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徒然”腐”日記

徒然”腐”日記

今日は何の日 2


「まぁ、落ち着け。」
桂は小さくなった掌で土方の肩をポンポンと叩く。

「これが落ち着いていられるかァァ!!」
その落ち着き払った様子にむしろ苛っとして土方はいきり立つ。

その拍子に隊服の上着がずるりと肩から滑り落ち
「マジかよ・・・・・・・・・・。」
土方はがっくりと肩を落とし頭を抱え込んだ。
「まるっきりガキに戻ってんじゃねーか。」

声は大人の声に近いが僅かに高く
声変わりしたての頃・・・・・
13,4歳と言ったところか。

「だから落ち着けと言っておろう、土方。」
一方桂は、すでに割り切ってしまったのか
しゃんと背筋を伸ばし真っ直ぐに土方を見やる。
「騒いでどうにかなるものでもあるまい。」

「そりゃあ・・・・・・・そうだが。」
「俺が爺になった時も猫になった時もなんやかやで元に戻ったのだ。
いずれ元に戻るだろうて。」
「何だそりゃ?意味が分かんねぇんだけど。」

頭を抱え込んだ腕の間から桂を窺い見れば
だぶついた着物ではなく子供用に仕立てられた着物と袴を着て
髪も高く一つに結い上げている。

着物と髪型のお陰で少女には見えないが
凛とした佇まいが一段と清々しく
小さな手を行儀よく膝の上に置いて
ちんまりと座っている様を見た土方は

か・・・・・・可愛いじゃねーか

頬にかぁ・・・・と血が上るのを感じた。


























今日は何の日
































「取りあえず、これを着るが良い。エリザベスが持って来てくれたぞ。」
桂はぼぅ・・・・っと見つめる土方の視線には一向に気づかぬ様子で
傍らに畳んである着物を差し出した。

「寸法が合うと良いのだが。とにかく着てみろ。」
広げてみるとやはり子供用に仕立てられた着物で。

「貴様が倒れてすぐに俺と貴様の分を持ってきてくれてな。
本当にエリザベスは気が利く。」
満足そうに頷いて、桂は頬さえ染めてそう言うが。

「・・・・それって・・・・こうなる事を知ってたとかそういう事じゃ・・。」
「早く着てみろ。寸法が合わぬなら直さねばならんだろう。」
「ちょ・・・聞けよ。あの白いバケモンが持ってきたんだろ?そのお茶・・・。」
「白いバケモンではない、エリザベスだ!!」

「いや、だからそのエリザベスがお茶を・・・。」
「着るのか着ないのか、はっきりせんか。話はそれからだ。」
「・・・・・・ちっ・・・。」
早く早くと急かされて、土方は仕方なくぶかぶかの隊服を脱ぎ

「ぅお・・ちょ・・・パンツが・・・・っ。」
「フン、そんな物を穿いておるからいざという時に困るのだ。」
「いざという時も何も想定外の事態だろーが!!」
「黙れ。侍ならば褌を締めんか、褌を!!」
うやむやのうちに着物を着せつけられる。

「襟元がだらしないぞ、土方。」
小さな手で着付けを直す桂の頭の天辺に
ゆらゆらと馬の尻尾のような黒髪が揺れている。

濡れたような美しい艶が、桂が動くたびに揺らめいて
土方は思わず髪の束を掴んでするりと撫で下ろした。
子供に戻っても変わらぬ滑らかな手触りに
土方は小さく息を吐く。

「止めろ、解けるではないか。」
下から恨めしげに睨む瞳は丸く大きくて
少しばかり膨れた頬は白い中にほんのり朱が差し
本当に人形のように可愛らしい。

頭一つ分小さい桂。
襟を直してくれた手を握り締めると
土方の手の中にすっぽりと収まる小ささで。

「・・・あんた・・・・・・随分縮んじまったな。」
掌を合わせて確認しながら、土方はクスリと笑みを零した。

「何がそんなに嬉しいのだ。」
下から見上げる桂。
「ん?・・・・あぁ・・・・・そりゃあ・・・。」
上から見下ろす土方。

「今は俺の方が年上なんだな・・・・・・ってな。」
どう頑張ってみても絶対に追い越すことの出来ないもの。

「何を言う。中身は変わらんだろうが。」
「そうか?違うかも知れねぇぞ。」
今は見た目だけでも逆転していることが妙に可笑しくて
土方はくすくす笑いながら胸の中に桂の小さい体を抱きこんだ。

「・・・・・土方・・・苦しい。」
胸に顔を押し付けられて、くぐもった抗議の声を上げる桂。
「放せ、馬鹿者。」

いつもなら軽く往なされてしまう事も度々だが
・・・・・・・・今は。
「たまにゃあ大人しく抱っこされろよ。」
易々と腕の中に閉じ込められる。

桂は視線だけ上げて睨みつけるが
長い睫毛に縁取られた円らな瞳も
「・・・・・・・・戻ったら覚えてろよ、貴様。」
そう呟く高く細い声も

「そうかい。楽しみにしてるぜ。」
土方の心を甘く擽るだけだ。

よしよしと頭を撫でる土方の手。
馬鹿にするなと不満げにぶつぶつ呟いていた桂だったが
その両腕はしっかりと背中に回されている。

子供の体になってしまったせいで気持ちまで幼くなるのだろうか
抱き締め、抱き締められる温もりが、いつにも増して心地よい。

二人は暫し抱きあったまま
だんだんと賑やかになる朝の喧騒を聞いていた。








「いかんいかん。・・・・・・・こうしてはいられないのだ。」
徐に桂が体を放し、土方に背を向けた。

そして、ごそごそと行李の中を探り財布を取り出すと
「そろそろ店も開いておろう。」
と立ち上がり

「土方、俺は買い物に行くが・・・・・・貴様はどうする。」
そう言って振り返った。

「・・・・・・・・買い物ぉ?今はそれどころじゃねぇだろ。」
こんな体で買い物だと?
第一、元に戻る方法も何も見つかってはいないというのに。

対して桂は至って真面目な顔で
「今日は子供の日だ。柏餅を作らねばならん。」
当たり前のようにそう答えた。

「万事屋に持って行く約束なのだ。」
「・・・・・・・・・万事屋ぁ?」
脳裏に忌々しい銀髪がよぎり、土方のこめかみに青筋が浮かぶ。

桂は脇に畳んで置いてあった羽織に袖を通すと
すたすたと玄関へ歩いて行く。
「子供らが楽しみに待っておるでな。」

「あの野郎も・・・・・・・だろ?」
ジロリと視線だけ上げて桂の小さい背中を見やる土方。
「・・・・・・・・・・・・・だろうな。」
視線に気づいているのかいないのか、事も無げに答える桂。

「だろうな・・・・・・・じゃねぇだろ。
明らかにあいつも楽しみに待ってるぜ。
つか誰よりも首を長くして待ってるだろーがァァァァァ!!」

自分とこうして会っていながら、銀時との約束を優先する。
土方にとって、これ以上面白くない事はない

「何だ、何を怒っているのだ。土方。」
いつになく興奮して叫ぶ土方を、桂はようやっと振り返り
大きな瞳をいっぱいに見開いて土方をマジマジと見つめた。

そして
「何だ・・・・・・・・・そういう事か。」
得心がいったように手をポンと打つ。
「それならそうと早く言わんか。」

「・・・・・・分かってくれたのかよ。」
ふ・・・と息を吐くと、興奮した自分が少々恥ずかしく思え
「まぁ・・・・・分かってくれたんなら・・・良いけど・・・よ。」
土方は頭をガリガリと掻いた。

桂はコクリと頷くと、財布の中を覗き
「これで軍資金は足りるだろうか。」
どうやら入っている金を勘定しているらしい。

「・・・・・・・桂?」
「心配せずとも貴様の分も作ってやる。」
「・・・・・・はい?」
「やれやれ、貴様がそれほど柏餅が好きだとは知らなんだ。」

「何言ってんだ?桂。」
桂の言っている事が今一つ理解出来ず、土方は首を傾げた。

「そう、怒るな。土方。
貴様は甘い物が苦手だから食わんと思っていただけだ。」
桂は財布の中身を確認すると懐に入れ、にっこりと微笑んだ。
「そんなに好きなら、貴様にも毎年作ってやる。」

もしかして・・・・・分かってない?
「いや、そういう事じゃなくてだな。」
説明しようと口を開く土方だったが

「ほれ、行くぞ。まずは材料を買わねば。」
きゅ・・・・と手を握られ引かれれば
それ以上何も言う事が出来ず
小さく舌打ちをして立ち上がるしかなかった。







玄関に出るとエリザベスが
『行ってらっしゃい、桂さん。気をつけて』とプラカードを掲げ

こいつが原因じゃねーのか、と疑いの視線を送る土方に向かって
『きっちり守れや。分かってんだろーな』
という一文と、うっかりすると吸いこまれそうな目を向ける。

「言われなくても分かってる。」
ボソリと低く囁いて
土方は馬の尻尾さながらにひょこひょこと揺れる黒髪を追った。

「あぁ、今日は天気が良いなぁ。」
青空を見上げる桂の横顔は、惚れた贔屓目などなくても
とびきりに可愛らしい。

余りにも可愛らし過ぎて
一人で外をふらふらしようものなら危険が付き纏うだろう事は想像に難くない。

不埒な輩に付け回され
物影に連れ込まれて、×××やら△△△やら如何わしい行為をされるとか
挙句、犬のように首輪を嵌められてどこかに売り飛ばされるとか

「だーーーーーー!!許さねェ!!んな事する奴ぁ、俺が叩っ斬る!!」
土方は自分の想像の中でそいつらをバッサリと斬り伏せ
歩を速めると自分よりも少し前を歩く桂の傍らに並んだ。

「俺の傍を離れるんじゃねェぞ。」
いくら桂とて、子供の体で大人に立ち向かうのは難しかろう。
腰には大刀の代わりに脇差を佩いているが、この体ではそれとて重いはずだ。

「・・・・どうしたのだ?土方。今日はやけに・・・・・・。」
「いざという時は・・・・・・・・俺が守る。」
「・・・・・・・・・土方・・・・。」
「俺があんたを守るからな。」

土方は腰に佩いた刀を確かめるように手をやり
肩越しに桂の円らな瞳を見やった。

開店直後で客も疎らな大江戸スーパーで
上新粉と砂糖、味噌や味醂、柏の葉を買い
連れだって店を出る。

「さて、材料が揃ったら早速戻って作らねば。」
土方が持っているよりも一回り小ぶりな袋をガサリと揺らして
桂が呟きながらにこりと微笑んだ。

「貴様も手伝ってくれるのだろう?
・・・・・・・・お兄ちゃん。」
「う・・・・・・・・お兄ちゃん言うな、桂。」
揶揄するように見上げられ、土方の頬に朱が走る。

「あら、可愛い。」
パートのおばちゃんや、買い物中の婆さんに
すれ違うたびに頭を撫ぜられ
「偉いねぇ、お兄ちゃんとお買い物かい?」
と可愛がられ続けた桂。

兄弟ではない・・・・・・・・
と、一々否定するのも面倒だったのは土方だけではなかったようで
桂も何も言わずにこりと頷くだけ。

それがまた恥ずかしがっているように見えて可愛らしかったようで
頼みもしないのにパートのおばちゃんが必要な品物を全て籠に入れてくれた。

「やはり、年長の女性というのは優しいな。
この背丈では品物を探すにも苦労するだろうと思ったが。」
そう言いながら頬を染め、満更でもなさそうな桂を見やり

そう言えばこいつは人妻好きだった・・・・・
っていうかただのおばちゃんやら婆さんだろーが!!

桂の守備範囲の広さに、土方は奇妙な脱力感に襲われるが
それでも、滅多に見られない桂のうきうきとした表情を見ると
どうでも良い気分になってきて、小さく息を吐くと頭を掻いた。

そんな土方の様子にはとんと無頓着で
「む・・・・・・・・おぬし可愛いな。」
スーパーの買い物客が待たせているのであろう
白い子犬が入口に繋がれているのを見つけ、桂は駆け寄って行った。

「よしよし、良い子で待っておるのか・・・・・偉いぞ。」
しゃがみ込んで頭を撫で
「あはは・・・・擽ったいではないか。」
ぺろぺろと鼻先を舐められてコロコロと笑い

「おぬし名前は何と言うのだ?
俺は幼い頃、太郎という名の犬を飼っていてな。」
犬に話しかけている様はもう、何というか・・・・・・

駄目だ・・・・・可愛過ぎる・・・・・・・・・

顔にぼぅと血が上ってくるのが分かる。
頬が緩むのを覚え、表情を引き締めようにも堪えられない。
人目も憚らず抱きしめたい衝動に駆られ、土方は視線を外した。

何なんだ、この破壊力。

長じた桂の美しさを見るにつけ
さぞ可愛らしかったろうと想像はしていた。
だがその遥か上をいく愛らしさを目の当たりにして

やべェな・・・・・・・
理性が持ちそうにねぇ・・・・・・・

思春期に片足を突っ込んだ頃の体になってしまったせいか
いつもよりも理性の箍が緩いような気がする。

力任せに抱き締めて、何かこう・・・・
くちゃくちゃになるまで撫でまわしたいような
背中がむず痒くなる衝動に駆られ
土方は嬉しいを通り越して困惑していた。

子供の頃飼っていた犬の話を、子犬に言って聞かせている桂。
そう言えば、あまり子供の頃の話を桂に聞いたことはなかった。
嫌でも辛い過去に触れることになるだろうと避けていたせいもあるが

あいつは・・・・・・・・
こんな桂といつも一緒に居やがったのか

死んだ魚のような目の銀髪男を思い出し
土方は眉間にきゅ・・・と皺を寄せる。

あぁ・・・・・・・・そうか
聞きたくなったのかも知れねェ

桂の過去に、いつもあの男がいた事を思い知らされるから。

「ち・・・・・・っ。」
土方は苦々しく舌打ちをして、苛々と頭を掻く。

あの野郎・・・・・・・・・・
やっぱ気に食わねェ・・・・!!

こんなに愛らしい桂と日々を過ごし
共に死線を潜り抜け
関係ないような事を言いながら今でも
何かと理由をつけては世話を焼かせている。

「柏餅だと・・・・・・・・・
んなモン、テメーで作りやがれってんだ。」
何で桂に毎年作らせてんだ、ちくしょう

土方は奥歯をギリリと噛みしめて
腰の刀に手をかけた。

次に会ったらぜってー斬る!!
ぶった斬ってやらァ!!!!






ふつふつとわき上がる怒りを、大きく息を吐いて逃がし
眉間の皺を緩めると
「桂、そろそろ行かねェか。」

土方は子犬とじゃれている桂を振り返った
・・・・・・・・はずだったが

「・・・・・・・・・・・桂?」

そこには、ハフハフと舌を出し尻尾をはたはたと振って
土方に愛想を振りまく白い子犬の姿しかなかった。

「え・・・・・・・・?
おい・・・・・・・・・・・桂?」






「どこ行ったァァァァァァァァ!?」








五月晴れの空の下

土方の悲痛な叫びがこだました。







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