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男の甲斐性(中編)
しかし、木村を一躍有名にしたのは、牛肉が入手し易いという立場を利用して作った牛鍋「いろは」である。この名称から木村は「いろは大王」とまで呼ばれるようになる。 この牛鍋屋が現代で云うチェーン店の元祖であった。 彼は後藤象二郎の別荘を割烹旅館に改築した上で牛鍋店の本部とし、当時の東京市内各地に22の牛鍋店を開いたのである。驚くのは彼の商才だ。肉や酒を一括して仕入れ、「い店、ろ店、は店、に店…」と、いろは順に命名した各店舗に材料を配送した。 牛鍋店の店舗は全店二階建てにし、派手なステンドグラスで人目を惹きつけ、軽子(かるこ、女性従業員のこと)には黒襟に丸帯、たすき掛けを制服にして、ハイカラなイメージを定着させるのである。 2.子だくさん 実は、この一大チェーン店には大きな特徴があった。 それは、木村荘平のお妾さんたちに各店舗を任せたのである。木村は赤塗りの人力車で2号さん以下を公然と訪問し、その際、店の集金も行うという一石二鳥を行ったのである。 正妻は京都に残したまま、その奥さんが亡くなるや、東京のお妾さんの第一号を妻にし、堂々と一夫多妻制を実行したのである。その木村荘平には30人にも上る異腹の子供がいた。 なお、話しは全く脱線するが、子だくさんで有名なのはジンギスカンである。ジンギスカンの子供は数百人といわれるが、記録に残っているものではサウジアラビアのサウド王で326人。う~む、アラブの王様はスケールがでかい。 本邦の文献によれば、第12代の景行天皇が81人、嵯峨天皇50人、光孝天皇44人、亀山天皇35人、明治天皇が15人である。 江戸幕府では、第11代将軍徳川家斉が54人。明治時代では、「天狗タバコ」で知られた岩谷松平が52人、明治の元勲松方正義が25人。 なお、1人の女性がどのくらい子供を産めるかというと、最多記録はモスクワの農夫フョードル・パシレットの妻(1816~72年)の産んだ69人だそうである。 さて、木村荘平は、生まれた子供に男子は荘蔵、荘太などと命名していたが、五人目からは面倒となり、荘五、荘六、荘七、…荘十二(ソトジ)、荘十三(ソトゾウ)とつけ、女子も最初のうち栄子、信子、林子、清子などとつけていたが、そのあとは、六女、七女、八女、九女(クメ)、十女(トメ)、士女(シメ)、十二(トジ)、十三(トミ)、十四(トヨ)、十五(トイ)、十六(トム)、十七(トナ)としている。 木村自身に芸術、学芸面での才能があったのであろう、子供の中から多数の文化著名人を輩出した。 長女栄子は木村曙(明治女性作家の先駆)、四男荘太は文芸評論家、五男荘五は経済史家、四女清子は新劇女優、荘七は俳優、荘八は画家、荘十は直木賞作家、荘十二は映画監督である。(この項続く) ***************************************** 謎の不良中年 柚木惇 Presents ***************************************** │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |