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わたしのブログ

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第四章大連での出来事

言われたとおり沙河口で降り、駅員に軽く手を上げて出た。駅前右側に満鉄社宅があったので行って見た。男が中から出てきて目があった。私は「ちょっと顔を洗いたい。」とお願いした。「さあ、どうぞ。」と家の中に入れてくれた。顔を洗いながら「市内に行くにはどの道ですか?」「ああ、この道を出たら市電がある。それに乗りなさい。たいそうよごれましたね。石鹸、タオル、ここにおいておきますよ。」と親切にしてくれた。頭から襟まで真っ黒であった。多分午前十時頃だったと思う。きれいになった私はいわれた道を行ったら市電が止まっていたので運転台に乗り運転手に「この車はどこまで行くのか?」聞くと「菊屋橋まで行きます。」「東京にも浅草に菊屋橋があったが、どんな所か?そこまで乗せてくれ。」といったら運転手は私の顔を覗き込んで小さな声で「あんた、兵隊さんかね?」「そうだ。」と答えると「じゃあ、直ぐ出しましょう。」といいながら発車した。
 「切符なんて要りませんょ。」と日本人同士は良いものだ。始めてみる大連市街、並木道、路幅も広いきれいな街だ。途中、満人たちが乗ってきたが運転手は澄ましたものだ。大連運動場前だとか、州庁前だとか、松山町、見ているうちに華やかな交差点に来た。「ここが菊屋橋ですよ。」というので降りようとすると「ソ連兵が入ってきているので、気をつけなょ。」温かい運転手だった「有難う。」言って、降りてみた。

私の前には大きなビルがあった。見ると三越と書いてある。なんだか東京の銀座に来たような錯覚になった。降りたところは安全地帯で立ったまま見ていたら、向こうの方から十歳くらいの女の子を連れた三十歳くらいの婦人が側に来たので「ちょっとお伺いしますが、大連の駅はどこですか?」と聞くと、私の顔を見ていたが、「あなた、兵隊さんじゃない?満鉄の服を着て・・・・あなたの後ろが駅よ。」振り返ってみると大きな広場の向こうにリッパな駅があるじゃないか。「ヤァ、参ったな。知らなかった。ハハハ。」と笑っていたら「ところであんたどこから来たの?」「奉天から逃げてきた。」というと「まあ、良くこられたわね。これからどこへ?」「私はここまで来くるには来たが、行く所も泊まる所もない。奥さんどこかあったらば教えてくれんかね。」というと、「私のところは、この子と二人だし、よんどころないときは近所の奥さんたちと相談してあげるから来て見てもいいわょ。うちの主人も未だ帰ってこないんです。人事とは思えないわ。うちの夫も今頃、どこかの人様にお世話になっているかもしれないもんね。」と、「今、奥さんはどこに居るの?」聞くと、「私の家は大連運動場前の白菊荘というアパートに居るのよ。寄るところがなかったら来て見なさい。」ああ、今晩ひょっとすれば夜露がしのげそうだと思った。その時、電車が来たる「さあ、お家に帰りましょう。」といってしまった。


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