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カテゴリ:音楽
タイムスリップ! 若者たちがキラキラ輝いていた68年音楽シーンへGo!
CBSコロムビアよりリリースされたアナログ・シングル盤の「すみれ色の涙」(文中敬称略) この「すみれ色の涙」は、小田啓義が創った名曲(作詞は、万理村ゆき子)、チャートの第5位にランクされ27.6万枚のセールス。←A面のランキング ※後に、岩崎宏美、泉 ちどり、角 聖子カヴァーしています。 ジャッキー吉川とブルー・コメッツは、'57年9月にロカビリー歌手の竹田きみひこのバック・バンドとして結成されたのが母体である。 演奏テクニックは海外でも評判で、ワンダー・ジャクソン、ジーン・ヴィンセントといった外タレの国内公演のバック・バンドを務めた。 '59年に一時解散したが、 '60年に、 田村 亘(G)、ジャッキー吉川(Ds)、高橋健二(Eb)、宮川英雄(ピアノ)、井上忠夫(テナーサックス)で活動を再開する。 鹿内タカシ、麻生京子、尾藤イサオなどをボーカルに迎え、ロカビリー色の強いバンドだった。 その後、メンバーチェンジを行い、第二期ブルー・コメッツとして活動を始める。 第二期のメンバーは、 ジャッキー吉川(Ds)、高橋健二(Eb)、三原綱木(Eg、Vo)、井上忠夫(フルート、テナーサックス、Vo)、小田啓義(オルガン)の5人。 CBSコロムビアから、'66年3月「青い瞳/青い彗星」(英語盤)でレコード・デビューする。 ユー・チューブ→「すみれ色の涙」←素敵な名曲です……絶対に……未来に残したい音源です。 ※少し時間を置いて→『水平線の彼方から』から入ってください ジャッキー吉川とブルー・コメッツ←こっちは、ボクのフリー・ページです。 A面の、「こころの虹」は、元々、伊東ゆかりに提供する予定で井上忠夫が創った作品。 この楽曲について、『これまでの一連の曲「ブルー・シャトウ」、「マリアの泉」、「北国の二人」は、どちらかというと冷たい感じで、暖かさとヒュマニティに欠けていたような気がする。「世界は二人のために」や「小指の思い出」にある暖かい人間味みたいなものに影響を受けて作った』と、井上忠夫は語っている。 東宝映画『年ごろ』の挿入歌で使用されている楽曲は、シングル盤と歌詞が別テイク。←こっちの楽曲のがいい感じ! B面の、「すみれ色の涙」は、後年、岩崎宏美がカヴァーして大ヒットした作品。 この楽曲について、『僕が前に作った曲で「すみれ色の瞳」というのがありますが、今度の曲とタイトルが似ているのは、万理村ゆき子さんが「すみれ色の瞳」を知らないからで、偶然同じような題の詩を持ってきたのです。女性の詩なので、10代女学生向きにかわいらしい曲しようと作曲しました』と、小田啓義は語っている。 ※「すみれ色の瞳」は、'67年10月25日にリリースされたLP盤「ブルー・コメッツ オリジナル・ヒット第2集」に収録されている。因みに、作詞は、片桐和子。 東京の天気は、今日は朝から蒸し暑い曇天だったが、次第に快晴になり超暑くなった初夏の1日。 P.S.:『you tube』→『憩いの館』へも、時間があれば訪問してください。 楽天のブログでは、『you tube』の映像が直接リンクすることが出来ないようなシステムになっている。←超閉鎖的! だもんで、↓でも同名タイトルのサイトを開設し、今後こっちで直接リンクしてみようと思っている。まだ、システムの内容を理解していない→使い方は未習得 現在は、リンクを禁止するために、『埋込み』は無効に、PC以外では閲覧できないよようにもしいてるが、週末辺りには解除(『評価』は解除せず)し↓でトライします。 『素敵なミュージシャン達 Amebe版』 とうとう、はじまった!よ! ↓ 拓郎が不安一蹴22曲!ラスト全国ツアー ↑ 万雷の拍手で迎えられた。ステージ中央の拓郎が、スポットライトに浮かび上がる。 「こんばんは、吉田拓郎です。長い間、全国ツアーをやってきましたが、もういいやっていうのが本音で~す」。開口一番、ひょうひょうとした“拓郎節”がさく裂。そのまま、ウクレレを手に弾き語りだ。1970年のメジャーデビュー以来、歌手生活40年目の集大成。血色よし、ハリのある歌声も変わらない。 2003年に肺がんの手術を受け、一昨年9月の全国ツアー中にはぜんそく性気管支炎と胸膜炎を併発。同年10月17日の愛知・瀬戸公演を最後に、19公演を残してツアーを中止した。以来、自宅静養に努めてきたが、歌手生活をかけて復帰を決意。昨年8月31日放送のニッポン放送の特番で「ファンへの“ありがとう”の気持ちを込めた締 めくくりのツアーをやって、全国ツアーからは撤退する」と宣言した。 10カ所10公演のツアーは、チケットがすべて即日完売。この日の3000人を含めて、計3万人の動員を予定している。その勇姿を目に焼き付けようと駆けつけたファンの前で、立ちっぱなしで代表曲「マークII」など22曲を熱唱。6年ぶりのオリジナルフルアルバム「午前中に…」の収録曲「ガンバラナイけどいいでしょう」では、今後も肩ひじ張らずに歌い続ける姿勢を示した。 72年10月に日本人で初めて全国ツアーを敢行した。先駆者だからこそ、幕引きはキレイに飾る。「私も年をとって、どこまで歌っていけばいいんだろ、コンサートツアーじゃなくてもいいんじゃないかと。性格的に歪んでて、あまのじゃくなんで(他の歌手が)みんなコンサートツアーをやっているんだったら、辞めようか」と吐露した。 2時間45分の“復活祭”。ラストは30秒間、深々と頭を下げた。そこに言葉はいらない。感謝の気持ちをこめ、最後の旅へ出発した。 拓郎 最後の全国ツアーで“生涯現役”誓う ↑ 歌手の吉田拓郎(63)が生涯最後の全国ツアーを21日、名古屋市の名古屋センチュリーホールでスタートさせた。慢性気管支炎でツアーを中断した07年10月以来1年8カ月ぶりのライブで、ブランクを感じさせない力強い歌声を披露。あえて新作を中心に歌い“フォーク界の旗手”といわれた過去の自身と決別。常に「いま」を歌う“生涯現役”を誓った。 拓郎“最後の旅”のツアータイトルは「Have A Nice Day」。日本語で「またご機嫌よう」の意味。別れのあいさつながら再会が前提の言葉に、現在の心情を込めた。 1曲目からバックメンバーを紹介。肺がんを克服した03年から組んでいる瀬尾一三氏(61)をバンドマスターに迎えた23人編成のビッグバンド。70年6月に「イメージの詩/マーク2」でデビューしてから40年目。ライブアーティストとして行き着いた理想形を誇るように高らかにメンバーの名を呼んだ。 「マーク2」のほか、これまでのツアーで歌ったことのない曲も披露。年代はさまざまだが、共通するのはすべて「人生」を歌っていること。4月に発売された最新アルバム「午前中に…」の収録曲を要所に据え、ラストツアーをこれまでの集大成ではなく“現役感”で満たした。 トークでは、全国ツアー撤退の理由を「別にツアーじゃなくてもいいんじゃないかと。名古屋で4日間やって終わりでもいいんじゃないかと思いまして」と説明。体調の問題を抱える中、長く「現役歌手」を続けるための決断だった。 熱く頑固だった若い頃と違い、人生の折り返し地点に来てから、幸せの定義を増やす一方、歌手であり続けることの定義を「新作」に絞った。本編ラストは今の心情を込めた「ガンバラナイけどいいでしょう」。 単発のライブは今後もあり「これから1年に1都市のペースで80歳までやったら、最終的にそれは全国ツアーじゃないの?って言われたりするかもね」と苦笑い。終演後、会場内の新作CDの即売所は観客で大にぎわい。長野県から見に来た会社員の近藤俊也さん(47)は「スケールアップしていて凄くよかった。ツアーが最後なのは残念だけど、長く歌って燃え尽きないでほしいから、しようがないかな」と話した。 <ブルボン Presents TAKURO YOSHIDA Have A Nice Day LIVE2009> 2009年6月21日(日)名古屋センチュリーホール 2009年6月25日(木)神奈川県民ホール 2009年6月29日(月)東京エレクトロンホール宮城 2009年7月4日(土)東京国際フォーラム・ホールA 2009年7月8日(水)グランキューブ大阪 2009年7月14日(火)福岡サンパレスホテル&ホール 2009年7月17日(金)広島厚生年金会館 2009年7月21日(火)神戸国際会館こくさいホール 2009年7月25日(土)つま恋・エキシビションホール 2009年8月3日(月)NHKホール【追加公演】 ツアー・グッズは↓でも買えるよ! グッズ販売 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年06月23日 21時23分34秒
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