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バベルの図書館-或る物書きの狂恋夢

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塩野七生著『ローマ人の物語』(22)
       危機と克服(中)(新潮文庫)

読破ゲージ:
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危機と克服の時代。帝国の辺境。かつて、ユリウス・カエサルが遠征の際に、寛容の精神により大盤振舞いした家門名・ユリウス。そのユリウスの名を持つ男たちのかけ声によって、属州で、反ローマの火の手が上がる。バダヴィ族らは、内乱状態にある今が好機と、決起を煽る。あるいは、同じくユリウスの名を持つ部族長らによって、独立運動起こる。ローマに対して、ガリア帝国を築き上げると。属州で、ローマ帝国崩壊と信じられても一向におかしくない状態が長く続いていたのだから仕方がない。もう一つ、ローマ帝国自慢の安全保証体制を揺るがせたのが、イェルサレムのユダヤ人暴動を契機としたマサダ要塞玉砕で終わるユダヤ戦役。差し迫る二つの危機。ガリア帝国構想には、勇将・ケリアリスの名演説が、ローマの勝利のみならず、伝統である誇り高き寛容の精神を取り戻させる。属州の裏切りも赦し、罪も問わない。火付け役バダヴィ族もまた沙汰なし。ただし、この寛容精神には、戦後処理に一貫したポリシーを持つムキアヌスの指示があったのではないか、と。と同時に、一連の反乱の一因には帝国の不始末の与えた不安があった、という自責の念がローマ側に働いたのだとも。しかし、特殊性が強く、絶妙なバランス以外では、ローマ帝国とは相容れない、つまりは唯一神以外に主人も法も持たぬ選民意識高いユダヤ人の問題は、穏便には行かなかった。高まる反ユダヤ感情の中、長官が、属州税の滞納分としてイェルサレムの大神殿から金貨を召し上げたことで暴動勃発。ついには、130年ぶりに、聖地イェルサレムにローマの正規軍を派遣する羽目に。聡明なるユダヤの若き指導者、ヨセフス・フラヴィウス(『ユダヤ戦記』著者)率いるユダヤ軍団とヴェスパシアヌス率いるローマ軍、衝突。「特殊」対「普遍」の対決。奇策で応じるヨセフスの奮闘と、激しいユダヤ人の抵抗も、ヴェスパシアヌスの手堅い戦略戦術に操られるローマの大軍には及ばず。ヨセフス、高位指導者らとともに逃走。ユダヤ式「自由」のため、一同集団自決に決定も、ヨセフスくじ運により落命回避(現代の高等数学の知識を駆使すれば、くじで生き残ることは可能なのだとか)。洞窟から引き出されたヨセフス、ヴェスパシアヌスに向かって「あなたは皇帝になる」とギャンブル予言をかます。ヴェスパシアヌス、一笑に付すも、それが後に現実になるとは…誰も予想せず。ユダや戦役、最後の詰め。神の棲む町・不沈の聖都イェルサレム攻略のみ。ネロ皇帝の自死で攻略一時中断するも、いまやヴェスパシヌスが皇帝となった状態で戦役再開。イェルサレム攻略は、ヴェスパシアヌスの子にして、右腕・ティトゥス。五ヶ月に及ぶ激戦の末、イェルサレム陥落。ヨセフスによれば、戦役の犠牲者より、籠城による疫病での死者の方が多かった由。ともあれ、この戦の敗者には、ローマも容赦はしなかった。死か、奴隷か。総本山も再建禁止。降伏する者は許すが、抵抗を続ける者には厳格なローマの伝統は、抵抗を続けたユダヤ人には厳格主義。といって、反抗しなかったユダヤ人は対象外であったし、抵抗したユダヤ人にユダヤ教を棄てることさえ強要しなかったのだ。ただ、反乱の芽を摘むことだけが徹底されたのもまたローマらしさ。以後、少なくとも半世紀の間はユダヤ問題は鎮火する。これを治めて、皇帝ヴェスパシアヌス、ローマへ。早速、その健全なる常識と、素朴な愛嬌で、帝国再建へ。ヴェスパシアヌスの留守を十ヶ月守っていたクールなデキる男・ムキアヌスが当座行った諸政策はすべて見事なり。さらに、複数の、必要に迫られた待ったなしの難問解決を、同時並行でこなしたというのだから脱帽。“ムキアヌスの十ヶ月”により、ヴェスパシアヌス、些か気も楽に治世スタートできたのだ。さらには、もはや皇位は望まぬムキアヌス、以後、アウグストゥスにおけるマエケナスの立ち位置で、ティトゥスとともにヴェスパシアヌスの治世を支える。身の処し方にも美学ある男・ムキアヌス。ヴェスパシアヌスのスローガンは、「平和と秩序」。ネロ以後を見れば、当たり前といえば当たり前。だが、これこそまさに当時のローマの最優先事項。このヴェスパシアヌス、身の丈に合わぬ、自分に似合わぬ贅沢の類いは一切せず。妻亡き後は再婚もせず、幼なじみの元奴隷を愛人とし、会いたいと望む者には誰とでも会った。洗練や強要とはほど遠い立ち居振舞いであったが、ユーモアと人好きのするキャラクターを持っていた。そして、ローマに「平和と秩序」を取り戻すだけの堅実さが備わっていたのだ。皇位継承者問題を回避するため、皇位世襲を、さらには「ヴェスパシアヌス皇帝法」で皇帝権の明文化を元老院に承認させる。後者には「サンクティオ」なる罰則免除が盛り込まれていたが、これは皇帝弾劾によって自死に追い込まれたネロの事例に学び、かつその後の混乱を繰り返さぬための元老院へのキツイお灸(ただし、同時に元老院に対しては、国家反逆罪の量産もしないことを明言して支持を得る)。この「サンクティオ」によって、アウグストゥス直系の、元老院による皇帝へのチェック機能を、元老院は失うのである。ただし、筆者によれば、元老院による「国家の敵」量産に歯止めをかけたヴェスパシアヌスの力量には満点はつけられない、と。曰く、法制化しても所詮は完全な解決などあり得ないことの法制化を結構したから。とはいえ、9年に及ぶヴェスパシアヌスの治世は、庶民的な振る舞いと健全な常識、さらには大事件も起こらなかった幸運を味方に付けて、善政の評価のまま穏当に終始。名門出身でなかったからこその、優秀な人材を広く登用することもできた。息子にして皇位継承者・ティトゥスもまたなかなかに純朴。というか不器用。ユダヤの王女に恋をし、愛人のままにはしておけないティトゥス、正式な結婚を父に請うも、民衆が大反対。ユダヤの王女だから反対なのではない。アントニウスとクレオパトラのカップルを、ローマ人に思い出させたからである。恋愛成就せず。ティトゥス、以後結婚相手も愛人も求めなかった。現代イタリアを代表する景色の一つ、コロッセオの建造はヴェスパシアヌス。財政再建の手腕は、後の研究者からは「最適の国税庁長官」との最高の評価。税率上げず、新税創設もせず、いかに税収を増やすかを考え実現できたから。ところで、当時のローマの社会福祉像には、医療と教育が意識されていなかったため、当時の地図には病因と学校は見当たらないのだ、と。特に医療については、「死すべき存在」と人間を見る死生観のゆえに、治療や延命に狂奔した皇帝は一人もいなかった、と。むしろ、今風に言えば、免疫力を高める予防医学的見地から、食と衛生(浴場と水道)、生活習慣への関心は高かった。ヴェスパシアヌスも浴場を作った。公衆便所設置にも熱心だったので、イタリアでは公衆便所のことをヴェスパシアーノと呼ぶようで。ヴェスパシアヌス、帝国の再建者としてなすべきことをすべて終え、後事はティトゥスに託して安らかに逝く。享年70歳。(了)


ローマ人の物語(22)

「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。





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Last updated  2008/12/10 01:20:07 AM
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