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のんびり・ゆっくりダイエット

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2021/02/19
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10時40分・・
ホテルをチェックアウトして出発
まずノブの駅弁をゲットしに下関駅へ向かいます
iPhoneで下関の駅弁と検索するとふく寿司がヒット
駅の中のお土産物屋さんを探しても見つかりません・・
お店の方に聞くと

駅弁ってないですねぇ・・・・
前のスーパーにもしかしたら置いてるかもしれません
・・

スーパーでやっと見つけたのがこれ






ふく寿司・・
この一種類だけで残り2個でした・・
あとは普通のお弁当ばかり・・
ぎっしり錦糸玉子の上に右から時計回りにふぐの切り身・・
わかめ中華風・うにくらげ・皮・海老・・
その下は椎茸の煮付け・とびこ・・

これから目的の長府へ向かいます
ホテルで長府には駐車場がないから車をとめるなら
観光会館へとめて徒歩で観光するといいと聞いていました
途中・ガソリン補給して観光会館を聞くと
そこからすぐ先のところでした








駅から車で10分ほどで到着・・
観光協会のマップ・・
ココから徒歩での観光となります







壇具川・・
長府の歴史とともに流れている川で
桜並木に縁取られ初夏はホタルが舞うそうです・・







壇具川の名称は神功皇后が三韓鎮治のとき 
この豊浦の地(長府)で祭壇を築き天神地祇を祭り
その祭壇に用いた道具を流した川ということから
その名が付いたと伝えられています・・






長府藩侍屋敷長屋(ちょうふはんさむらいやしきながや)

上級藩士の屋敷の趣が残る長屋形式の建物で
歴史を感じさせる重厚な佇まいの長府藩ゆかりの武家屋敷・・

長屋は庶民の住いの建物と思っていたので
家老職の分家の建物だったとは以外でした・・
上級武士の家屋遺構を残しているとはいっても違和感が・・







土塀の右の説明をアップしたものです
この長屋は
長府藩家老職であった西家の分家(長府藩御馬廻役 二二〇石)
の本門に付属していたものをこの地に移設し整備した
建築年代は未詳であるが
建築規模や格子窓の形態から江戸後期の建築物と推測される
構造は桁行八間、梁間二間、単層、
屋根入母屋造り桟瓦葺きである。
特徴として屋根の形態があげられる。
すなわち化粧垂木と野垂木を使い軒下勾配をゆるく、
屋根面に反りをつけた社寺建築の技法がみられる。
後年、表の建具まわり内部の一部を改造しているが、
柱・梁・小屋組などは当初の材料を残している。






特に共待ちとして使われた四畳。八畳の間や土間は
原型を留めており、
江戸後期の上級武家長屋の遺構を残している。







長府藩侍屋敷長屋の庭にあった種田山頭火の詩碑・・

「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く

 春夏秋冬

 あしたもよろし ゆふべもよろし」


この詩は山頭火が
長府の近木圭之介の家で書いたものだそうです
近木圭之介は自由律俳句の俳人で画家・・
山頭火と親交があり
山頭火の後姿を写した有名な写真の撮影者です・・
山頭火はよく圭之介の家を訪ねていたそうで
この碑も圭之介が設計したものだそうです

山頭火と圭之介は30歳の歳の差があり・・
山頭火は昭和15年(1940年)に58歳で死去・・
圭之介は平成21年(2009年)に97歳で亡くなりました・・







長府藩侍屋敷長屋は
長府藩の家老・西家の分家の本門にあった建物です・・
保存のために500mほど南から現在の場所に移築されたそうです







中央に出入り口があり一見すると長屋風ですが
重厚な構造や仲間部屋格子窓(ちゅうげんべやこうしまど)
と呼ばれる格子窓の形態などは
上級藩士の屋敷の趣を色濃く伝えています・・







建築年代はわかりませんが建築規模や格子窓の形態から
江戸後期の建築物と推測されます・・
構造は桁行八間・梁間二間・単層・屋根入母屋造り
桟瓦葺きです・・
特徴として屋根の形態があげられます・・
化粧垂木と野垂木を使い軒下勾配をゆるく
屋根面に反りをつけた社寺建築の技法がみられます・・

続く・・

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Last updated  2021/02/19 01:23:39 PM
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