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電車に乗っていたら向かい側の席に座っていた男子高校生が嘔吐した。
私は眠かったので、ウトウトと舟をこいでいたのだが、どうにもこの眠気の邪魔をする臭気が鼻をさす。 いったい何の臭いかしらと重い目蓋を開いてみたら、向かい側の席に座っていた男子高校生が、それはそれは盛大にゲロにまみれていた。その高校生の友人達と彼の隣に座っていたおばさんが、どうしていいかわからず慌てていた。 男子高校生は椅子の上で顔を伏せたまま動かない。 手の格好から、とっさに手で椀をつくり、その中へ吐こうとしたことがうかがえる。 しかしゲロは手の椀に到底納まりきらなかった。 盛大な量のゲロは、高校生の胸にとびちり、太ももを染め上げ、足元のカバンへかき氷のシロップのごとく降り注いでおり、床には広大な黄土色の海が広がっていた。 飲み会で吐く人を数多見てきた私ではあるが、これほど盛大な嘔吐は記憶にない。 周囲の人はティッシュでもって清掃を試みていたが、圧倒的な量の吐瀉物にたいして物資が足りないのは明らかであった。 私はというと、とても清掃に参加する気にはなれず、かといって眠る気にもなれず。 黄土色の海が自分のところまで来ないことを確認すると、読書にふけこむことにした。 それが他人面しながら、事態を観察できる最善の体制だと思ったからである。 自己弁護するが、清掃には十分な人が参加しており、今さら私が参加する必要は感じられず、そもそも清掃に必要なティッシュを持っていなかったのである。かといって何もせず事態を静観するのも心苦しく、結果として読書して他人面するという結論にいたったのだ。 しばらくして駅員が来て事態を把握。 次の駅で電車は止まり、男子高校生は駅員に連れられ、ゲロをポタポタと零しながら外へ出た。 その際に救急車を呼ぶかどうかの会話がなされたが、男子高校生の声は小さく、聞き取ることができなかった。 男子高校生が出て行っても電車は動かなかった。駅のホームでは係員が右往左往している。高校生はホームにある待合室で横になっているらしかった。 幸いなことに、シートにゲロはかかっていなかった。 係員が持ってきたトイレットペーパーで床が拭かれ、爆心地には紙屑の山が築かれた。 車内放送がなる。 急病人が出たため停車している、吐瀉物の周囲にいる方々は感染症の恐れがあるからふれるな、と。 この手の放送は何度か聞いたことがあるが、目の前でそれが起こったのは初めてであった。 嘔吐した高校生の友人達は口喧しくおしゃべりしている。 ・今日はテストがあるらしく、このままでは遅れる。・吐いたあいつはテスト全く受けられないからやべーんじゃないか。 ・吐いたあいつは昔不登校してたから、今回ので再発しないか不安だ。 ・電車とめるってすげー。・前夜カラオケで、今朝チャリ激こぎして来たから疲れてたんじゃね。 ・ゲロの臭いはチーズの匂い。 ・もらいゲロしそうになった。 ・吐くならトイレ行けよ。 ・衝撃的過ぎてテスト勉強何したか忘れた。悪い点とってもしょうがない。 サイレンの音とともに救急車がやってきた。 隊員が待合室の中で高校生と会話しているのが見える。しばらくして隊員に連れられ、高校生は自分で歩いて救急車に乗り込んだ。近くの病院に搬送するという会話が聞こえたのでたぶんそうするのだろう。見た目大事なさそうでよかった。 電車はようやく出発。 少し先の駅で清掃隊が乗り込んできてゲロの痕跡をきれいさっぱり洗って行った。 とはいえ、その席周囲には誰も行きたがらない。多数の乗客が立っているにもかかわらず、その一帯だけは空間が開けている。 なんとも不思議な光景であった。 次の駅で乗り込んできた、体格がよく、いかにも横柄そうな男子高校生2人が何の迷いもなく空いていた一帯5席分を占領した。 それと同じ駅で、嘔吐した高校生の友人達は「知らないんだからしょうがないね」と同情と嘲りのまじった声をあげ、嘔吐現場を占領した高校生達をチラリと見ながら電車を降りた。 他の人達もやがて降り、私だけが嘔吐を知る人間として一人車内に残った。 その後は特に何もない。ただ車内放送だけが、急病人による電車の遅れを謝罪し、あった出来事を語るのみである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.09.27 10:03:33
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