日本人にとって大陸中国の歴史物語、『三国志』ほど人気をあつめるものはない。小説の吉川英治、劇画の横山光輝の世界で、双方とも『三国志演義』を原典として描かれている。
漢民族とは何かを考えたとき、先の「本の女帝」で、秦の始皇帝の兵馬俑の兵士の顔からして、いまのそれとは似ても似つかぬということを書いた。この三国志の時代は、後漢末の人口8千万人ほとがこの乱世で2千万人までに餓死、戦死、殺戮で減少したという説があるほどである。
その中で劉備玄徳が絶えず逃げ回り、戦闘らしい戦闘もせず、望まれるかたちで蜀を得たとされ、それゆえ有徳の君主として語られる。それだけ、魏の曹操も呉の孫権も殺戮つぐ殺戮を繰り返したことの裏返しになる。
これを正史を元に、曹操を中心に据えて、いまも総合誌「文藝春秋」で連載中、その最新刊、宮城谷昌光『三国志』第7巻(文藝春秋)を読んだ。いよいよ三国に固まっていく過程である。曹操は魏王になり、劉備玄徳は武力で蜀を手中にし、諸葛孔明も天才軍師としては描かれず、あくまで史実を重視する。正史の隙間は作家の想像力を働かせ、登場する人もすべて実物大に肉づけする。漢文の素養を感じる独特な文体なので、慣れるとすんなり入り込んでくるのだが、そこで躓くと宮城谷文学に立ち入ることはできなくなる。いまは日本を舞台にしたものも書いてはいるが、それは読んでいない。彼の地を舞台にしたものはすべて読み、今後も新刊で真っ先に買う。はまっしまった。完結まで心身の健康を維持してほしい、そう強く思っている。
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