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『母のための教育學』玉川学園出版部 ,1925.7
題名の通り、一般むけの書物であるが、「全人教育」という思想の本質が解る本。「全人教育」の理想は、「真、善、美、聖、健、富、の6つの価値の創造にあるのです」とされ、現在では「学歴偏重批判」が強調されるが、実際にはかなりすごい思想である。 思想の基盤にあるのはペスタロッチ(有名人なので名前は知っているが、具体的には勉強中)と「優生学」である。とくに現在読むと「優生学」の部分にはかなり強烈な印象を受ける。 以下引用 (子供から母親へのメッセージ、大野注)「健やかな体を下さいね。わるい遺伝や低能の頭をいただくやうじゃ、生んで下さらぬ方が、余程幸福でございます」 この部分を強烈に感じるのは、私も現在を生きているからだろう。The Myth of Ultraのほうで紫藻さんが、「低質」について言及されているが、これは偶然やうっかりではなく、小原氏の信念であった。『母のための教育學』では、劣等な遺伝子を持った人物の断種が主張されている。 ただこの部分のみを強調するのは、小原氏の全体性を損なうきらいがある。小原氏の思想は、全ての徳性がバランスよく備わった完全人格をめざすという、理想主義であり、先天的障害者は、そもそも生まれない方がよかった存在なのである。現在の文脈では、この思想は「思想」としては批判を受けるだろうが、これについて私の体験を話すと、長男の出産は「立ち会い」であった。私は女房より早く、息子を抱いたのである。 そのとき驚くほどの小ささに、強い印象を受けた。特に指。見たことがある人は解ると思うが、新生児の爪というのは白いのびた部分が全く無く、きれいにピンクの部分で切れている。驚くほど小さいのであるが、きっちり五本ずつそろって、強く握られている。私は息子を見て、ああ、五体満足のようで本当によかった、と思った。 何だかタイトルの趣旨と離れてきたが、まあ日記なので、思いつくままに書くと、「馬鹿な子ほど可愛い」という言葉は、実際に子を持つまでは欺瞞だと思っていた。名前は忘れたが、元アイドルで、ダウン症の息子を授かった人がいる。その子が可愛くて仕方がない、という。私はそれをインチキだと思っていた。これは小浜逸郎氏の『弱者とは誰か?』にも書いてあったと思うが、親というものは、子供が優れているほどうれしいというのが自然なのではないか。 これは一面真実である。しかしその一方、「馬鹿な子ほど可愛い」というのも真実のように思われる。実はうちの長男と次男ではかなり能力差がある。同じ月齢において、相当な差があるのである。次男が生まれるまで、私たち夫婦は、長男の育児に異常に力を尽くした。ほ乳瓶は煮沸消毒である。次男は水洗い。長男がベットから落ちた時、私たちは深夜救急に行った。次男は絆創膏である。 そのせいかどうかは不明であるが、長男は三歳児の時、結構生意気な理屈を言うようになっていた。これに対して次男はぽーっとしており「ぱぱ、だっこ」である。これが異常に可愛い。 母親はぽつりと「いつまでも赤ちゃんでいるといいのにね」これにはちょっぴり同感である。親というものは子供の成長を望む一方、いつまでも無知無能な存在でいてほしい、とも望むのであろう。「馬鹿な子ほど可愛い」のである。 あ、訳のわからぬ文章を長々と書いて、もう一つ重要な『日本新教育史 九州沖縄編』に言及する余力が無くなった。多分明晩。
お久し振りです。お元気でしょうか。
年度末の上、予算達成が厳しいという実に綱渡りな 日々を過ごしていますのでつい、家に帰っても休日も >する余力 が萎えてます。本来気楽なサラリーマンですが、人に いえないことが一杯あって疲れます。 でも、1年生2号と4年生1号の無邪気な声と笑顔、及び自称年齢不詳の女房の少々たれたお尻を見れば、 ちょっとだけ和みます。 明日も死なずに頑張ります。 くそー(Mar 8, 2004 07:46:33 PM) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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