10代の頃、片岡義男の小説の世界に憧れた事があった。恐らく多くの男は同じように彼の世界に引き込まれていたに違いない。80年代のテレビのトレンディドラマの小説版とでも言おうか。小説だからこそ、自分の都合のいい情景を創造出来る。
主人公の女に好みの女優を想像し、お洒落なマンションの場所から、部屋の家具の配置、そして愛車の車種までも設定し、彼女に愛される男を自分が演じる。男性版ハーレークイーン小説とでも言おうか。
彼の小説は男と女の出逢いからして斬新で現実では考えられない。それがまた夢を創造出来て楽しい。例えばドサ回りのストリッパーと年下の若い青年が旅先で恋に落ちるようなストーリーがあったが、現実の世界、旅先でストリッパーと知り合いになる事自体に無理があるし、よしんば知り合いになれても、それは洒落た出逢いでなく、居酒屋でちょっと隣り合ったとかその程度。そこから恋に発展する可能性はゼロに等しい。
片岡義男の世界は、男の夢、ロマンを実現させてくれる。こんな出逢いをしてみたい、こんな女を愛したい、彼の小説を読めば全てそれが実現するんだから、はまってしまうのは仕方の無い事。麻薬みないなもので現実逃避出来るとでも言おうか。
ところが大人になり、歳を重ねる毎に男は夢物語を語らなくなる。30を過ぎて「高級マンションに住み、朝からバドワイザーを飲み、細身のメンソール煙草を吹かしながら真っ赤なオープンスポーツに乗った髪が長くてスレンダーな姿を持つどことなく影のある女」、こんな女を求めている方がおかしいし、仮にそういう女がいたとしても世間ずれした我がままでとんでもない女であるに違いない。
最近アメリカのハードボイルド探偵小説にはまっている。これには基本の型があり、主人公の探偵は数年前妻を無くした男やもめ、いつも煙草をくゆらし(もしくは医者から煙草を止められて禁煙中)、「パッと見」はだらしがなく、特にいいマスクを持っている訳でもないが、非常にタフネス。
依頼人は居酒屋のウェイトレスだったり、コールガールだったり、ストリッパーだったり、不法入国や移民して来たばかりのスパニッシュ系・・・。決して美人ではなく、本当にそこらにいる女。依頼自体はつまらなく単純なものだが、いざ依頼を受けると様々な事件に発展し、依頼人をののしる探偵・・・。
自分はアメリカ人でもないし、探偵でもないし、これこそ現実逃避なのかもしれないが、いわゆる、スーパーマン、ヒーロー願望とは少し違う。この手の小説はアメリカの場末が舞台である事が多く、片岡義男と反対に生活面はダーティーな部分だけで占められている。その中で探偵と依頼人との信頼関係や純愛が描かれているから、こちらの方が実は現実的だと思う。
そう、アメリカ人でもないし探偵でもないし、タフネスでもないし、マフィア(やくざ)や刑事事件になんて関わりたくないけど、僕らの多くは普段場末で生活をしている。医者にそろそろ煙草をやめろとも言われているし、一通り人生の哀しみを知っている。
つまり外見は決して主人公にはなれないが、内面は主人公と酷似している気がし、それだったら小説に描かれているような特に美しい女でなくても「いい女」に巡り合う可能性があるかもしれないなんて思ってしまうのだった。