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徒然”腐”日記

徒然”腐”日記

恋埋み


えいっ
えいっ
えいっ

元気の良い掛け声が道場に響く


「うーっし、良いぞーお前ら、続けろー
・・・・・・・・っと小吉ぃ、もっと足ぃ踏み込め。」
「はいっ!」

「弥助ぇ、頭の上までしっかり腕ぇ振り上げろ。」
「は・・・はいっ!」

えいっ
えいっ
えいっ

空は抜けるように青く

筆で佩いたような雲が淡い筋を描いて白をのせていく


開け放たれた窓から吹き込む風は
緑の息吹を纏ってどこか湿り気を帯び

だが幾分か涼しいそれは秋の気配を匂わせていた


















恋埋み



















「だぁーーーーーーー
・・・・・だりぃ~~~~~~~」

外井戸で頭に水を掛けて冷やし
滴る水滴を手拭いでガシガシと拭いながら
俺は道場で床の拭き掃除を始める塾生たちを振り返った。

大概小さなガキってぇのは
何事もじゃれ合い、ふざけながらやるもので
やれ押したの足を引っ掛けたのと小突きあい
なかなかどうして掃除は進んじゃあいない。

あ~あ、やってるやってる
その調子じゃあ、なかなか終わんねーぞ

小さな溜息を吐いたその時
塾生の中で一番真面目な正太郎が
甲高い声で皆を一喝した。

「お前たち、そんな不真面目では家には帰れぬぞ!!
そこっ!雑巾はしっかり絞れ!拭き筋が整うように真っ直ぐ走るのだ!」

背筋を伸ばした小柄な体。
子供ながらに意志が強そうな引き結ばれた唇。
几帳面な性格そのもののように、高く結わえられた小さな髷

幼い頃、共にここで学んだ幼馴染の姿に重なり
知らず口元に笑みが浮かんだ。

今頃・・・・・どうしてるかなぁ・・・・・・

教室として使われている座敷の縁側に腰をおろし
庭に植えられた桜を見上げ
その青々と茂った葉を眺めて目を細める。

あいつが城へ上がるようになってからこっち
顔を合わせることもめっきりと減り

それでも春、この桜が綻びる度ここへ来ては
茶を飲み、菓子を食い
数年前からは酒を酌み交わす歳になっていた。

だが去年の春も今年の春も・・・・・・・
あいつはここには来なかった。

『藩命で江戸に向かう事になってな。』
桜の蕾がまだ固く、庭の奥に植えられた梅が満開のその頃
座敷で先生に、性格そのままの丁重な挨拶をした後
この縁側に座りぽつりとそう言ったのだ。

『江戸・・・・・・・?そいつぁ随分遠くじゃねェか。』
『まぁな。だが、今敷設している鉄道とやらが整備されれば
それほど遠い場所では無くなるだろうよ。』

ざわわ・・・・ざわわ・・・・・・・
庭に吹きわたる風に桜の枝が揺れる。

はらりはらりと落ちる葉
掃いても掃いても降り積もり、風に吹かれて庭をグルグル回るそいつらは
まるで、行き場を失った俺の気持ちみてぇで・・・・・

「はぁぁぁぁ・・・・・・ったく・・・・文くれぇよこせってぇの。」
俺の方からも出せないでいるくせに。

江戸・・・・・・・・かぁ

天人が開国を迫って来た時分にゃ、相当物騒な場所だったと聞いている。
幸運な事に(俺にはよく分からねぇけど)
俺たち”地球人”に友好的な天人が仲立ちになって
大きな争いも数えるほどに事は収まった。
無論・・・・・・・・開国の方向へだ。

もっとも、京からも江戸からも離れたここじゃあ
何がどう変わったか・・・・と聞かれてもピンとこねぇ。
ガキの頃から見慣れた景色はそのまんま
変わった事と言ったら灯りが蝋燭から電灯に変わったくれぇか。

「銀時。まだ子供たちは道場の掃除をしているようですが?」
やんわりとした声に俺ははっとして振り向く。
「そろそろ様子を見に行った方が良いのではありませんか?」

音もなく近づくのはこの人の特技というか・・・・・・
ガキの頃は何度も肝を冷やしたもんだが、すっかりそれにも慣れて
「あ~~~~ったく・・・しょーがねーなー。」
頭に被せたままだった手拭いを首に掛け、俺は縁側から腰を上げた。

ガキってぇのは一つの事をやり終えるまでに、必ず道草を食うもんだ。
そう・・・・・・俺たちがそうだったように。

案の定、道場の雑巾がけをしていたはずのガキどもは
雑巾をぶつけ合い、または取っ組み合いじゃれ合っていた。

あーーーーやってるやってる・・・・・・

俺は溜息一つ
そして大きく息を吸い込むと
腹の底から声を張り上げた。

「こらぁテメーらァァ!!そんなに掃除が好きかァァ!!
なんならこっちの座敷も掃除するかコノヤローーー!!」

びくり びくり
子供たちの表情が硬くなる。

そうそう、銀先生は怖いんだぞー
睨みを利かせればガキどもはそそくさと雑巾を持ち直し
こちらを窺いつつ掃除を再開し始めた。

「その調子でちゃっちゃとすましちまえよー。
次ィふざけたら逆さに吊るすからなァ。」
「は・・・はい・・・申し訳ありません。銀先生・・・・・。」
申し訳なさそうに俯いて正太郎が答える。

あいつとこいつが違うのは・・・・・・・
その素直さ・・・・・・・・・だな。
あいつは負けず嫌いでなかなか謝ろうとはしなかったし?

ついつい比べてしまう幼馴染の面影
それに気づいた俺は一人苦く笑ってガキどもに背を向けた。

いい加減・・・・・・・・割り切れよ
いつもいつも言い聞かせている言葉を口の中で繰り返す。

あいつは城務めの役人。
俺は松陽先生の私塾でたま~~に剣術指導するプー。
分かっていたはずじゃねぇか、住む世界はもう違うんだって。

ていうか、これは俺自身が選んだ道だ。
後悔するつもりはねぇ。

仕官の話があった時、断ったのは俺の意志。
俺は組織だとか何だとかに縛られて生きるなんざ真っ平御免だった。
だけど、あいつにはそれが出来るだろうし
なんて言うか・・・・大きく羽ばたいて欲しかった・・っていうか?

それに・・・・・・・・・・・
いつまでもガキの頃みてぇに一緒に・・・・・・なんて
そんな夢みてぇな話をいつまでも抱えて生きられる程ガキでもなかった。
だから・・・・・・・俺は・・・・・

「・・・・・・・・・・・あ・・・。」

さっきまで座っていた縁側に戻ろうとして
俺は幻覚を見たんだと思った。

さらさらと風になびく黒髪
高く一つに括ったその髪の一本一本が
風に愛でられて踊っている。

ますます白さを増した頬は
夏の色を残した秋の日差しを浴びて際立ち
瞬く度にゆるゆると上下する長い睫毛は
漆黒の瞳をより深い色に染めていた。

旅立つ時よりも幾分痩せたように見えるのは
気のせいなら良いんだが・・・・・・・
っていうか、ちゃんと食ってんのか・・・?

「ヅラ・・・・・・・・。」
茫然と口を突いて出た渾名に
みるみる呼ばれた側の表情が険しくなり

「ヅラじゃない、桂だ。」
低く不機嫌な声で返された。

真っ直ぐに睨みつけて来る強い視線。
すうと通った鼻筋
細い顎

確かに・・・・・・・桂がそこにいた。

「おま・・・・・・ここで何してんの?
アレか、その電波な頭のせいで厄介払いされたとか?」
ニヤケそうになる顔を隠す様に、俺は口を歪めて軽口を叩く。

「む・・・・・・・そんなわけあるか、貴様ではあるまいし。」
「俺は電波じゃねぇぞ。
お前に比べりゃどんだけマトモな感性を持ち合わせてるか。」
「何を?このクルクル天パーが。」
「人をクルクルパーみてェに言うんじゃねぇ!この馬鹿ヅラ!」
「だから俺はヅラではないと言っておろうが!!」

軽口の応酬が嬉しい。
どんだけガキなの・・・・・・・・俺。
つか、こいつが厄介払いでも何でも萩に帰って来てくれたら・・・・
そう願っちまう俺って・・・・心狭いわ・・・・ホント
もう住む世界は違うんだから・・・・・なぁんて思ったくせによ

「ちと私用でな・・・・・・・・暫くの間だが萩におる。」
「へぇ・・・・・・・で、何の用事?」
暫く・・・・・・・その言葉が示す長さはどれくらいだろう
そんな期待を込めて聞いたつもりだったのに。

「そろそろ身を固めねばならなくなった。」

・・・・・・・・・・・はい?

言葉の意味が飲み込めるまでに
かなり時間がかかった。

「俺も24だ。そろそろ家の事も考えねばならん。
今回の帰郷はまぁその・・・結納・・・でな・・・・・・・っておい
聞いておるのか、銀時。」

「あー・・・・・・・・。」
聞いてない・・・・・・・ていうか聞きたくない
いや、そういう日がいつか来るのは分かってたけど
どうして”今”なんだよ

「相手方の娘は気立ても良いそうだ。なかなかに美人だったぞ。
もっとも・・・・・・・・・写真でしか知らんがな。」
どこの美人がよってたかっても敵わないような綺麗な笑みで
桂は俺を振り返る。

この笑顔が・・・・・・・・・
見も知らねぇ女のモノになっちまうのか

「何で今・・・・そーゆーこと言うわけ?」
「・・・・すまん、銀時。なかなか文にも書き辛くて・・・・だな。」

ならもっと長い事離れててさー
ヅラがいない事に俺が慣れてきて
可愛い彼女の一人や二人出来た頃に・・・・・・
何でしてくんないかなー・・・・・・・・・・

「俺はさ・・・・・・・俺は・・・・。」
言ってしまいたい
ずっと心の中で燻ってた想い

「俺は・・・・・・お前が・・・・・・・・・」

「そうだな、すまん。再会を喜んでいる時にアレだったな。」
突然ヅラは俺に背を向けた。
「ていうか、彼女いない歴と年齢が同じ貴様には刺激が強い話だったか。」

心なしか声が震えていたように感じたのは
俺の勘違い・・・・・・・か・・・それとも?

「うるせーよ、バーカ。彼女の一人や二人や三人くらいいますー。」
縁側に座るヅラの後姿を目で追いながら、俺はスンと鼻を鳴らした。
「テメーがいない間にそりゃー銀さんモテモテで・・・。」

その言葉の裏にある物を感じ取ったのか・・・・
「あぁ・・・・・・・そうあって欲しい。」
ヅラが珍しく静かで優しい声で返して来た。

「愛する妻、守るべき子供・・・・共に手を携えて歩んでいく家族。」

ちょっと・・・・・・・・・ヤメテ
何が言いたいんだよテメーは

「お前にも・・・・・・・・・必要なのだ。」

ざああああ・・・・・・・・・

強い風が吹いて
桜の葉がはらはらと落ちて行く

あと1カ月もすれば真っ赤になって
庭を埋め尽くすんだこれは。

「年明けには祝言を上げる。
もう・・・・・・・決まった事なのだ。」

お前はそれで良いの?
なぁ・・・・・・・お前はそれで

見たこともない、まだ会ったこともない女と一緒になって
それでお前は幸せになれるの?

ガキの頃からずっと追いかけてきた細い背中
思う様抱き締めてやりたいのに

俺は・・・・・・・出来ないでいる
いや・・・・・・・ずっと出来ないでいた

気持ちに素直になれば何かが壊れそうな気がして

ガキっぽい独占欲なんだと
いつかその気持ちは消えて無くなるんだと
俺はずっと・・・・・自分を誤魔化していたんだ

そしてとうとう・・・・・・・・・
この大きくなりすぎた想いを伝えないまま

庭を埋め尽くす桜の落ち葉
その葉の一枚一枚に隠す様に
深く・・・・・・・・深く
俺のこの気持ちも埋めなきゃならないのか

「そっか・・・・・・・・・・精々幸せになれよ。」
その言葉とともに


















「・・・・・・っは・・・・っ!!」
ガバリと起き上がるとそこは
いつも見慣れた薄汚れた天井で

「ちょ・・・・・・・何今の・・・・・。」
べっとりとかいた汗で張り付いた寝巻を
指でパフパフと剥がしながら
俺は周囲を見回した。

窓を透かして薄ぼんやりと差し込む朝日。
「夢・・・・・・・・か。」
夢の中での胸がきゅうと締めつけられるような感覚が蘇り
視線を傍らのこんもりとした膨らみに向けた。

そこには流れるような美しい黒髪と
力いっぱい抱き締めれば折れてしまいそうな細い肩

むき出しの白い肩や首筋には俺が付けた赤い痕が
あっちにもこっちにもあって

俺は肩を落とし、安堵のため息を深々と吐いた。








歴史に”もしも”はない・・・というけれど

”あっち”の俺と”こっち”の俺

果たしてどちらの俺の方が幸せなんだろうと思うと
妙に複雑な気持ちが腹の底から湧いてきて

「おいコラ、起きろヅラ!!」
取りあえず隣で眠る恋人の頭をペシリと叩いて
俺はそこから先を考えないことにした















恋埋み





<了>



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