で学び、メディアでも取り上げられ環境問題について無言のまま訴えました。 『話さない』・・・言葉を発しない・・・ことについての記述は興味深いものがありました。 自分良心(本当の自分)に気付き始めました。自分を偽ることでまわりの社会にに受け入れられている錯覚していた自分。自分自身が別の人間であるふりをすることで、本来の自分を見失っていた、ということにきづくようになりました。 歩くこと、沈黙・・・がこの人を真に変えていきました。 文中 ひたすら歩き、沈黙を守る暮らしが私を救ってくれた。私はゆっくり生きて、他の人間を見つめ、彼らの言葉にじっくり耳を傾けられるようになっただけではなく、自分についても同じことが出来るようになった。沈黙を守るとは消極的な行為ではない、ということに私は気づいた。沈黙を守るとは単に口をきかず、言葉を発しないということではない。それ自体で完結した、支えを必要としない行為なのだ。沈黙の中で私は本来の自分を取り戻した。 と記述しています 私たちは話すこと〜が唯一のコミュニケーションの手段と思っています。 でも、話す、ことで伝わるのは全会話の7パーセントに過ぎないといわれます。 後は、非言語の部分・・・身振り、手ぶり、顔色、表情〜などからの情報が大半を占めるわけです。 話すことは・・自分を伝える手段として大切なことですが、言葉に頼り過ぎていると、どんどん自分とかけ離れてしまう・・そんなことを思いました。 言葉にならない〜ことを言葉で表現するジレンマを抱えているのが私たちかもしれないですね〜。 この本を読んで、無駄なおしゃべりをやめてみました〜 生活することが丁寧になるのを感じました。 少し、続けてみようかな〜と思います。 長くなりました。おしゃべりですね〜笑い
話し始めたジョン・フランシスの映像 ★ジョン・フランシス★
Мさんお元気ですか? 大切なお父さまが逝かれてほぼ一か月がたちましたね。 家のあちこちにはお父さまの痕跡があることでしょう。 寂しいですね。 風邪のためにお葬式に伺えず、ごめんなさい。 先日お会いして、まだ涙目のあなたでした。生前のお父さまのことのお話を伺って、とてもご立派なお父さまで、倒れられる直前まで年賀状をしたため、出すようにあなたに指示をしていらしたそう。毅然としていらっしゃいました。 お父さまにとっての人生の終わり・・・たった一人の娘であるあなたと、そしてお母さまと3人で、療養しながらでも、心ゆくまで、いきいきと過ごせた日々はご家族にとって大切な思い出・・・そして・・・大きなプレゼントです。 私の父は23年前に旅立ちました。そのころの私は子育て真っ最中・・・。 ある日の明け方、父が脳溢血で倒れた、との知らせがありました。脳梗塞を患い、それでも10年頑張った父でした。 出血のため脳幹が機能していない・・といわれ、意識が戻らなかった父。それでも、下の世話を娘にしてもらうことが嫌だったらしく手で払いのけようとしていた父。 最期の日、父は突然眼を覚まし、ちょうどそこにいた私をヒタッと見つめ・・大きな笑顔を見せました。普段以上に大きな笑顔。喜び大きな声を上げる私にずーと笑いかけています。『父さん〜、戻ったんだね〜?』というと、大きく頷いてみせました。 そして、再び意識がなくなり、その数時間後に息を引き取りました。 私は、父が逝ってしまった直後は、娘としてなにもしてあげられなかった、と悔みました。 思いだすのはあの笑顔・・・。しばらくは笑顔の意味がわからず・・・、思いだしては小さな子どものように泣いてばかりでした。 でも、何年か後、父は幸せだったんだ、と思いました。 Мさん、あなたはお父さまに喜びをたくさんあげました。親である私はそれがわかる・・・。あなたがいるだけで、幸せを感じていらしたんですよ。 私たちが『父』にしてもらったことは、一口ではいえません。 でも、一番ありがたいことは、心から愛してくれた・・・ことです。 そして、私たち子どもは存在することだけで、親を喜ばせ、幸せをあげていたんですね。 それがわかったとき、心からの安堵感がこみ上げてきました。 お父さんありがとう あなたの娘でよかった ここに、いない・・・ということは寂しいです。 けれど、お父さまは、きっとあなたに『いてくれてありがとう』って仰りたかったのではないでしょうか。 寂しそうなあなたをどんなふうに慰めてあげられるか・・・迷いました。 忙しい日々でもあるでしょうが、どうぞ、お身体に気をつけて健やかにおすごしくださいね。 そして、いっぱい泣いてね。 お父さまのご冥福を心よりお祈りします。
最近の晴れた日の毎日の日課にしていること・・・ウォーキング とは言ってもそんな大仰なものではなく、家の前の小さな山にのぼります。 この山は地域の鎮守の森といってもいいぐらい小さく、小さな神社があります。山に入るときは、この神社に手を合わせ、お邪魔します、と心の中で言うことにしています。 今日もお邪魔しました。音楽を聴きながらゆっくりのぼります。それでも息がきれます。結構急な登りのところもあり、枯葉ですべるので、足元に注意しながらのぼっていきます。 のぼり始めてすぐ、柔らかい日の光のなかを歩きはじめたとき、何故か強烈な喜びがわき起こりました。言い表せませんが、生かされている・・・クラクラするほどの喜び、涙がでそうになりました。 そこに飼い主に連れられた犬がきました。その犬が寄ってきます。撫でると身体を摺り寄せてきます。その犬と一体化したような錯覚、互いの愛を感じました。 それだけのことなんだけど、私には大きなプレゼントのように思えました。 この山は、近くの有名な観光の地に連なっているのだけど、そこまではいきません。途中の陽だまりで、ひっかかりしばし休憩しました。身体を伸ばし、心を伸ばしくつろぎました。 続けようと思います。楽しいことがまた一つ・・・ふえました。
いつも私のブログを読んでくださっている方々に感謝します。 励ましのメッセージをいただきました。読んでくださっている方々方々と繋がっている・・・と実感できてとても嬉しかったです。 ありがとうございます。 この、何日間、ダンスを習いに通っています。 ちょっと不思議なダンス とても、緩やかな動きです。 大きなマンダラが描かれたシートの上で踊るものです。 地水火風空の5大元素が色であらわされ、大きな円のなかを決められたステップ、振りで移動します。 マンダラに関しては知識が浅く、ただ単に緑の上で2ステップ、赤に入りターン、っといった具合・・・・。 男性と女性がこの円の中でぶつかることなく踊ります。 しかし、このダンス・・・考えこむと全く出来なくなるのです。 『次はここ、次のステップはこれ、そして青に入り、腕の動きはこうして・・・などなど・・』 そして、今、自分がしていることから意識がずれる(ほかのことに気を取られる)と、まわりの人々の動きとちぐはぐになり、全く踊れなくなります。そんなときは混乱の極み・・・。ステップはもちろん脚の動き、上半身の動きがてんでバラバラ・・・。その混乱が混乱を呼び、おかしなことになります。 うまくいくとき・・・ は、今、自分がしていること、に意識を集中しながら、考えない・・ときです。味わうこと。それが出来ているときはまわりと調和し、まさにその場の動き(エネルギーの流れ)にのっているのです。 自分の動きが信じられないぐらい、回りと調和し、スムースに動いています。 ステップ、場所の移動がまだよく覚えてない・・状態でもです。 これって、極意〜? 食事しているとき、歩いているとき、茶碗を洗っているとき、洗濯物干しているとき、誰かと話しているとき・・心ここにあらず・・・という状態が多い私です。 あらぬことを夢想したり(笑)、過去に心がいってしまったり、今、ここで、自分がしていること・・・から遊離しています。味わうことが難しい状態です。 心を遊ばせる〜リラックスしてる〜・・・でも集中してる・・。 身体を動かしながら、意識はある一点に・・・、『今』の自覚が大切なんだね。 そうすれば、かえってものごとがうまくいくし、そのことにより内面的な葛藤が少なくなる〜ような気がしたんです〜。
(>_<)・・しかし、あんな緩やかな動きなのに、身体が痛い。 腰が特に痛いです・・。 日ごろの怠け心の結果です〜。 でも〜、この習い事、しばらく続けることにします。
真夜中にニューヨークに行っている友人から携帯にメールがありました。 バイブにしてあっても、目を覚ますことに〜。 一度目は返事はあと〜、と思いまた眠ろうとしました。ところが2度目のバイブ音・・・・。 友人の心境が伝わってきます。 嬉しい〜!ハッピー〜! エキサイト〜! 私まで嬉しくなり、眠い目をこすり、こすり返事を送りました。 友人は昨年は自身の仕事の件でずいぶん葛藤したようです。積極的で常に前向きで前進〜、というタイプの人ですが、その解決に向けて、そして自分の未来、まわりの人々のために、考えて考えてニューヨークにいきました。 というわけで、嬉しいメール〜! 今年に入り、何かが大きく変化しているようです。ただ単に新年だから心を新たに〜、というだけではないような気がしています。 変化・・・広がろうとす人は広がり〜、繋がろうとする人は繋がる。 ビジネスでいえば、すでに、個人的な成功を求めるビジネスは通用しない〜〜カナ。 個人が幸せでいることは、大切なこと。でも、それは〜〜だから〜といったようなさまざまな条件がないところの幸せが、実は人のためになる・・・んじゃないかな〜。 満たされる・・・ということは自分のインナーワールドが広がること・・なんて思います。それがよりよい変化を引き寄せる。 ところで、ダライ・ラマ師がこうつぶやいています。 "Nearly all of us receive our first lessons in peaceful living from our mothers." ~HH, the Dalai Lama 近いうちに、私たちの全員が平和で満ちた存在、私たちの母からの最初のレッスンを受け取ります。 訳はこれでいいのかな〜? でも、素敵なレッスンらしいので、楽しみです。 暖かい日々〜心が弾みます〜^^ 読んでくださったからのご指摘があり、上記のダライ・ラマ師の英文の言葉の訳をていせいします。 『私たちのほどんどが、平和な生活の中で、母親から最初の学びをします。』 が本当です。 ご指摘ありがとうございました。 英語、まだまだ〜で恥ずかしいです。文脈がおかしくなりますがお許しください。
ウィルス性の大腸炎(風邪)になってしまって、吐いたり、腹痛があったり、この2日間はへたっていました。 今日は復活してますが、大事を取って自宅で静かにしています〜。頭のハタラキが鈍っているので、このゲームは直感で楽しめました。 最期まで一気に読まないで順番にね。 一時期、はまった面白心理ゲームです。
あなたは、 しかし途中、街に着くごとに、1匹づつの動物とお別れしなければなりません。 悲しいのを我慢して、1匹を街に置いて旅立つことにしました。 あなたは、5匹の動物を、どんな順番で置いていくでしょうか? 考え過ぎないでインスピレーションでやってみてね。私はすぐ忘れるのでメモメモでした。
出来ましたか〜?
この動物たちが象徴するものは〜? ちなみに私は、1、サル 2、牛 3、羊 4、馬 5、トラ の順番。 理由としては〜 意外な結果と思いきや、当たってなくもない〜カナ〜。(汗・・) 選んだ理由も人それぞれ・・・。その人にとっての動物がどんなイメージなのかがわかるし、楽しめた〜。 というわけで、友だちに試してみてね。あくまでも、ゲームなので、楽しんで。
ジョージ・カーリン ジョージ・カーリンという人を知ってますか〜? この人は、アメリカ人。反体制で有名なコメディアンです。一昨年の6月に71才で他界しました。 『ウィキペディア(Wikipedia)』 ジョージ・カーリン(George Denis Patrick Carlin、1937年5月12日 -2008年6月22日) 放送禁止用語を多用して、アメリカ合衆国の政治や社会(特に共和党保守派)を痛烈に批判する笑いで人気を博した。また、子供向けテレビアニメーション『機関車トーマス』の米国版ナレーターを、第1シーズンから第4シーズンまで担当。 ・・・・・・ 青い文字はジョージ・カーリンが最愛の奥さんを亡くした時の書かれたメッセージです。亡くなったあと、アメリカでウェブで流れ、人々に伝えられたようです。 このメッセージが昨夜、友人から私の元へ届けられました。 最初、『かたいかな〜?』と思って読み始めたのですが、途中から眼が話せなくなりました。 素晴らしいメッセージです。 メディアで言ってはいけないことば7つを連発し、逮捕されたこともある反骨精神のコメディアンが、現代の精神の荒廃について的確に書いてあること、そしてこんなにも優しい言葉も語れること・・・に感動します。
A wonderful Message by George Carlin:(ジョージ・カーリンによる素晴らしいメッセージ) 歴史の中で我々の時代の矛盾というと、我々にはより高い建物をあるが、だんだん短気になり、フリーウェイは広くなったが、視野はせまくなっている。我々は、より多く消費するが、持っているものは減っている、我々はより多く買うが、楽しむことはできない。家はより大きくなり、家族はより少ない、ずっと便利になったが、時間が減った。学位は増えたが常識は減った、知識は増えたが分別はない、その道のプロは増えたが、問題はまだまだ多い、薬は増えても、健康な人は減った。
あなたを尊敬のまなざしで見る人たちに、親切な言葉を言いなさい。なぜならその小さい人は、すぐに大きくなって、あなたのそばから離れてしまうから。 あなたの隣の人に暖かいハグを与えることを。なぜならそれがただひとつあなたの心から与えることができる宝であり、一銭もかからないことだから。
「愛している」とあなたのパートナーと愛する人たちに言うことを。 そして大事なのは本気で言うこと。心のおく深くからきたキスと抱擁は、傷ついた心を治します。
物事ってシンプルであればあるほど、人に伝わりやすいのかも知れませんね〜。 どんな言葉を使っても、根底に愛がなければ、人の心に届かない。また語る言葉はは少なくても、その人の全身から愛が放射されていれば、その人の想いは伝わるんじゃないのかな。
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