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2008年09月04日 XML このブログを購読する

 じかん

□最近、考えない時間ができてきた。

これができるまで、2年かかった。

不思議

欲という存在がよくわかってきた。

ある状態から、ある状態に変わるとき発せたれる衝動的なもの。
そんなに悪いわけではないけど、
状態変化を促進する存在。

ここで、大切なのは変化後にはその欲求衝動自体はなくなるものの、
欲求のもとはなくならないということ。

これは、欲求そのものが衝動を呼ぶのだが、
衝動は意味やはけ口を求めるだけでこれに安に流されい。
衝動ははけ口として、意味や理由を求める。
その結果として行動がうまれる。
この流れ自体は不思議なことではないんだが、
恐怖がこれに存在し始める。
これを手放すことはそうとうな鍛錬が必要になる。

恐れの克服というものが必要になってくる。
想像以上に恐れとういものが厄介。

恐れるなとは、自分自身が感じることに大きい。
痛みや、苦しみ自体がいやだということはわかる。
そのいやだというものが恐怖に育ち始める。
痛みや、苦しみ自体は欲求という衝動を生みこれを回避しようとする。
これは無限のサイクルなので、断ち切らなければ、無限に回転しつづけてしまう。

痛みや、苦しみから逃れられやしない、
しかし、そのことを恐怖することは克服できる。
これは想像以上に自由を獲得できる。

これは衝動に流されていては絶対にできない。
つまり、欲求に対して対処すること自体がダメなことになる。
これは想像を超える状態である。
不思議。

これは道かもしれないし、そうでないかもしれない。
自然の力は偉大ではある。
このあたりのことを助けてはくれる。
解決はしてくれないが、援助はしてくれる。
こういうのを外気功というのかもしれない。

時間の流れは不思議だ。
目で見えるものではないが、そうだと思えるときもある。
まるで波のように見える。
こりゃ〜なんだろうね〜錯覚かね〜。

と、話がそれたが、
コツがつかめてきた。
道か〜
なんだろね〜。






最終更新日  2008年09月04日 21時00分28秒
コメント(54) | トラックバック(0) | コメントを書く


2008年03月27日

 無碍

□無碍(むげ)
なににもこだわらないさま

なにかがおこり、それに対する対処(内的、外的に)がまったく不能になった場合、
最終的にいたるところ。

まあ、わかります。
どんな対応も対処も不能になったら、いわゆるあきらめて受け入れるしかなくなる。
受け入れるとは、許し、認めること。
許すから、受け入れられるのか?
受け入れられるから、許せるのか?の順番は不明。

あえていうなら、
許せると知っている、、
からだろうか。

許さないことは楽だ。
何かのせいにしてほおって置けばいいから。
許すのは苦痛と苦悩を伴う(ことが多い)
本質的になにかを許すとき、それを凝視し、認識する必要があるからだ。
自分的にイヤだとか、嫌いだとか思っているものを凝視するのはつらいことが多い。
つらいから、イヤだとか、嫌いだとかになるともいう。
ではなぜ、許すのだろうか?

許すことの素晴らしさを知っているからじゃないんだろうか。
絶対的な存在としてあるのかもしれない。
ゆるがない存在としてあるのかもしれない。
『許す』ということの素晴らしさがあるから、許せるんだろう。

なんだそりゃ。

そして、結果的にいたる、、無碍に。
前提からすべてを根こそぎ変えてしまう方法。
地球が、自然がもっている大いなる力、、
ただ、無碍であるための必須項目がある。

自分を知ること。
これがなければ、無碍は何の役にもたたない。
迷いがあっては、無碍にはなれず、
自分を知らなければ、迷いは無限に生まれる。

なぜ、迷うか?
それは、絶対的な『思い』というものに気づかないからだ。
『思い』に気づけば、思いを体現するだけだなと知れる。
『思い』がすべてなのだともわかる。
まあ、世の中で言うほど常識的でも、人情的でもないので、そこで迷う人はいるだろうけど。
選択に迷うことはあれども、根本的な迷いでないことを知れる。

『思い』は「思ったこと」や「考えたこと」、「感じたこと」などとは、
全く違う。
言葉の説明は難しいがあえていうなら、
チョー純粋なエネルギー体だ。
その純粋さ、エネルギーの密度の濃さ、繊細さに圧倒される。

さらにその『思い』も変化する。
いつなんどき変化するかはわからない。
そもそも複数の『思い』があるのか。
徐々に変化していくのかはわからない。
だが、確実に変化していく、ゆえにそれを捉え続ける感性と、忍耐、
先入観の取り除きが必要になる。
まえの『思い』はこうだったから、、なんていうものは全く意味がない。
常に新鮮にそれを捉えつづけるということが必須になる。

さらには、『思い』を実行する無謀さというか勇気が必要になる。
これは、社会通念と真っ向から位相するものだから、本当に勇気が必要になる。
または、バカになる必要がある。
トクをしようなんて打算をしていたら絶対に無理。
ゆえに、非常に純粋な行動になる。
『思い』のエネルギーそのものだからだが、純粋ゆえにむちゃくちゃだ。
だが、圧倒的でもある。

もし、人生に目的があるとするならば、
『思い』のままに生きること
だろうと思った。

『思い』は『欲』なんかの不純なエネルギーとは全く違う。
自分を守ろうとすらしない。
あるがままだ。

無碍になる必要もないのだが、
必要に駆られることもある。
それしか方法がないなら、自然とそれにいたる。
ただ、それだけのこと。


最終更新日  2008年03月27日 16時55分50秒
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2007年08月27日

 欲求

■欲求の元

表面的な欲求(〜がほしい、〜がすき、〜したいなど)には
基本的に「元(もと)」があります。

例えば、お昼に何かを食べたいというとき、
最初の「元」は、「お腹が空いた」でしょうね。

その「お腹が空いた」が変化していって最終的に
「〜を食べる」ということを決定します。

面白いのが、最初の元の欲求(衝動)が
最終的に決めたことに張り付くことです。

つまり、お腹が空いたと同じくらい、
〜を食べたいと思うということです。
このときだいたい、最初の衝動の元が何だったかは忘れます。

この「元」と「最終決定、欲求」をつないでいるのが、
「思考」です。

この思考が練り上げられた状態だと、衝動から最終決定までが
あっというまで自動的なように感じます。

ここに人のパーソナリティーがあるんだなと感じます。

もとの衝動は多分あんまり、人によって違いは出にくいものだと思います。

しかし、その過程=思考が違うので結果は千差万別です。

この元から、最終的な決定までの過程をつぶさに見ていると面白いです。
逆に、最終的な気分などから元を探っていくと意外なことを発見できます。
自分が、どんな思考をしているかがわかります。
そのとき、過去の感情を沢山それにかぶせてくるのでその様子が妙で面白いです。

その人の大切にしているものっていうのはここに出ます。

この思考回路の違いこそが個別性に大きく関わってきます。
(思考回路といっても感情が結びついているものも含んでの総体です。)

年をとってくると、思考と感情の結びつきが多くなり、また思考の簡略化による思考の自動化
が沢山おこってくるので、いらないものを沢山抱えてきます。

コンピューターでいえばバグが多くなって、ウイルスなどに犯されやすく、
全体的に使いにくくなったり、機能不全を起こしやすくなったりするみたいです。

このバグは自分自身の思考なので、これを処理できるウイルスバスターも自分です。

そのウイルスバスターが、「元」と「最終決定、欲求」をつなぐ
思考をつぶさに見るという行為になります。


最終更新日  2007年08月27日 10時15分23秒
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2007年08月21日

 みんなきこえてた

■昔はみんな聞こえてた。
自然の声が聞こえてた。
なんで、聞こえなくなったの?

必要がなくなったから。

自然の声を聞かなくても生きていけるようになったから。

みんな友達だったころを思い出す。

みんな友達だった。

星も、月も、太陽も、
みんな友達だった。

なんで話をしなくなったのかな。

静かな時間がなくなったから。
刺激的な楽しみができたから。
簡単に手に入るものがたくさんあるとわかったから。

欲望を追い求めてたら、かなうことがわかったから。

みんなで夢をみてるんだ。
欲望を叶えることが大切だって思ってる。
必要だって考えている。
なんで、夢をみてるんだろう?
心地いいのかな?

夢から覚めたら、話をしよう。
いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ。
聞きたいことがいっぱいあるんだ。

ずっと、まってたよ。
ず〜〜〜と、まってたんだよ。


最終更新日  2007年08月21日 09時47分51秒
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2007年08月20日

 コミュニケーション

■植物コミュニケーション

植物は、自然はずっと歌ってる。
さわいでる。

人が歌を愛するのは、
自然が歌を愛しているからかもしれない。

自然が歌っていることを
人の言葉に直せるだろうか?

それは、あるときポエム(詩)となり
あるときは歌となり、
あるときはただの言葉となり、
ぼくらにとどく。

それは、あるときひらめきとなり
あるときは、啓示となり
あるときは、直感となり
あなたにとどく。

歌ってる、さわいでる。
自然にうたってる。
自然にさわいでる。

耳を澄ませてごらん。
ハートを感じてごらん。

きっと聞こえるよ。
風にのり、光となり、
あなたに届く。


最終更新日  2007年08月20日 10時32分22秒
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2007年08月19日


■わからないことはそのまんま

わからないことはそのまんま
なぜ、あなたは生まれてきたの?

わからないことはそのまんま
なにが生きる意味なの?

わからないことはそのまんま
どうしてあの人はかわらないの?

わからないことはそのまんま

そのまんま、そのまんま。
そのまんまがありのまま。
ありのままがそのまんま。

答えを出そうとしているあなたにきづいてごらん
答えがないことのほうが自然だってわかるよ

あなたを苦しめてるのは、不自然なことじゃないのかな。
自分で自分を苦しめている生き物なんてなんか変?

そのまんま、そのまんま。
そのまんまがありのまま。
ありのままがそのまんま。

なんでそれを知りたいの?
それを知ったらどうなるの?
それは本当?

それを知ったって本当のあなたはなんにも変わらないよ。
変わると信じているの?
なぜ、今がイヤなの?
どうしてそれをイヤだとしているの?

そのまんま、そのまんま。
そのまんまがありのまま。
ありのままがそのまんま。

不自然さに気づいてごらん。
今にとどまってると、
わからないことをそのまんまにしていると、
不自然さに気づけるよ。

その不自然さをしっかり見てみると、
本当のあなたが見えてくるよ。
なんで、そんないらないものを引っ付けたの?
なんで、そんな不自然なことしてるの?
不思議だな。

そのまんま、そのまんま。
そのまんまがありのまま。
ありのままがそのまんま。


最終更新日  2007年08月19日 09時28分25秒
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2007年08月17日

 ふた

■思いの蓋
感情や思いには蓋ができる。

それはできないのは〜〜だからだ。
とか
〜〜はやってはいけない。
〜〜は〜〜だから悪いことだ。
とか。

周りとの協調ということも大切だが、
こうあろうとすることを強化しすぎると
思いに鈍感になっていく。
感情にも鈍感になっていく。

結果的に感情なり、思いなりに蓋をしていく。
そして、蓋をすることを正当化して蓋をしていることに
気づかなくさせていく。

自分で蓋をしているのに、誰かや何かのせいにしたりする。

問題は蓋をしていると気づかなくなっていくこと。

蓋をしているとモヤモヤとしてやってきたり、
わだかまりとして感じることがある。

それをじっと見つめていると、
それを言葉にしようとがんばっていると、
ふっと、蓋が取れて思いや感情があふれてくる。

何が蓋をしていたのか?
何に蓋をしているのか?
に気づくことができると、
そのモヤモヤやわだかまりに悩まされなくなる。

そんなことか、と思うこともある。

感情や思いを大切にしすぎると、協調性を失ったり、
子供っぽくなりすぎたりする。

しかし、別にそれに蓋をする必要はない。
以前は必要だったかもしれないけど、今もその蓋は必要?本当に?

蓋をとると、きっとあなたが大切にしているものが見えてきます。
また、大切にしなくていいものにすがっていたりするのが見えてきたりもします。

大切なもの、忘れないためにもいらない蓋は取っておきたいですね。


最終更新日  2007年08月17日 09時19分34秒
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2007年08月16日

 終戦

■昨日は終戦記念日ということで。
一人の心の中の、怒りや、憎しみが争いとなり最終的に戦争を引き起こす。
一人の心の内の、平安や、穏やかさが世界を平和にしていく。

世界の争いの根源は、私たち一人一人の心の中にあるものの反映だと思います。
世界の平和のためにいろいろ活動されている方々は素晴らしいことだと思います。
ただ、それ以上に私たち一人一人の日々の生活の中に平和の「カギ」があるのではと考えます。

誰かに対して寛容でいられること、争わずに仲良くいられること、
あなたが何に対して怒り、傷つき、そしてそれに気づき許せるのか。

一人一人の心の平和は、きっと世界の平和に繋がって行く。

世界の平和は、今のあなたにかかっているのだということを。

世界の平和を願うのもいいでしょう。
しかし、さらに大切なのは、あなたのうちにある怒りや憎しみに
立ち向かっていく勇気がきっと、世界の平和に繋がるのだということを。
誰かの責にする(被害者に徹する)わけでもなく、
出来事の納得できる意味をさがしたり、強く何かを思い込むわけでもなく、
事実を変えようとやっきになるわけでもなく、
その怒りや憎しみに立ち向かう勇気を。

世界の平和は誰かになにかをさせたり、してもらったりすること以上に
一人一人から発せられるのだということを。

戦没者の方々のご冥福をお祈りいたします。


最終更新日  2007年08月16日 10時26分09秒
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2007年08月10日

 スキマ

■アルバムを買った
スキマスイッチのベストアルバム

聞いているととてもこころに残る歌があった
ボクノート


■ボクノート
:スキマスイッチ
(一部省略)

耳を澄ますと微かに聞こえる雨の音
思いを綴ろうとここに座って言葉さがしてる

考えて書いてつまづいて消したら元通り
12時間経って並べたもんは紙くずだった

今僕の中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く突き刺さる
きれいじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
この痛みを形にするんだ

今僕がつむいで行く言葉のカケラ
一つづつ折り重なってうたになる
キレイじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
光が差し込む

■こんな経験ありませんか?

胸の奥にあるモヤモヤを言葉に直していく。
でも、なかなかこれだという表現ができない。
モヤモヤがとれない。

キレイやかっこいい言葉にしようとしている自分に気づいた。
そんなもの捨てて、ただただ言葉をカケラでいいから
つむいでいってみる。

矛盾していても、かっこ悪くても、
あきらめずに言葉にしていってみる。

そんなことをしていることを馬鹿にする自分もいる。
でもあきらめない。

そうすると、
スッと心の奥のほうに光が差し込んでくるを感じる

なんかモヤモヤが晴れて行く。
わだかまっていた感情や、思い込みに気づく。

それが「気づいて」っていっていたのが
モヤモヤだと気づく。

そんなのをうまい具合にメロディーにしてるな〜って。

大切なものはいつだって、ココロのオクにあるんだって。


最終更新日  2007年08月10日 09時35分54秒
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2007年08月09日

 はかい

■知る
知ることは大切です。
情報しだいで、次に打つ手は変わってくる。
が、落とし穴もある。
知るとは=そう思い込むこと
ひいては、思い込みたいことになっているときがある。

定義すること=思い込むこと
 =そのものではなくなることがある

あなたという人となりを言葉で尽くしきることはできない。
占いや人からこうだと決めても、違うこともあれば、大きく矛盾するものを抱えているほうが普通。
それをあなたがやっても同じこと。

だいたいこんな感じと言葉で定義できても、
やはり、あなたという一側面でしかない。
世の中そんなもので、言葉では言い尽くせない。


何かを定義してしまった時点で、その一側面でしかなくなる。
つまり全体性を欠いてしまうのがこれのデメリット。
そのかわり、わかりやすい、理解しやすい、人に伝えやすい
専門的な知識が必要ないなど、大きなメリットも沢山ある。

全体を見るための方法は、
「そこにとどまること」
ありのままに気づき、ひたること
とどまるというと、流れをとめている、停滞しているように
きこえるかもしれませんが、逆です。

とどまるとは、流れをとめているものに気づくことです。
つまり不自然なものに気づくこと。
なぜか不思議ですが、とどまることでしか見えないものがあります。

パターンの破壊はおそらく、これが一番有効化と。


最終更新日  2007年08月09日 09時26分08秒
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