「生物との共生」 殺生を嫌うブータン人


「生物との共生」 殺生を嫌うブータン人
【レポート】宮田 真弓

肉屋の前でたむろする野良犬。肉屋さんの外観もブータン風でかわいらしい。

 ブータンに春がやってきました。春といえば、ブータンに住む外国人にとって悩みの種、虫の出てくる季節です。ノミ、ダニなどの活動が活発になって、なぜかアジア系外国人女性は狙われやすく、痒みに悩まされます。体中が痒くて夜中に目が覚めることもしばしば。これがなければティンプー(首都)は快適なのに、といつも思います。ノミ・ダニを退治できる成分はブータンでは手に入らないので、日本からバルサンを送ってもらい、数週間に一度煙を炊く始末。しかし、殺生を禁じる仏教徒のブータン人に見られたら大変です。虫の大量虐殺を平気でする極悪人と思われてしまいます。今回は、そんな殺生を嫌うブータン人のエピソードと、殺生にまつわる習慣やその精神についてレポートします。

 ブータン人は、あらゆる生き物の存在を尊重し、自らの手でその生命をとめることをできる限り避けようとします。それゆえ、町中に病気をもった野良犬がのさばっているし、乳を出さなくなった牛も自然に死に至るまで面倒を見るし、ヒルが肌に張り付いていても血を吸い終わるまで待って自然に戻してやります。

 これをよく表すエピソードがあります。ブータンに住むある日本人の友人が自宅でハエの大量発生にあったときのことです。ある日、彼女が家に帰ると窓中にハエがびっしり張り付いていました。不気味な様子に仰天し、なんとかしてもらおうと大家さんを呼んだところ、その大家さんは平然とハエを一匹一匹手でつまんで外に出そうとしたそうです。よく調べてみると、実は屋根裏で死んでいた鳩が原因であることが後で分かったそうです。友人は半ば発狂しながら、大家さんのことを典型的なブータン人の行動だと言ってあきれていましたが。

 殺生に関する習慣として、人々に仏教の殺生戒を思い出すためか、ブータンでは毎年二回、一ヶ月間「肉なし月」というのがあり、その期間中肉屋さんは全て閉まり、肉の販売が禁止されています。ブータンの暦上で、ロサと呼ばれる正月(西暦では2月頃)後の一ヶ月間、第4月目の一ヶ月間(西暦では6月頃)がそれにあたります。ブータン暦の第1と第4の月は神聖な月とされ、この期間中の行いは倍増効果があると信じられています。つまり、善行はそのよさが倍になり、悪行はその悪さが倍になるということです。動物を殺すことは罪なので、その罪を倍増させないよう肉の販売を禁止する、ということだそうです。


ブータンの肉屋さんは肉のかたまりがそこらじゅうに掛けてあって、生々しい。入ったとたん、食欲が失せるのは私だけでしょうか。。。

肉はインドから輸入されるものと、地元のものと両方手に入るが、地元の方が新鮮で質もよいので値段が高い。



 殺生はいけないとされつつも、肉はブータン人の大好物。肉はブータンの代表的な料理に欠かせませんし、蛋白源が少ない農村部では肉の入ったおかずは大変なご馳走とされています。やはり肉好きなブータン人のこと、肉なし月といっても、肉の販売が禁止されるだけで、食べることは自由なのです。そのため、肉なし月の数日前は肉を買いだめする人々で肉屋がごった返し、レストランは大きな冷蔵庫に何十キロもの肉を買い置きします。なんだかあまり意味がないような気がするのですが、そんないい加減なところがブータンらしい、なんて言ったら怒られるかな。


干からびた豚足も端のほうに無造作に置かれている。右はシャッカムと呼ばれる牛の干し肉で、ブータン料理には欠かせない材料。

地鶏ファームの肉屋さん。電話で注文しておくと、その日に締めておいてくれる。自分でさばかなければいけないが、新鮮でとてもおいしい。




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