真念法師の業績については以下の通りです。
1、遍路石を200基以上建立
四国にはたくさん遍路石と呼ばれる道しるべがあり
現在でもさまざまな時代のものが残っています。
最古のものが真念法師の立てたもので現在でも30基ほど
残っています。(札所では54番の境内にあります)
2、遍路屋の建設
当時は現在と異なり、宿が整備されていたわけではありません。
露をしのぐお堂でもあれば良いのですが、
それすらないところもありました。
そのようなところに、遍路屋と呼ばれるお堂を建てました。
いくつ立てたか記録に残っておりませんが、
真念庵というお堂が37番、38番、39番の中間地点に残っています。
3、四国遍路道指南(1687年)
四国霊場のルートブックを執筆した。
これ以前は四国霊場を道案内する書物がありませんでした。
4、四国遍礼霊場記(1689年)
四国霊場のガイドブックの作成者。著者は高野山の学僧寂本ですが、
その資料を提供し、著作を勧めたのが真念法師であります。
これによって四国霊場が一般の人にも
知られるようになりました。
5、四国遍礼功徳記(1690年)
四国遍路の奇瑞・霊異をまとめたものを書いた。
寂本は霊場記を書くにあたって不思議の類を切り捨てました。
しかし、真念法師は四国の不思議を書きたかったと思われ、
この本を著作したようです。
この3部作によって四国遍路ブームが起こったといわれます。
ときは戦国から徳川泰平の時代へと移り、道路網が整備されて
きたことと無関係ではありません。
現在に至る四国遍路の枠組みは、真念法師によって創られました。
この扉からたくさんの人が四国霊場へと入り巣立っていきました。
しかし、この業績に対して正当な評価がなされていません。
願わくは、真念法師に光が当たることを。
四国霊場にお参りされる方は、前述の
真念庵と真念法師のお墓がある
州崎寺にぜひお参りください。
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