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徒然”腐”日記

徒然”腐”日記

迎え火




迎え火

















何でこんな時に行き当たっちまうんだかなぁ






うだるような暑い日差しが幾分和らいだ夕刻。

そこここに、打ち水の跡が残る小路の一角



そこに、長くなり始めた影を見つけて銀時は
傍らを歩く神楽に気付かれぬよう、小さく息を吐いた。


「ヅラぁ何してるアル。季節外れの焼き芋アルか?」

背中に流した黒髪越しにうっすらと立ち上る白い煙。
目ざとく見つけた神楽が煙に屈み込む細い背中に
抱きつかんばかりに近づいて、煙の出どころを覗きこんだ。


「このクソ暑い時に焚き火アルか。
ヅラぁ、とうとう暑さが脳に来たのかヨ。」

もともとユルい脳ミソがとうとう溶けたネ



神楽の言葉が耳に入っていないかのように
桂は井桁に組んだ麻がらが、橙色に燃え上がり
黒々とした炭になっていくのを無言で見つめている。

いつもならぬその静謐な姿。

彼を取り巻く大気そのものが時を止めてしまったような

桂だけが切り取られ
周囲との繋がりを断たれてしまったような

見開いた瞳に映り込むのは
ただただパチパチとかすかな音を立てながら
見る間に消えゆく炎のみ。

俯いた横顔は桂であっても全く知らぬ男のようで。

神楽はその奇妙さに不安を覚えたのか

「銀ちゃん、どうやらヅラは目ぇ開いたまま寝てるアル。
頭にそこの桶の水ぶっかけて起こして良いアルか?」

桂の脇に置いてあった桶を持ち上げようとした。



「ちょ・・・・・・待ちなさいって神楽。」

銀時は神楽を制すると、桶に入っていた柄杓を手に取り

「かけんのはこっち。」

すっかり黒い炭になった麻がらにばしゃりと水をかけた。


「何ぼやっとしてんだぁ?風で散らかっちまうだろーが。」

その言葉で桂に時が戻る。

「・・・・・・む、いかんいかん。」

桂はようよう立ち上がり、手箒と塵取りでぐしゃりと縮んだ炭をかき集めた。


「ヅラぁ・・・・・・何してたアル。
このクソ暑い時に焚き火なんかしたら余計暑いネ。」
桂はその言葉に僅かに目を瞠り、ゆっくりと静かに笑みを浮かべた。

「うむ、確かにそうだな。リーダー。」

それ以上桂は弁解もせず
麻がらを片付けた路面に桶の中に残った水を撒いた。

湿り気を帯びた埃っぽい匂いが立ち上ぼり
銀時は見る間に乾く水の跡を見やった。

跡形もなく、まるで最初から何もなかったかのように
水は大気に溶け、姿を消していく。

僅かに残るのは涼気のみ。
取るに足らぬ痕跡は、かつて日々こぼれ落ちて行った命にも似て。

腹の奥底が重くなる。






「おぉ、そうだリーダー。貰い物の菓子があるのだ。持って帰るか?」

「マジでか、ヅラ。良い心がけアル。」
「ヅラじゃない、桂だ、リーダー。」

いつもと変わらぬやり取り。

だが、開いた扉の向こうからは
いつもと違う香りがして。

銀時はそっと拳を握り締めた。




毎年やって来るこの日。


桂が時を止めてしまう瞬間。


色とりどりの花
立ち上る線香の煙
供えられた膳
茄子と胡瓜で作られた牛、馬






桂は今年も変わる事なく、待っているのだ


皆の帰りを





「・・・さ、リーダー。これを持って帰るが良い。」
桂は紙袋に菓子を詰めると
「すまぬが、これから来客なのだ。また来るが良い。」
抱えるほどの包みを玄関先に立つ神楽に手渡し、静かに帰りを促した。

「またっていつネ。つかウチに遊びに来いヨ。最近ご無沙汰アル。」
「おい、神楽。帰ぇるぞ。」
帰ろうとしない神楽の背中に声を掛ける銀時。

それを無視して
「こんな辛気臭い部屋にずっといたら鬱陶しい頭が余計鬱陶しくなるネ。」
いつもと違う空気を察した神楽は、彼女なりの気遣いで軽口を叩いた。

「おい、神楽・・・・。」
「酢昆布の在庫がそろそろ切れるアル。
定春の肉球触らせてやるから明日万事屋に来いヨ、ヅラぁ。」

いつもなら頭一つ分上にある漆黒の瞳。
今は玄関に座し、僅かに下にある桂の瞳をまっすぐ見据えて
神楽は答えを待った。

部屋の奥から線香の白い煙がふわりと流れる。
桂の体を包み込み、まるで絡め捕えようとするかのような。

「来いヨ、ヅラ。リーダーの命令ネ。」
強い光を湛えた神楽の青い瞳。
真っ直ぐに射抜くようなその青を見つめ返し、桂は柔らかく微笑んだ。

「ヅラじゃない、桂だ、リーダー。
あい分かった。明日いつもの酢昆布を持って遊びに行こう。」

桂がゆるりと頷くと、黒髪がさらりと揺れ
纏わりついていた煙はふわりふわりと霧散した。

その様を見やりながら銀時はふ・・・・・・・と小さく息を吐き
ガリガリと頭を掻いた。
「んじゃ・・・・・・帰ぇるぞ、神楽。」







日は傾き
小路は長い影の中







「全く・・・・だから銀ちゃんはマダオ言うネ。」
菓子の袋を銀時に押しつけて、神楽は冷やかな視線で横顔を見上げた。
「そんなに気になるなら何で声をかけねぇアルか。」

「ちょ・・・・・神楽ちゃん?何か誤解してない?
別に俺はヅラが何しようと全っ然気にしてないからね!?」
「煩ぇーヨ。見え見えのウソ吐いてんじゃねーヨ、このダメダメなマダオが。」

神楽の切って捨てた物言いに、銀時は反論できない。

「あのねー神楽ちゃん。
大人には大人の深ーーい事情ってもんがあるんですぅ。」
ただ狭い空を見上げ溜息を返すのみ。


あぁ・・・そうだよ・・・・・・・・
・・・・・・・・その通りだ



ただ真っ直ぐに、あの頃と変わらぬ道を行く桂

前だけを見つめる男が
過去に思いを馳せ

時を止め

今は亡き命と向き合う時


その背中を見ても
沈黙し、そっと立ち去ることしか出来ないのだから





貴様には背負うべき大切な者たちが出来たのだ
だから何も気に病むこともなければ

ましてや振り返る必要などどこにもない




それは桂の優しさ




そして残酷な拒絶




分かってる

分かってるとも



最初に荷を下ろしたのは俺だ

桂に背負わせたのは俺だ





今さら口出しする資格なんざ持っちゃいねぇ







「本当に馬鹿アル。大人の事情だか何だかはカンケーねーヨ。
私がイラっとすんのはどうして何も言ってやらないかってことネ。」
バリリ・・・・・菓子の袋を手に取り破くと
神楽は中身のスナックを口に放り込んだ。

「何が大人の深ーい事情ネ。
下らない言い訳なんかしてんじゃねーヨ。」

菓子の袋を抱える銀時の口にもスナックを放り込むと
神楽は銀時の前をスタスタと歩く。

「何があったかは知らないネ。
ただ私はヅラのあんな顔は見たくなかったアル。
これからもそんな顔させたくないネ。
・・・・・・・・・ただそれだけヨ。」




一回りも二回りも小さいはずの神楽の背中が
今日は大きく見える。



あぁ・・・・そうだな
お前ぇの言う通りだ


一緒に背負えなくても

その背中を見守る事くらいは許されるはずだよな





「参ったねぇ・・・・・・・。」




溜息交じりに答えれば
神楽はスナックを頬張りもしゃもっしゃと咀嚼する。



「明日の昼飯は旨い蕎麦屋にでも行くか。」
独りごとのように言えばニカっと笑って振り向く神楽。




「海老天のでっかいのが載ってたら、きっと喜ぶアル。」





連なる屋根の向こうに
橙色に染まり始めた空が覗く




あぁ、明日も晴れて暑いだろう















迎え火





<了>
2009.08.14


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