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徒然”腐”日記

徒然”腐”日記

酔っ払いには祝いの言葉を


酔っ払いには祝いの言葉を
















「あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~!!
どうしてあんなにシャイなんだろうなぁーーーお妙さんはァァァ!!」
店内に響き渡る割れ鐘のようなだみ声。

「あらまぁ~ダンナの彼女って、そんなにシャイなのぉ~?」
テーブルに突っ伏す客のグラスになみなみと酒を注いで
隣に座るホステスは品を作った。

「そりゃあ愛するあまりついつい所構わず愛を叫びまくる俺に
腹が立つこともないわけじゃないのは分かってるよ?
だけどね!?今日誕生日なのよ、俺!
1年365日のうちたったの1日
その大事な大事な1日を一緒に過ごしたいと思うのは人情だよね!?
たまには恥じらう気持ちを我慢して
素直に俺の、この広~~~い胸に飛び込んでくれても良いんじゃないの!?」

ね?ね?
そう思うでしょ?あずみちゃぁん

呂律の回らない口調で
頬に大きな腫れを作り、鼻にティッシュを突っ込んだ客は
酒を注いだ、ばかにごつい顎のホステス・あずみに同意を求め
うんうんと頷きを引き出した。

そして次には
「ね?そうだよね!?おねえさんもそう思うよね!?」
反対側の隣に座っていたもう一人のホステスにも同意を求めた。

甲斐甲斐しく客のグラスに酒を注ぐあずみとは対照的に
こちらのホステスは黙って自分のグラスを傾けている。

鼻筋の通った美しい横顔。
長い睫毛に切れ長の大きな瞳。
小ぶりな唇に牡丹色の紅を引き
豊かな黒髪を胸元で緩く結った
なかなかに別嬪なホステスである。

彼女はちらりと客に視線を投げかけ
ゆっくりと睫毛を揺らして瞬きすると
低く落ち着いた声で答えた。

「うむ・・・・・・それは誕生日だから特別に・・・と思うゆえ
空回りしてしまったのではないか?」
「へ?」
同意が得られると思い込んでいた客は、思わぬ答えと
その見た目の麗しさからかけ離れた物言いに目を白黒させて聞き返す。
「・・・・・・・空回り・・・・・?」

「そうだ。察するに貴様、やる事為す事常に余計な力が入り過ぎてはいまいか?」
「・・・・・・・・・余計な力・・・ねぇ。」
客は我が身を振り返るように腕組みをして眉を寄せた。

だが
「余計な、とは思わん。
常に全力で愛を叫ぶこと。それこそが俺の主義だからな。」
胸を張って答える客に、黒髪のホステスは小さく息を吐く。

「ふん、戦略がないのは致命的だな。
ていうか、嫁入り前の娘の家に夜這いまがいの事をすれば
殴り飛ばされても文句は言えまいよ。」
「よ・・・・夜這い・・・・ってそんな不道徳なっ!!
俺はお妙さんの身辺警護を・・・・・・。」

「ちょっとヅラ子ォ。あんた近藤のダンナに喧嘩売っちゃあダメじゃないのォ。」
熱くなりそうな二人の間に割って入るあずみ。
「近藤のダンナも気を悪くしないでね。この子、顔は綺麗な癖に口が悪くってェ。」

「喧嘩を売ったわけではないぞ。俺はただ一般論をだな。」
反論しかける黒髪のホステス、ヅラ子。
それに対して
「いや、すまん。お妙さんの事となると冷静ではいられなくなってしまってな。」
近藤と呼ばれた客は頭をガリガリと掻き苦笑を浮かべた。

「すまん・・・・・・・・ヅラ子さんと言ったか。
あんたの言う事にも一理あるんだろうなぁ。」
寄せていた眉を上げ、ソファに深々と身を沈めて
近藤は溜息交じりにそう言った。

「恋に駆け引きが必要だって事は分かっちゃいるが
何せ俺は不器用でな。
ていうか、どうにも苦手なんだ。
騙しているような気分になっちまう。」

その言葉にヅラ子は僅かに目を瞠り
近藤の無骨な横顔を見やる。

グラスの中、カラリと音を立てて転がる氷に視線を落とし
近藤は呟くように言葉を継いだ。
「自分の気持ちに正直でいよう。
とことん真っ直ぐに愛そう。
俺にはそれくらいしか出来ないからな。」

張り出した額、座った鼻
大きな口にガッチリとした顎
お世辞にも見目好いとは言い難い風貌の中に
少しばかり心許ない少年のような切なさが滲む。

「だがなぁ・・・・・好きで好きでつい・・・・・
回りが見えなくなっちまうんだよなぁ。」
「そうか、それほどまでに惚れておるのか。」
先程まで辛辣な言葉を投げかけていたヅラ子の頬に
柔らかい笑みが浮かんだ。

「お妙さん今頃どうしてるかなぁとか考えると
もう~~~~~いてもたってもいられなくってさぁ・・・。」
「・・・・・・・・・惚れた弱みという奴だな。」
「そうなの。分かってくれるぅ?ヅラ子さぁん。」

この店のドアを潜る時、近藤はかなり酔っていた。
人相が変わるほど頬を腫らし、鼻にティッシュを詰め
足元も覚束ない様子で
愛する女の名前を叫びながらの半泣き状態。

「トシや総悟にも心配ばっかかけてなぁ・・・・・・・
いや、ホント・・・・情けない話なんだけどさぁ・・・・・。」
再びグズグズと鼻水を啜り始めるのを
「ちょっとォ・・・泣かないで、近藤のダンナ。
今夜はとことん付き合ってあげるからぁ。」
ぽんぽんと背中を叩き宥めるあずみ。

「すまんんんんん!トシ~~~総悟ォォォ!!
愛してるぅぅぅお妙さぁぁぁぁぁぁぁん!!」
堰を切ったように号泣し始める近藤に
ヅラ子は大きく溜息を吐き
「全く・・・・・図体のでかい子供のような男だな。
それでも、貴様について行きたいと思う連中がいるのだから
・・・・・・・・・・・果報者というべきか。」
ふ・・・・・・・・・・と小さく笑った。

ヅラ子の視界の隅には
着流しに帯刀した、咥え煙草の男が一人。
「あらぁ、土方のダンナぁ。いらっしゃい。」
黄色い・・・・・というよりは黄土色をした声に迎えられて
ヅラ子の座る席へ向かってくる。

「・・・・・・・・悪ぃな。今夜は飲むつもりで来たわけじゃねぇんだ。」
土方はホステス達に聞かれるともなく答え
ヅラ子とあずみの真中でグズグズと泣いている近藤に視線を落とした。
「帰ぇるぞ、近藤さん。ったく・・・・姿が見えねぇと思ったら。」

「トォシィィィィ!!迎えに来てくれたのォ!?
ごめんね、皆が祝ってくれてるっていうのに抜けだしてぇ
怒ってる?ねぇ、隊士のみんな怒ってるぅぅぅぅ!?」
土方に縋りつく近藤。

「あーあー、怒ってねぇよ。あいつら好き勝手に楽しんでっから。
厠にでも行ってました~って顔して戻りゃあ誰も気づきゃしねぇ。」
土方はやれやれという表情をしつつもあやす様に答え
近藤の腕を掴んで引き起こした。

「随分長い厠だったがな。」
そんな二人をちらりと見上げ、ヅラ子はニヤリと笑う。
「精々、祝ってやるが良い。この果報者を。」

土方は肩を竦めて口の端を上げると
「言われねぇでもそうするさ。」
片手を上げてヅラ子に背を向けた。

そして・・・・・・・・・・・・
「ありがとよ、連絡してくれて。」
「覚えておけよ、俺のサービスは高くつくぞ。」
「あぁ。近いうちにきっちり返してやらぁ」
土方とヅラ子は視線を合わさぬ横顔と、背中で言葉を交わし

「じゃあね、近藤のダンナ。
次は飲んで行ってねぇ~土方のダンナ。」
来た時と同じ黄土色の声を背に土方と近藤は
暗い扉の向こうへと消えた。











やれやれ・・・・・・・まさか近藤が店に来るとは思わなんだ
ヅラ子は苦笑を浮かべながら
先程目にした近藤の、真摯で切なげな横顔を思い出していた。



『自分の気持ちに正直でいよう。
とことん真っ直ぐに愛そう。
俺にはそれくらいしか出来ないからな。』

あんなに真っ直ぐに愛されているというのに
素気無くするとはお妙どのも罪な女子(おなご)よ







真選組局長の近藤は大嫌いだが

一人の男として接してみると、存外良い男なのかも知れん

「誕生日おめでとう」
その一言を言ってやれば良かったとふと思い

悪い冗談だ・・・と苦笑いするヅラ子だった
































END

2010.9.4


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