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通常版とは違いますので。念のため。 実を言うと、 OPに“名前”を見た時、今回、、、覚悟したんですよね。 また、“アレ”をやるのか??でも、 戦いになれば、出来ないはず。 なら、何をやるのか???と。 すると、少しだけ、本感想で触れましたが、 止め画、フェードイン、アウト。。そして、画面に暗幕 そうなのだ。。。このひと、やっているのだ。ほんの少しだけ違うだけ。 私自身は、個人的見解として、 そう言う演出もアリだと思っている。だから、気にしない。 やっていることも、やっているので、 よっぽどのことがない限り、気にならない。 ま、、その“よっぽどのこと”=“無駄キャラ”は、かなりありますけどね。 だから、そこは、どうしても許せない。 実は、問題は奇抜そうに見える演出ではなく、 展開に繋がりのない点だと思っている。 無駄をてんこ盛りにして、細切れにしていることね!! ただまぁ。それは、もうどうでも良いんだよね。 ただ単に、あと少し無駄を省いて編集し直せば良いだけだから というより 今回見ていて、一番感じたのは、 演出手法なんですよね。疑惑が確信に変わったと言った方が良いかな。 これ、舞台と違いますよね。 細かいことは書きませんが、“オマージュ”ですね。 簡単に言えば、大昔の映画の手法であるということ。 当然、それだからこそ、舞台から通じるものがあるわけです。 以前、“武蔵”で、いろいろあったんだから、 その事をハッキリと言ったほうがいいんじゃ??? 最近あまりやらないからって、やっちゃうと逆に気になります。 この事が、2度見したあと、、、ずっと引っかかっていたんです。 でもね、ならば、足りないものがありますよ。 それは“音” その部分をもっと強調してこそ、 そして、登場人物のアップをもっと入れ込んでこそ 意味があると思いますけどね。。。。 まいいや。 書いてしまうと、スッキリしてきましたので。 この記事のトラックバックURL:
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