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徒然”腐”日記

徒然”腐”日記

今日は何の日







今だ星が瞬く藍空の向こうが薄らと白み始める

街灯一つない暗い小路に吹き抜ける風がひやりと頬を掠め
そのせいではなかろうが
土方は思わず目を細めて小さく息を吐いた。

視線の先には、どこにでもあるうらぶれた長屋の板戸。
背後には真選組の隊士を従えて
彼は低く、やや掠れた声を上げる。

「良いかテメーら、気ィ引き締めてかかれよ。」

その一言に頷くや否や、隊士たちは機敏に板戸の周囲を固め
腰に佩いた刀の鯉口を切った。

その様を見やり、土方は眉間に刻んだ皺を一層深くして
いつになく厳しい表情を浮かべる。

「何してるんですかィ、土方さん。」
傍らに立った沖田が、僅かに苛立った声音で囁いた。
「早く踏みこまェと逃げられますぜィ。」

「・・・・・・んな事ァ分かってる。
テメーは裏へまわれ、総悟。ヘマすんなよ。」
それに対し、沖田以上に苛立った声で返す土方。

「その言葉、そっくりそのまま返しまさァ、土方さん。」
肩を聳やかし
「今日はあんたの誕生日ですもんねィ。
さっさととっ捕まえて、悔しそうな面ァ肴に宴会すんのが楽しみでさァ。」
言いながら立ち去る沖田の背中を一瞥し、土方は目を細め板戸を睨みつけた。

「・・・・・・・行くぜ。」
そして一歩一歩
小路の砂利を踏みしめながら板戸に近づいて行く。

ここにいるのは・・・・・・・・

この一室の中に眠っているであろう人物の面影を脳裏に浮かべ
複雑な思いを胸に抱きながら
土方は板戸を外すべく準備を整えた隊士に、鋭い視線で支持を下した。






















今日は何の日

























真選組が日々血眼になって行方を追っている指名手配犯
・・・・・・・・・桂小太郎
彼の潜伏先の情報がもたらされたのは、ほんの数10分前のこと。
一本の電話による、いわゆるタレコミであった。

信憑性はどうあれ、一も二もなく現場に駆けつけるのが
武装警察真選組の仕事なのであるが・・・・・・・
副長の土方は、いざ桂捕縛といきり立つ隊士たちを見やり
人知れず小さく舌打ちを漏らした。

全く・・・・・ヘマしやがって

一瞬、副長にあるまじき言葉が脳裏をよぎり
土方は奥歯をギリリと噛みしめる。

・・・・・・・・ったく・・・・・・・・
馬鹿なことを考えてんじゃねェぞ

その厳しい形相を桂捕縛に対する激しい闘志と思い
土方の周囲に集まる隊士たち。
彼はそんな隊士たちを見渡すと
拳を握り締め、先程の言葉を否定するように
静かに、だが凛とした声音で隊士たちに言い放った。

「テメーら、今日こそは桂をしとめるぜ。
ヘマした奴ァ切腹だァ。覚悟してかかりやがれ。」

・・・・・・・・そして・・・・今

静かに板戸が外されると、土方は足音を忍ばせ上り框に足をかけた。
背後には手練れの隊士数名、裏には沖田。
包囲網としては万全とは言えないが
追々市中に散らばっていた隊士たちも駆けつけるだろう。

どうする・・・・・・桂・・・・・・・・

土方は、形ばかりの玄関と障子で隔てられた一室に寝ているだろう桂に問うた。

すぅと障子を引けば、暗い長屋の一室が眼前に晒される。
外は薄らと明けてきたとは言え
明かり一つ灯されていない部屋の中は判然としない。

・・・・・・が、確かに中央に布団が延べられ
こんもりと膨らんだ様子から誰かが横たわっている事が窺われた。
顔は向こうを向いており見えはしないが
枕の上から黒く長い髪がさらりと広がっている。

・・・・・・・・・なんてこった

僅かに差し込んだ光にも艶やかに輝く黒い髪

これは・・・・・・・・・あいつの

土方は確かに見覚えがあるその輝きを見やり
一瞬視線を落とした。

ゆっくりと一呼吸、そして視線を上げると
「御用改めである!!桂小太郎、神妙に縛につけェェ!!」
スラリと刀を抜きざまに言い放った。

逃がすわけにゃいかねェからな。
悪く思うな・・・・・・・・・・桂。

背後に控えていた隊士たちがバラバラと桂の横たわる布団を囲んだ。
銘々に刀を構え、次にやってくるだろう反撃に備える。

枕元に刀はない。
すでに手元に引き寄せたか・・・それとも。

布団がもぞりと動いた。

起き上がりざま斬り払うか・・・・・・・
退路を確保するために爆薬や煙幕を使うのか

静寂の中、緊張感が室内に漲る。

次の瞬間、布団からすっと細い腕が伸びた。
「待て。」
刀を振り下ろさんばかりの他の隊士を制するように一歩踏み出し
土方は布団のふくらみに向かって刀を突き付ける。

伸びた腕が・・・・・やけに細い
おまけに・・・・・・・・・・・・

何やら短くねェか?

その腕は、パタパタと探るように畳の上を這い
よく聞けば布団の中から

あれ・・・・・っ?
ちょ・・・待て・・・・・

などと、独り言のようなものが聞こえてきた。
それも・・・・・・まるで子供のような高い声である。

それは他の隊士たちにも聞こえたようで
構えた刀をそのままに、彼らは気が抜けたような顔を見合わせている。

「おい・・・・・・・・何やってんだ。」
痺れを切らした土方が、鞘で布団のふくらみを小突いた。
「コソコソいつまでも隠れてんじゃねェ。顔出しやがれ。」

すると
「フン、コソコソ隠れてなどおらん。」
布団をバサリと跳ね除け
「貴様らごときに捕まる俺ではないわ。」
顔を出したのは・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・は?」

年の頃は12,3歳くらいだろうか
極端にだぶついた寝巻を着ているのが奇妙ではあったが

長い睫毛に縁取られた円らな瞳
薄紅色の小さい唇
白くふっくりと丸い頬
小ぶりな形の良い鼻
そして何よりも艶々と輝く黒髪が美しい
愛らしい人形に息を吹き込んだかのような子供が一人。

「あれ?・・・・お嬢ちゃん・・・ここの家の子?」
一人の隊士が表情を緩め、構えた刀を下ろしつつ尋ねた。

「お嬢ちゃんじゃない、かつ・・・・」
「母ちゃんはどこへ行ったんだァァ?ぇえ?」

返事を返そうとする子供の
余りにも覚えがありすぎる面差しと口調に
土方はヒヤリとしたものを感じ、被せるように問う。

言葉を遮る不躾にむっとしたように、子供は土方をキッと見上げ
「母ちゃんなどおらん。そんな事は貴様とて知・・・・・・・」
と続けようとして
「へェェェェそうなのか。大変だなァ母ちゃんはいないのかァ!」
再び土方に言葉を制された。

「・・・・・・・何を訳の分からん事を言っている。
それよりも貴様か、俺の刀・・・・・・・・・・。」
「片親じゃあ、大変だろうなァ。留守番か?一人で。」

子供の言葉一つ一つに食らいつくような土方を見て
隊士たちは困惑したように顔を見合わせる。

何やらおかしい・・・・・・・・
一体どうしたというのか、副長は。
その問いを場にいた誰もが思った時

「怪しいですねィ、土方さん。」
裏でスタンバっていたはずの沖田が
ロケット砲を担いだまま部屋に入って来た。

「む・・・・・・・貴様ら、この長屋ごと吹き飛ばすつもりだったのか。」
身構え、円らな瞳をいっぱいに見開いて沖田を睨みつける子供。
「相変わらず汚い連中だ!!」

小さい体ながら剣呑な迫力で片膝をつく子供をチラリと見下ろして沖田は
「へェ・・・・・・・そんなに吹っ飛ばされてェかィ?お嬢ちゃん。」
ニヤリと黒い笑みを浮かべた。

「そ・・・・・っ総悟っ!!撃つなよ、相手は子供だからな。」
「分かってまさァ。
いくら俺でもいたいけなガキをこいつで吹っ飛ばすとか
荒縄で縛って逆さ吊りにするとか物騒な事ァ思ってもいやせんぜィ?」
「ちょ・・・・・・・何さらっと恐ろしい事言ってやがんだテメーはァァ!!」
「ただ、何やらこのガキ見てると無性に可愛がりたくなるんでさァ。」

そう言いつつロケット砲を子供に向ける沖田に
土方は両手を広げて立ち塞がる。
「総悟ォォォ、その歪みまくった感性なんとかしろォォォ!!」

「おい、さっきから何を言っているのだ、貴様ら。」
子供は布団の上にちょんと正座し、腕組みをして
不機嫌な表情で土方たちを見上げた。

「お嬢ちゃんだのガキだのと、訳の分からん事を・・・。」
言いながら、ずるりと着物の襟が肌蹴けて白い肩が露わになる。
「ちょ・・・・何でこんなに着崩れるんだ。」
ぶつくさと呟きながら直そうと俯いた子供は

「・・・・・・・・・・あれ?」
自分の手を見、だぶだぶにたるんだ寝巻を摘み
ぐるりと周囲を見回して立ち上がり

とすとすと土方に近寄ると
手の平を頭の上にかざして水平に動かし
自分の頭が土方の腹のあたりまでしかない事を確認して

無表情のまま固まった。

「・・・・そういやァ・・・このガキ何やら見覚えがあるんですがねィ。」
日本人形さながらに固まった子供の顔を覗き込む沖田。
「誰かに似てると思いやせんかィ?土方さん。」

「え・・・っそ・・・そうか?」
探るような沖田の眼差しに、土方の心臓が跳ねる。
「どっかで見たような気がするんですよねィ。
それもつい最近の事でさァ。」

あり得ないのだ・・・・・・これは
絶対にあり得ない・・・・・・・・・はず

だが・・・・・・・・・・・・もしかすると
もしかする・・・・いや多分・・・・・・・・

「ま・・・・まぁ~~~~~ともかく・・・だ。」
土方はガリガリと頭を掻き沖田をはじめ隊士たちを見回した。
「タレコミがあった以上この付近に桂の潜伏場所があるかも知れねェって事だ。
俺たちの動きを察知して逃げたにせよ遠くには行っちゃいめェ。」

「はっ!!」
その言葉に我に返り、表情を引き締める隊士たち
そして、相変わらず表情の読めない沖田。

「範囲を広げて桂を探せ!!」
命令の元、機敏に飛び出す隊士たち・・・と
「・・・・・・・で?このガキはどうしやす?」
未だ固まったままの子供を顎で示す沖田。

「滅茶苦茶怪しいじゃねェですかィ。屯所にしょっ引きやすか。」
妙に楽しげに続ける沖田に若干の寒気を感じ
「う・・・・・・・・・いや、その必要はねェだろ。」
土方はさり気なく庇うように前に立った。

「一応・・・・・・・・アレだ。
親が帰って来るのを待って事情を聴いておく。」
「・・・・って土方さんが・・・・ですかィ?」
「・・・・・・・・俺じゃ悪ィか。」
「いンや・・・・・別にィ。」

引っかかる物言いをしながらもあっさり部屋を立ち去る沖田。
その背中が見えなくなると、土方は自ら玄関に出向き
隊士たちの姿が見えなくなったのを確認し、外れたままの板戸を嵌めた。

そして、固まったままの子供の前に屈み視線を合わせ
「おい・・・・・・・・・いつまで目ェ開いたまま呆けてるんだ?」
目の前でヒラヒラと手を振って見せた。
「・・・・・・・・・・・・桂。」

「・・・・・なんだ、気づいていたのか。」
固まった時のままの表情で、至極冷静な声が返ってきた。
「気づいていたのか、じゃねェよ。」

しれっとしやがって。
土方はガクリと座り込み、頭を抱えた。
「まさかとは思ったが・・・・・マジでか。」

「うむ、俺も驚いているのだ。一体何が起こったのか・・・。」
とても驚いているとは思えないような口調でそう言いながら
子供になってしまった桂はゆっくりと頷いた。

「はてさて・・・・・・困ったものだ。」
「いや、困ってるようにゃあ全然見えねェんだけど。」
動じていないと言おうか反応が鈍いと言おうか
表情一つ変えない桂に、土方は軽く眩暈を覚える。

布団に突っ伏さんばかりの土方の様子に
桂は小さく溜息を吐いて
「まぁ、状況がつかめた所で茶でも飲むか。」
・・・・・・・・と立ち上がった。

「いや、全然状況掴めてねェだろ。
子供になっちまったっていう事実しか掴めてねェし。」
土方の反論を余所に
とすとすと軽い足音を立てて玄関脇にある台所に立つ桂。

「それはそうだが・・・・・・・土方
ではそこで貴様のように頭を抱えている事に何の意味がある?」
「う・・・・・・・・・それは。」
「それよりも茶の一杯も飲んで落ち着いた方が
よほど建設的だと思うが・・・・・・・・違うか?」

その言葉に頭を上げて振り向けば
桂は爪先立ちになり懸命に腕を伸ばして
棚にある湯呑を取ろうとしていた。

届きそうで届かない。
ふらふらと泳ぐ指先に思わず笑みが零れ

「・・・・・・・・・それもそうだな。」
土方は立ち上がると桂の脇に手を差し入れて
「ガキになったのはお前の方だし。」
湯呑を取れる高さまで抱き上げた。

体が覚えている桂の重みと、全く異なる軽さに苦笑しつつ
鼻先に触れる髪の、変わらぬ滑らかさに少なからずホッとする。

体は子供になってしまっても、茶を入れる立ち居振る舞いはいつもの通りで
「まぁ、飲め。土方。」
声は少女のように細くても、口調はやはり桂で。

「あぁ、貰うぜ。」
促されるまま腰を落ち着け、ぬるく淹れられた茶を一啜り飲み下し
ほぅ・・・・と土方は一息吐いた。

「ところで桂。いつからガキになっちまったんだ?」
「うむ、昨夜床に就く時には大人であったぞ。」
「・・・・・ってぇ事は寝ている間に何かあったってェ事か。」

だぶだぶの寝巻をかき集めるように腕組みをして桂は頷く。
「いつものようにエリザベスが淹れた茶を飲んでから床に就いたのだが
そう言えば昨夜はやけにすぐ眠くなってな。」

「そりゃあどんな茶だ?」
「どんなって普通の茶だぞ?ほれ、お前が今飲んでいる・・・。」
「・・・・・・・・・何・・・・・・・・?」
もう一口飲もうと湯呑を持ち上げた土方の手が止まる。

「寝る前にこれを飲んだのか?」
「うむ。」
「でもって朝起きたら子供になってたんだよな?」
「そうだ。」

「・・・・・・もしかして・・・・・・これが・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・あ。」

その瞬間、土方の視界がゆらりと歪んだ。
「ちょ・・・・え・・・・・・まさか・・・・・・・っ!?」
「おい・・・・っ土方・・・・・っ!!」

桂が声が遠くに聞こえ意識が遠のいていく

ああああ・・・・・なんてこった・・・・・・・・
俺も・・・・・・・まさか・・・・・っ!?

思う間もなく土方の視界は暗転した






そして・・・・・・・・・・・1時間後

「あ”あ”あ”・・・・!!どうしてくれるんだ桂ァァァァァァ!!」

床の上で頭を抱えて叫ぶ
二回り程小ぶりになった土方と

その枕元で腕組みをして
恐慌をきたしている土方の様子を
表情一つ変えず見つめる小さい桂の姿があった。








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