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カテゴリ:音楽
タイムスリップ! 若者たちがキラキラ輝いていた'76年音楽シーンへGo!
東芝EMIよりリリースされたアナログ・シングル盤の「テレフォン・ノイローゼ」(文中敬称略) このシングル盤は、'76年12月20日にリリースされた、A面は、「テレフォン・ノイローゼ」、B面は、「風が唄った日」が収録。 この「テレフォン・ノイローゼ」は、甲斐 よしひろが創った名曲(作詞も、甲斐 よしひろ)、チャートの 位にランクされ . 万枚のセールス。 後に、誰もカヴァーしていません。 甲斐バンドについては、←のウィキペディアで。 この楽曲は、 LP盤「ガラスの動物園』からシングル・カットされた楽曲。 イントロのリフが超カッコいい作品。 B面はLP盤「英雄と悪漢」からのシングルカットされた作品ですが、こちらは1分以上早くフェイド・アウトするテイク。 ※当時、この「テレフォン・ノイローゼ」を最初に聴いたとき、はじめて聴いたメロディーではないような気がした。 なんとなく聴覚えがあったんです。 で、 調べた。 そして、 見つけた。→数十年前だよ! 幸いにも、投稿されていたので、↓にリンクを。 ゲストのあなた! 聴き比べてみてほしい。 甲斐 よしひろが高校時代、福岡のライブハウス照和で歌っていた頃、大森 信和と長岡 和弘のバンドの筑前に甲斐 よしひろが参加。 '74年4月、甲斐 よしひろが、ハッピー・フォーク・フェスティバルで全国優勝をし、松藤 英男もメンバーに加え正式なバンドになり結成しデビュー。 メンバーは、甲斐 よしひろ('53年4月7日福岡市清川で誕生)、大森 信和('51年9月3日熊本県人吉市で誕生、長岡 和弘('51年10月6日長崎県大村市で誕生)、松藤 英男('54年4月19日福岡県で誕生)の4人。長岡 和弘が'79年6月に脱退し、田中 一郎('54年12月18日誕生)が'84年6月加入。 先輩格のチューリップと同じく東芝EMIから、'74年11月5日にリリースした「バス通り」でレコード・デビュー。 '83年3月に大森 信和の耳の不調を理由にバンドを解散するとマスコミ発表を。そして、甲斐バンドの伝説にもなっている、日本武道館5日連続コンサートを最後に、『バンドは消えても曲は残る』という名ゼリフを残して、甲斐バンドの活動を閉じた。 耳の不調を訴えていた大森 信和さん(福岡大学薬学部中退)は、'04年7月5日未明入院先の病院で心臓疾患により永眠しています。 享年52歳 大森 信和さんは、決して自らを誇示しようとはしなかったが、紛れもなくバンドの屋台骨(リード・ギター)として、伝説のロック・バンドの甲斐バンドを支えていた。 シンプルながらも深みがあり印象に残るリフ、聴く者の心を奮わせる泣きのソロ等々……! 僕は大森 信和さんが弾くギターの音色が大好きでした。 甲斐 よしひろ、という強烈な個性をいかんなく引き立てつつ、確実な存在感が大森 信和さんが弾くそのギターにはあった。 彼の死去にさいし愛娘の大森 亜未子さんからファンの方に宛てたメッセージがあります。 初めまして。大森 信和の娘の大森 亜未子と申します。突然なのですが、7月5日未明、父 大森 信和が他界いたしました。通夜、葬式などは、近親者だけで執り行いたいと考えておりますので、ここにご報告だけさせていただきます。これからも、父の作ったホームページは、書き込んでいただける方がいる限り残しておこうと思います。父を愛してくださった全ての皆様には、家族をはじめ近親者一同心から感謝しております。 本当にありがとうございました。 大森 亜未子 ※現在は、そのサイトは閉鎖されています。 甲斐バンドには「安奈」という名曲があります。このイントロでアコギを弾いているのは、偶然スタジオに遊びにきていた浜田 省吾です。 最後に、 '09年7月、甲斐 よしひろと甲斐バンドのデビュー35周年を機に活動を再開しています。 ↑ 「テレフォン・ノイローゼ」 ユー・チューブ→「テレフォン・ノイローゼ」←素敵な名曲です……絶対に……未来に残したい音源です。 ↑ こっちは、レコードの音源です 「風が唄った日」は、未投稿 甲斐バンドの「テレフォン・ノイローゼ」を基にした楽曲が、これだ! ↑ 「Never Turn Your Back On Mother Earth(和名:家には帰れない)」←Sparks→'74年にリリースされてる 久々に聴いたけど、サビ以外の殆どが同じメロディーですが…… Sparksについては、←のウィキペディアで。 日本最大のクリック募金は、文字数オーヴァーにより割愛しました。 東京の天気は、朝から晴で風が冷たく吹いた早春の1日。 P.S.: 訃報! 悲しいお知らせです! ゲイリー・ムーア、死去 ↑ ギタリストのゲイリー・ムーアが日曜日(2月6日)、休暇で滞在中だったスペイン、コスタデルソルのホテルで亡くなった。58歳だった。 現在のところ、死因は明らかにされていないが、睡眠中に亡くなったと報道されている。彼の死を発表したマネージャーは、あまりに突然のできごとに「まだ信じられない」とBBCに話している。「彼はものすごく元気だった。彼はロックの犠牲者じゃなかった。健康だった」 北アイルランド、ベルファストで誕生したゲイリー・ムーアは14歳でバンド活動をスタート。1969年、16歳のときにスキッド・ロウへ加入しレコード・デビューを飾った後、シン・リジィに参加。その後のソロ活動も成功し、レジェンド・ギタリストとしての地位を確立した。 シン・リジィのギタリスト、スコット・ゴーハムは「『Black Rose』時代、ゲイリーとプレイできたのは素晴らしい体験だった。彼は素晴らしいギタリストで素晴らしい人間だった」と、1967年からゲイリー・ムーアを知っているというブライアン・ダウニー(Dr)は「ものすごいショックだ。彼のために祈る。いなくなってしまったなんて信じられない」と哀悼している。 ゲイリー・ムーアは2010年春、21年ぶりに来日公演を行なったばかりだった。 Anger As Art/Abattoirのフロントマン、スコット・ゲインズは、ムーア・ファンを代弁するこんな声明を発表している。「ゲイリー、フィル(・ライノット)が出迎えてくれていると願っている。コージー(・パウエル)を探してくれ。そして、俺らがそこに行くまでに、アルバム何枚分かの曲を作っておいてくれ」 レスポールとストラトギターのブルースの音色が超極上だった、天才ギタリスト ゲイリー・ムーアさんのご逝去の報に接し、 心からご冥福をお祈りいたします 合掌 も、更新を。 新たに、 『you tube』→『水平線の彼方から(renewal)』を開設。 CDリリースのご案内 桑田 佳祐は、昨年ソロになって第4弾目のアルバムをレコーディングしていたが、食道ガンを発症していることが病院の精密検査で判明し、治療に専念するためレコーディングとコンサート活動を中断し入院。 幸い、大事には至らず退院し、クリスマス明けに新しいアルバムが完成したと、公式サイトで報告された。 その、アルバムがいよいよリリースされる。 桑田 佳祐MUSICMAN リリースまでのカウントダウン タイトルは、「MUSICMAN」CD+DVD(2枚) リリース日は、'11年2月23日(水) 定価は、4500円(税込) レコード会社は、ビクターエンタテインメント 収録されている曲目は、 【Disc:1】CD 1. 現代人諸君 (イマジン オール ザ ピープル)!! 2. ベガ 3. いいひと~Do you wanna be loved~ 4. SO WHAT?- SO WHAT? - 5. 古の風吹く杜 6. 恋の大泥棒 7. 銀河の星屑 8. グッバイ・ワルツ 9. 君にサヨナラを 10. OSAKA LADY BLUES~大阪レディ・ブルース~ 11. EARLY IN THE MORNING~旅立ちの朝~ 12. 傷だらけの天使 13. 本当は怖い愛とロマンス 14. それ行けベイビー!! 15. 狂った女 16. 悲しみよこんにちは 17. 月光の聖者達 (ミスター・ムーンライト) 【Disc:2】DVD 制作現場に密着したドキュメント映像/ミュージックビデオの撮影風景/ミュージックビデオ 最新の、シングルでは↓の楽曲が投稿されている、 桑田 佳祐の「君にサヨナラを」→'09年12月9日リリース お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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